シトラスの庭
- ナノ -

揺るがない自由の愛

「本当に……クロスベルがこうして解放されるなんてね」
「あぁ、それぞれの頑張りがあってのことだから奇跡なんて言うつもりは無いけど。でも、まだ少し信じられない所はあるかな」


2月14日。独立をしてから再度帝国の支配下にあったクロスベルは元ルーファス総督の親衛隊を全て叩き、再独立を勝ち取った。
最後の決戦の地であったオルキスワターの上層階の窓ガラスは割れて、街中も激しい戦いの後で瓦礫が散乱しているような状況だ。
クロスベルの地に居る警備隊や警察隊――そして、特務支援課を中心として、この独立運動は成し遂げられた。

クロスベルの地に降り立っている元特務支援課準メンバーも、今日この日の為にメルカバを駆ってやって来た。
ワジ・ヘミスフィアと、アリシア・フルフォードの両名だ。守護騎士や星杯騎士団としての立場ではなく、あくまでも第二の故郷であるクロスベルを元準メンバーとして助太刀しに来たのだ。


「嬉しそうね、ワジ」
「ふふ、まぁね。でも、アリシアも嬉しそうじゃない」
「えぇ、私にとってもこの場所は大事な場所だから」
「僕らが出会った場所でもあるしね」


オルキスタワー前広場から臨めるクロスベルの景色を眺めながら、二人は穏やかに微笑む。
ワジもアリシアも、この地に初めて来た時は"任務の為に来た一時的な止まり木"としか思っていなかったこの土地で、生涯大切にしたいと思うものが沢山出来たのだ。
そして、生き方も、未来も。この場所の出会いで大きく変化することになった。


「仲間に親友に……まぁその、ワジにも出会えたし」
「ついでみたいな言い方だなぁ。ま、アリシアが僕のことを愛しくて堪らないってことは知ってるからいいんだけど」
「な、なによそれ!?あーもう、こんな事ならロイド達の事後処理手伝って来ればよかった……!」


ワジとアリシアの普通の恋人がじゃれているような会話に「お前等見せつけに来てるんじゃねぇよ」と笑いながらランディが二人に声をかけたのは、直後のことだった。
自由な行動で人を翻弄するワジとアリシア。だが、二人揃うとアリシアの方がワジに翻弄されるところは二年経っても変わらない。
教会という難しい立場でありながらも、二人がこうしてクロスベルに仲間の為に来てくれたというのは、特務支援課にとっては嬉しいことだったのだ。
その変わらなさも含めて。

――2月18日。元親衛隊からクロスベルが解放された四日経ったこの日。
メルカバ玖号機はクロスベル市街に再び訪れていた。
解放後の事後処理を教会も担う必要があり、今回の情報収集等の役割にはワジが抜擢された。
厳格で有名な大司教の相手をするのは元々ワジだったのだが、それを代わりに申し出たのはスカーレットだった。
今日はあくまでも解放後の状況確認と報告だから、久々の帰郷を遠慮せず楽しんで欲しいという粋な計らいだ。

スカーレットの言葉を思い出しながら、ワジは隣を歩くヴァルドを眺める。赤を基調とした従騎士としての服を纏い、後遺症の影響で眼鏡をかけている。
この姿を、ヴァルドを知っているこの街の人達が見たらどんな反応を示すだろうか、という好奇心と。
以前力に呑まれて暴走してクロスベルを自ら破壊して人を傷付けた過去のあるヴァルドがどう向き合うか、少し気にかかった。


「いや〜、持つべきものは優秀な従騎士だよね。ヴァルドもあれくらい気が利くようになればいいんだけど」
「あのな……日頃オレがどれだけ陰でフォローしてやってると思ってる。ワジもワジだが、アリシアもアリシアだ。従騎士になってみて痛感したぜ」
「えっ、何で今私にも飛び火したのよ!?……私は模範的なサポートというか、パートナーじゃない?」
「お前等が自由過ぎるってのがアッバスを見ててもよく分かる。始めは分からなかったが、アリシアも割とめちゃくちゃだ」
「えぇ……これでも大事件に二回も潜入捜査任されたくらいなんだけど……」
「アハハ、まぁケビンが特に指示をしなくても単独であれだけリベールにもクロスベルにも潜り込んでいけるんだからアリシアは自由でナンボだよね」
「これフォローされてるの……?」


自分たちの行動をあまり深く考えていないような言動が多いワジとアリシアに、アッバスの苦労を思い知った気分だとヴァルドは頭を押さえる。
プランに無いことも行っては各地の大司教等の目が厳しくなることもしばしばで、フォローをするのも大変だというのは身に染みているが──それ以上にこの二人は直感で自分が今何をすべきかという嗅覚が鋭く、あくまで自然体なまま立場を誤魔化して潜り込み、合同する才に長けている。
だからこそ、行動範囲を広げられて自由にされるほど大変とはいえ、アッバスもヴァルドも二人の行動自体は咎めることはしなかった。


「私としてはヴァルドが案外結構真面目に対処してるのは当初ちょっと意外だったけど。チームをまとめあげてた以上、統制を取ることが得意だって今では納得だけどね」
「それを言うなら僕もじゃないかい?テスタメンツのヘッドだよ?」
「カリスマ性はあったかもしれないけど統制は割とアッバスだったんでしょ?」
「クカカ、言えてるな」


サーベルバイパーとテスタメンツ。アリシアは二チームが日々喧嘩のような勝負を繰り広げていた日々を見ていない。
何せ、アリシアが、2人と出会ったのはワジが特務支援課に入ることになって、ヴァルドがくすぶり始めた頃からだ。
二人の間にある奇妙な信頼と縁は少し羨ましくもあり、そして触れないようにしている領域だった。

クロスベルを良く知る二人としては、二国を宗主国としない形での再独立が果たして本当に現実になるのかと街を眺めてもまだ実感が湧かなかったが。
街中から笑い声が聞こえてくると思うのだ。あぁ、取り戻したのだと。


「二人はそれぞれのチームの人に会ってくるのよね?私はリーシャの所に顔を出してくるわ」
「君達本当に仲いいよね。リーシャが振り回されてないか心配だよ」
「リーシャにそんなことしないわよ。……ワジはどうぞ、ホストの時の女の人と浮気でも何でもしてくればいいじゃない」
「アハハ、妬いてくれてるなんて可愛いなぁ」


ふいっと顔を逸らして、妬いてないと呟いて誤魔化すように立ち去ってしまったアリシアの後ろ姿を眺めながらくすくすとワジは微笑む。
パートナーとなった今でもこうして可愛い反応を見せてくれるのはたまらない、と笑うワジに、ヴァルドは飽きれたように「いじめっ子かお前は」と溜息を吐いた。

その反応に、ワジはふと思う。
ヴァルドは二年前、確かにアリシアに対して少々歪んだ形で恋愛感情を持っていた。後天的に手に入れた絶大な、圧倒的な力を得たと言う所では二人は同じ領域に居た。先天的な聖痕によって力を得て、その代わりに全て失って絶望しながら力と馴れ合う自分とは、少し違う二人。
ヴァルドの力を持って制しようと言う支配力の欲求と歪んだ愛情が混じりあって、アリシアに対して強い執着心を見せていたのだが。
アルテリア法国で過ごすうちに、その狂気は段々と薄くなっていった。
当初はヴァルド自身がリハビリと従騎士になる訓練の為に段々と丸くなっていったから刺々しい愛情も影を潜めたのではないかと気にしていなかったのだが。

「そういえば最近ヴァルドはこれ見よがしにアリシアのことで挑発して来なくなったね。フフ、やっと諦めてくれたのかい?」

冗談めかして尋ねてみる。
ヴァルドが挑発に乗って喧嘩に発展することになってもそれもまた一興とも考えて。
しかし、ヴァルドの反応は予想していたものと違った。
裏通りを抜けて行く小さくなったアリシアの背をちらりと眺めて、ヴァルドはワジを真っ直ぐと見据える。


「……アイツの背負うものは、お前にしか背負えないっていうのが一緒に行動して分かってきただけだ」


それは、ワジへの信頼と。そして、アリシアを憂う感情だった。
二年間、従騎士ではない教会の協力者──言い方を変えれば、元兵器であるアリシアの境遇と立場を考えて、至った結論だった。
アリシア・フルフォードには、ワジ・ヘミスフィアが居なければいけないのだと。
その軸を糧に、アリシアは今を生きている。幸せだと迷いなく答えるだろう。

「……、そうだね。アリシアの生死は今だって他人……僕と総長に握られている程だ。だからこそ」

アリシアが二年前、ロイドに語っていた自分にとっての自由の定義を、ワジは知らない。
例え自由になっても、そこに人が居ない孤独な自由は私にとって死を意味する。
それが、言動は自由に見えるが、その実一番自由から遠かったアリシアという人間だった。
アリシアが今までの人生で当然のように人に付いて行ってその人の為に生きることが当たり前になっていて、自分の未来を自由に思い描いていいのだとワジに手を引かれた、今も。


「一生、傍に置くつもりだけどね。女神の元に行くまで」


煙に撒くような言葉、そして愛のささやきも手慣れているせいで真剣みが何時も欠けて聞こえがちなワジだが。
アリシアへの確かな情愛はヴァルドにも伝わっていた。
彼女にはワジが居なければ駄目で。そしてまた、自分の未来に希望を抱かずに生きているワジにとっても、アリシアが必要なのだと。
この二年でよく解かった。ただ、それだけなのだ。

──当の本人は二人と別れた後、リーシャやシュリに挨拶を改めてするためにアルカンシェルへと足を運んでいた。
公演を控えている中での練習も暫く見させてもらっていたが、リーシャとシュリのの演技は勿論、不死鳥として蘇ったイリアの演技を見て、反射的に客席から拍手をしていた。
ロイド・バニングスといい、彼女といい。いつだって希望の光として突き進む彼らの眩しさは、時として闇を照らすのだ。

彼女達と別れた後も、ワジやヴァルドと合流しようとは考えずにモルジュで休憩していたのは、やはり彼らの水入らずの帰郷を気遣ってのことだった。

「もう夕方だし……そろそろスカーレットさん達へのお土産も買って戻る頃合いかしら」

元居た第五師団のリースへのお土産は大量の食べ物だったが、さてスカーレットは何が好みだろうかと悩むアリシアだったが。
――まさか今日一番聞きたくないようなニュースが飛び込んでくることになるとは思ってもみなかったのだ。
カフェ・モルジュを後にして歩いていたアリシアの背を呼び止めた女性の声に、振り返る。


「アリシアさん!」
「ノエル、四日ぶりね〜……どうしたのその焦りよう」


同じく特務支援課の準メンバーノエル・シーカー。
がれきの撤去作業で彼女も住宅街に居たのだが、アリシアを見付けた彼女の顔色に、アリシアは直観する。
これはなんだか非常に良くない話を振られそうだと。


「どうしたもこうしたも、ワジ君達がチーム代表で決闘しようとしてるとかフランに聞いたんだけど!しかも酔った勢いで!」
「……わー知らないー私あの人たちと関わりないからノエル任せたわー」
「ちょっと何現実逃避してるのアリシアさん!?ほら行きますよ!」


元不良チームのトップが戻って来て乱闘をギャラリーが集まってる中で始めようとしているなんて厳格な大司教が聞いたら大目玉を食らうだろうと遠い目をして、港地区へとアリシアはノエルに引きずられていく。
全くあの二人はどこまでいっても、根本的な所は変わらないのだ。
――それが、安心する所ではあるのだけど。