Queen of bibi
- ナノ -

クラシカル・セブンティーン


最近のKnightsの活動といえば、ライブ活動が禁じられているのもあってボランティアに勤しんでいる。ついこの間行われたお菓子コンテストでは見た目を整えた凛月のお菓子がグランプリとなり、泉のお菓子も採用されることになった。
お陰で今となってはKnightsは騎士ユニットというよりもお菓子作りの上手いユニットのイメージが付いてしまっているのだが。それも悪いイメージを払拭する為には必要な事だった。


「へぇ、嵐ちゃん達は今日衣装整理のボランティアするんだ?」
「えぇ、スタジオでね。名前ちゃんは今日もやることいっぱいなのかしら?」
「今日と言うよりも、学院祭に向けての準備が当日まであるって感じかな」
「プロデューサーは忙しいわねぇ。この間の前夜祭でも大忙しだったものね。あの時は何だか衣装を取りに来たみたいだけど、凛月ちゃんを音楽祭に出したみたいね?ファッションショーサボっちゃったことを泉ちゃんは怒ってたみたいだけど」
「うわぁ……瀬名先輩にばれたんだ……私がちょっと手助けしたってことバレてないといいんだけど」


ファッションショーをサボって春の音楽祭に凛月を送り出してしまった原因の一人であることが泉に知られたら自分も怒られるに違いない。泉と少し話せるようになってきたとはいえ、未だに真の件に関しては敵対視されているのが現状だ。それだけは避けたかった。

嵐と別れてから暫く学院祭の件であんずと相談する為に2Aの教室で相談をしていたのだが、携帯に連絡が入って来て断りを入れて電話に出ると、放課後が始まって別れた筈の嵐の声だった。


「嵐ちゃん、どうしたの?」
『名前ちゃんに話があるというか協力して欲しいんだけど、今からスタジオに来られないかしら?』
「?勿論。今から行くね」


あんずに断りを入れて嵐に呼ばれたスタジオへと向かう途中、名前は同じ方向を歩くなずなの後姿を見付けて声をかけた。3Bの教室に行く機会がなかなかないから、毎日顔を合わせることはなかったりする。
後から声を掛けたせいもあったからか、彼はびくりと肩を揺らして吃驚した顔をして振り返った。


「にゃっ、名前!?なんれっ、うしりょから…!」
「に〜ちゃん、落ち着いて。ごめんね後ろから声を掛けちゃって。に〜ちゃん達も学院祭の準備?」
「はぁ……ん、落ち着いた。そうなんだ、俺達も学院祭の準備をしてるんだけど、今からKnightsに相談があってさ。はぁ、断られそうだけど……」
「Knights?私も嵐ちゃんに呼ばれたんだけど、もしかしてそのことかな?断られそうって、合同で何かをやろうとしてるの?」
「うん、そうなればいいんだけどさ。話を聞いてくれるかなぁ」


学院祭での出し物をするにもRa*bits単体では他のユニットのライブに客を取られるだろうと考えたなずなの作戦だった。Knightsは学園でも有数の強豪ユニットだが、現在はDDDの一件で評判が落ちているし、新しい弱小ユニットの自分達と一緒に出し物をしてくれる可能性があるのではないかと考えたのだ。
確かに普通にライブが出来る状況で、今までのKinghtsならばなずなの話を受けもしなかっただろう。しかし今の彼らなら、自分に連絡を寄越して来たことも含めて話を受ける筈だと直感していた。


「嵐ちゃん、お邪魔しまーす……」
「あっ、名前じゃん。おいーっす、こっち来て俺の掛布団してよ〜寒くてさぁ」
「え、凛月くん?よく話が読めないんだけど掛布団?」
「お姉さま、お待ちしておりました!それと凛月先輩はいいから起きて下さい」


手で招いて寝そべっている自分の上を指さす凛月に状況がよく分からず首を傾げていると、司がそんな凛月の要望を呆れたように注意すると、ぱっと分かり易い程に表情を明るくして名前の元に駆け寄ってにこやかに挨拶をする。


「司くんもお疲れさま。今日は衣装整理をしてたんだよね。最近ボランティア活動を頑張ってるみたいだし」
「えぇ、単調な作業ですが……いえ、有意義な仕事をこなして私達の人気を取り戻すことに貢献できるなら私は何でも致します。あ、すみませんお話し合いを邪魔してはいけませんね」


しかし自分が呼ばれた訳をまだ聞いていないから、嵐となずな、そして泉の会話を聞いているしか出来なかった。
そして嵐となずなは話し合いの末、Knightsとしても弱小ユニットに手厚く面倒見のいいイメージを持たせられるという意味では価値のあることだと判断していたようで、利害の一致で協力することになったが、結局ライブ以上に盛り上がれて人が集まるようなイベントが考えられず悩んでいるようだった。
そこでいい案を何か出してくれないかと振られて、名前は口元に手を当ててアイデアを頭の中で巡らせる。


「Ra*bitsとKnightsの良さが出ながらもライブにも劣らない注目を集められる企画、かぁ……」
「人が来なかったら何の意味もないし。まぁ俺にも責任はあるわけだしちゃんとやるけどさぁ?」
「……、あの、もし嫌じゃなかったら演劇みたいなものなら、力になれます」
「演劇?あぁ、アンタそっち専門だったんだっけ」
「瀬名先輩はバレエをやってたって聞いてるのでそれでもいいかもしれません」
「そうねぇ、名前ちゃんの専門だと心強いけど。バレエの知識もあるの?」
「演劇の知識とかレッスンとしては一通り勉強したから。でも細かい動作とかは経験者に教えてもらった方がいいかも」


とはいえ、内容はkinghts寄りで、なずな達にとっては不本意なのではないかと恐る恐る確認をすると、なずなは笑顔でこの内容でいいと頷いた。
彼も協力してもらっている側だから賛成だと頷き、他をやるにしてもライブ以外で舞台で目立つ出し物を特に考えつかないのもあって、この演目で話が進められていく。

しかし問題はその内容だった。より印象付ける為に、既存の話の演目をやるよりもオリジナルの内容でやった方がより観客の興味を引く。その話を聞いていてうずうずしてしまうのはもはや性分だろうか。演劇科から離れたとしても、現在プロデューサーの活動を楽しんでいたとしても、やはり演劇のことを考えると好奇心が抑えきれなくなるのだ。


「二日、貰っていい?」
「え、まさか作ってくれるのか?でも名前だって学院祭の準備もあって忙しいだろ〜?」
「だって、嵐ちゃん達にも、に〜ちゃん達にも何時もお世話になってるし、一応私が専門でやって来たことで手伝えるなら嬉しいから」
「正直嬉しいけど、貴方何時も頑張り過ぎちゃうからお姉ちゃん心配よぉ?」
「えぇ、お姉さまの脚本というのは正直かなり惹かれますが……お姉さまばかりに負担がいくのは……」
「ありがとう。でも、もし任せてくれるなら、任せてほしいの。皆がこれでもっと注目されるなら私は何だって力になりたいから」


自分達のことを考えて言ってくれているのだと知ったら、これ以上遠慮をすることは出来なかった。
任せてもらった名前は早速作業に取り掛かると笑顔を見せ、資料を漁りにノートとペンを持って図書館へと向かって行った。


「……あんなこと言われたら、やめて下さいとは言えないですよ。お姉さまらしいですが、あの優しさに甘えてしまうんですよね」
「お人好しっていうかさぁ、他にもやることあるくせに」
「泉ちんは意地悪だな〜?」


感謝しているがそれを素直に口にはせず、悪態をつく泉になずなは苦笑いを零す。演劇部で名前が実際に脚本を作っている様子を知らない彼らとしては、少しの興味もあったのだ。
本来演劇科に所属し続けたかった、型に嵌らない異才と言われた彼女が一体どんなものを作り上げてくるのだろうかという興味が。

一応自分で決めた期限は二日間。その間に約六十分の台詞や動き、そして舞台の演出まで考えるのは正直自分でも無茶だとは自覚している。しかし追い込めば追い込む程出来るタイプだと自覚しているから期限を決めて作品作りに没頭したのだ。
この感じは久々だ。一回作品作りに関わり始めるとその世界に没頭して周りが少々見えなくなる。他人を二度と巻き込みたくはないと思ったけれど、今回は自分の世界を作り出したいのではない。彼らのアイドル活動の幅を広げて魅力を伝える為ならば、努力を惜しみたくなかった。

眠気を堪えながら資料を読み漁り、台本を作ってステージの流れをイメージして絵に簡単に起こしていく作業を二日間続けた。
昼食の時間も嵐と一緒にご飯を食べずに、軽食で済ませて作品作りをしていたせいか嵐に「無理しないでね」と控えめに声をかけられる始末だ。

そして二日目の放課後まで修正を加えて完成したての台本を人数分印刷して、名前はそれを手に弾むような足取りで彼らが集まるスタジオへと向かい、「お待たせ!」と声をかけると全員が集まって来る。
まさか本当に二日で仕上げてくるとは思わなかった。確かに早く出来ればそれだけ練習が出来るが、まだ本番まで時間があるからもう少し余裕を持って作ってくれても良かったのに。


「脚本、完成したよ!こんな感じでどうかな。皆の意見を取り入れて追加する分には修正すぐにするから」
「……これだけの脚本を本当に二日で仕上げてきたのも驚いたけど、まさか舞台の演出までちゃんと決めて来てくれるなんて。あまりに集中してるものだから何だか見ててハラハラしちゃったけど」
「ふ〜ん……正直期待してなかったけどさぁ?」
「あら、これで他のユニットと差を付けられるって零してたじゃない」
「ちょっと、ウザいんだけどなるくん!」


泉が本当は名前の作り上げてくるものに期待していたことを嵐は知っていた。名前に聞こえないような小声で泉にそれを囁くと、泉は焦ったようにその声を遮ろうとする。
しかし当の本人はその会話を聞いていなくて、Ra*bitsのメンバーにも台本を手渡して説明をしていた。


「に〜ちゃん達の見せ場も作ったんだけど……」
「やっぱり名前さんの脚本は役者側としてもやる気になりますよ〜!それに比べてあの変態仮面の脚本は……演劇部の脚本全部名前さんに任せたらいいのに」
「まぁまぁ友也くん。でも本当にありがとうございます」
「やれば出来る子だなぁ〜!頑張り屋さん過ぎるけどその一生懸命な所はすごくいい所だと思うぞ!」


なずなに褒められて照れ臭そうにする名前は笑顔で礼を述べる。なずなと居る時は後輩らしく甘えている姿は、Knightsが彼女と一緒に居る時には見られない姿だった。泉には怯えているし、嵐には懐いていて彼の優しさに甘えることもあるとはいえ同級生だし、歳は上の筈の凛月は完全に甘やかされている。
見たことが無い名前の姿に、司の中に募るもやもやとした気分は表情に出ていたようで、司の様子に気付いた凛月は「おーい」と声を掛ける。


「ス〜ちゃんなーに拗ねてんの?」
「……Ra*bitsの方々に奪われているような気がしまして」


元々自分達以外のユニットとも親しくしているのは知っているし、同じ一年生ではRa*bitsのメンバーが可愛がられていることは知っていたから、彼らに独占されてしまっているような気がして面白くなかった。
拗ねている司に凛月はふっと笑って悪戯に彼の頬を伸ばすと「このような乱暴はやめて下さい!」と彼は驚いた様子で抗議する。

台本を捲りながら盛り上がる友也達の笑顔に嬉しそうに微笑んでいた名前だったが、目の前が霞みだして、身体が舟をこぎ出したその直後に意識は途切れて壁に寄りかかって完全に目を瞑っていた。
名前の反応が無くなったことに気付いて台本から顔を上げた友也は、つい先程まで起きていたのに突然眠っている名前に気付いて目を丸くする。


「うわぁ、名前さん!?」
「あれ、寝ちゃってます……相当お疲れだったんですね。僕たちの為にこれを短期間で仕上げて来てくれたなんてなんだか申し訳ないというか、でも尊敬しちゃいます」
「しょうがないなぁ、俺の寝床特別に貸してあげよ」
「あっ、凛月先輩。ふふ、優しいですね」
「その代わりに今度血を強請るからいいの〜」
「凛月先輩は何時もお姉さまに無理な要求をするのはやめて下さい」
「ス〜ちゃんももっと頼めばいいじゃん。名前は何だかんだ甘やかしてくれるよ〜」
「なっ、そ、そんなこと出来ません!」


凛月の言葉に一瞬揺らいだ司だが、個人レッスンを偶に見てもらっているしKnightsの活動もこうして手伝ってもらっているというのに、これ以上甘えてしまってもいいのだろうかという葛藤に首を横に振る。
しかし、彼のようにもっと後輩として甘えることが出来たらーーそう思って止まないのだった。


それから本番当日までは学院祭の準備に追われて、練習自体は彼らに任せることになったが、学院祭の前日に彼らの様子が気になって差し入れを手に舞台へと足を運んだ。スポーツドリンクと、恐らく泉は嫌がるだろうから水も勿論持って。
扉を開けると体操着で練習をしている彼らが休憩をしている所だった。バレエは全身を酷使するから長時間の演技は慣れていても身体にくるだろう。相当ハードな内容だし、なずな達の顔には疲れが見えた。しかし、嵐と泉はまだ剣を手に持って舞台の上に立っている。


「名前さん!来てくれたんですか!」
「うん、差し入れも持って来たよ。友也くんも頑張ってるみたいだね」
「ありがとうございます!えぇ、何とか付いて行くのに精一杯って感じです。俺達は出番も多くないけど、でもきついですね」
「に〜ちゃんはKnightsの皆さんにも付いていけるんだからやっぱりすごいですね。それに光くんは体力があるから余裕がありそうですけど、僕は疲れ切っちゃって」
「でも創ちゃんも歌は俺より全然凄いんだぜー!」


Ra*bitsはKnightsに比べたら出番は少ないかもしれないが、妖精役と言うこともあって跳ねている動きが多い。彼らも練習を重ねて確実に上達している。
しかしKinghtsは剣を持って演劇をするから、足にも腕にも負担は大きい。それを指定してしまったのは自分だが大丈夫だろうかと心配になり、ふと舞台の方に視線を移すと、舞台袖で一人汗を拭って休憩をしている司に気付いて名前はスポーツドリンクを手に彼に声をかけた。


「司くん」
「……あ、お姉さま。いらしていたんですね」
「お疲れさま。これ、一応ちょっとした差し入れ」
「ありがとうございます。頂きますね」
「……何か悩んでる?」


司の浮かない表情に気付いて名前が声をかけると、司は視線を落として自分の無力さに溜息を吐いて弱音をぽつりと吐いた。舞台に視線を移せば、一応練習が終わって休憩中なのに、剣を手に演技の練習をしている先輩三人の姿が映る。
自分はこんなにも疲れ切っているのに、彼らはまだ続けている。自分もあの中に混ざりたいのに追い付けないその劣等感と不甲斐なさに自分を責めていた。


「お姉さまが折角作って下さった演目を完璧にこなしたいのに、私は未熟者です。先輩方は皆余裕があるのに、漸く息が整えられたほどです。私も『Knigths』の一員なのに……あの中にまだ混ざれない」
「……ねぇ、司くん」
「はい?うわっ!?」


濡らしてきた自分のタオルを司の頬に当てると、彼は驚いたように仰け反る。実直で誠実なのは彼の良い所だけれど、Knightsで唯一の一年生である彼が個人技に特化している先輩の彼らに追いつけないことを恥じることは無いのだ。


「凛月くんとか嵐ちゃん達だって一年生から完璧だったわけじゃないよ。歳の差もあるし、差があるのは仕方がないことだけど、それでも諦めずに付いて行こうとする気持ちと努力があればきっと司くんは並べるから」
「お姉さま……」
「あと個人的な事では、この舞台をこんなにも一生懸命練習してくれるの凄く嬉しいし、追い付こうと努力する姿って格好良いと思うよ」


寧ろ彼らに負けじと努力する彼の姿は眩しくもあったし、自分の作った演劇をこんなにも一生懸命取り組んでもらっているのは一年前は得られなかったもので、やはり嬉しかった。

上手くいかなくとも努力している姿を見て格好良いと評価してくれる彼女の言葉に、司の胸に閊えていた物がすっと無くなっていく。
ファンの前では騎士として優雅に余裕あるパフォーマンスをするべきだろうが、舞台裏では常にスマートにこなさなくとも努力を最大限にしてもいいだろう。本番で最高のパフォーマンスをする為に、そしてそれを、認めてくれる人が居るのだから。


「明日、見に行くからね!」
「えぇ、特等席をご用意します。瀬名先輩達には及ばなくても、精一杯お姉さまが作って下さった舞台を踊ってみせます。勿論、私も楽しみながら」
「……!うん」


それが名前にとっては何よりも嬉しい言葉だったし、少しだけ救われるような気分になってもらえるならと司は名前から受け取ったタオルで汗を拭い、もっと成長して明日は彼女に見られても恥じない演技をしようと、晴れやかな顔で拳を握った。