22%の群青
- ナノ -

03

クロウ達の学年の生徒が集まる同窓会開催の知らせが来たのは、昨日のことだった。
誰も欠けることなく同窓会が開催できる――それは黄昏を超えたからこそだ。

一瞬我が身を振り返って、本当に自分が行っても良い立場にあるのかと考えはしたが、クロウは参加することにした。
長い旅になる前に、学生時代を楽しんでいたクロウ・アームブラストとして、何も取り繕うことなく話そうと。
二年前まで、一緒に卒業するという夢さえ叶えることは出来なかった。それを思うと、この何気ない日々は当たり前ではないのだ。


インスタントコーヒーをキッチンで準備する香りが、リビングにまで漂う。
最近ではクロウが好きなコーヒーをフランも淹れるようになったが、コーヒーを準備する機会はクロウの方が多い。
彼女が好きなミルク多めのカフェラテを作り、クロウはブラックコーヒー。これも学生の時の、第三寮で過ごしていた時と変わらない光景だ。


「ねぇクロウ。ジョルジュ先輩も、来るって?」
「なんかちょっと悩んだ反応が来たみたいだけどな。でも来るって言ってたぜ」
「そっか。それは良かった……アガートラムの件も協力してくれたみたいだから、ちょっとした望みはかけてたつもりだけど」


リィン、アリサ、ユーシス等の面々がミリアムの相棒であるアガートラムを修復する為に地精の残っていた研究施設を訪れたようだが、その案内をしたのはジョルジュだった。
自分の行動に責任を感じているジョルジュは、償い方を考えながら歩み始めたようだが、直ぐに今まで通りに戻る訳ではない。
そのことは、クロウも良く分かっていることだった。だが、その上でジョルジュに「来ないかい?」とさも当然のように聞いたアンゼリカの言葉は響いたようだったが。


「旅に出る前に、同窓会たくさん楽しんできて。リーヴスにも行くんでしょう?」
「その、俺だけ悪いなフラン」
「気にしないで。その間に、私はアストライアの知り合いの子達とか、実家を回ってみるつもり。……私も、長い旅になる訳だし」


コーヒーを喉に流し込みながら、クロウはそうだなと頷いた。
フランの実家でもある家がこの帝都にはあるけれど、そこにしばらく顔も出せなくなる。それも、使用人も含めて和解したばかりの家であることを考えると、寂しくもなるものだろう。

トワやアンゼリカ、ジョルジュはともかく、久々に会った同級生たちには生き返ったことを祝福されるというよりも、新婚になったことをつつかれそうだとクロウは笑う。
クロウという青年への接し方は同級生たちも昔から変わらない。
「帝都の大貴族、ラングリッジ家の末っ子。或いは同級生のアーサーの妹とクロウがまさか結婚するなんて。正反対な雰囲気だからあり得ないことだ」と冗談めかして笑うのだ。


――クロウがバイクに乗ってリーヴスに向かったのを見送ったフランは、事前に生徒会長であるエリゼに連絡を入れて、フランは通うことのなかったアストライア女学院へと足を運んだ。
本当だったら、自分の身分を考えればこの学園に通うべきだったのだろう。しかし、フランはそれを選ばなかった。
鳥籠のような家に居ることを望んだのは自分だ。しかし、牙も折られるような鳥籠に身を置けないと判断を下したのは、皮肉なことなのかもしれないが。

坂を上って正門を通り抜けると、校舎の出入り口に待っていたのはエリゼではなかった。見覚えのある横顔に、フランは駆け出す。


「エリオット!」
「やあ、フラン。エリゼにフランが今日来るって聞いてね」
「そっか、今非常勤講師をしてるのよね」


エリオット・クレイグ。
同じくこの帝都で生まれ育ったZ組の仲間であり、今はプロの演奏家として活躍している少年だ。若手ながら、毎演奏会のチケットも完売するような人気を誇っている。
アストライア女学院の非常勤講師を務めているらしく、人気もあるのだとリィンから話を聞いていた。女性に可愛がられる所は相変わらずだ。


「うん、先生なんてちょっとむず痒い感じがするけどね。生徒に教えるっていうのは新鮮で凄く楽しいよ」
「……ねぇエリオット、スパルタになってない?」
「やだなぁ、フラン。僕は学生の時からそんなことなかっただろう?」


エリオットの言葉にフランは遠い目をして、同意も否定もしなかった。
普段は穏やかで優しいはずのエリオットが音楽になると人が変わるというのはZ組の中では有名な話だ。
ヴィオラ経験者だったはずのフランもこってりと絞られた記憶がよみがえる。


「今日、クロウは同窓会らしいね?」
「えぇ、そうなの。だから別行動で私は帝都を回っててね」
「クロウもフランも、暫く当てのない旅に出るんだよね……?寂しくなるなぁ」
「ふふ、エリオットも巡業してたじゃない」
「それはそうだけど。でも……僕は二年間のフランを見て来たから、嬉しいけどね」
「エリオット……」


エリオットの言葉は、フランの心を弾く。ピアノの鍵盤を弾くように。綺麗な音を奏でる。
少女から大人になったフランは、強い女性になった。
良くも悪くも。
痛みを堪えるように、茨の道を裸足で突き進む。
新しい未来に向かって足を踏み出して色鮮やかになっていくはずの世界は、モノクロだったのだろう。
誰よりも強く、運命にも現実にも目を逸らさずに進む。
だというのに、目を離せなくないような、触れたら崩れてしまいそうな儚さ。


「エリオットとマキアスには大分心配かけたものね」
「つらいとか、悲しいってフランは言わなかったからさ。……だから、旅に出るとは言っても、クロウと一緒なら安心だよ」
「……本当にありがとう。エリオットは何時だって……優しい音がするわね」
「えへへ、そんな風に褒められるのはちょっとむず痒いなぁ」


――深窓の令嬢と言われていた昔の幼い自分が今の自分を見たら、何て言うんだろう。
自室の窓際にしか居られなかった私が、こうしてクロウと共に色々な場所を旅することになるなんて。

(鳥籠を壊してもらうだけじゃなくて、こうして色んな所に行くようになるなんてね)

クロウによって、あの窓際を離れようとしなかった、報われることのない願いに生きてしまおうとしていた――額縁の中の無音の世界に身を置いていた自分は引きずり出されて。
自ら掛けていた足枷は砕けて。そして日が差し込む外に、一歩を踏み出す。

――何時だって、私の世界は、クロウ・アームブラストによって色づけられるのだ。


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