22%の群青
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07

火種の一つを消した後。
どうもこれで解決とも思えずに、燻ぶったものを感じていたのはどうやら俺だけではなく、様々な事件に触れてきたフランにとっても同じだったらしく、翌日も随分と早起きだった。
確かに大量の火薬が入ったコンテナの一つを抑えたとはいえ、暴動がいつ起きてもおかしくないような、異様な市民の昂ぶりを肌で感じている以上、収まったとは言えない。

帝国にジュライ市国を奪われたという眠っていた意識に帝国の呪いを受けた反動か、或いは同じような立場のクロスベルが翻弄されている様子を受けての感情の爆発か。
黄昏の様子を知っていると、この事件一つを止めた所で、根本的な解決をしなければ収まらないのではないかという予期もあった。


「フラン、朝から難しい顔でARCUS見てどうしたよ」
「……クロウ、これ、見て頂戴」

フランが出してきたARCUSのメッセージ受信の画面は、特に何も表示されていない。
その指が読み込みを押した直後『読み込みエラー』が出てきたことに違和感を覚え、自分のARCUSも取り出して読み込みを行うが、同じように表示がされる。

「このタイミングで動かねえなんて……古代遺物に何かあったか、純粋なジャミングか……?導力ネットまで制限してきたとなると、反乱分子はジュライでまだ何か起こす予定ってことか」
「ねぇ、クロウ。スターク君に、コンタクトはとれる?彼はこのジュライで商会を営んでる家の子なのよね」
「……弟分を巻き込むようだが、悠長なこと言ってられねぇな。あいつの方がこの街においては鼻が利くだろうからな」

12歳の時にはこの地を離れてしまった以上、今のジュライを、詳しく知っているとは言えない。
自業自得ではあるが、それでもこの場所は間違いなく故郷である以上、戦場になるというなら止めたいと思うのは、《C》として活動をした過去も含めてクロウ・アームブラストとしての想いだった。

――しかし、こうも自分が帰省しているタイミングに偶然、10年以上ジュライで起きなかった筈の暴動が起きるというのも不思議だ。
測ったようなタイミングに違和感は覚えるが、そういう巡り合わせなのか、それとも。

この異常事態を止めるべきだと考えている思考が残っている者に状況を共有する必要がある。
スタークの元へと足を運びながら、そう、自然と考えられるようになった変化を実感する。
以前までの俺なら、"独り"で何とかしようと考えていた筈だろう。
俺がこの状況を打開しなければいけないと。それがこうして誰かに協力を仰ごうとするようになった変化を、フランに視線を落としてふっと微笑んだ。

ジュライに帰省していることを知っていたスタークの居る店へ尋ねると、店の手伝いをしていたスタークが「クロウ兄ちゃん!フランさん!」と出迎えてくれる。
しかし、神妙な顔つきに何かが起こっていることに気付いたのか、スタークは店の裏へ通してくれる。
賢い弟分が居るというのは有難いものだ。ジュライで起きたことを掻い摘んで説明していくと、何が起きたのかだけではなく、自分が何をするべきなのかをすぐに察したらしい。

「ここ数日のジュライの異様な雰囲気と、デモ、それに昨日二人が止めてくれたという実行犯……これでひと段落どころか、不味い状況なのは確かだ。クロウ兄ちゃん、フランさん。二人は帝都の方へ、行ってください」
「それは……」
「ジュライでのこの騒ぎ……おそらくジュライに留まらない"何か"が起きているというのは、実際に一年前、呪いと戦った二人とも気付いているんでしょう」
「クロスベルの件も含めてな。……だが、今ここを離れるのも大分ヤバイだろ。昨日はただのデモと暴動未遂で済んだが、それで済むとは思えねぇ」
「だから、俺に声をかけたんだよね。ここは俺達に任せて欲しい、クロウ兄ちゃん。商会の力も、何でも使って……この反乱を、何とか食い止めて見せる」

だから二人は帝都に戻って欲しいと伝えてくるスタークの強い信念の滲む瞳に、俺達のやることは決まった。
何かが起きている中心の帝都に。
ジュライの騒動を弟分に任せて、フランと共に向かうのだと。


弟分としてゲームの作法を教え込んできたスタークの手腕は、実際大したものだった。武力を持って直接前線で戦うタイプというよりも、状況に応じて知略を巡らせて、指揮をする力に長けている。
それは、幼い頃に見てきたからではなく、黄昏で一時的に会話をしたから分かることだった。
こいつがいればジュライも大丈夫だろうと確信して、スタークに全てを後を託し、フランと共にジュライのホテルのバイクに跨る。

勿論俺がハンドルを握って、フランはサイドカーだ。
朝早くに出て、休みなく運転をすれば、帝都に着くとしたら深夜の時間帯だろう。それでも一分一秒も惜しんで今すぐに行動するべきだとフランも同意見なのは、何かを予感しているからだった。
大きな事件が起きる、前触れのような。
嵐の前の突風のような。
それを肌で感じているからだ。

「ジュライの帰省がまさかこんなことになるとはな……これ以上大事にならなければいいが、スタークの心配だけしても仕方ねぇか。もしかしたら、俺達が向かってる方にもやべぇものが待ってるかもしれないしな」
「黄昏が落ち着いたっていうのに……いえ、揺り戻しがないとは言い切れないものね。あら?帝都に近づいてメッセージがやっと受信されたみたい。リィンから……?これは……」
「どうした、フラン?」
「……どうやら《C》の名前を騙ってる人物が、とある事件の犯行声明を出したらしいわ。そのとある事件についての詳細は書かれてないけど、まさかこの名前が出てくるなんて」

アクセルを踏む足を浮かせて、バイクを緩やかに止めた。
──まさか、リィンから直接連絡が来る程の事件での犯行声明に《C》の名前を使われるとは。
あまりにも因果応報で、自嘲せずにはいられない。
だが、強烈なインパクトを与えるには適切な判断で、最も効果的な名前を使ったともいえる。
何せ、初代としてその名前を使った人間が、今はその名前を使っていないのだから。

「……はっ、随分とやんちゃな奴が俺を利用したもんだ。フラン、お前はこいつ、誰だと思う?」
「……これだけの情報だと何にも言えないけど……《C》の名前を使うことで私たちZ組関係者、或いは帝国政府側への印象を強められると理解してる人じゃないかしら。狡猾さに加えて、大胆な発想と行動力を持ってる人」
「有名な名前を騙るなんて、模倣犯だとか正体を隠したい奴は考え付くことのような気はするがな」
「……でも、自分で何かを起こしたい人は誰かを真似して名乗りはしない。余計な注目を浴びる必要がないのに、一部に対して強烈な印象を残す必要があると、この人は認識してる。帝国の未来を変える働きをした面々にこそ、情報を拾ってほしいんじゃないかしら」
「成程な、敢えて俺達を誘ってるってか……」
「そういうことをしそうな顔見知り……クレアさんは軍部には心当たりがなさそうみたいだし、何なら昔のレクターさんとかの方がしそうな手だけど」
「かかし男なら面白がってやりそうな所が想像してイラッとするな」

レクター・アランドールの話をした後に、フランは何かが引っかかったのか、思案するように、荷物から取り出した新聞に目を移していた。
ルーファス新総督によって再度電撃占領されたクロスベルでの事件といい、ジュライに留まらない何かが起こっているのは確かだ。
起きた事件の隠された真相や相手の思考を読むことに関しては、相変わらずの観察力だと舌を巻く。
――何せ俺は、事を起こす際にどうするか。その作戦立案と状況打開の方が得意だ。陰謀を紐解いて、読み解いて、真相に辿り着いて策を講じる。それは得意分野とは言えなかった。

「リィン達も追ってるその二代目《C》とやらがもし帝都に潜伏してるっていうなら、利用する場所は地下通路しかねぇだろ」
「脱出経路が多いものね。もし捕捉されたとしても、地下なら逃げられる可能性もある。帝都の外に逃げられる道もあるだろうし」
「……もし帝都の外に繋がる出口を利用するんだったら、一番目立たない、人が来ない場所を俺だったら利用する。一番の候補は……ヒンメル霊園だな」
「!あそこにも出口が……なるほど……あそこはあまり気乗りがしない場所なんだけど」

目を伏せて複雑そうな心境でバイクの音にかき消されるような声音で呟いたフランに、手を伸ばす。
俺はその様子を知らない。自分の目で見ることは決して出来ない。
生涯でただ一人だけ愛すると決めた人間を喪って、その墓標へと足を向けなければいけない心中を察することは、置いて逝った側の俺には出来ないことだ。

類似した経験がないとは言わない。
物心つく前に喪った両親以上に、祖父を喪った時の方が近いと言える。
だが、その感情は憔悴しきった絶望というよりも、この状況に追い込まれた環境や人間に対する燃えるような怒りに近いものがあった。

もしもなんてことは考えたくもないが、もし今の俺がフランを喪うことがあったら、また同じような業火に身を投じる可能性を否定できない。
俺は、そういう人間だ。
過去に足を止めてしまう。
過去の執着の為なら、未来を歩むことを辞めてしまう。

「フラン、俺は、もうここに居る」
「……クロウ」

だから、今俺が未来を見ようと。
未来を歩もうと思えるのは、フランが居るからなんだろう。
フランが涙を流すことがあれば、この手でその涙を拭うことが出来る。頬を撫でると、愛おしそうに微笑む彼女を目に焼き付けることが出来る。

──何せ、明けない夜はもう無いのだから。


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