Extra Cobalt Blue
- ナノ -

白い花が彩る過去と未来

「また、ライノの花が咲く季節になったよな」

春の木漏れ日の中、暖かく眩しい日差しに目を手で覆いながら街に咲く白い花を見上げる銀髪の青年は懐かしさにふっと零れた笑みを浮かべる。
白い花弁を散らし、地面を彩るその花の咲く季節に彼は入学をし、そしてリィンやフランと出会った季節。

ちらりと横に居る自分よりもかなり背丈の低い妻に視線を流す。トリスタに通勤しているフランも毎年咲くこの花を見慣れているだろうが、他の生徒達とは違う想い入れがあるのをクロウも知っている。

「またこの花が見える時期にトリスタに来ると、不思議な気分なんだよな」

門出の季節を祝う花ではあるが、この花を見ることなく学院に戻って来られなかった可能性があり、そしてクロウが入学した当初はそもそも足場でしかない学院に興味が無かったからこそ、このライノの花はクロウにとっても微妙な位置づけなのだが。
この花がまだ残る季節ーー二年生の春はクロウにとっても思い出深い。


「でも、私としてはクロウとの交流で印象あるのは春というより、夏のイメージがあるわね」
「あー……まぁ、確かに俺も"神出鬼没"だったから春はちょいちょい会ってたくらいか。偶に話す先輩だったのが変わってきたのっていつだ?」


神出鬼没だった理由は学業以外の活動をしていたからこそだが、フランは敢えてそれに突っ込まず、偶に話す先輩だったクロウが自分にとってあの学生時代どういう存在だったのかを思い出す。しかし改めてそれを言うのも気恥ずかしい。


「……それを私に聞く?は、恥ずかしいじゃない」
「旦那としては嫁に惚気てもらいたいもんだっつーの」
「まったく……大きなきっかけは何度も言ってるけどあの旧校舎の一件で私の……弱みみたいなものを知られたことだけど、クロウは何時だって私が悩んでる時に声を掛けてくれたじゃない。多分徐々に気付かない内に、取っていた筈の距離が無くなっていったのかもしれないわね」


悪戯っぽくふと微笑んで「もしかしてそれもクロウの計算だった?」と尋ねるが、半分正解で半分間違っていた。
話し易い気さくな性格を印象付けて、誰とでも距離を縮めながらも適度に距離感こそは保つのがクロウ・アームブラストという青年だった。どう誤魔化したって面倒見がいいと言うことは認めるが、それでもこの展開は彼自身にとっても予想外だったのだから。


「俺にとっても気付いたら想定外に距離感が無くなってた。なんつーか、言葉を借りるなら計算外過ぎたな。お前に関わるって決めたのもーー夏だったな」
「そっか……夏は思い出したくないことも多い訳だけど」
「うっ……」
「それに関しては何度も言及してる訳だし、もういいわよ。欲を言えばーークロウと同じ学生生活なんて本当に短かったから、春からもう少し話しておきたかったなんて思うけど」
「そうだなぁ……たった半年だけだったってのも心残りっちゃ心残りか。学年が違う訳だから特別実習で一緒になるのが増える訳じゃねぇが」


少し拗ねた顔をして頭の後ろに腕を回して歩き出すクロウにフランは疑問を覚えたが、分かっていない様子のフランに浅く溜息を吐いて羞恥心を覚えながら「普通にお前との実習を楽しみたかっただけだよ」と答えた。
フランとクロウが実習で一緒になったのは二回。それもガレリア要塞とルーレ市で、どちらもクロウは《C》としてZ組と対峙している。


「別に、あの頃の行動に後悔してる訳じゃないぜ?それが俺だったからな。けど、青春ってのは短い。もう少し……経験しておいてよかったんじゃねーかって事が今になって出てくる」
「クロウ……」
「羨ましいもんだぜ。お前が悩んだり、前に進んだ時に一緒に居たアイツらが」
「……私にとってもそうよ?」


狐につままれたような顔に変わるクロウに、フランは今まで口にしたことのなかった抱いてはいけないと思っていた嫉妬心を打ち明けた。

「クロウの側に居たトワ会長たち……あの先輩たちと一緒に居る時のクロウは楽しそうだったし、入学当時のクロウを変えたのもそうでしょう?私には絶対に割り込めない友情がちょっと羨ましかったわ」

多分それはフランにとってのZ組の存在と同じだろう。しかし少し違うのは始めこそは10人で発足したZ組だったが、フランにとってのZ組にはミリアムもクロウも含まれている。初めて知った互いに羨む感情に目を丸くして顔を合わせてぷっと吹き出した。


「はは、夫婦って似てくるもんなのか?」
「ふふ、性格はこんなに正反対なのにね」
「そうだ、鉄道に乗ってそのままケルディックに行こうぜ。確か、お前らの最初の実習地だよな?」
「えぇ……でも、私はB班だったからケルディックには行ってないわよ?」
「だからこそだよ。あの内戦があったから当時と全く同じケルディックじゃねぇけど、だから行く意味があるだろうしな」


クロウの言葉に頷いて伸ばした手を掴んだ大きな手は温かく、隣に確かに居るその存在に安堵する。
鉄道に乗った二人はトリスタを離れ、ケルディックへの短い旅行へと向かったのだった。
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