Extra Cobalt Blue
- ナノ -

痴話喧嘩の甘い理由

「フラン、うちに居る分には構わないが何があったのかせめて理由を言ってくれないか」

オスト地区にあるレーグニッツ家、一階に備え付けられている椅子に座ってマキアスに淹れてもらったミルク入りのコーヒーを飲んでいるのは突然家を訪ねてきたフランだった。
同じ帝都に住んでいることもあって都合が合えば度々会うこともあったが、こうして何の連絡もなしに押し掛けてくるのは初めてだったし、礼儀正しいフランの性格を考えると非常に珍しいのだ。
しかし、不機嫌そうな表情からきっとクロウ先輩と何かあったのだろうとマキアスは何となく分かっていた。

「……だって、クロウが……」

あぁやっぱり、とマキアスは溜め息を吐いて頭を押さえる。
けれど、日頃から主にフランがクロウに対して注意をしている姿はよく見ていたが、喧嘩という喧嘩はあまり聞いたことがなかった。二人ともあまり感情的にならないし、フランがクロウの世話を焼いているように見えてその実むしろクロウが上手くコントロールしている部分が大きく、喧嘩に発展する前に宥める。
そういう関係だったが、フランが意地を張るのはともかくクロウも折れないのはなかなか無いことだ。


「君たちが喧嘩なんて珍しいな」
「……はぁ、兄様に今度貴族の社交パーティに出て欲しいって言われてね」
「?暫くその世界から離れていたんじゃないか?」
「だって、私はもう貴族の家の人間じゃないもの」
「……そういえば、そうだったな」


アームブラストの姓に変わっているフランは元貴族で未だに影響力がある名だったといえども今は平民という立場だ。今更貴族として社交パーティに出る立場に無いと言うフランの主張も理解出来る。


「私も最初は断ったんだけど、皇族の方が来るしアルフィン皇女殿下が会いたいと言ってくださってるみたいで、参加して貰いたいって言われてね。正直もうラングリッジの名ではないんだし乗り気ではないんだけど」
「来る相手が来る相手というか……それを、クロウ先輩に言ったのか?」
「えぇ、そうしたら駄目だの一点張りで。口論になって、今に至る訳よ」
「……」


融通が利かないんだからと文句を言うフランだが、その話を聞いていたマキアスは無言になった。
何となく、クロウが何故駄目だと頑なに却下したのか、マキアスは気付いてしまったのだ。


「フランも乗り気じゃないんだろう?」
「えぇ、それはそうだけど……」
「君が以前から周囲の貴族に嫌味を言われ続けてた事は当然クロウ先輩も知っているし、むしろ今は平民の家に嫁いだと快く思わない人々がより君に辛辣に当たる可能性もかなりある」
「ぁ……」
「クロウ先輩の性格を考えるとフランを心配してこそのような気がしてな……こ、これはあくまで僕の勝手な想像だが」


マキアスの言葉にフランはクロウの真意を理解したのか顔を俯かせる。クロウが怒っていたのは自分を想っての行動だったことに漸く気付き、意地を張ってその厚意を無碍にしてしまったことを悔いた。
クロウは決して駄目だと言うその理由を語ろうとはしなかった。心配だからという本心を正直に言うのはクロウも気恥ずかしさ故に躊躇ったのだ。勘違いをして彼に当たってしまい、家を飛び出して来てしまったことを後悔するばかりだ。

「私、本当に馬鹿ね……ありがとう、マキアス。帰って話を……」

クロウに謝って、それから礼を述べなければいけない。そう思い立ち、マグカップを置いたその時。
家の戸を叩く音が聞こえて来て、立ち上がったマキアスが玄関の扉を開くと、困りきった顔をしているクロウの姿があった。


「クロウ先輩」
「よう、マキアス。フランは来て……」


最後まで言い終わる前に、奥に目を丸くしてクロウを見詰めるフランの姿があることに気が付き、クロウは気まずそうに、しかし安堵したような表情を見せる。フランは一瞬目を逸らしそうになったが、正面から向き合わなければと腹を括ったのか拳をぎゅっと握り締めて立ち上がり、マキアスの肩をとんとんと叩いた。


「迷惑かけたわね、マキアス。また日を改めて、今度はゆっくり話したいわね」
「あぁ、そうだな。もうこういうのは勘弁してくださいよ、クロウ先輩」
「……はは、悪い悪い」


マキアスと別れて家を出たクロウとフランは、オスト地区の導力トラム乗り場まで暫く言葉を交わすことなく無言で並んで歩いていたが、ふと足を止めたフランはクロウの服を引っ張った。


「フラン?」
「ごめんなさい、クロウ。心配して言ってくれてるって分からずに……酷いこと言って」
「……いーや、俺も言葉が足りなかったからな。悪い、フラン」


ぽんぽんと宥めるように頭を撫でて来るクロウに、フランは安心したように表情を緩めた。
フランが家を飛び出した後にどうしてあんなにも感情的になって正直にお前が心配だからだと言えなかったんだろうと家で一人悶々と思い悩み、そしてエリオットの家を回ってからマキアスの家に尋ねて来たことは当然フランは知らないだろうし知らなくていいとクロウは頬を掻いた。


「兄様に断ろうと思うの。殿下にお誘い頂けたのは嬉しいけど、私はやっぱりもうアームブラストだから」
「……ったく、そういうこと言うなっての。反省する気無くしちまうだろうが」
「もう、クロウのばか」


肩を竦めて笑いながら、フランはクロウの頬に手を伸ばしてきゅっと軽く摘まんだ。そしてクロウも肩を揺らして笑いながらその手を取って握った。
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