22%の群青
- ナノ -

05

この街で変わっていないと言える潮風を感じながら、街の中をただの里帰りとは異なる気持ちで二人は眺めた。
わずかな違和感や騒動の気配に気付けるようになったのは、テロリストとして過ごして来た危険と隣り合わせの日々があったからだろう。
幼少期に過ごして来たジュライに大人になってから戻ってきたクロウは、最近のジュライ特区の雰囲気にはあまり詳しくない。
だが、それでも感じる胸騒ぎにクロウはジュライに今起きていること──あるいは起きようとしていることを敏感に察知した。

(本当は俺の住んでた街区をフランに見せたらすぐにでも祖父さんの墓参りしに行こうと思ってたんだけどな)

一度死んでから生き返っただとか。結婚したぜだとか。話題自体は実に沢山ある。
事実は小説よりも奇なりと言えるような、数奇な人生を辿ってきたが、こうして未来を見て歩いて行けるようになったなんて、孫の話を聞かされたらどう思うんだろうか。
しかし、そんな悠長なことが出来るような状況ではなくなったかもしれない。
隣を歩く女性に対して口に出してこのことを伝えた訳ではないが、クロウと同じ違和感を抱いているらしく、話さなくとも伝わっていた。


「なぁ、フラン」
「えぇ……こう言うとクロウにとって複雑な気分だろうけど、まるで三年前の帝都みたいな違和感があるわ」
「ははー痛い所つかれたな。……でも、その通りだぜ。一部の人間が大通りとか、ビル街とかを窺ってるような視線があった。何かを監視してるようにな」
「黄昏自体は終わったけど、その時に沸き上がった不満とか、そういった負の感情が自分の一部になることだってあると思うのよ」
「……内在してた不満が外に出されて、そのまま隠さなくなった、か。……気持ちはよく分かるけどな」
「クロウ……」


別に、ジュライを独立させようと思っていたわけではない。
ただ、どうしようもない流れの前に最後の市長だった祖父が責められたまま失意の中で亡くなったことを思うと、どうしても鉄血宰相に一泡吹かせたかっただけなのだ。
しかし、心のどこかで帝国から解放されて元の街に戻りたいという願いや、占領している帝国への不満を派手にぶつけたいと思っている住民も居るのだろう。
それをこの十年程、誰もしてこなかった。
してこなかったからこそ、そんなことがジュライで起きるわけもないだろうと、どこかで思ってしまっている。
クロスベルの調印式を受けて、ジュライも出来るのではないかと思う者もいるだろう。


「何もなければいいけど……クロウ、不審な動きをしてる人を追ってみる?」
「……おう。ただ、危険だと判断したらフランは……」
「私は待機、なんて言わないわよね?」
「うっ」
「……クロウの古郷なら猶更、私にも放っておけないの」


待ち合わせを装って、大通りを観察するような動きをしていた男が動いた行方を追うとどんな危険があるかも分からない。
クロウはフランに危害が及ぶことを避けようとしたが、クロウが言いかけた言葉にフランは首を横に振った。
クロウがもしもなにか危険な状況に巻き込まれるかもしれないのなら、フランは二度とクロウを一人にはしないと、黄昏の一件を通して固く心に決めていた。
騎神の起動者である彼らの戦いを見守って、何も出来ずに命が失われていくのを見守ることしかできなかった経験があるからこそ、余計に。
彼女の強い意志の根底にある、自分との思い出に気付いたクロウは「悪い」と謝って、ともに調査することを選ぶ。


「独立運動の関係で対立が起きているらしい、とはぽつぽつ話を耳にしていたから、何か起こるとしたらその対立での口論が激化して、武力行使になるっていう所かしら……二年前のディーター市長のクロスベル独立のように、内側や外側から根を回して独立を目指してるんだったら、この情報の洩れ方は荒すぎるわ」
「あぁ、元テロリストとしての視点から見ても、独立のために計画的にジュライを乗っ取ろうとはしてないだろうな。それに、内側からはまぁ無理だろう。市長が住民によって選ばれてない今、街を管理してる中枢は帝国政府だしな。そこだけをどうにかしたって、根本的な解決にはならない」
「クロウ……だから、帝国政府を狙ったのね。……今だから言うけど、その判断が一番合理的だったんでしょうね。私、ジュライは詳しくはないけど……帝国のミラが主に流れ込んでるのはやっぱりこの通りよね」
「ビル群が立ち並んでるこの一帯だろうな。暴動を起こすとしたら、やることは帝国側の人間を襲うか、シンボルになってる場所を破壊するか……そのどっちかだろ」


皮肉なことに、ジュライを独立させるために、一般のレジスタンスが何を考えて、どう行動しようとするか。
それをクロウはよく理解していた。
独立運動をしている集団が、偶然自分たちが帰省したタイミングで実力行使に出る可能性があるとは言えない。
ただ、もしも何かが起きるというのなら。特にこのジュライという古郷を考えれば、やはり見過ごせなかった。


「クロウ一人で聞き込みをするより、私も一緒の方が話題を自然に聞きやすいでしょう。旅行に来た若いカップルに探られると思わない人も多いでしょうし」
「若いカップルっつうか、夫婦だけどなー」
「そ、そうだけど……」
「くく、照れてる照れてる。前から思ってはいたが……Z組の中でもこういう暗躍だとか尻尾を掴ませない調査に、フィーと同じ位フランは手慣れてるよな」
「兄さんと同じく、武力行使を任されてたから。元々そういう活動の方が得意な方かもしれないわね」
「ノルドでも夏至祭でも、フランだけ明らかにアイツらと違う行動してたのが懐かしいな。そこも含めて当時は心配になったが、今では頼れるぜ」
「は、反省も多い気がするけど……今になって活かせるなら無駄じゃなかったのかもね」


ジュライともなると、帝国や貴族が多くいる街とは異なって、フランの貴族の情報網も使えない。
クロウもまた、ジュライを離れた身としてはかつての情報網や縁を辿る気にはならなかった。
祖父の墓参りを兼ねての里帰りこそはするが、かつての幼少期時代の友人たちに挨拶回りをするような立場でもないことを自覚している。
そこに寂しさは感じていなかった。何せ、その道を選んだのは自分自身なのだから。


「号外だ!号外だよー!」
「何かしら、あの騒ぎ……?」
「帝国新聞社がなんか出したのか?あぁ、そういや今日クロスベルの調印式だったもんな」
「えぇ、戦争下で会ったロイドさん達やユウナが待ちに待っていた日だものね。確か、アリサとマキアスから事前にクロスベルに行く予定だって話を聞いてたのよね」


本日3月15日。クロスベルで行われる再独立調印式に関わる仕事で、トールズ士官学院の関係者も多くクロスベル入りをしている。
アリサは東のタングラム要塞の解体手続きや軍需工場の再利用計画の話のために。トワは調印式実現のための各種交渉。
諸外国の支えがあって、今回のクロスベル独立の調印式は実現しているのだ。
そしてマキアスは監察官として、軍警の解体から警察の立て直しまでの1カ月、軍関係の引き上げも見届ける為にクロスベルに駐在して監査業務の任務に就いていた。
自分たちの関係者が関わっているクロスベル調印式の件での号外が出ているのなら、目を通すべきだろうと号外を配っている場所へ近づいたクロウとフランだったが。
号外をすでに手にしている人々のひそひそとした会話に、耳を疑った。


「帝国の奴らめ……独立をこんな形で阻むとは」
「独立をしようとする意思を、踏みつけにするなんて……!」
「え……?」


フランとクロウは顔を見合わせて、その号外を受け取り、今度は目を疑った。


「……フラン。いよいよきな臭くなってきたな」
「えぇ、これは……なんというか、火に油を大量に注いだような気がするわ」
「今更なんでだってこんなことしやがったんだ……?」
「……えぇ、あの時の彼の言動を思えば、この足掻きは……アリサ達、大丈夫かしら……」


そこに書かれていた見出しは『クロスベルでルーファス元総督によるクロスベル統一国の提唱』だったのだ。
本来ならば、ここに書かれている見出しは『クロスベル再独立調印式』だっただろう。

ルーファス・アルバレアの顛末については自分たちがよく知っている。
彼は黄昏において、鉄血宰相オズボーンの罪も全て被り、帝国で拘置されたはずなのだ。
その彼がなぜか牢から脱獄し、クロスベルの地にルーファス元総督として現れ、調印式を妨害するだけではなく、統一国家を掲げたのだ。
黒の衛士だけではなく、元大統領のディーター・クロイスやマフィアのガルシアという牢に入っていた筈の面々まで引き連れて。
クロスベルが統一国家の中心になるという煽動は、クロスベルの独立の夢を一気に呑み込んだのだ。
異常とも呼べる求心力で、市民がルーファスの言葉に賛同していく様子を、生で見ていた訳ではない。
だが、そのカリスマ性だけではなく、多くの市民の賛同を一瞬で得ているという文章に、既視感を覚えるのは当然だろう。

「これじゃあまるで、黄昏の時みたい……」

なぜ今更、ギリアス・オズボーンの意思を継いでクロスベル統一国を提唱する必要が彼にあるのだろうかという疑問が、ルーファスを見てきたフランとクロウの中に残る。
しかし、調印式を妨害して声明を上げたという現実がそこにある。


「くそ、リィンにもマキアスにも繋がらないな。あいつ等忙しいのか?」
「……?それより電波が届いてないって感じよね。機械に詳しくはないけど、殿下の古代遺物でROUND OF SEVENの通信が可能になってるんじゃなかった?」
「……つーことは、その古代遺物を妨害する何かが発生したってことか」
「……帝国とクロスベル双方で何が起きてるのかしら……」
「けど、気になって帝都にすぐに戻れるような状況でもなさそうだな」
「……えぇ」


ルーファス元総督という帝国側の人間によってクロスベル独立という夢を正面から堂々と崩され、そして貶められた状況を、ジュライ独立運動をしている人間が見たらどう思うだろうか。
そんなのは、考えなくても分かるものだろう。先程の密やかに話す会話の怒気は、恨みさえ感じ取れた。
正攻法で訴え、そして各国の賛同を得たうえで時間をかけて独立を宣言する場を整えても、当日に踏みにじられるなら。
自分たちも報復として、帝国政府に武力をもって独立を訴えるしかないだろうと考える者も居るかもしれない。


「ったく、落ち着いた里帰りにならねぇな」
「未然に防げるかもしれないと思えば……私たちがこの日にここに居るのは運がある意味いいのかもしれないけどね」
「だな。祖父さんに落ち着いて報告するためにも、動くとするか」


まさか、同時に情報局の元に皇子夫婦の誘拐に関する新生帝国解放戦線《C》と名乗る人物の犯行声明の映像が届いているとは、ジュライへ里帰りしているクロウもフランも露知らず。
ジュライで起ころうとしている事件の火種を消すために、動き始めたのだ。


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