ヴァニラの純正
- ナノ -

舞台裏の宝石

「いいなあ、オルハさん。その歳で仕事も出来て、俺たちのフォローまでしてくれる位に面倒見も良くて、チャンピオンの担当までずっと任されてて」
「えっ……やだなあ。そんなに褒めても何も出てこないよ」


日航が差し込むシュートシティのオフィスでの昼下がり。
後輩に煽てられるように褒められ、オルハは照れ笑いをしながらブラックコーヒーを喉に通す。
過大表現をし過ぎだと肩を竦めるも、若くしてリーグの中でも主要な担当をしており、プロモーションを成功させているだけではなく、他の同僚たちをフォローを嫌な顔せず行ってくれるオルハは目標でもあり、憧れでもあった。


「でも、そろそろ担当も変わるんじゃないかなって毎年思ってるんだよね……」
「え、ダンデさんとあんなに上手く話が出来てるオルハさんがですか?」
「何時までも同じ人間が担当する訳にもいかないから……引継ぎの話とかはまだ一切出てないけど」
「オルハさんの後って、なんかプレッシャーですね……」
「そんなことないよ。変な話さえ持って行かなければ、ダンデ君って基本的にあまり話を断る方でもないし」


チャンピオンの性格を聞いても、果たしてそんなにも大きな存在にプロモーションを頼むことが自分には出来るのだろうかと後輩は顔を曇らせる。
だが、オルハにもその感覚は痛い程良く分かった。
何せ同じ年くらいの方が若いチャンピオンとの意見交換がし易いだろうという理由で抜擢された頃は、緊張のあまり硬い表情や姿勢になっていたような自覚があった。
そんなオルハの緊張感を和らげてくれたのが、気さくで明朗快活なダンデの気遣いがあってこそだ。


「オルハさんってポケモンについてそこまで詳しいって訳じゃないのに、ダンデさんの試合は毎回見てますよね」
「ポケモンバトルの試合を見るのは好きだから、ダンデ君だけじゃないけど……確かにダンデ君のは必ず見るかな。というか詳しくないってそんなにはっきり言わなくとも……」
「オルハさんのパートナーのガーディ、どうしたらウインディに進化するか知ってます?」
「え……バトルを全くさせてないから?ガーディはガーディでも頼りになるけど」
「はは、ほら!」


後輩にもポケモンへの知識のなさをからかわれていることを感じて、オルハは拗ねたような表情へと変わる。
そして足元で行儀よく座って待機していたガーディの頭をそっと優しく撫でると、彼はガーディのままでも頼りになるという言葉に笑顔で吼える。

――確かに、ポケモンに関する知識の薄さは自分の弱みだ。逆に、そういう人達にも伝えられるようなプロモーションを考えるのは得意だけれど。
ダンデ君が楽しそうに各ポケモンの特徴だとか魅力を話してくれると新鮮で楽しくて。その意見を取り入れることも多々あった。
そういえば。
彼から連絡を受けた食事に行く日は明日だ。常に忙しいチャンピオンであるダンデ君の貴重なオフの時間を貰うのは罪悪感があるけれど。


――同時刻。
オルハの上司に当たるリーグ広報の部署の統率を任されている部長は、シュートスタジアムへと足を運んでいた。
今日はダンデがシュートシティに居ると事前に聞いていたからだ。ダンデの担当であるオルハではなく、部長本人がダンデの元を訪ねるのは珍しいことだった。
何せ、提案しようとしている話が話なだけに、彼女を通さずに話す必要があった。
若くしてチャンピオンとなったダンデという青年は、彼よりも年上の人間から見ても、器の大きさや精神的に成熟した責任感の強さにカリスマ性、加えて度量の高い男であると尊敬するような人物だった。


「ダンデ君。チャンピオンになって来年で十周年だろう?」
「えぇ、そうなりますね」
「来年のプロモーションを考えるにあたって、担当を変えるつもりは無いかい?」
「オルハではなく、別の人間を……?」


ガラルリーグの広報部長である人物が直接自分の元を訪ねるのは珍しいと思っていたダンデだったが、そんな話をふられると思っていなかったのもあり、目を瞬かせる。
彼女が担当してから、もう四年が経とうとしているのは事実だ。
他のジムリーダー達を見ても、同じ人がここまで担当し続けるのは珍しいことであるとは分かっている。
チャンピオンに就任した十周年という記念を考えて、ダンデは静かに首を横に振った。


「オレはチャンピオンになってから何年だとか、そういうのには拘りはないが。だが、十年という節目なら余計に、オルハ以外にされるのは困るな」
「確かに彼女の実力は私どもも知っておりますが……チャンピオンが何故そう考えるのか一応確認してもよろしいですか?」
「彼女はオレを最高の形でガラル中にPRしてくれる。オレ達ポケモントレーナーとは方向性は違うが、オレには出来ない表現の仕方でのエンターテイナーだ」
「そうですか……分かりました。ダンデさんにそこまで言わせる者が部下に居るのは誇りですね」


提案に対して譲らない姿勢であることは、ダンデの真っ直ぐな金色の瞳を見て直ぐに解った。
四年にも及ぶ時間で部下がダンデと構築した信頼関係に感心しながら、ダンデの言葉に納得した部長は彼に礼をして退出した。

無人になった後の部屋で、静寂に溜息を一つ吐き出す。
ダンデは頭を掻いて、自分が思わず出してしまったはっきりとした拒絶を思い返す。
自分のポケモンバトルには一切影響することのない分野ではあるのだが、十周年という記念の節目であるなら余計に彼女以外では駄目だと断言出来た。

「担当が変わるなんて当然にあると思っていたが……いざ言われると、断ってしまうものなんだな」

知り合いのジムリーダーとその周囲の担当が数年単位で変わることなんてざらにあるというのに。
リーグの広報担当として自分の元に来るのがオルハであることが青年期から当たり前のようになってしまっていたが、担当が彼女以外になる時がくるなんて当然のことなのだ。
それは理解しているのだが。

――担当ではなくなるとオルハとの縁が無くなるのは、困ったものだ。


土日のシュートシティは、オフィス街こそは人通りが少なくなるが、他のショッピングモールや大通りは観光客や遊びに外に出てくる人々で溢れ、賑わう。
何時も袖を通しているようなオフィスカジュアルな服装だと、ダンデに仕事を思わせるだろうかと頭を悩ませ、ガーディの意見を聞きつつ、もう少しラフな格好にまとめる。
ダンデと集合場所を決めてもはたして彼がそこに辿り着けるのだろうかと疑ったオルハは、ダンデが居る場所へと向かうことを伝えると暫くして「緑が沢山あるから恐らく公園だと思う」と返って来る。
どうしてそんな所に……?
そんな疑問は浮かんだけれど、ダンデが送ってくれた写真から偶々、自分が住んでいるアパルトメントから近い公園だと分かり、先を走るガーディを追うようにオルハは歩き始める。
何度も来たことのある筈の街やスタジアムにさえリザードンに案内されないと道に迷ってしまう方向音痴ぶりは、実にダンデらしい。

リザードンを出してしまうと周囲の人に気付かれる可能性が高いからか、彼は一人で公園内に設置されているポケモンバトル用のフィールドで戦う若いトレーナー達の試合を遠くから眺めていた。
魂を震わせるようなポケモンバトルを見るのが、彼は自分のバトルでなくとも純粋に好きなのだろう。
ダンデの視界の端に映るようにオルハが移動すると、ダンデはにこやかに笑って手を振った。


「オルハ!すまないな、来てもらって。ポケモンバトルの声と音が聞こえて、歩いて来たらここに辿り着いていた」
「何だかダンデ君らしいね。……やっぱり、少し目立つね?」
「そうか?うーん、キバナに助言を貰った方がよかったか」
「ライバルのキバナさん?そっか、キバナさんってファッションが趣味だもんね」


ダンデの服装は何時ものチャンピオンとしての格好とは異なり、ラフなジーンズにトレーナーと上着。これだけならかなり普段の格好とのイメージと変わるのだが。
如何せん、髪を結んで眼鏡をかけていたとしても、近くで見れば「ダンデだ」と分かってしまうその雰囲気は流石だ。


「ふふ。ダンデ君ってオフもワイルドエリアに行ったりしてるのかなって思ってたからこんな風に普通にシュートシティに居るのってちょっと意外だな」
「確かにそんな日もあるが、街を普通に回る日もあるぜ?」
「そうだったんだ。……そもそもダンデ君、オフっていうオフがあるの?」
「あるかと聞かれると微妙だな……。チャンピオンとして各地に赴いたりポケモンバトルをするのがオレは好きだからな」


普段のチャンピオンとしての業務もまた務めなのではなく、ダンデにとっては好きなことの範囲なのだと納得した。
今も時折視線でバトルをしている子供達の試合を見ているダンデのポケモンバトルへの姿勢や集中力の高さは、チャンピオンという肩書を保持し続けるに相応しいと実感する。
それと同時に思うのが、彼は本当に純粋にポケモンバトルが好きなただの青年だということだ。
根本的な所は、友達とバトルを本気で楽しむあの少年たちと変わらないのかもしれない。強者となったからこそ、目標になるという責任を背負っているだけで。


「そういえば、昼食は何が食べたいんだ?オルハの方がお洒落なお店は詳しいかもしれないが」
「えっ。そんなことないよ。私、忙しい時にかき込めるファストフードとかカレーとかも多くて」
「……オルハ、君は案外イメージと違うんだな。お洒落な所とかが似合いそうだが」
「!?ダンデ君にそんなイメージ持たれてるとは思わなかったよ」


お洒落なおとなのおねえさん、そんなイメージがオルハにはよく似合うのだが、ワーカホリック気味な所があるのは自分との仕事ぶりを見ても確かに納得が出来た。
オレには出来ない表現の仕方でのエンターテイナー。そんな風に彼女を例えたが、彼女の知らなかった一面を知ると間違っていなかったのだろうと笑い声を零す。
何故笑われているのか分からないオルハはあまりにも女子力に欠けた回答だっただろうかと困惑するが、ダンデとしては気を遣い過ぎることもないのだと、親近感に似たものを覚えたのだった。