スチール・ブルー
- ナノ -

5月26日

モデルをしている時の私は、スポットライトを浴びている。
服を飾るために、服を魅せるために、カメラのフラッシュも何度も浴びる。
撮影をしている時の私は、トレーナーの時の荒々しい波のような勢いは息を潜める。

しかし、今日は特にカメラの前に立つ自分は輝いていた。まるで湖に陽光が差し込んで、爛々と水面が輝くように。
カメラで撮られた写真をカメラマンと共にチェックする。
今日の写真は珍しくどれも表紙やカットに使えそうな写真ばかりだった。


「ルリナちゃん、何か今日いいショット多いね〜」
「あ、ありがとうございます」
「なんだろう、ノッてるっていうかいい表情が本当に多くてどれ採用するか悩むんだよね」


──不思議と、なぜいい表情ばかりなのかという自覚があった。
きっと。恋をしたからなのだろう、と。


今日の手合わせに対して勝ちたい以外の雑念は混ぜない。それがジムリーダーとしての矜恃だ。

「昨日は撮影だったんだって?お疲れ様」

しかし、それ以外の時間。フィールドに行く前の雑談だとか、ジムリーダーと四天王としてではなく、イチイとルリナという人間としての素の会話では話は別だ。
モデルとしての仕事とはいえ労われるのは嬉しい。この間もそういえば書店で表紙になってるの見たな、なんて感想を言われるのも嬉しい。
好きだと自覚した人にそうやって褒められれば意識してしまう。


「ルリナ?」
「なっ、なんでもない。ありがとう。近いうちに広告も出るから見てくれると嬉しいわ」


もう少し素直に言えたらいいのに。それが出来ない自分がもどかしくなる。

どうしたら、彼は自分を見てくれるだろうか。
どうしたら、彼にとって特別だと感じられる人になれる?
悩んで立ち止まっているなんて自分らしくもないなんてことは重々承知している。しかし、彼にとってはルリナという人間の持つ肩書きも功績も、特別視するものではない。
それは親友のソニアがそうであるように、嬉しい筈の評価だ。


「イチイ君って、イッシュではどんな感じだったの?してんのうだった毎日って」
「俺?そうだな……俺の立場ってどちらかと言うと挑戦者と戦うより同じしてんのう同士、入れ替わり戦を挑むジムリーダーと戦ったり手合わせすることが多かったよ。刺激は凄い留学だったな」
「手合わせの相手もそのクラスだなんて」
「気軽に頼めるのが彼等だっただけなんだけどな。俺はバトルに刺激を受けたインスピレーションを建築デザインに反映させてたんだよ」


レンブやカトレア、それから特にギーマとはよく手合わせをしたものだと語る。
彼にとってポケモンバトルは芸術方面でも相乗効果を生み出していた。しかし、余計にそれならどうして戻ってきたのかという疑問が湧いてくる。
そんな眼差しに気付いたのか、頬を掻きながら彼は戻ってきた理由を語った。


「でも、まあ……そうだな。その感覚を一時封印して、普通に勉強して色んな所を回って。ただの普通の男になった状態でデザインする期間を作りたかったのかもしれない」
「それで……ガラルに、戻ってきたんだ」
「あぁ。けど、最近はやっぱり俺はバトルと切り離せないんだなって漸く腑に落ちてきてる気分だよ」


──ルリナというトレーナーに会って、手合わせを重ねる毎にその想いが強くなっていく。どちらかを諦めて片方に専念したい訳では無い。どちらの道も、やはり好きなのだと。


バウタウンのスタジアム。練習試合でも審判を普段は付けることが多いが、今日はジムトレーナーはフィールドには来ていない。
試してみたい秘策を、彼にサプライズでぶつけてみたかったからだ。

「じゃあ、審判は不在だけど始めようか。俺はこいつで」

彼が投げたボールから出て来たのは何度か戦っているデンリュウ。
このデンリュウにはこれまで何度も、グソクムシャの攻撃を防がれてきた。
技の構成は分かっている範囲で10まんボルト、コットンガード、きあいだま。
攻撃系に偏る攻撃になるポケモンに対して、コットンガードによる防御力強化は非常に戦いづらくなる。じめんタイプの技を警戒しての構成なのだろう。
でも、私は今まで一度もじめんタイプのポケモンを彼に出したことはない。密かに育てていたこのこの出番だ。


「行くわよ!存分に戦いなさい!」
「!なるほど、ヌオーか!」


そう、これが彼のデンリュウを落とす作戦だ。
でんき技をこれで防ぐことが出来る上に、攻撃型のエレキブルに対してはねっとうで火傷を加えて攻撃力を半減に出来る。
他にもれいとうパンチを覚えさせている。ネット上で囁かれている彼のポケモンで、でんきタイプ以外はトゲキッスだ。
まさか本当にそれ以降ポケモンを育てていない訳は無いとは分かっているが、相手の情報を入れた上で対策をするのは大切だろう。


「コットンガード!」
「ヌオー、どくどくよ!」
「なっ、そう来たか……!」


防御力が上がっていてもこれでじわじわと体力が減っていく。長期戦になればなるほど、こちらに有利に働くように。
デンリュウが投げたきあいだまを避けたヌオーにじしんを指示する。
かなりダメージを与えられている。今回こそは、いける。そんな確信を初めて抱いた。


「至近距離で撃て!きあいだまだ!」
「一回だけ耐えてちょうだい!」


至近距離の避けられないきあいだまをまともに食らったけれど、ヌオーは倒れなかった。
もうどく状態で動きが怯んだデンリュウに最後のダメ押しをする。
じしんを放ったヌオーの攻撃に、デンリュウの体はぐらりと傾き、そして倒れた。


「っ……!いいわよヌオー!」
「お疲れ、デンリュウ。やるな。対応しきれなかった」


初めて、フルバトルではなく2対2という形で彼のでんきタイプのポケモンに勝つことが出来た。
湧き上がってくる高揚感に手が少しだけ震えてくる。倒せたんだ。イチイ君の練度の高いポケモンを。
でも、まだもう一体残っている。一度ヌオーを戻して、彼の次のポケモンを待ち、それから作戦を考えなければ。


「行くぞ、ストリンダー」
「ストリンダー……だったらこっちは行くわよ、ドヒドイデ!」


本来だったらエレキブル等の攻撃型に対して実力を存分に発揮できるドヒドイデだが、同じどくタイプだとお互い通用する攻撃が減る作戦だ。


「前見たストリンダーと違うような……」
「俺のストリンダーはハイな奴とローな奴、どっちも居てさ。ガラルでしかなかなか見かけない奴だったから気に入って育てたんだ」


前回戦ったストリンダーとは全く別の子。対策等は通じない。
みがわりを使うポケモンは居ないけれど、貫通するオーバードライブが得意なポケモン。
初手ででんきタイプの技を放つだろうとトーチカを指示しようとしたのだが。


「ストリンダー、ちょうはつだ!」
「っ!?ちょうはつ……!?」


──やられた。
ドヒドイデの要でもあるじこさいせいとトーチカを封じられた。
ベノムショックとアクアブレイクだけしか攻撃出来ない。つまり有効打はアクアブレイクしかない状況に追いやられたのだ。
じこさいせいを挟みながらなら、可能性はあるかもしれないと思っていたのに、先手を打たれた。
攻撃技に偏る訳でもなく、防御力や攻撃力をあげて突破してくるポケモンや、今のように攻撃手段を防いでくるポケモン。パチリスとのようにマヒやいかりのまえばで立ち回るサポートにも特化したポケモン等。
バランスよく、それぞれの特性や役割を理解して育ててる。

その後は、ストリンダーの独壇場。
ばくおんぱやオーバードライブでドヒドイデだけでなく、体力の削られていたヌオーも倒れた。
折角いい線をいったのに、負けてしまった結果にがっくりと肩を落としてスポーツタオルで汗ばんだ首元を拭う。


「あーもうまた負けた……!」
「いや、驚いたよ。勿論油断してた訳じゃない。ただ、防御力を高めた後でこうもじめんタイプの技で落とされたのは素直に完敗だった」
「……」


どうしてこうも、真っ直ぐと褒めてくれるんだろうか。
今の自分の顔を見られない。
きっと、嬉しくて解けた顔をしてしまっているに違いないと思うほどに、その褒め言葉は嬉しかった。

ジムリーダーという肩書きはあれども、本当の意味でトレーナーとして認められたような、そんな気がしたのだ。


「イチイ君、もしひこうタイプのジムリーダーから頼まれてたらこういう風に手合わせしてた?」
「……うーん、二回くらいは手合わせしてたかもな」
「そうよね。貴方、人がいいもの」
「そうでもないって。それ以降のヒントは自分で気付くようにって、それ以上は付き合わなかっただろうよ」


その言葉に違和感を覚える。
何せ2回どころか、もう何度も何度も。何日も練習試合に付き合って貰っている。
現にこうして付き合ってくれているじゃないかという疑問が浮かぶ。

「二つの道で頑張る人は俺にとってもいい刺激になるから。だから、縁があった上でそうだったルリナじゃなかったら、言われてみればこんなにバトルもしてなかったかもしれないな」

二つの道──それは間違いなくモデルとジムリーダーとしての道だ。
両方トップを目指そうとしている姿を、彼は片方に気を奪われてるからもう片方が疎かになって結果が出し切れていないとは、評価しなかったのだ。
それがどれだけ私の心を救うか、彼は知らないのだろう。他でもない両立している彼に認めてもらえることには意義があった。

「俺はさ、やりたい事が沢山あったとして。叶えたいことが幾つかあったとして。結果が求められた上で、その結果があるからこそ人に見てもらえている所があるのを分かってる」

実力が無ければ認めてもらえない。
結果が出ていなければ認めてもらえない。
そんな残酷な勝負の世界で自分たちは生きている。
拳に自然と力が入っていくのが分かったが、目の前の青年の瞳は穏やかに、そして優しい色をしていた。


「けど、結果だけじゃなくてその過程……努力してるその姿自体が人に共感してもらえて、誰かにとっての夢になることもあると思うんだ」
「ぁ……」
「だからその、なんだ。ルリナのこの努力は、俺にとっても夢を持てるような眩しさがあるんだよ」


──ジョインアベニューという成果物を仕上げるための努力はした。
しかし、四天王だったから舞い込んできた話だという意識のせいか、どうしてもイチイはその過程に頭では分かっていても納得しきっていなかった。
ひたむきに努力し続ける彼女の姿はイチイを初心に帰らせたのだ。

彼はパチリスを肩に乗せて「ポケモンセンターに行ってくるよ。それじゃあ」と挨拶をして、特別なことなど何も無かったかのようにスタジアムを後にする。
背中が見えなくなった所で、力が抜けたのかベンチにどさりと腰を落として頭を抑えた。


「……もう、何あれ。あんなの、ずるい」


今も鼓動が鳴り止まない。
好きだという気持ちが膨らんで、熱を持って。稲妻が弾けるようにフラッシュを起こす。
今度ソニアに、相談しよう。