スチール・ブルー
- ナノ -

6月5日

このバウタウンに滞在してほぼ一カ月が経った頃には、ルリナ以外のバウジムのジムトレーナー達とも親しくなっていた。
彼らも「こんにちは、イチイさん。ルリナさんは奥に居ますよー」と顔パスでジムの中も通れるなんて、まるでアラベスクジムのようだと懐かしさを覚える。
本当なら部外者である筈の自分がこうして必要とされるのは嬉しいことなのだが。
分かってる。所詮は部外者であるなんてことは。
――けど、居心地の良さに何時ここを離れようかという問題を先延ばしにしている。
ルリナはさらに強くなったし、彼女とバトルを重ねることで、スランプ状態だった建築デザインも最近では手が動くのだ。
外部からの刺激、というのはやはりそれだけ重要であることが身に染みていたが。ルリナだったからなのだろうと、今では実感していた。

そんな時に、ルリナに一枚のチケットを渡された。
それはルリナがジムリーダーとしてバトルを行う、公式戦のチケットだった。場所はシュートシティ。
ガラル地方において最北端に位置する、最も近代化が進んだ観光都市。ガラルの中でも一番大きなスタジアムで、ルリナの試合が行われるのだ。


「うわー、シュートシティ凄いな」
「パチ〜……」
「イッシュ地方ではこういうトーナメントを行うためのスタジアムと観光都市って感じじゃないからな。いや、一番ライモンシティが近いのか?」


カミツレのジムはファッションショーまで行っていたし、規模や盛り上がり方や、様々な施設が揃っていると言えばイッシュでは一番近いと言えただろう。
大通りを外れた所に見える街並みは、案外古き良きデザインの家々で、ガーデニングや立ち並ぶ家の周辺にある公園などの景観の良さは見事だった。
建築デザインという分野というよりも都市モデルという分野なのだろうが、勉強になるものだ。


「えーっと今日のルリナの対戦相手は……ヤロー君。あぁ、彼女のライバルか!」
「パチパチ!」
「前回負けて相当悔しかったって言ってたもんな。トレーナーたるものそうだよな。ライバルには特に負けたくなくて当然だ」


思い出すのは、ギーマに勝ち越された時の記憶だ。
当時は意識をしていなかったが、ギーマは自分にとってライバルという位置付けだったのだろう。
彼のワルビアルにエースのエレキブルを落とされた時や、ダブルバトルでは守備の要であるパチリスにハサミギロチンをされた時の記憶は今でも忘れられない。
ちょうはつだとか、そういったトリッキーな技を織り交ぜて戦うようになったのは、ギーマとの戦いを何度も経ているからだろう。


「兄ちゃん、今日の試合を見に行くのかい?」
「あぁ、ルリナとヤロー君の試合をね。エンジンシティから長旅、悪かったね」
「いーや。アーマーガアタクシーをこうして利用してもらえるのは有難いよ。どっちかのファンなのかい?」
「……ファンか。そうか、そうだな。どんな試合をするのか見たいって思うってことは……ファンなのかもしれないな」
「?」


曖昧な言い方に首を傾げるアーマーガアタクシーの運転手に運賃を渡してひらひらと手をふり、別れを告げる。
モデル、ジムリーダー。どちらの道も極める彼女が特訓を経てどんな試合をするのか見てみたいとうきうきしているのは、確かにファンなのかもしれない。

街の東部に位置するエリアに、シュートスタジアムはあった。
実に大きなスタジアムで、観戦しに来た人々で賑わっている。スタジアム前では出店が幾つも立ち並び、リーグカードまで売っている。
イッシュには無かった文化だが、トレーナーの複製サインの施されたリーグカードがこうして売られているのは自分がされる立場だったら非常にむず痒くなりそうだ。

(あれは……ポプラさん。あれはルリナのカードか。ポプラさんには本物のサイン、強請っておこうかな)

会場には実に多くのファンが駆け付けており、逆流も出来なさそうな人の流れだったために、大人しくチケットに書かれた番号の席へと向かう。
二人のバトルもまた、俺とギーマのバトルのように、一進一退の攻防を繰り広げて勝ち星もほぼ並んでいる状態らしく、人気の一戦らしい。
周囲の人がそんな会話をしているのを聞きながら、なるほど、と納得した。
だから、彼女はどうしても苦手なタイプとのバトルを通して成長をして、勝利をもぎ取りたいと思った訳だ。

(けど、この試合に勝ったら。どうするんだ?)

ふとそんな考えが頭を過った時に、『ヤロー選手対ルリナ選手の試合が始まります!』というアナウンスと共にワアっと歓声が上がる。
入場の音楽と共に、両サイドから本日の試合の主役であるジムリーダーが登場する。
ターフタウンの草タイプのジムリーダー、ヤロー。
バウタウンの水タイプのジムリーダー、ルリナ。


「今日こそ勝つわ、ヤロー君!」
「僕こそ負ける訳にはいかないな。粘り腰で勝たせてもらうんじゃ」


ヤローは、前回戦った時とルリナの纏う雰囲気が少し変わったことに気が付いて、一瞬ボールを投げる手を止める。
彼女はきっと、このバトルを行うまでに何かをしてきたのだと直感が働いたからだった。
先鋒にグソクムシャを出したルリナは、足を踏みしめて構える。

(イチイ君とのバトルを経て成長した今なら……負ける気はしないわ……!)

――会場の何処かで見ている彼に無様は見せない。しかし、トレーナーは戦っている時だけは自分と自分のポケモンの為だけに。
『試合、開始!』というアナウンスと共に試合が始まる。

そこからは息を呑むような展開だった。
一進一退で、ルリナが一勝を取ったかと思えば、ヤローに二連続でダウンさせられる。
前回のルリナだったら、焦った展開だっただろう。ききかいひで体力が半分になっているグソクムシャも手持ちに居ることを考えたら不利な状況だと。
しかし、今日の彼女は違った。荒波の勢いではなく、冷静に戦況を読んでいた。
攻撃が得意なダーテングに、ドヒドイデを出して突破し、キレイハナとチェリムのにほんばれの天候を得意とするポケモンが出て来た時も水タイプの攻撃にはこだわらずにどくタイプの攻撃で追い詰めていく。
キレイハナと相打ちになったドヒドイデの次に出したグソクムシャのであいがしらは、天候を活かすチェリムの良さが発揮される前に大ダメージを与えて、キレイハナのにほんばれが切れる時間まで粘ったのだ。


「ルリナの手持ちもグソクムシャとカジリガメ……ヤロー君もこのチェリムともう一体だけとなると、もしかしたら……!」
「パチパチ!」
「しかし、不利な相手に強いな、本当に」


ヤローの指示で、チェリムが再びにほんばれをしようとした隙を彼女は待っていた。
ウェザーボールを耐えながらつるぎのまいで攻撃力を高めていたグソクムシャのシャドークローが、チェリムを吹き飛ばしたのだ。
もう残り体力もわずかな中、グソクムシャの爪が、体力も十分にあったチェリムを戦闘不能にした所で会場は大いに盛り上がる。
ヤローが最後に出した相棒はアップリュー。そして一度ボールに戻したと同時に、歓声が沸き上がる。キョダイマックスをする為の構えだったからだ。

キョダイマックスしたアップリューに、グソクムシャは攻撃を加えていくが、体力が増えている状態では有効打にならないことはルリナも分かっていた。
だが、その与えたダメージは絶対に無駄にはならない。そんな予感がして堪らないのだ。
アップリューのダイソウゲンで、グソクムシャは遂に倒れて、会場中が沸き上がった。


『これでルリナ選手の手持ちポケモンも一体になりました!』
「カジリガメ相手にダイソウゲンは……ちょっと不味いな。しかも攻撃が得意なアップリュー相手に防御力を落とされる」


ルリナは間違いなくカジリガメをキョダイマックスさせるだろう。
問題は、草タイプに非常に弱いカジリガメがどれだけダイマックスの技をしのぎきれるか、だ。

「行くわよ、カジリガメ!貴方が切り札よ!」

カジリガメをキョダイマックスさせたルリナはただただ前を見据える。
前回は、キョダイマックスしたアップリューの攻撃に押されてそのまま負けてしまった。
だが、グソクムシャによる布石は打った。

ダイソウゲンとダイロックがぶつかり合い、攻撃を押さえ合う。何時破られてもおかしくない均衡に、固唾を呑んで見守っていた観客だったが。
グソクムシャを既に相手にしていたアップリューのダイマックスが解けるのが先だった。
小さくなっていくアップリューに、この好機を見逃すまいとルリナはダイストリームを指示した。
アップリューにあまり効果がないみずタイプなのにどうしてと会場はざわつく。ぽつぽつと降り出した雨と、残った荒波に彼女は賭けたのだ。

「そうか、機動力がアップリューに劣る分を補ったのか!」

波に乗ってアップリューに素早く接近するダイマックスから戻ったカジリガメがその顎でとどめを刺してこようとすることを直感したヤローは素早く指示をする。


「アクロバットでかわすんだ!」
「そこよ、がんせきふうじ!」


しかし、読んでいた。カジリガメが届かない空中に逃げることを読んでいたルリナは、岩々でアップリューの翼を攻撃して地面に落とした。
落ちてきた身体を、カジリガメの強靭なあごによるかみくだくが追撃し。
雨が収まって来たと同時に、アップリューは目を回して倒れた。
ヤローの最後の相棒を、タイプ的には圧倒的に不利なルリナのカジリガメが倒したのだ。
湧き上がる歓声に、ルリナは肩で息をしながらぼうっとスタジアムを眺めて、そして実感する。

――今回こそは、勝ったのだと。
誰にも見られないように、拳をぐっと握りしめて勝利を噛みしめる。
私は成長できる。まだまだ強くなれる、と。


「凄かったな、パチリス」

口々に今の試合の感想を「ルリナ選手すごかったね!」だとか「ヤロー選手もおしかった」「いい試合だった」と語りながら興奮した様子で帰っていく観客たちの声を聞きながら、手を叩いて拍手をする。
ヤローも強かったが、タイプの相性も跳ねのけたルリナの強さに、間道さえ覚えたくらいだ。

試合後の彼女に会えるものなんだろうかと思いながら、人の流れに乗って会場の出入り口まで行くと、スマホロトムがメッセージを入ったことを伝えてくれる。
『南の選手控室前までに来て欲しい』というメッセージだった。
関係者以外立ち入り禁止のゲートの前で、パチリスと共にきょろきょろしていると、係員がパチリスを連れたトレーナーという特徴に気付いたのか「ルリナ選手から話は聞いております」と通してくれた。

「さ、さすが……ルリナの言付けがあると入れるものなんだな」

こういう大きなスタジアムは久しぶりに足を踏み入れる。
数か月前までは自分もフィールドに立って、バトルをしていた人間だから少し懐かしさを覚えた。
しかし、俺の役目は、もうこれで終わりだ。
区切りというのは必要だろう。
彼女と連日何度もバトルをしていたが、その状況を何時までもずっと続けるわけにもいかないのだから。

バトルを終えたばかりのルリナは、控室の外に立って待っていた。手をひらひらと振ると、彼女もまた手を小さく振ってくれる。


「試合直後なのに悪いな、ルリナ」
「ううん、こっちこそ見に来てくれてありがとう」
「やったな、本当に凄かったよ。ヤロー君も強かったが、あの逆境を跳ねのけるとはな」
「ありがとう、イチイ君。トレーニングしてもらったこと、本当に活かせたと思ったから」


――俺がもうトレーニングを付けなくても大丈夫そうだな。
その言葉が頭では浮かんでいる筈なのに、言葉として出て来なかった。
彼女との模擬バトルをしなくなったら、どうなるのだろうか。
またいつか会えるかもしれない人に、戻るんだろうか。


「ルリナの強さもこうして確認できたことだし。これで、手合わせは終わろうと思うよ」
「……そ、うだよね。折角帰って来たのに、バウタウンに一カ月も居てもらってた訳だし」
「……最近、ワイルドエリアも気になっててさ」
「?え、えぇ」
「だから今後、もし予定が空いてたら、宜しく頼むよ。ルリナが嫌でなければ、ぜひ」
「!えぇ、勿論よ」


――そうか。俺は彼女の夢への姿勢だけじゃなくて。
彼女自身のことも好きになっていたんだ。