22%の群青
- ナノ -

08

風の音と虫や鳥が羽ばたく音しか聞こえない、帝都の静かな夜。
地下で剣劇の音が聞こえているとは一般市民も知らない中で、バイクのエンジン音は帝都の外れに位置する小高い丘。ヒンメル霊園の前で止まった。

「……着いたわね」

フランが何度も足を運んだこの場所は、過去二年間はこの地に眠る両親と、愛した人が眠っていた場所であり、何度も何度も白百合と青い薔薇を添えていた。

――そんな人が今はこうして隣に居るということが、時々不思議になる。
クロウと過ごす月日が一年経過したことで、もう"信じられない"と思うことはないけれど。

ちらりとフランがクロウを見上げた視線に気づいたのか、クロウは気まずそうに頭を掻いて、ヒンメル霊園の奥――自分の墓があった場所へと視線を移す。

「確かに、俺と一緒に来てるとはいえ……俺も複雑な気分だからな。お前にここに来させていたかと思うと」
「感傷的になり過ぎてごめんなさい。全くこんな所に逃げ込むなんて勘弁してほしいわ。クロウはもうここに居るけど、それでも肉親が眠る場所に出てくるなんて。迷惑かけられた分、《C》を名乗った正体は暴かせて貰わないと」
「……」
「な、なに?」
「はは、いやーやっぱりフランらしいなと思ってな」

感傷に浸って後ろを振り返って足を止めるのではなく、振り返った後に目を伏せて。そして前を歩き出す人。
それがフランの強さであると知っていたし、彼女という人間の魅力で。影の強さもありながら、光眩い道を歩こうとする人だったから、今こうして自分の隣を歩いてくれるのだろう。
深い海に差し込む光。それが適切な表現なのかもしれない。

――実際、フランが誰かにとっての光になっているとは多分思っていないんだろう。こいつはそういう奴だし、人を変えられるだけの物は持っていないと素で言ってしまうような人間だから。
無意識的だろうが、海の底に沈めがちな本音を何時もすくいあげて、否定する訳でもなく。答えを与えてくれるというよりも、寄り添ってくれるのだから。

(ジュライに来てくれたのも、こうして戻ってくれたのも、俺のしたいことを察して寄り添ってくれたからだしな)

「……クロウ」
「あぁ、どうやら当たりだったらしいな」

――足音が微かに岩壁の奥、地下道の中から響き、流れてくる空気が変わったことに、フランと顔を見合わせて武器を構える。

岩壁が動き、扉のように開いた所で出てきた一人の人物に、金色の銃を構えて撃ち込む。
不意を突いたのにも関わらず、夜に紛れるような黒衣と仮面をつけた背丈から男性と分かる人物《C》は流れるように剣で両側から撃ち込まれる銃弾を弾く。

「へぇ?」
「……この動き……」
「ジュライでのいざこざで、もうしばらくこっちには戻れないと踏んでいたが」
「あっちも確かにまずい状況だが、ひとまず弟分に任せておいた。頼りになる後輩が居るってのは有難いことだぜ」

《C》の名を騙る者が現れたらしいという連絡に気が付いたのはジュライを出た後だったが、そもそも二年前の内戦以来、クロウが自分を《C》と名乗ることはなかった。
皇太子殿下夫婦を誘拐したという濡れ衣を着させてきたのは仮面をつけた男であり、佇まいと剣の構え方から手練れの気配がする。

フランの頭の中でその動きが記憶の中で引っかかるものがあったが、それを問いかける前に間合いを変える為に、フランは銃を閉まってレイピアとマンゴーシュを構える。

(やっぱり対峙した感じとあの構え、覚えがあるけど……でも帝都とクロスベルは距離はある。……気のせい?)

「それで、肖像権でも主張するつもりかね?もしくは名誉棄損とでも?」
「そうしたいところだが、こっちとしてもちょっとした黒歴史でね。その仮面を見たら思わず――」

ぶっ壊したくなると吐き捨てて、クロウは拳銃を構える。
クロウめがけて降りぬかれた剣に、盾となるマンゴーシュで弾くと金属音が響き、顔の横を剣がすり抜けていく。
その剣の振り方や、身のこなしと動き方。それはユーシスが得意とする宮廷剣術の動きそのものだ。
そして彼を上回る宮廷剣術の使い手が居るとしたら。

やはり、一人しかフランの中で該当する者はいない。

「……その剣捌き、貴方もしかして……」
「え?」
「貴族という身分ではなくなっても変わらないな、君は」

――でも、どうして。
クロスベル再占領ともいえるような事件が、つい先日大きな波紋を生んでいた。
そして、メディアに出ている時間等を考えても今この場所に居るはずがない人だ。
私のことを「誰よりも貴族らしい貴族だ」と称えた人物に心当たりなんて他にない。

同じ子供が父に認められたいという願いの為に、色々な犠牲を払ってでも覇道の道さえ歩もうとした、クロウに止められることがなく突き進み続けた自分のような人。

しかし、その正体不明の《C》を守るように囲んできたのは思い浮かべている男らしくはない筈の連れだった。
10歳前後のように見える人形のような可愛らしい紫苑の花のような少女と、少年少女ではあるが、身のこなしや薄く纏う殺気が遊撃士協会に所属する者や良平とはまた異なる異質な雰囲気の二人。
四人で囲い込まれ、クロウとフランは背を合わせて銃を構えて互いの

「チェックメイトだな」
「……いや、間に合ったな」
「流石……この人達の気配に気付いて地下から追って来たのかしら」

新生帝国解放戦線が現れた石壁から飛び出してきたのは、彼らと別の者を追いかけているうちに怪しい動きをしている新生帝国解放戦線に気付いたリィン一行だった。

「クロウ!フラン!?」
「リィン、久々ね。連絡返すの遅れてごめんなさい」
「わーどういう状況これ!?二人ともジュライに帰ってたんじゃなかったの!?」

笑顔で手を振るミリアムに「ただいま」とフランは微笑み、自分達を囲んでくるミリアムの年齢前後の少年少女へと視線を戻す。
リィンがともに行動をしていたZ組の面々が加わり、人数比はこちらの方が有利になった状態だ。

桃色の長い髪をツインテ―ルにした少女、ナーディアは人数の多さにげぇ〜……、と声を零して鋭い針のような武器を輝かせる。

「この人数はちょっと厳しいよう〜……」
「新生帝国解放戦線を名乗って、こんな場所で巻き込んでくれた分のお返しはさせてもらうわよ」

激しい戦闘がヒンメル霊園で開始されたが、不思議とお互い殺気というものは無かった。
殺気はなくとも、正体不明の新生帝国解放戦線が実力者の集いであることは十分に理解できる強さだった。
特に、仮面を被り《C》と名乗るリーダー格の男は別格だ。

リィンが刀で剣を弾いた所に飛び込んだユーシスの剣先が仮面に触れる。
顔を覆い隠して正体を隠していたその仮面が割れて、カランと音を立てて落ちた。

それと同時に。
輝くような金色の髪が月日に照らされて輝き、はらりと落ちる。
時に冷酷に鋭く細められる涼やかなアイスブルーの瞳は、相対したこともある自分達が忘れる訳もない。

「やれやれ、こうも早くバレてしまうとはね」
「なっ……!?」
「また成長したな、ユーシス。リィン君たちも」
「兄上……!?」

牢に捕まっていた筈だが、黒の兵士を連れてクロスベルを再占領した元鉄血の子供達の筆頭である総督。
ルーファス・アルバレアだった。

「貴方がクロウの……とは言っても、もう名乗らない名前だけど、名乗っていたなんて……」
「ふふ、これは失礼した。そういえば祝辞が遅れたが、ご結婚おめでとう、フラン嬢」
「そりゃどうも。随分なご祝儀なこった」

帝国解放戦線の名前や《C》の名前を使って巻き込んできた中での祝辞は皮肉にも聞こえかねないが。
ルーファスの微笑みから、目の前のルーファスは間違いなく自分達がよく知っている鉄血の子供達筆頭として全ての罪をまとめて引き受けた本心であることを確信してフランは頭を下げる。

今目の前にいた髪の短くなったルーファス・アルバレアと、クロスベルを占領した内戦時の時のままのようなルーファス・アルバレア。
どちらが本物で、今何が起きようとしているのか。
事態が大きく動きつつあることを知るには十分な一夜だった。


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