シトラスの庭
- ナノ -

夜明け前の夢

ロイド達の活躍によってクロスベルが解放されたことは、世界中に特大のニュースとして広がっていく。
一度は独立を掲げるも、帝国によって占領されてから二年以上。アルテリア総本山の後ろ盾も受けて、クロスベルが自治州としての再独立を果たすことになる。
再独立調印式が行われる3月15日。
アルテリア法国を代表とする見届け人としてクロスベルには第九位であるワジと、アリシアが駆り出されていた。
エラルダ大司教が出席することを理由とした人員配置のようだが、クロスベルに縁がある二人だからこそだろうと本人達も薄々気付いていた。


「ロイドと街のパトロールなんて懐かしいわね」
「特務支援課の時を思い出すね。真面目にパトロールしてたあの頃を」
「ワジとアリシアはかなりグレーゾーンだった気がするんだが……?」
「うーん、二人とも言動が時々怪しかったもんね」
「ノエルまで!私、買い食いとかは多かったけど、ワジほど不真面目全開じゃなかった気がするんだけど……」


アリシアの反論に、ロイドとノエルは顔を見合わせて、当時の特務支援課での日々を思い出す。
しかし、思い出しても二人の言動は何時も少々適当な所が多かったのか、二人は肩をすくめる。
いい意味で、彼らの余裕や一歩引いた在り方は、時に特務支援課を助けてくれたことは勿論理解しているのだ。

各地区を回っている途中で辿り着いた東通りのギルドの扉を開くと、二年間失われていた活気がそこにあふれていた。
国外に居たシズクが二年ぶりに戻ってきていて、キーアは再会を喜び、再びこうして遊撃士協会として活動できることを、所属している遊撃士たちは実感して噛みしめていた。
再開を隣人として喜ぶロイド達だが、ミシェルと会話しながら特に嬉しそうに顔を綻ばせているアリシアを眺めて、ワジは穏やかな表情で微笑んだ。


「……アリシアさん、やっぱりギルドの再開は嬉しそうですね」
「特務支援課に所属していた期間より長く遊撃士協会の受付に潜り込んでいたみたいだからね。彼とも知り合いなくらいだし、思い入れはあるんじゃないかい?」
「ミシェルさん以外にも、ヨシュアやエステル達とも交流があった位だからな。そんな場所が再開するのは、離れたとしてもやっぱり嬉しいんだろう」
「潜入とは言っても、アリシアにとってはそれだけじゃなかったっていうのは、ケビンがもし見ていたら喜んだだろうね」


ケビンがリベールで活動しやすくなるために、遊撃士協会の受付嬢としてグランセルに潜り込んでいたアリシアだったが、そこで出来た縁というのは嘘ではないのだろう。
そもそも、エラルダ大司教に目をつけられているケビンの代わりにクロスベル入りをしたアリシアが元々所属する予定だったのはツテのある遊撃士協会だったのだ。
クロスベルのS級遊撃士であるアリオスに相談した所、彼には彼の想う所もあり、自分たちを止める楔となる可能性があった特務支援課への推薦をされたから、アリシアは準メンバーとして特務支援課に入ったのだから。


「せっかくギルドも再開したんだから、アリシアもこの際遊撃士なんてどう?アンタなんておすすめよ。受付嬢というより……実働隊としてね?」
「まったくもう、意地悪なこと言うんですから、ミシェルさん。私が教会所属って分かってて言ってますね?」
「あら、でも二足の草鞋を履くことは出来てたじゃない」
「うう……痛い所を突きますね」
「アリシアの勧誘をするなら愛しの僕への許可取りが欲しい所なんだけどなぁ」
「ワジ、楽しんでいるだろう……」


実際、恋人である事実を抜かしても、アリシアとワジは教会上層部の命を考えても一蓮托生になっているのだが。
彼女をこういった言動でからかう所も、二人が根本的な部分では変わらないという証拠なのかもしれない。
お似合いではあるのだが、彼らに振り回されるアッバスやスカーレット、それからヴァルドもまた大変そうだと傍から見ていてロイド達は思うのだ。
しかし、彼らのからかうような軽い言動に反して所謂熱いカップルとして映らないのは、彼らの宿命を知っているからだろう。
遊撃士協会を後にして、行政区に向かって歩く二人の背中は、仲睦まじい男女に見えるというのに。


「調印式が行われる近くでそういえば屋台が出てるのよね?パトロール中じゃなければ満喫していきたかったけど……」
「ロイドと一緒にると流石に市民に『調印式当日にアイス食べながらパトロール?』って思われるだろうし。いっそランディ達みたいにモルジュに入って休憩するのもありだけどね?」
「や、やっぱりこの二人は……」
「えぇ、本当に変わりませんね。懐かしくもありますけどね」
「フフ、君らこそ真面目過ぎるんじゃないかい?それはそれでからかいがいがあるけどね」
「……ワジ君。はぁ、もうキミに何を言っても無駄って分かってるけど……アリシアさん?」
「あそこに、ヨシュアとエステルが居るのよ。ふふ、なんだかデート中っぽいけど」


からかうような茶目っ気交じりの表情で口元に指をあてて静かに、と囁きながらアリシアが指をさした先には、噴水の前のベンチに座るエステル・ブライトとヨシュア・ブライトの姿があった。
リベールの遊撃士協会に所属している彼らだが、特務支援課が活動していた時期は一時的にクロスベル所属として活動していたこともある。
このタイミングで再びクロスベルに居る彼らもまた、この調印式や独立に関わる活動があるのだろうとは分かったが、それ以上にアイスを睦まじく食べている二人の雰囲気に、息をひそめて見守る。


「お、お熱いあまり……確かに声をかけられませんね……」
「ひゅう。ロイドにも負けず劣らずのアプローチというか」
「いやいや、なんで俺なんだ?」
「そんなに話してるといい所なのにバレ……」


今まさにアイスをあーんしようとしている二人が目の前に居るのに、とアリシアは言おうとしたのだが。
視線と気配に漸く気付いたエステルはロイド達を振り返り、固まったのちに徐々にその頬を朱色に染めていく。


「あー邪魔しちゃってごめんなさいね、エステル、ヨシュア」
「ロイド君に、そ、それにアリシアまで何でここに……!?」


知り合いに見られた恥ずかしさにエステルは飛び上がり、ヨシュアも気恥ずかしそうに視線を逸らす。
見られると恥ずかしいと思う行動をしている自覚はあった中で、からかわないロイドやノエルはともかく、ワジとアリシアが居る前だったのは運が悪かったと言えるだろう。


「人目憚らないあのノリはバカップ……」
「わ〜!言わないで!たまたまだから!というかワジ君とアリシアには言われたくなかったんですけどー!?」
「大丈夫大丈夫、リベールからエステル達のことは慣れてるつもりだから。リベールを離れても変わらないのはある意味安心というか」
「受付嬢だった時はもう少しお淑やかだった気がするけど、今じゃずけずけ言うわね……」
「お淑やかだった頃のアリシアさんですか。それもそれで見たい気が」
「ちょっとノエル……私だって猫かぶる時くらいあるわよ」


レクターやケビンといった他人の言動を真似て、その立ち振る舞いを自分のものとして吸収してきた適応力を考えれば、潜入する際の擬態は自分より上手いだろうとワジは彼女を分析していた。
今となっては彼女に関する情報も広まり、身分を隠す必要が無いから素の性格のまま、日々を楽しんでいることに安堵していた。


「こうは言ってるけど、ケビンさんの前では割と素だったような気がするよ」
「あっ、確かに思い返せばそうね」
「ヨシュアに冷静に言われると少し気恥ずかしさが増すというか……」
「リースさんは君のことを知らなかったからさすがに関係者だとは思わなかったけどね」
「改めて……この二人が教会の人っていうのはすごく違和感があるというか」
「あはは、それは言えてるかも」
「私はまだシスターっていう立場じゃないけど、ワジは一応本業のはずだからね」
「フフ、らしくない神父も乙なものだろう?」


遊撃士協会に立ち寄る前に中華屋で出会ったヴァルドが丸くなり、ワジのフォローがいかに大変か語っていたように、教会関係者という世間的なイメージらしくない二人はやはり目立つ。
だが、同時に彼らが星杯騎士団に所属する人らしく、皮肉にも相応しい人物であるとも、彼らの知人は理解している。
──多くのクロスベル関係者が国内外から集まり、クロスベル再独立調印式が始まるまで、あと一時間。
再び、誰もが予期していなかった困難が訪れるのだ。