朝焼けのスピネル
- ナノ -

20

チャンピオンの座を退いた後に、初めて一般トレーナーとして、挑戦者としてフィールドへと出ていく感覚は新鮮だったが、懐かしさを覚えた。
そして、思い出す。常に無敗を誇っていた絶対王者だった十年があったものの、誰もが等しく挑戦者であることを。
パートナーとなっているチャンピオンは、自分を退けた新しい時代の幕開けであり、ダンデという男が夢見たガラルのトレーナーが強くなって欲しいという理想の頂点。
しかし、彼女もまた時折旧ローズタワーに新設したバトルタワーに訪れる挑戦者であり続けていることを嬉しく思っている。

そして、常に自分に正面から立ち向かって来たライバルと、かつて選手を辞めた時にリーグ委員に推薦した友人がこの決勝という舞台に戻って来たことに、胸の奥に燃えるような熱い感情を覚える。
──キバナ、エスカ。お前たちが来てくれて本当に嬉しいぜ。
何時しか、勝つことに対して笑い方を忘れてしまっていた自分が居た時期があった中で、まるでブラッシータウンを出たばっかりの駆け出しトレーナーのようなバトルを楽しむ感情が湧き上がることに、どうしようもなく嬉しくなるのだ。

「ダンデさん」
「あぁ、行こうかユウリ。キバナとエスカは手強いぞ。相手の弱点を最も知り尽くしあうペアだからな」
「……はい!」


──これだから、ポケモンバトルはやめられないのだ。


二人の王者が向かい側の控室からセンターコートに出てくる緊張感を感じながら、ベンチから立ち上がったキバナとエスカは、拳をとんと重ねる。
目標の最低限のラインとなるこの強いトレーナーが集うスタートーナメント決勝という舞台にやって来られた。
そして、立ちはだかるは新旧チャンピオン。十年間無敗を誇ったチャンピオンと、そのチャンピオンを倒してチャンピオンとなった少女だ。
当然、簡単に勝てる訳はないことを、彼らと戦い続けて研究し続けてきたキバナは知っている。
だが、勝てる勝てないという理屈では無いのだ。

「勝つぞ、エスカ」
「うん」

キバナの瞳に映るのは、キバナが最も警戒する自分の弱点タイプを操るトレーナーだ。
涼やかで、淡々と。
ポケモンバトルにおいても冷静な氷の塊のような鋭く尖った闘志に見える玲瓏たる立ち姿。
しかし、瞳の奥には熱を持っている人。
何と頼もしいパートナーなのだろう。

「キバナと決勝戦、こういう形で出られる日が来るなんて。昔の私は想像もしてなかった」
「いつも対戦相手としてお互いフィールドに立ってたからな。それが今じゃ信頼出来る最高のパートナーとして隣に居てくれるんだ。一人でのシングルバトルに拘ってたが、こういうのも悪くねぇな」
「そのバトル大会を開催してくれたダンデ君に、お返し、しないとね」

彼を熱くさせるようなバトルをして、熱狂をまた、生み出すのだ。

ガラル内外も注目する、ガラル中の強いトレーナー達が集まり、ペアを組んで戦うという夢のような祭典、ガラルスタートーナメントの初の決勝戦。
キバナとエスカのペア、そしてダンデとユウリのペアがそれぞれ控室から出て来て、会場は大歓声に包まれる。
ここまでのバトルで、自分が応援していた選手がすでに敗退したファンも居る。
応援した選手の相手だった選手の敗北をその瞬間は望んでいた者達も居る。
だが、今となっては決勝という舞台にやって来たチャンピオン達と、チャンピオンのライバルであるキバナ。
そしてそのキバナの好敵手として一線で活躍し、一度はフィールドを立ち去った選手が降り立ったビックマッチに、高揚感は最高潮に高められる。
シュートシティの各モニターには、試合の様子が中継されており、シュートシティ以外の街にもパブリックビューイングが行われている。

それ程までにこの試合は、注目を集めた星々の頂点の戦いなのだ。
にこやかに周囲に手を振ってセンターフィールドにやって来るキバナに対して、涼やかな表情のままのエスカの対照的な様子もまた、中継に映し出される。
まさに静と動。
バトル以外ではそう映る二人が、そのスイッチがバトル中は互いに切り替わりあうのだから、ダブルバトルにおいて、ここまで手強い組み合わせとなってしまう二人はそう居ないだろうとユウリは生唾を飲み込んで、拳を握り締めた。

「お前たちが来ることを心の底から楽しみにしてたぜ、キバナ、エスカ!」
「ダンデとユウリが決勝に来る筈なら、オレ様たちが来ない訳にはいかないだろ。今日こそ、お前に勝つぜ!」
「ダンデ君にリーグ委員に進めてもらって数年後……こうして選手として会う日が来るなんて、光栄だな。ユウリちゃんとバトル、したことないから、凄く楽しみ」
「ジムチャレンジ中はエスカさんにお世話になりましたが……負けません!」

両者ともに位置に着き。
審判の掛け声と、試合開始を告げる音楽が流れたと同時にそれぞれが高くボールを投げる。
大歓声の中、最初のポケモンとして出てきたのはキバナにとってもう一人の相棒とも呼べるフライゴンと、ユウリがブラッシータウンを出てすぐに出会った時から育てたアーマーガア。
そして、二体のドラパルトだった。

ゴーグルをかけていないエスカのドラパルトが出て来て、会場がざわめく。
エスカがこれまでの試合で見せたドラパルトは、キバナの戦法に合わせて、すなあらしに対応するためのぼうじんゴーグルだったり、フライゴンのじしんの影響を受けないように風船を付けて攻撃やおにびで立ち回る戦法だった。
しかし、それらしきどうぐが目視で確認できず、キバナとエスカという婚約者のペアが今度は何をするつもりなのだろうか。
そんな期待でフィールドに集まる熱と関心が高まっていくのを肌で感じて、ダンデはぞくりと震えながら口角を上げる。

(お前たちのことだ。面白くて熱いバトルをしてくれるんだろう)

相手がどんな戦法で来るのか、読み合いをする必要はない。
何時もの自分のバトルを貫き、それで圧倒していくだけだ。
そのスタンスは変わらないけれど、この二人がどんな試合を展開しようとするのか、楽しみな自分も居たのだ。

『試合、開始!』
「フライゴン!先ずはすなあらしだ!」

フライゴンがすなあらしの準備をし始めようとした中で、ダンデが狙ったのは出来ることなら早々に落としたいエスカのグレイシアに次ぐメインアタッカー、ドラパルトだ。
砂嵐が吹き荒れ始めるよりも前に、両者のドラパルトが動いた。
ダンデはドラゴンアローをエスカのドラパルトに向かって発射したのだが。
エスカは自分が標的になったとしても冷静に指示を出す。

「ドラパルト!りゅうせいぐん!」

花火のような火球が雨あられとなって降り注ぎ、その星が落ちる軌道を見えなくするような砂嵐がキバナのフライゴンを中心に吹き荒れる。
エスカがこれまで採用してきた技は、ドラパルト特有の攻撃技、ドラゴンアローだった。
今回も彼女は勝つ為に、現状維持をしなかった。
そのことに対して、楽しいと反射的に思ってしまうのは、“チャンピオン達“の性なのだろう。

「アーマーガア、はがねのつばさで弾いて!」
「くっ、エスカのドラパルトの方が速いのは知っていたが、反撃だドラパルト!」

ダンデがりゅうせいぐんをかわしきれずにダメージを負ったドラパルトにすかさず反撃のドラゴンアローを指示するが。
エスカのドラパルトはモンスターボールへと戻って行き、ドラゴンアローは不発となって、射出されたドラメシヤは大きく旋回してドラパルトの元へと戻って行く。

攻撃を弾いている間に隙が生まれたユウリのアーマーガアに対して、キバナはフライゴンにドラゴンクローを指示する。
エスカの使うグレイシアや、ダンデが持ってきている可能性が高いギルガルドのことを考えると、はがねタイプはなるべく早めに倒したい狙いがあった。

『おっと!?エスカ選手のドラパルト、モンスターボールへ戻っていく!』
『これはだっしゅつパックですね!りゅうせいぐんで能力が下がったのを利用して、不利な相手に攻撃しつつ、体力を温存する作戦のようです』
『ダンデ選手のドラパルトよりも、確かエスカ選手のドラパルトはスピード型でしたか。なるほど、よく考えられています』

これまでのドラパルトを使った時の戦法と展開をまたがらりと変えてきたエスカに、会場は歓声と盛り上がりを見せて、キバナは口角を上げる。

──どうだ、試合はまだこれからだぞ、ダンデ。

「はは、面白いなエスカ!最高だ!」
「まだまだこれからだよ、ダンデ君。行こう、サニーゴ!」

ダークボールから出した次のポケモンに、また更に会場は騒めく。
シュートシティから遠く離れたラテラルタウンでは、スマホロトムで二人の試合を見ていたオニオンが仮面の下で目を開いて食い入るようにその映像を見ていた。
そう、オニオンが同じゴーストつかいであるエスカに預けたタマゴから孵ったばかりのサニーゴだったからだ。

エスカが普段使うポケモンとして、サニーゴは今まで出たことが無かったこともあったし、サニゴーンを相棒として使っているオニオンのことを知っていると、“進化前“のポケモンであることが観客たちの不安をかきたてるが。
このフィールドにたつトレーナー達は誰も、見くびってはいない。

「サニーゴ、ダンデ君とユウリちゃんのエースを削る布石を撃つわよ」
「サニッ!」

撒かれたステルスロックはフィールドに鋭利な岩の欠片を浮かび上がらせて、ダンデのエースであるリザードンと、ユウリのエースであるエースバーンの翼を、削る為に。
メインアタッカーとして攻撃を担うキバナを補助するために、しんかのきせきを持って固く、堅牢に育ったサニーゴは力を吸い取るために根を張る。
もしも今、試合中ではなく外から試合を見る立場だったら、拍手していたことだろうとダンデは笑った。

(キバナとの試合以上のものは出来ないと悟ってトレーナーを辞めてしまおうとしたエスカを、リーグ委員に誘って引き止めてよかったと思わざるを得ないな)

敢えて進化させず。敢えてシングルバトルに特化した戦い方にもせず。
羽を一枚一枚もぐように、両者に対して冷たい氷柱で釘を刺されているような、ダブルバトルを見据えている戦いだ。
二つのタイプを極めるという在り方を、ガラルの子供たちに見せるいいお手本のような洗練された選手だと、ダンデは賛辞を送り、フライゴンへドラパルトの発射口を向ける。

「オレ様がドラパルトを引き受ける、エスカはアーマーガアを頼む!」
「うん、任せて。削ったとはいえ、ダンデ君のドラパルト、強いから気を付けて」

ナイトヘッドを覚えたサニーゴの攻撃自体の矛先はアーマーガアへと向けられる。
オニオンとも異なるゴーストつかいであることを、序盤のバトルからも鮮烈に見せ付けて。
黄色い歓声が鳴り止まない中で、華々しくも荒々しい二人の天候使いの決勝戦が幕を開けたのだった。