紺碧片のオフェリア
- ナノ -

ハローブルーバード


8月26日の12時30分。場所はエレボニア・リベール・カルバードの三カ国国境地点の上空、パンタグリュエル。
ミュゼが招集したのは、リベール王国、レミフェリア公国、カルバード共和国からの重要人物と立ち合いに遊撃士協会、特務支援課の面々だった。
宰相に対抗しうる千の陽炎の全貌がまだ分かっていないとはいえ、その三国を国境地点という場所で行われる会談に呼んでいる状況から予測される最大規模の作戦に緊張感が走っている。

それぞれ再会を喜び合う中、パンタグリュエルの美麗な装飾を眺めてフランは肩を竦めた。
どうにもこの船は貴族連合軍の物というイメージが抜けない。何せ、離れ離れになったZ組と再会する前の数週間はこの場所で過ごしていたのだから。


「パンタグリュエルにこんな形でもう一度来るなんて、正直思ってなかったわ」
「私達が全員合流する前にフランはここに捕まってたんだものね。しかも、リィンよりも前に」
「滞在時間を考えれば、私よりも長くフランさんはここにいた気がしますね」
「ふふ、私にとっては心強い囚われの騎士様でしたけど、逃げ方も私と違って単独で突破して格好いい感じでしたし」
「や、やめてください殿下……それに、誰かさんがわざと鍵を開けて武器も置いていったこともありますし」
「あら」
「……クロウさん、その点も含めて弁解をお願いします」


フランとクロウの関係を詳しくは聞いていなかった新Z組の面々は、元々主人は異なっていたがカイエン公の側にクロウと共に居たアルティナの言葉に驚いて二人に視線を移す。
クロウは対立する立場にあったが、仲間思いの先輩だったという旨はリィンから何となく聞いてはいたし、彼が帝国解放戦線のリーダー《C》であったことと、蒼の騎士であったこと、そしてジークフリードとして使役されていたという情報から、リィン達Z組にとって頼れる仲間で先輩でもあったが、敵でもあったという事実は何となく理解していたのだが。
まさか恋人であるフランをパンタグリュエルに捕らえた過去があるとは、普段の二人の関係性を見ていると想像もしていなかった。

二年前の出来事を思いだしながらクロウは気まずそうに苦笑いをして、「リィンの逃避行だけツッコんでくれたらよかったのによ」と零す。


「マジかよ、アームブラストパイセン。やることやってんじゃねぇか」
「……えーっと、お二人は恋人じゃなかったですっけ……?」
「そうだけど、クロウはZ組と立場的に対立してたし、私も容認する気は毛頭なかったから。だからその……何度も戦ったし、パンタグリュエルにも連れて行かれて軟禁されたけど。クロウも私がクロウの行動を認めないし、絶対逃げると確信してたみたいだから」
「あの劫炎のマクバーンが『クロウのやつ、わざと逃がして甲板に来るように誘導したな』って零してましたよ」
「アイツ、パンタグリュエルで一緒だった時にやたらと俺とフランのことをつついてきやがったんだよな」


非常に不思議なことに、身分も立場も全く異なった二人の歪な恋人という関係を、お互いが身を滅ぼすからやめた方がいいと止める人間は周囲にいなかった。
それどころか、友も仲間も敵も、彼らはお互いが居なければいけなかったのだろうと認識して見守っていた所さえあった。

鳥籠の中に自ら入り続けて家の名前のために個人を捨てようとしていた少女を強引に救った青年が居なければ、少女は壊れていた。
そして、嘘だと己を偽ろうとした青年を甘やかすこと無く、問いかけ続けた少女が居なければ、青年は本心を器用に隠そうとしていた。

フランという少女は、クロウを認めてしまう、或いはクロウを切り捨てるという妥協をしなかった。
愛情を抱いているからこそ、悩み続けながらも向き合い、心が軋もうとも、彼に問い続ける選択をした。

(悪い男に付き合わせちまってるとは思ってたが……フランがそういう人間だから、俺も好きになったんだろうしな)

――学生であり、《C》であり、蒼の騎士であり、そしてジュライ市国の人間である等身大のクロウ・アームブラストから目を逸らすことをしなかった。
苦悩することを放棄して縋るのではなく、銃を突き付けてくる方が自分とフランの在り方なのだと確信していたし、彼女のそういう在り方を愛していたのだ。


懐かしいと笑っている当本人達をよそに、他人からしたら笑い話では済まなさそうな内容であることに、困惑したユウナはひっそりとアリサに声をかける。


「あ、アリサさん」
「もうこの二人はずっとこんな感じなのよ。時々見てる方がどうしてって言いたくもなるけど」
「……強いんですね、お二人とも」
「えぇ、本当に。一見お調子者のだらしない先輩としっかりしてるけど振り回される後輩って見えたんだけどね」


二人が学生の時は一体どのような関係だったのだろうかと、会話を聞けば聞くほど興味が湧いてくる。
アッシュにも負けず劣らずの遊び人らしき言動の目立つお調子者だったというクロウと、貴族特有の凛とした佇まいと雰囲気の真面目なフランがどんなやり取りをしていたのだろうかと。
名残りのようなものは普段の会話からも伝わってくるが。

確かに正反対ではあるのだが、気になってしまうくらいには非常にお似合いであると、新Z組は思っていた。


「……だからこそ、今くらいは。普通に二人で楽しい時間も過ごして欲しいのよね」
「そう、ですね……」


二人が本当に自然に、仲睦まじい様子だから忘れてしまいそうになる残酷な現実を思い出して、影を落とす。
相克がどんな結果になろうとも、一度命を落として不死者であるクロウ・アームブラストは相克が終われば再び消滅してしまうという事実は変わらないのだ。
それを理解しているのは周囲以上に、本人達だろう。


「でもクロウ、パンタグリュエルから私が脱走出来なかったら、する気がなかったらどうするつもりだったの?」
「それはそれで美味しいことには違いないからな。 俺はどっちの道になろうと良かったんだよ。勿論お前が逃げるだろうってミラ賭けられるつもりだったが」
「……アンタ、男の趣味悪くねぇか。他のやつと同じようにシュバルツァーにしといた方が良かっただろ」
「何でそこでリィンだよ!?この、言ってくれるじゃねーのアッシュ後輩」
「……でも、アッシュさんの言いたいことも分からないでもない気がしますけど……」
「……これは惚れた弱みって言い訳した方がいいのかしら……」


照れながら、周囲に咎められようともクロウを亡くしたニ年が経っても愛し続けていたことを認めつつ、疑いの目を向けてくるアルティナとアッシュに弁解する。
確かに冷静に考えてみれば、何故その男を愛し続けられたのだろうかと疑問を抱かれるような状況と関係性だっただろう。

クロウは自分が受け入れないと確信してくれていたことが嬉しいと感じてしまうあたりは、やはり惚れた弱みなのだろうか。
「シュバルツァーに取られなくてよかったな」と悪戯に笑ってからかうアッシュに、クロウは「フランは俺じゃなきゃ駄目だったっつーの」と返すが、本当にそうなのかと再度からかわれていた。クロウの調子のいい誇張表現だろうと思われるのはクロウの性格を考えても仕方の無いことだが。

ーーフランだけは、心の中で同意をしていた。確かに、クロウじゃなきゃ駄目だったんでしょうね、と。


クロウやフランが居る迎賓室と離れたパンタグリュエルのホールでは、今回の会合における立会人であるリベールの遊撃士協会とクロスベルの特務支援課が集まっていた。
エステル、ヨシュア、レンがクロスベルに訪れていた頃からの付き合いとなるが、久々の再会となる面々は会話に花を咲かせていた。
帝国が統治しているクロスベルの現状において、特務支援課は反国家の集団として手配をされている立場になる。
ランディも帝国に引き抜かれ、ティオはエプスタイン財団の主任に抜擢されたことで身動きの取れない厳しい立場になるが、こうして追われているリーダーのロイド・バニングスを含めて全員が集まれた今日は特別な日となった。

ロイド達を後押しする人々や、協力者は確かに繋がり、大きな縁となっている。
そして、話題は協力者の中でもロイド達にとって仲間と呼べるメンバーの話となる。旅を共にしたダドリーやノエル、そして各地を転々とするリーシャに、それから。


「お兄さんたちに再会で来たついでに聞きたいけど、クロスベルも巻き込む帝国の問題であの人が中心に居るのに、彼女は来ないのかしら?」
「星杯騎士団もかなり目を付けられているのと、各地の対応でワジも色んな所に出向いてる状態でな」
「レクター大尉のことを知らない訳もないでしょうけど、それでもワジさんと行動してますからね」
「まったく、あたしにとってはリベールで貴重な同い年位の遊撃士協会受付見習いの子だったっていうのに……」
「エステルは呑気ね。ヨシュアだって流石に薄々ただの受付嬢じゃないって気付いてたのに」
「レンもヨシュアも、あとケビンさんもだけど、知ってたなら言いなさいよね〜!?」


自分だけに教えなかったのは薄情だとエステルは叫ぶが、実際の所、影の国の時点でただの受付嬢ではないと知っていたのは、ヨシュアとレン、それからケビンの元に来たリースだけだった。
それだけ彼女は器用に正体を隠していた。ケビンに妙に懐いていた所だけは、誤魔化せていなかったが。

リベールの元遊撃士協会グランセル支部受付嬢で、特務支援課の準メンバー。そしてケビン・グラハムという《外法狩り》の守護騎士にのみ使役されて隷下していた古代遺物の被験者。
現在は、クロスベルの動乱を経て、守護騎士第九位のワジ・ヘミスフィアに隷下し、サポートする立場に収まったロイドの仲間の一人だ。


「つーかシャーリィも来てることを考えると、アイツが来たらそりゃもうロックオンされて戦闘長引くだろ」
「ヴァルドさんといい、妙に戦闘狂の気がある人に好かれますよね」
「話には聞いてても、やっぱりあたしとしては影の国でも後方支援してたイメージが強いというか……真面目に要領よく仕事をしていたっていうか」
「えっ」


エステルが口にした『真面目』という言葉がしっくりこなかったティオとランディは反射的に声を上げた。
何せ特務支援課の準メンバーとして加入した件の少女は、非常にマイペースで飄々とした人物だった。
ホストを遊び半分でしていた聖職者のワジ程ではないが、彼女も相当の曲者だった。気紛れで飄々と色んな所に顔を出しては時々悪戯に引っ掻いてにっこり笑う猫のようだ。


「ちなみに、Z組にもワジと同じ守護騎士が居るんだが、よっぽどワジより様になってるぜ。つーか、アイツら普段の行動は滅茶苦茶だからな」
「アッバスさんやヴァルドさんも含めると全員、教会から縁遠そうな雰囲気ですからね……」
「ケビンさんもそういう所があったから、彼女にも移ったのかもしれないね。けど、そうか。レクターさんがクロスベルの籠の件でも動いてたのに来なかったっていうことは、協力を簡単に要請できない状況か」
「……あぁ。ただ、それでも二人は動いてくれようとしてるよ」


今は違う所属となってそれぞれの道に戻っていったけれど、絆は強く結ばれている仲間を想い、ロイドは笑顔を見せる。
何時かクロスベルの解放のために動く時が来れば、星杯騎士団としてではなく、彼らはクロスベル特務支援課の準メンバーとして必ず文字通り飛んで来てくれるのだろうから。