22%の群青
- ナノ -

06

リィン率いる新Z組が二手に分かれて調査にあたり、帝都でジュライで起こっている騒動の噂を耳にしていた頃。

ジュライに漂う不穏な空気を、二人は調査していた。
フランとクロウは滞在日数を増やして、暫く情報収集に努めていた。
帝国への不満が限界まで膨らみ始めていると言っても、やはりテロ活動とはいえない荒さが目立つと表現するべき内容だという印象だった。
それは誰より、クロウが一番理解していることだった。

確実に、この数日以内に大きなことが起きそうだという嫌な予感は拭えず、抗議活動の集会を行っているらしい会場を幾つか特定できた頃。
ホテルを出て、大通りに向かっていたクロウは、導力車の行きかう音に紛れて聞こえてきた大勢の声に反応してフランを連れて大通りを覗き込んだ。

「あれは抗議デモ……!」
「チッ、昨日も集会みたいなのが開かれてたが……あれだけで収まればいいんだけどな」

『帝国政府よ、出ていけ』といったプラカードを掲げて、ビル群が立ち並ぶ大通りを歩く反帝国政府の人々が行進をしていた。
勿論、駐在している軍人が警備に当たっているが、行進をする人々がまるで負の感情に憑りつかれているようだと気付いたフランはクロウを見上げ、同意するように彼もまた頷く。

黄昏は終わった筈である。
ただ、クロスベル再独立の阻止のニュースを先日見たクロウとしての見解は『黄昏と似たような現象が何らかしらの理由で再び起きている』だった。

あれほどまでにクロスベルの再独立を祝っていたクロスベルの民衆が、本来ならば恨みを抱いていてもおかしくはないルーファス元総督の一声で、彼の考えに突如賛同する状況は、異常だったからだ。
このジュライで起きている抗議活動も、新聞で一面を飾るほどではないが、書かれている程だ。

「……クロウ、私の考えだけど。このデモは、主力じゃないと思うのよね」
「あぁ、同感だぜ。……正直、黄昏ん時みたいに歯止めが利かなくなってるんだったら、声に出して訴えるなんて正攻法だけで収まらないだろ」
「……残念だけど、私もそう思うわ。それに、彼らの一部が港地区に足を運んでるっていう話を聞いたじゃない」
「複雑な気分だが、俺もコンテナを利用して武器とか爆薬を仕込んだことあるからな。隠すには便利だろ。この通りを吹っ飛ばすブツを隠すには」

"それ以上のこと"をしてきたクロウ・アームブラストにとって、この直感は想像というよりも、確信に近かった。
デモを行って、警備がそちらに集中している間ならば、大通りから離れた港地区は手薄になる。攪乱を行う際の常とう手段だ。

デモを脇目に、二人は港地区へと足を運ぶ。
予想していた通り、この通りに軍人の姿は見かけない。何かを隠すにも、何かを持ち出すにも都合のいい環境だと言えた。
この時間帯、船の運搬が行われるのはおよそ二時間後だ。

「乗組員の運搬にしては、足跡が多いな。基本的にクレーンで吊って動かすはずだってのに」
「まるで数人でここへきて、コンテナに何かを取りに来た、みたいな動きね」
「……実際そうなんだろ」

コンテナの近くにはもう人は居ないようだった。
しかし、足跡の残し方を考えても、やはり今回の騒動を主導している集団は、素人なのだろうと二人の中で結論付けていた。
その足跡を追って、一つのコンテナの元で、フランは足を止めた。

「このコンテナか」
「これ……導力式じゃない、火薬よ……」

鼻を利かせて、顔を顰める。
コンテナの中からわずかに香る、嗅ぎなれた匂いに気付いてしまったからだ。
フランの銃は導力式の銃ではなく、今では旧式と呼ばれている火薬式の拳銃だ。
発砲した後、導力式とは異なる独特な焦げた香りがするのが特徴的で、手間がかかるからこそ威力も導力よりも破壊力は格別だ。

「デモとか、そういう程度なら理解はできるけど……この倉庫に詰められただろう火薬の量。ちょっとやり過ぎなんじゃないかしら」
「……黄昏の影響じゃないだろうが、元々燻ぶってたんだろうな。帝国に、ジュライ市国を奪われたと思ってた奴らが」
「クロウ……」
「それ自体に俺はとやかく言える立場にないが、ったく……爺さんが訴えてた時に、なんでもっと声を上げなかったんだよとはつい、思っちまうがな」

最後までジュライ市国としての在り方を訴えていた祖父は、民衆や帝国の資本に目がくらんだ同じ議会の委員に追い詰められる形で糾弾された。
その様子を間近で見ていたクロウとしては、過去を振り返ってもしあぁだったらという考えはしない性質だとしても『なぜあの時にそう出来なかったのか』と思ってしまったのだ。
ただ、こんな形で街を火の海にするのは、間違っているとまでは言えないが、どうにも後味が悪すぎたのだ。

「だったら猶更。この爆薬を使われる前に、止めに行きましょうか」
「おう。ジュライは裏道とか細道も多いからな。そこを通って、大通りに繋がる道を考えれば……先回り出来るだろ」
「……間に合うかしら?」
「デモをやってる時間帯は大丈夫だろ。それが終わって、仲間がポイントから離れた時が、タイムリミットだ」

ジュライの道に詳しいクロウの先導で、二人は武器を持ち運んでいるだろう集団の先回りをする為に駆け出す。

──街を火の海にするのが間違っているなんて言える立場じゃない。
帝都でも、ルーレでも、ガレリア要塞でも。犠牲を厭わずに、目的の為に冷徹に計画を遂行してきた身なのだから。
だからこそ、伝えられることだってあるのだろうと、クロウは空を仰いで目を伏せる。


二人の読み通り、大通りで進行が行われて、軍の注意もそちらに向いている中。
裏道を通って武器と弾薬を運んでいる実行犯の五人の男達が大通りへと向かっていた。
本来ならば、各ビルの中に入って、爆発を起こすのが一番いいのだろうが、如何にも不審な鞄を抱えた一般人を通してはくれないだろう。
それならば、ビルの外で窓際に設置する形でもいいと彼らは考えていた。

「憎き帝国政府を今日こそ追い出すぞ……!」
「おお!クロスベルもクロスベル自治国を訴えることが出来たんだ」
「ジュライも市国としての威光を取り戻せるだろう」

ルーファス元総督のようなカリスマ性のあるリーダーは居なくとも、クロスベルに出来たのなら自分達にも出来るはずだという勢いが今の彼らにはあった。
何でも出来るような気がする高揚感。
成功するということは器物損壊どころか、死傷者も出るかもしれないことを他人事のように捉えて、理性が麻痺していた。
今のジュライの在り方を。
帝国に支配される在り方を良しとしている物は同罪であるとさえ考えていたのだ。

頷き、あともう少しで大通りのある地区に辿り着けそうだという時。
空から、銀と金の影が落ちてきた。

「なっ!?」
「悪いな、お前ら。ここで止まってもらうぜ」

建物の屋上から降り立ってきた男女。
彼らにとっては見覚えのない二人だった。軍服も着ていなければ、この街に設置された遊撃士協会の遊撃士でもないことは彼らにも分かっていた。
だからこそ、この二人がどこの何者で、なぜ自分たちを邪魔するように立ちはだかったのかと困惑していた。
クロウとフランに挟まれている状態で、彼らの退路は断たれていた。

「コンテナから漂った香りより強い火薬の匂い……この人達で当たりみたいね」
「ったく、大荷物持ってる割には足が速いじゃねぇか。よくもまぁそんだけの量の爆弾を仕入れたもんだ」
「なに……!?」
「何故知られて……!貴様ら、われらの邪魔をするつもりか!」
「あぁ、その通りだ」

クロウは静かに目をつむり、金色の銃を構える。
引導を渡してやる為に、ジュライに、このタイミングで来たのかもしれないと柄にもなく運命を感じながら。

「ここでテロなんてさせたら、流石に祖父さんに顔向けできないんでな」
「くっ……!」

男の方に突っ込んでいくのは分が悪そうだと判断した男は、フラン銃を握って構えようとしたのだが。
そこに立っていた筈のフランの姿はなかった。
「え」と声が零れた瞬間に襲ってきた衝撃に、目の前はちかちかと瞬く。
そして、視界が揺らいだと同時に襲ってくる腹部への激痛に、状況を理解するよりも早く、意識が途切れたのだった。

「なっ……!?」
「峰内よ。私の方を突破してくるだろうと思ったわ」
「でかしたぜ、フラン!」

仲間が目にもとまらぬ速さで気絶させられたことに動揺している間に、クロウは残りのメンバーに蹴りを入れて爆薬や銃弾が入っている鞄を奪う。
一般市民相手に、負傷させてしまう両刃剣で戦う判断をしなかったクロウに、フランはほっと安堵しながら剣を鞘に納める。
爆発物の入った荷物と、念の為身につけているかもしれない爆発物を探り、クロウは水属性のアーツを発動する。
これで火薬も湿気て、誤爆する可能性もないだろう。

(もしこれを止めてなかったら……大通りのビルの近くで爆発を起こされて、死傷者も出る大騒ぎになっていたかもしれないわね)

そうなる前に止められてよかったとほっと胸を撫で下ろす。クロウがいる目の前で、テロなんて起こさせる訳にはいかない。

「さて、あとは軍に引き渡すか」
「なぜ……なぜ止めるんだ……!ジュライを奪った帝国は、悪だろう……!」
「……帝国の資本で発展した面もあるが、まぁそういう捉え方だって出来るんだろうな。その気持ちも、別に俺は分からなくもねぇし、否定もしねぇよ」

彼らを否定する権利は、自分にはないだろう。
ただ、その行為が所詮自己満足であり、解決にはならないことをクロウは理解していた。理解した上で、帝国解放戦線を立ち上げたのだから。

「だが、子供の駄々じゃねぇんだ。こんな形で帝国政府に抗議して、もし乗っ取れたとしたって……その後を考えた時、この街がもっと不幸になるかもしれないってことを考えるんだな」

ただの綺麗な言葉ではなく、クロウが言うからこその重みがそこにはあった。
男達も、クロウの事情を知らないながらも、その言葉に実感が篭ってることを感じ取ったのだろう。
静かにその言葉を受け入れ、身体を取り巻いていた黒い瘴気は薄らいでいく。

ジュライで起ころうとしていた暴動は、一般の死傷者を出すことはなく、二人の若い夫婦の手によって解決へと導かれたのだった。


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