朝焼けのスピネル
- ナノ -

19

「……反響がやばいな」

キバナはスマホロトムの画面を見つめて、静かに呟く。
メディアに出ている人間として、世間を賑わせる注目の的になることがあるとは分かっていたつもりだが。

普段通知を切っているとはいえ、スマホロトムに撮って貰った試合中のエスカも写り込んだ一番映える写真を投稿した所。
その投稿への反応が絶えず、ネットニュースにもなっている現状に、婚約者であるペアの自分達の注目度と期待感が大きかったことを知る。
吹き荒れる砂嵐を目を細めながら髪を押さえる涼やかな印象のエスカと、その後の解けたような顔の写真を二枚貼ったのが良かっただろうか。

(エスカみたいなトレーナーになりたいって言ってる人がコメントだけでもこれだけ居るのは凄いことだな。最後に一線に居たのはもう9年前くらいだが、過去の人になってないってのが)

『ゴーストって怖いイメージあったんだけど、ゴーグルとか風船可愛かったなー』
『天候に合わせて行ったのがエスカさんっていうのがまたいいよね』

そんな声で世間は溢れているようで、自分達に向けられていた期待感を思い知る。
通常のぼうじんゴーグルも、すなあらしを使うようなタイミングやラテラルタウンの方面に行く時くらいしか使用しない商品だが。
白いぼうじんゴーグルという、普段爆発的に売れる訳では無い商品まで売れているようだ。
ネットニュースを見ていたキバナの元に、別の部屋でエスカと準備をしていたはずのドラパルトが上機嫌な様子で飛び込んでくる。
その手には前回、シャンデラがつけていたふうせんが握られており、キバナに「見て見て」とアピールするように見せびらかす。

「ドラパルト、エスカからふうせん貰ったのか?」

キバナに懐いている陽気な性格のドラパルトは、こくこくと頷いてじしんも大丈夫だと訴える。しかし今日の対戦相手はネズとマリィというあくタイプの使い手である二人だ。
攻撃しようとしても巧みにブロッキングやふいうちをして相手のペースを乱すのが上手い相手に、ゴーストでタイプ相性がいいとは言えない相手にドラパルト。
とはいえ、エスカが主として使っているポケモンはグレイシア以外はゴーストタイプを持ち合わせているから、必ず二体は今回も相性が悪いポケモンだ。

前回だってお互いのポケモンに強い相性のトレーナーで苦戦したが、ネズが相手だと更により厄介だと思ってしまうのは、それだけトレーナーとしての実力を信頼しているからでもある。

「ドラパルトが風船付けるなら、フライゴンも遠慮せずじしん打ち放題だな!」
「多分、だけど。どちらかというとネズがブロッキングとかを主軸にしてキバナを惹きつけて、マリィちゃんがゴーストを使う私の方を狙ってくるんじゃないかな」
「まあ、オレでもそうするかもなー。ネズはふいうちとかブロッキングとか、あとちょうはつとか織り交ぜてくるのも得意だしな」
「うん。ドラパルトが狙われる可能性が高いから、おにびとかでサポートしながらキバナのポケモンで攻撃してもらうつもり」
「おっ、また構成少し変えたのか」

エスカのドラパルトはスピードに特化しており、普段は攻撃技とふいうちやとんぼがえりを駆使してヒットアンドアウェイという戦い方をしている。
確かに偶にエスカは技を一部変えてくることがあったが、状態異常を取り入れる戦法にしたことをネズ達は読んでくるだろうかという好奇心と興味が抑えきれない表情でキバナは笑みを零し、ドラパルトの頭を撫でる。

快晴である今日、準決勝が行われるシュートシティには多くの観客が足を運ぶ。
観戦の目当てはそれぞれ違うだろうが、やはり今日チャンピオンと元チャンピオンが組んで師匠マスタードと戦う試合と、キバナとエスカという公私共にパートナーである二人がスパイク兄妹と戦う試合というのは、非常に注目度が高い。
目当ての選手の応援グッズを身に着けたり、観光パンフレットを持ちながらシュートスタジアムに吸い込まれていく、心待ちにしていた熱狂に表情が輝いている客を窓から眺めたキバナは「おおっ」と声を上げる。

「チビッ子達がシャンデラの風船すげー持ってないか!?」
「本当だ……風船のシャンデラ、可愛かったのかな」

風船をくくり付けたシャンデラがぷかぷか浮いている様子が可愛かったのか、早速風船売り場にシャンデラの顔が印刷された風船が販売されている。
よく怖いと言われてしまうゴーストタイプのポケモンが注目を受けていることの嬉しさに、エスカの感情が読み取りづらい玲瓏な表情は柔らかく緩む。

「今回スタジアム周辺のショップで買ってねえけど、エスカの今大会限定のリーグカード買いに行きてえ……」
「えっ、さ、サンプルで貰ったの幾つかあるのに……?恥ずかしいな……」
「自分で買いに行きたいだろー?」
「それはちょっと、分かるかも。ソニアに買ってきて欲しいって頼めるんだけど……キバナの、自分で買いに行きたいから」
「……エスカに言われると、マジで嬉しいな」

同じことでも、自分がするのとエスカがしてくれるのではキバナにとっては大きな違いだ。
好意を目立って露にしないエスカが自分のリーグカードを自分の手で買いに行きたいと言ってくれる喜びを噛み締めながら、控え室の様子をスマホロトムを呼んで写真を撮る。
皆にとって尊敬されるトレーナーであるエスカのプライベートな部分。リーグカード用の涼やかな表情ではない、照れを滲ませたはにかんだ微笑みが画面に映っていて、キバナは笑顔になる。
どっちのエスカも、いいんだよなと笑いながら。

試合時間までもう一時間ほど。エスカは前の試合でマスタードに勝利したダンデとユウリのハイライトを控え室のモニターで確認しながらユキメノコにスカーフを巻いていた。
流石ダンデの師であり、元チャンピオンのマスタード。現チャンピオンと10年無敗を誇ったダンデのコンビを、パートナーと共に最後の一体まで追い詰めた。

「昔、オレとバトルした時にこれを使ったこと数回あったよな」
「うん。でもどうぐにこだわらなくても強かったキバナの前では意味がないかもしれないと思ってあまりやらなくなったけど……ネズだからこそ、出来ると思って」

ドラパルトのおにび以外に仕込む、エスカの静かに足元を凍てつかせるような罠。こおりタイプ使いのメロンと違うトリッキーな罠は、エスカがこおり使いだけではなく、ゴーストも極めているトレーナーだからこそ引き出せるものだろう。

「ユキメノコ、貴方の大好きなイタズラでかき乱しましょう」

普段のエスカはやらない今回のユキメノコの技に、会場はまた驚くことになる筈だ。
普段は身に着けない主人とお揃いのような青いスカーフを首に巻いたユキメノコは悪戯にくすくすと笑う。

今日は何をして、何を魅せてくれるんだろうか──そんなガラル中の期待を背負ったキバナとエスカは最高潮に盛り上がるシュートスタジアムのフィールドに姿を現すのだった。
──ダイマックスを使用する二人と、使用しない二人のバトル。そこが試合の鍵となることを誰もが予測していたし、試合前のマリィもそうだろうと思っていた。
しかし、試合の結果はダイマックスの技に押し負けた訳では無い内容で、意表を突かれた試合内容に、控室に戻ってきたマリィは悔しさを滲ませる。

「あー負けたけん!悔しい!」
「オレ達の想定が甘かったですね。エスカはシングルバトルだと補助をして来るとしてもあられかおにびで、エースのグレイシアで基本的に高火力で押し切ってくる"氷使い"の印象が強かったですけど、エスカは"本来トリッキーな技も巧みに使ってきたゴースト使い"でもあったことが頭から抜けてました」
「オニオンもこういう攻め方して来ないから、想定しきれなかったけん。悔しいな……」

試合はキバナとエスカの勝利で終わったが、力負けとは違う、読み負けをしたことで本来の動きが出来なかった悔しさが残った。
エスカは彼らの想定通り、補助構成に変えてきたポットデスは持って来なかった。どちらもふいうちを巧みに使うあくタイプ使いだ。
ちょうはつを得意とするあく使いに対して前の試合で手札を明かしたリフレクターやひかりのかべを主軸にした戦い方はして来ないだろうとは予想出来ていたのに。
こだわりスカーフとこちらが持っている道具をトリックで道具を持ち変えられたことで、ネズのバトル構成はぐちゃぐちゃにされた。

「トリックなんて、最近のエスカは使ってませんでしたからね。もしかしたら過去の現役時代でやっていたのかもしれませんが」

カウンターしか使えなくなったタチフサグマは、キバナの攻撃を読んでボディプレスに対してカウンターした所までは良かった。
しかし、エスカのグレイシアは直接攻撃をしてこない。庇ったマリィのオーロンゲが先に倒れた後に、タチフサグマもダウンになった。

「まったく、素直に思いますがいいコンビですよあの二人は」
「悔しいし、またリベンジしたいな」
「えぇ、オレもその気持ちです。けど、このトーナメントはパートナーがクジで決まる回もあるようにするってダンデが言ってたんで、あんな風に掻き乱すエスカと組んでみて、キバナを追い詰めてみることもしてみたいですけどね」
「アニキ、キバナさんに『お前ら嫌な戦い方するな!?』って言われるよ……」

だからこそ面白そうだろうと悪戯に笑うネズに、妹のマリィは肩を竦めて。ジムリーダーとして同期のライバルも沢山いるのだから切磋琢磨して成長していかなければいけないと思い直して拳を握る。
負けた相手とはいえ、一緒に戦ったらどんな事をしてくれるんだろうという期待を思わずしてしまうほどに、エスカというトレーナーが織り成す多彩な戦術は"過去の選手"としてではない今も光り輝く魅力を、最大限にダブルバトルで発揮していたのだった。