ヴァニラの純正
- ナノ -

シティ・メッセージ

オルハとはチャンピオンになってから四年経った日、今から五年前に出会った。
チャンピオンとしての業務にはすっかり慣れ始めていたが、無鉄砲な子供から漸く青年に変わって来た社会的なルールやマナーを漸くしっかりと覚え始めていた年頃。
スポンサーが付くという話も、周囲の大人たちが対応を基本的にはして、自分は頷く立場。
歳も歳だからアドバイスされる言葉に重きを置いている所があった。

チャンピオンになったからと言って、直ぐに多くのスポンサーが付いたかと言えば、否だ。
何せ鮮烈なデビューと共に、長年チャンピオンの座に着いていた師匠を破って新たなガラルチャンピオンの座に就いたが、若過ぎるあまりに『すぐに新たなチャレンジャーやライバルに負けてしまい、チャンピオン交代になるのではないか』と不安を感じさせるのは当然だろう。
しかし、ダンデはその実力を示し続けた。そして、各地で起きる騒動にはチャンピオンとして駆け付けて、解決に一役を買ったことも数多い。
無理をしているのではなく、ダンデという男の元来の性質なのだ。

あまりにも”理想”を具現化したようなチャンピオンであったダンデに、ガラルの民は熱狂する。
そして、夢と期待を彼に託していくのだ。
――希望と呪いは、表裏一体なのかもしれない。


スポンサーが数多く付き始め、そろそろ自分で交渉や話し合いをするべきだろうと思っていた頃。
ガラルリーグの広告担当が変わるのを機に、ダンデに挨拶をしたいという話が来たのだ。
代理に頼むのではなく、ダンデはシュートスタジアム内に場所を設けてもらって、その相手が待っているという部屋へと足を進めた。

コンコンと扉を叩いてから中に入り、ダンデは目を丸くした。
担当というのは大概ダンデの両親程の年齢か、若くても20代後半ほどの人なのだろうと思い込んでいたのだ。
しかし、そこに居たのは身だしなみは完璧に整えながらも、幼い顔立ちが目立つ自分とそう年齢の変わらない少女だったのだ。
童顔なのだろうかと思いかけたが、身体が固くなって緊張している様子に、自分よりも年上の余裕というものを感じられず、やはり同じ年代なのだろうと察した。


「初めまして、ダンデさん。いえ、チャンピオン。新しく担当に就任しましたシュートシティ支部担当のオルハと申します」
「……初めまして、俺はダンデだが……驚いたな」
「わ、若過ぎると不安になりましたか……?」
「あ、いや。まさか俺と同じ年くらいの人が広告の担当として来ると思っていなかったんだ。失礼なことを言っているな、すまない」


ふっと笑いながら謝るダンデに、オルハは慌てた様子で「顔を上げてください!」と声をかける。
彼女が一体どのような経緯でこの歳からシュートシティというジムチャレンジなどの主要な大会の会場となる需要な拠点の広告担当になったのかはダンデにも分からない。
それも、チャンピオンである自分の担当だ。
しかし、10歳前後ほどでチャンピオンや博士になっている人間が世の中には居る――かくいう自分もその一人なのだが。
それだけの能力があるから彼女は大仕事を任せされているのだろうと納得し、ダンデは同い年位の少女にも敬意を欠かすことは無く話をし始める。

聞いていて気になる点を余すことなく説明するプレゼンテーションの能力や、主張するだけではなく、引く所は引いてダンデの意見を素直に聞く姿勢。
それらを目の前で見ていたダンデは納得した。時々談笑するように笑い合う雰囲気作りを彼女がしているお陰か"仕事の硬い話"をしていると感じなかったのだ。

――そういった実力以外にも、ダンデが話し易くなるだろうという理由で、同い年のオルハが抜擢されたという裏事情はあったのだが。



「久々の祝日のオフ……さて、この間本人に言ったわけだし、誘ってみるか」

チャンピオンとなって九年目。
一日のすべての仕事を終わらせたダンデは、オフになることが決まった祝日にオルハを誘うことを考えていた。
社会人の彼女が祝日に誰か別の人と予定を既に入れている可能性もあるが、断られたら断られた時だ。
変装をした方が、一般人な感覚のオルハに気を遣わせないだろうかと思案してみたが、ライバルのキバナには散々「お前は変装がへたくそだ」と言われたことを思い出す。
目立つ髪色と長い髪をしているのと、やはりどうしても消しきれないオーラというものがダンデにはあった。

「これだけの付き合いになるというのに……そういえば、仕事以外のタイミングで会ったことは無かったか」

ダンデとしては彼女のことを友人だととっくの昔から認識していたが。
オルハが敬語をやめたのはダンデと会ってから3年後のとこであることを考えてもわかるように、雲の上のような存在だと思っていたダンデを友人という思っているかは曖昧だった。
試合を見に来る予定を確認すると、彼女は仕事があった為に会社のテレビで見たと言っていることも多い。
試合後のプロモーションも大事ではあるのだろうが、彼女の上司も、彼女が担当している男の試合位は現地で見られるように気を遣ってくれたらいいのにと思う所はある。

「招待してでも見に来てもらうのは今後の課題だな」

これだけ長いこと担当をしてくれている彼女には、出来る限り現地で、自分のバトルを肉眼で見て欲しいという想いがダンデにはあった。
ファンで居てくれている人達全員に対して一人でも多く生で見てもらえたら、と考えてはいるのだが。
その感覚と、何となく少し違うという違和感は残る。
だが、その違和感の答えをダンデは考えようとはしない。

招待した後、どんなポケモンバトルをするか。どんな試合を魅せられるか。
その為にはどのメンバーでどんな展開をするか。
そんな思考に繋がって、無限に広がっていく。


「オレたちのチャンピオンタイムをオルハにも見てもらいたいよな、リザードン」
「ばぎゅあ!」


ダンデの問いかけに、リザードンは笑顔を見せて吠える。
何せ、ダンデは自分が一番輝ける場所はフィールドだと自覚していたからだ。
一人のトレーナーとして、最強の名を冠するチャンピオンとして、相手から勝利をもぎ取るのが大好きで堪らない。
ダンデがダンデである以上、それは欠かすことの出来ない本質なのだ。


「ダンデ君から連絡?」

――シュートシティのオフィスに居た彼女に、そのメッセージは届く。
ダンデから届いていたメッセージに休憩時間中気付いたオルハはメッセージを開き、固まった。
スマホロトムを落としそうになって、オルハの足元に居たガーディが吠え、慌てて持ち直す。

『今度の祝日に、食事に行かないか』

そんなシンプルなメッセージに、オルハは10秒ほど考え込んで納得する。
彼とメッセージを交わしたことが無いわけではない。だが、こういったメッセージを送って来たことがあっただろうかと思い返して、首を横に振る。

「広報に関することでオフレコで言っておきたいことがあるのかな……ダンデ君も来年は十年目っていう節目になる訳だし」

シードなしの状態でチャンピオンに上り詰めた彼は、それから九年もの間、一度として他のトレーナーに負けたことが無い無敵のダンデ。
そんな彼が来年で十年目という節目を迎えようとしている。
発令されていないことを考えると、このまま順当に行けば彼のチャンピオン十周年を担当することが出来るのだろう。

――平凡な私が、ダンデ君のそんな大切な期間を担当出来る機会に恵まれるなんて。
彼の世界から自分を引き抜いても一切変わることは無い。そんなのは当たり前だ。
しかし、自分にとっては、大きく変わってしまう。喋り方を変えてからの二年を過ごしても友人として未だに名乗っていいかもわからない、チャンピオンというよりもダンデという一人の人間のファン。

「……担当した時から、ファンだけど。友人なのかな」

ダンデの光は、本当に眩しい。
でも、一人の人として見ている筈なのに、ダンデ君は遠い一等星だからと言って遠くから眺める人だと思ってしまっている思考に気付く。
チャンピオンという肩書。象徴。
彼をそのフィルターを通してでしか見ずに、遠ざけてしまうのはどうなのだろうかと、手に持っていたマグカップに入った波紋の広がるコーヒーを見詰める。

メッセージを貰ってからダンデに『ありがとう。是非とも!』と返信を送り返すまで。
すっかりと、表面から立っていた筈の湯気は消えてしまっていた。