スチール・ブルー
- ナノ -

5月5日

バウタウンの海は朝日に照らされて、揺らめき、煌めく。
イッシュ地方に居た時にはあまり海を見る機会は無かったが、バウタウンは船が数多く停泊する港町だった。
潮風が鼻孔をくすぐり、胸を踊らせる。

朝日を浴びながら、イチイは泊まっていたホテルをチェックアウトする。その肩に乗っているのは、相棒であるパチリスだ。
昨日、ブラッシータウンでルリナに偶然再会した時に、稽古をつけて欲しいと言われた時は驚きもしたが、イチイにとってもいい機会だと言えた。
モデル業も、ジムリーダーとしても一流である彼女とのバトルで、自分が今見失っているものが見つかるのなら。


「……彼女の目的に勝手に俺の目的まで重ねるのはマナー違反かもしれないけど」
「……パチパチ」
「悪いな、パチリス。俺の自分探しのために楽しいバトルの場からこうして離れることになって」


パチリスの尻尾を撫でながら、イッシュ地方で四天王として幾度となく激しいバトルをしてきた日々を思うと今は退屈だろう?と、申し訳なさそうにするイチイだが。
その尻尾でイチイの首元を撫でながら、パチリスは首を横に振りながら慰めるように鳴いた。
この日々がつまらない訳ではないし、イチイのしたいことに付き合って行くつもりだと言わんばかりの表情にイチイはふっと笑みを浮かべながら「やっぱりお前は俺のパーティの中で一番男前だよ」と呟いた。

街の北側に位置するバウスタジアムへと足を運ぶと、明かりはついているものの、人の出入りは無いようだった。
チェックアウトをして、ゆっくり朝食を食べてから足を運んで、現時刻は朝9時。
街中の店もフレンドリーショップを除けば10時ごろから始まる店も多いから早かっただろうかと唸っていると、スタジアムの扉が開き、このジム内で今日待ち合わせをしていたルリナが出てきた。


「おはよう、ルリナ。ちょっと早く来過ぎたかな?」
「おはようございます、イチイさん。いつも朝早くからトレーニングしているから気にしないで」
「へぇ、習慣なのか。あっ、もしかして釣りとか行くから朝型なのかい?」


イチイの問いに、ルリナはその通りだと頷いた。
モデルの撮影は人があまり居ない時間帯で行われることもよくあるから、早朝から現場入りすることも多い。そして、海に出て釣りをするとなると、朝早くから船を出して行うことが多いから、ルリナの活動時間はどちらかというと朝寄りと言えた。


「朝型かぁ、俺と一緒だ」
「えっ、意外です」
「意外かい?あっ、もしかして俺が建築デザイナーだから夜遅くまで作業してるイメージだったのかい?」


建築デザイナー、つまりはクリエイターの人は夜型なのだろうと勝手に印象を持っていたのだ。
スタジアムに入り、ルリナの案内でバトルフィールドに向かって歩きながら、イチイは「夜ってシャワー浴びてる時間以外はそんなにアイデアが降ってこないんだよね」と呟いた。


「夜にリラックスしてるせいなのかもしれないけどさ。朝早く起きて、コーヒーを入れながらスイッチを入れて行くと、お昼までちゃんと集中力が続くんだよ。……あぁ、ごめん。こんな話どうでもよかったな」
「いえ、違う職業の人の話って面白いなと思って」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。そういえば、いつ俺が四天王だって気づいたんだ?初対面の時は多分気づかれてなかったと思うんだけど」
「もう会える訳はないかもしれないと思っていたんだけど、パチリスを使うトレーナーの話が記憶に引っかかって。まさか助けてくれた人が別の地方の四天王だとは思わなくてびっくりした」
「ははっ、俺も助けた人がまさかジムリーダーだとは思わなかったよ」


不思議な縁もあるものだとイチイは笑って、隣を歩くルリナに視線を移し、少年のように笑った。

ナックルシティにあの日立ち寄ってみたのも偶然。ナックルスタジアム前にルリナが仕事の関係で来ていたのも偶然。
そして、男にナンパされていた所を助けようと思ったのだって偶然なのだから。

バウスタジアムは水ポケモンの使い手ということもあり、水を使ったギミックが特徴的なスタジアムだった。
通りを抜けて、スタジアムに行き着くと、バウジムのジムトレーナーも今日の話は聞いていたのか、試合がよく見えるベンチに座っていた。

──人に見られながら戦うのは久々だな。胸が踊る。

二人はフィールドの中央に向かい「試合形式というより、2対2で戦っていく感じにしようか」と声をかける。


「さて、早速始めようか」
「はい!」
「みず使い……いやあ、シズイ以来だ」


バトルフィールドに立てば、お互いにトレーナーだ。
それまで穏やかで気さくだった青年の雰囲気とは一変し、空気が張り詰める。
その堂々とした佇まいと、滲む自信はトレーナーとして強者である証だ。ガラル地方には四天王という制度はないものの、特別な強さを誇っているというのは分かる。おそらくキバナ辺りといい勝負をするだろう実力者だ。

「行くわよ、カジリガメ!」

ルリナは緊張した面持ちでボールを投げる。彼女がイチイとの初めての手合わせにおいて、一番目に出すのは一番の相棒でもあるカジリガメだ。
一方イチイはどんなポケモンを使ってくるのか──緊張した面持ちでハイパーボールが投げられるのを見守り、ごくりと息を飲んだ。
出てきたのはパチリスではなく、一目で練度が高いと分かるエレキブルだった。拳に稲妻を迸らせて、不敵な笑みを浮かべている。


「行くぞ、エレキブル」
「……ッ!」


可愛い雰囲気のするポケモンを使っているせいか、本人にも勝手にそんな雰囲気を抱いていたが。
目の前にいるのは、紛れもなくトレーナー達が尊敬する強者だった。