Extra Cobalt Blue
- ナノ -

will you remember me

この時期になると数年前にあった出来事を思い出す。

懐かしい記憶というよりも、まだ最近のことのように思えるし、あの日のことは鮮明に今も思い出せる。
帝国解放戦線のリーダーとしてテロを企て、鉄血宰相を抹殺する為に動いて来たあの日々を後悔はしていない。
愚かではあるがそう簡単に生き方や信念と言うものは変わらない。
ただ自分の命を易々とゲームに賭けることを止めただけであって。

当初は圧倒的な実力差でリィンに勝っていたが、煌魔城での一戦で全てを出しきった上で遂に敗れた。
勿論信念を持って戦うからには負ける気も無かったが、どこかで期待もしていたのだ。リィンが、Z組が自分を止められるだけの力を付けてあの場に来る事を。

しかしその為にどれだけフランを傷付けることになったのか、重々に分かっているからこそ、ふと時々罪悪感さえ覚える。
互いに譲れない生きる理由があり、その為に己の弱音や本心を見て見ぬふりをしてきた。
そんな偽りの表情も見抜きあっていた上で付き合っていくことを選んだが、それでも男として最低の選択をしたことに間違いはない。

机の上に置いてある写真立てを眺めて、ふっと笑みを浮かべる。
Z組やゼリカ、トワ、ジョルジュも含めたメンバーで撮った写真と、その後にフランと撮った写真。
あの瞬間の輝かしい日常は、俺の中でも偽りではなかった。


「フランに会ってなかったら……そんなに関わってなかったら、今頃俺はどうしてたんだろうな」


そんな可能性の事を考えたって仕方がないのは分かってる。
けれど、フランに好意を抱いたこと自体が当時は誤算だったのだ。誰に対しても一線を引こうとしていた筈なのに、気付けば退路を断ち、そして付き合いこうして結婚までしたのだから。

もしも、フランが自分以外の誰かと隣に居るような未来があったのなら。
そこまで考えた所で頭を押さえて空笑いをする。
もしかしたらその方がフランにとっては幸せなのかもしれないと思った事は何度かある。
強がって、脆さに背を向けたまま気丈に生きて来たフランを受け止められるような相手だったらどうだろうか。
Z組の誰かだったら、アイツをきっと受け入れてくれる。
何よりも己の信念を優先してしまった俺が誰よりもフランを幸せに出来るかと聞かれたら、自信を持って答えられない。
なにせ、あの場で朽ち果てることさえ覚悟していた。未来を守ろうとするのではなく、俺は妄執に生きる事を選んでしまった。

「……はは、そう分かってんのに、俺も欲深いな」

そんな罪も、幸福の可能性も知っているのに、今の俺はフランの隣を誰かに明け渡すことなんて考えただけでも拒絶を覚える。
波が荒立ち沸々と独占欲に心が満たされ、理性を焦がし欲の枷を外す。
誰かがフランを俺の隣から奪おうとするなら、剣を振り翳そう。
守る為に剣を振るう教訓を学院を卒業した今重々理解している筈だが、敵を排除する為に力を振るう危険性が自分にはある。
それを、表に出さないようにとは努めるし、俺も変わって来てはいるがーー綺麗な人間でもないんだ。


リビングに戻ると、朝からフランが忙しそうに片づけをしていた。今年も今日で終わるから、年越しの為の大掃除をしている。
休みの少なかった学園といえども流石に年末年始は休みで、フランも今日は家に居る。
フランが日頃から整理していたり掃除しているのもあってそれ程汚れているようには見えないが、普段あまり触らないような場所の埃も取ったりしていて、布巾をちらっと見ては顔を顰めている。
家事が出来るイメージがあるからついつい当たり前の様に思ってしまうが、フランはそういう身の回りのことはメイドや執事に任せていた筈のお嬢様だった。出来る方が風変わりではあるのだが、フランの周りの環境を考えると仕方がない。


「あっ、クロウ、自分の部屋は終わった?」
「あぁ、一応な。何か手伝うか?」
「大体の掃除は出来たんだけど……あっ、棚の上とか拭いてくれる?」
「りょーかい。ははっ、届かねぇもんな」
「そういうことは改めて口にしなくていいの」


フランが背伸びをしても届かない棚の上の縁を掴むと、拗ねたようにぷいっと顔を逸らす。こういう反応が可愛いもんだからつい口にしちまうんだよな。
渡された布巾を手に掃除をしながら、そういえばと考えていたことをフランに投げかけた。


「なぁ、フラン。今日はドライケルス広場に行かないか?」
「……、ドライケルス広場……」
「家でゆっくり年越ししたいならそっちでも構わないんだが」
「いえ、そこで年越しする?」


一瞬考え込む様子で言葉を濁したフランだったが、ふっと笑みを零すと頷いて了承した。察しのいいフランのことだ、三年前の今日あそこで何があったかを考えていたのだろう。そしてその上で何も聞かずに頷いてくれたのだ。
禍々しく変形したバルフレイム宮ーー魔煌城で最後の戦いを繰り広げた。
ヴィータと共に両刃剣を構え、フランもまたあの白銀の銃を向けて来て。


「クロウ、……クロウ?」
「……え?あ、わりぃ、聞いてなかった。これ終わったら、帝都内デートしてから適当にドライケルス広場に行くか」
「えぇ、温かい格好で行きましょうか」


寒さも身に染みる12月31日ーーバルフレイム宮の前は年越しをここで迎えようとする多くの人で賑わっていた。
人を避けるように広場の隅っこの壁に寄りかかって、二人並んで宮殿を見上げる。
あの場所は因縁の場所でもあり、思い出の場所でもあり。全てが終わって全てが未来へと繋がった、そんな場所だった。


「実はそんなに懐かしいって思える程、私の中で消化出来てないの。あの時のことを思い出すと……今も、少し震えるから」
「フラン……」
「すれ違って、傷付けて……でも、クロウが生きてて、本当に良かった……」


繋いだ手をぎゅっと握り締めて絞り出すように呟かれたその言葉の重みを、俺はよく知っている。泣くまいと気丈に生きて来たフランが初めて他人に見せた涙を忘れたことは無かった。
けど、ここで言うべき言葉は「ごめんな」ではないだろう。謝罪を口にした時、フランが悲しそうな顔をして「そうじゃないでしょう」と言ってくれることを俺はよく分かっているからだ。


「クロウ、ちょっとしゃがんで?」
「ん?」


フランは自分の耳に付けていた丸い黒曜石の付いたピアスを外し、俺の耳をそっと触り、「痛かったら言ってね?」と声をかけて空いた穴にそれを通して留めた。フランが学生自体から身に付けているそれは彼女にとっては大切な物だった筈だ。


「パンタグリュエルで、クロウは私にピアスをくれたでしょう?だから、私もクロウに預けようと思って」
「……いいのかよ?これ、大事なんだろ?」
「だからこそ、よ。でもそれでクロウを縛りたいとかじゃなくて、私は何時もクロウの傍に居るってことを忘れないでほしいから」
「フラン……」
「ふふっ、私は、クロウを甘やかしてあげるって決めたの。勿論、調子に乗るから注意をしないって訳じゃないけど」


俺と言う人間を知った上で甘やかすなんて言ってくれる人に恵まれたこと自体が、俺にとっては奇跡みたいなことだった。
いや、奇跡なんて言葉で片付けてしまうのはそれこそ失礼だろう。数多の選択の末にこの未来を掴むことが出来たのだから。
フランに貰った新たに付いたピアスをそっと撫でた。
フランが大事にしていたそれを託されたことが嬉しかった。敵対した時期があるからこそ、傍に居てくれることの幸福が身に染みるのだ。そして俺らしくもない僅かな恐怖さえ覚える。

この幸福が無かったならーー俺は、フランはどうだったのだろうかと。


「なぁ、俺がもし……もし、あの時で死んでたらどうだった?」
「クロウ……そんなもし、縁起でもないからやめて」
「……」
「……でもね、私はやっぱりずっと忘れない。道に迷ってた私の手を強引に引いてくれた、クロウっていう人を。好きな人を」
「……俺がお前に、俺のことを忘れて前に進んでくれって言ってもか?」
「私の性格、分かってるでしょう?前に進む足を止めはしない。……でも、私は頑固だから。クロウ以上の人を見付けようなんて思えない」


あぁ、つくづく幸せ者なんだなーー俺って。
困ったように肩を竦めながら綺麗に笑って手をぎゅっと握るフランに、熱いものが込み上げてきたが、誤魔化すように空を仰いで深く息を吐き、フランの身体を抱き締めた。

まさか自分に鉄血宰相への復讐という信念以外の支えが出来る日が来るなんて、ジュライを旅立ったあの日から存在してはいけないと思っていたのに。
忘れて欲しいと言いながらも、本心ではフランに自分をずっと覚えていてもらいたかった。
そんな自分本位な欲はフランの未来さえ縛り続ける事になると分かっているのに、俺は狡い人間だ。


「クロウって、自分ごと誤魔化して偽ろうとするから。……今だって、本当に私に忘れて欲しいなんて思ってない筈だから。もしかしたら立場も違ければ信念も別にあった事で後ろめたさがあるのは事実なのかもしれないけど、クロウは簡単に諦める人じゃないでしょう?そうでなかったら今私はここに居ないわ」
「……フラン……」
「そんなクロウだからこそ私を受け入れてくれたんだろうし、私も愛してしまったわけだし。クロウって欲深さもあるけど、それと同時に誤魔化して距離を置こうするから時々心配するの」
「そう、だな。……お前の言う通りか。最近は、フランに対して誤魔化すことはしないようにしてたつもりだが、……性分なのかもしんねぇな」
「だから手をすり抜けていかないように今度こそ繋ぎ止めようって思ったの。さっきも言ったでしょう?面倒見よくって人当たりいいけどちょっと不器用な所もあるクロウを甘やかすって。私は、クロウを愛してるから」


どうしてフランは、俺自身も自覚していない必要な言葉をくれるんだろうか。
そういう俺の二面性を理解したうえで支えてくれるフランの愛情が俺をこの表の世界へと引き戻してくれる。まったく、もしもなんて考えていたのが馬鹿らしい位にーー俺は今幸せだった。

暫く話していて気付かなかったが、もう間もなく日付を越えるのか周囲の歓声が高まり、カウントダウンをする声が聞こえてくる。年を越えるにあたって何か言い残したことは無いかと思い浮かべる。


「フラン」
「なに?」
「俺の我儘に付き合うばかりか、支えてくれてこんな俺を甘やかそうとしてくれて、ありがとうな」
「私こそ……クロウと一緒に居られて幸せよ。ありがとう、私の新しい名前をくれて」


アームブラストという名をフランが貰ってくれた日の事は忘れることは出来なかった。
ここに来るまで。出会ってから関わったからこそ沢山傷付いて来たのは事実だが、それでも互いの存在に感謝し合ってた。

午前0時00分──多くの歓声と共に、新たな年を再び迎える。バルフレイム宮をぼんやりと眺めた後、俺とフランは家路に付くために道を引き返してゆっくりとした歩調でフランに合わせるように歩きはじめる。


「帰ったら何食べる?リィンから教わった東方文化のお蕎麦っていうのにも惹かれるけど、折角だしクロウが作るもの、食べたいかな」
「おいおい、こんな夜中にフィッシュバーガーなんかでいいのかよ?」
「えぇ、だって特別な日が終わって、始まったんだから……特別な食べ物じゃないと」
「りょーかい。久々に俺様が腕を奮ってやるぜ!」


ノスタルジアに浸るのはお終いだ。また新たな年の幕開けなのだから。
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