朝焼けのスピネル
- ナノ -

18

歓声が沸きあがり、その声にスタジアムは振動する。
元チャンピオンであるダンデが新たに生み出した熱狂の渦の中心地。
シュートスタジアムには朝から人の出入りが耐えない。
スタジアムの周辺には出店が多く構えられており、今回参加するトレーナー達の応援グッズ等も販売している盛り上がりだ。
ユニフォームを身に通したエスカは、キバナと同じ控え室に入る前に、鏡を見詰めて頬をペちっと叩く。

──勝ちたい。キバナとバトルをすることを楽しみたい。
どちらを抑えることも無く、どちらも成し遂げよう。

ソニアから入っていた応援メッセージに「ありがとう、頑張る」と返して、エスカはパートナーの待つ控え室へ戻る。
貴方の見る世界の視界に入っていられる自分で在りたくて、理由を付けて歩みを止めたこの世界に戻ってきた。

「エスカ、大丈夫そうか?」
「……うん」

──キバナという選手の目の前に映るのは、婚約者である以前に、同じ舞台に立つトレーナーとして戻ってきたエスカ。あなたの見る世界に一秒でも長く居られることは、誇りでもあるのだ。

(けど、勝利はあくまでも私と私のポケモン達のために)

この前提はトレーナーである以上変わらない事を確認して。
エスカはキバナと顔を合わせて笑い、入場を促す場内アナウンスと歓声に包まれながら、スポットライトの中心へと向かう。
轟音のような歓声に、慣れてしまったのもあるのだろう。注目され過ぎでいるという緊張感はあまりなく、これから行われる試合への楽しみが勝っている。

──不思議だね、ダンデ君。貴方が負けてチャンピオンリーグという一線から退いたことで、変わらないものは無いのだと気付いて私は逆にこの舞台に戻って来た。
そして貴方の夢の通り、ガラルのトレーナーとして強くなり、試合を全力で楽しもうとしている。
きっと、この試合も観ているのだろう。

スタジアム反対側の控え室から出てきたのはサイトウとカブ。
二人にとってはあまり相性はいいと言えないタイプを極めた二人だ。

「よろしく頼むよ、エスカくん。キバナくん」
「お二人とのバトル、楽しみにしていました。しかし、負けません」
「こちらこそよろしくお願いします」

カブとサイトウが出してきたポケモンは何時もシングルバトルで使っているポケモンだ。

「行きなさい、ポットデス!」
「行け、フライゴン!」

──両チームともに最初のポケモンはこの組み合わせだ!
そんな実況と共に出てきたのは、カブはコータス。サイトウはルチャブル。
そしてキバナとエスカのポットデスが出て来た瞬間に、観客の動揺と歓声が湧き上がる。

ポットデスがぼうじんゴーグルを着けてきた姿に「やっぱりエスカさんの方がキバナさんに合わせてきたんだ」「ってことはキバナ選手の天候を主軸にしたバトルスタイルでいくんだ!」と会場はざわめく。
二人のバトルが天候を利用するものであるなら、当然どちらかにとって有利な天候となる。
両者共にアタッカーということもあるが、キバナの方がメインアタッカーという役割であることは試合を見ている人には分かった。
ネットのSNS等の書き込みでは似たような感想が増え、盛り上がりを見せていた。

『エスカ選手のポットデス、ゴーグルをつけているぞー!?』
「正々堂々、勝負です!」
「行くぜ……!吹けよ風!呼べよ、すなあらし!」

先ずは攻撃の要となるキバナのフライゴンを落とそうと、サイトウはルチャブルの攻撃力を強化する補助技を指示し、カブは事前の打ち合わせ通りステルスロックを指示する。
その間に、フライゴンが巻き上げた砂はフィールド全体を砂嵐に包み、観客もモニター画面に顔を上げる。
キバナの試合は特に、観客席から肉眼で見るのが難しくなるような砂嵐が吹き荒れるバトルになることは有名だ。

「コータス、ステルスロックだよ!」
「ルチャブル、つるぎのまいです!」

砂嵐がふきあれるフィールドの中、岩がフィールドの地面に溶け込んだ様子に、観客は固唾を飲む。
ステルスロックがエスカのポケモンにとって不利な技であることを分かっているからだ。
しかし、復帰直前にいわタイプ使いのマクワに稽古を付けてもらっていた経験が生きている。
不利なタイプと戦い続けて、切り抜け方を少し学んだ。

「ポットデス、からをやぶるよ」

──キバナのポケモンがアタッカーだと思っているのなら、その意識を強制的に向けさせるまで。
砂嵐の中、淡々と指示をしたエスカの玲瓏とした声がスタジアムに響く。

「不味い!ポットデスに私たちのポケモンが抜かれます!」

アタッカーへと変わったポットデスに、二人のポケモンの攻撃の矛先が向いた。
攻撃力が上がり、素早さがこの場に居るポケモンの中で最速になった今、ポットデスによる攻撃が想定していた以上に突き刺さる。

しかし事前の打ち合わせでカブとサイトウは、エスカのポケモンがドラパルト以外であれば、カブとサイトウ両者のポケモンに非常に相性が悪いことは確認していた。
こおりタイプにかくとうもほのおも優勢にバトルを進められるのは勿論、それ以外のゴーストタイプのポケモンはカブのコータスによるヒートスタンプが最大火力になる重さだ。

「落とします!ルチャブル、どくづき!」
「まもる!」
「なっ!?」
「ははっ、ナイスだエスカ!行くぞフライゴン、ルチャブルにドラゴンクローだ!」

フライゴンのドラゴンクローがルチャブルに入り、まもるで弾かれてコータスもルチャブルも攻撃の手が止まったと同時にキバナはもう一度フライゴンにドラゴンクローを指示し、ルチャブルを戦闘不能にする。

湧き上がる歓声と共に、キバナは闘志を前面に出すように咆哮する。
本当なら攻撃力の上がったルチャブルのどくづきと、コータスによるヒートスタンプでポットデスを倒し切る予定だった。
エスカの普段のプレイスタイルと、かくとうタイプ相手のポットデスのことを考えると、"まもる"を使ってくることを想定していなかったのだ。

「いいわよポットデス!リフレクター!」
「くっ、まさかエスカ君がここまで徹底してダブルバトルに照準を合わせて来たとはね……!」
「私たち相手だからこそリフレクターを……!?」

コータスに攻撃される前にリフレクターを展開したポットデスはヒートスタンプを受けてふらつくが、その一撃では倒れ切らず。
くだけるよろいで更に素早さがある。
手が付けられなくなる速さになったポットデスだけではない。
エスカのポケモンにもダメージが入るとはいえ、カブにとっては厄介であり、ひこうタイプで唯一牽制できたルチャブルが倒れたことでフライゴンがじしんを発揮出来る状態になってしまったのだ。

高火力のシャドーボールが突き刺さり、ぎりぎりで耐えたものの、砂嵐によるダメージの蓄積が戦闘不能の後押しをする。

『コータス、戦闘不能!最初の一体目はキバナ選手とエスカ選手の先制だー!』

──初めのターンでルチャブルとコータスが補助技をせずに一斉にポットデスを攻撃していたらどうだったのか。
その件についての説明で、解説は状況は変わっていたかもしれません。と、答える。

しかし関係者席のスタンドで試合観戦をしていたダンデは、解説を聞きながら「難しい判断だな……」と呟いた。
ポケモンバトルを愛するトレーナーの一人として全試合見るつもりだったが、エスカとキバナのダブルバトルの完成度に感心していた。

──知っていたが本当にいいトレーナーだ、二人とも。

同じように、ポットデスを先に攻撃するべきか、それとも最初のターンに補助技をするのがベストだったのか。
ホップと話しながら悩むユウリは、歴戦のチャンピオンとして名を馳せた、横に居るダンデに問いかける。

「やっぱり、エスカさんのポットデスを集中攻撃しておけば良かったんでしょうか」
「しかし、カブさんはルチャブルが相方に居るとはいえ、ステルスロックを持っているコータスをじしんで落とされる前にこれを使っておきたかっただろうな。オレでもエスカ相手なら、中途半端な攻撃をするより先にこれを選んでしまう」
「そうか、ステルスロックのダメージがグレイシアをエースに持つエスカさんにこの後で強力に刺さるのか……!他にもシャンデラに、ユキメノコ……」
「あぁ、今回三匹を誰にしたかは不明だが……5体のシングルバトルでよく使うポケモンの内、3体に効果的に刺さるならこうするさ。判断ミスではないな。ただ、エスカとキバナが思った以上に攻守の息が合っている」

例えポットデスがからをやぶるをする前に集中砲火を受けていたとしても、キバナのフライゴンがすなあらしに身を隠しながら地震を放ってカブのポケモンを消耗させて、エスカはドラパルトやグレイシア、或いはサイコキネシスを持つシャンデラのいずれかを出して来ていただろう。

「カブさんもサイトウさんも攻撃に特化してるから……リフレクターを使えるポットデスを選んできた訳ですね」
「ポットデスを先鋒で出すに当たって、アタッカーにも回れただろうが、防御力をリフレクターで補助。多分ダブルバトルで今回持ってくるキバナのポケモンがジュラルドン以外は防御に多少心配があるんだろうな」
「ギガイアスとかサダイジャも居るけど……なるほど、ヌメルゴン!」

キバナのポケモンの技構成は基本的には変わっていない。
しかし、エスカは元々復帰する際も半分くらいは、がらりと技の構成を変えてきたような選手だ。
昔と同じ自分ではなく、変わらないと届かない場所があることを知っているからこそ。
シングルバトル以上に思考量が増えるダブルバトルは、エスカにとって得意な分野だったことを実感しつつ。
ホップは二人がしてやられたタイミングを思い返して、あそこでキバナのフライゴンをフリーにしていなかったらどうだったのかを考える。

「けど、惜しかったよなーポットデスに一斉攻撃をしなかったらまもるで止められなかっただろ?」
「あの二人がまもるをされたタイミングで攻撃してしまっていたのは、"補助の技を二つは持ってくる訳がない"と踏んでいたんだ。からをやぶると、リフレクターかひかりのかべ……ポットデスの一番の火力となるシャドーボールともう一つ」
「……あっ、そっか!かくとうタイプ使いのサイトウさんに、一切攻撃が出来なくなる!?」

攻撃技は自分たちと戦うにあたって二つあるはずだと思うのは当然だろう。
ゴーストタイプの技が使えない相手の場合は攻撃手段がなくなる。かくとう使いだと分かっている相手にまさかシャドーボールだけの構成で挑んでくることは、普段のプレイスタイルも相まって予期出来なかった。

「エスカさんもそれは分かっているだろうけど、キバナさんとダブルバトルをするために剣と盾となる組み合わせを徹底してきたんですね。強い……!戦ってみたいなぁ……!」

風船を付けたシャンデラが登場し、フライゴンのじしんの影響を受けない戦法に再び会場は沸き上がる。
キバナに合わせながらも、相手の意表を突きながらじわじわと冷静に痛い所を突くエスカの試合運びは、時々背筋がぞくりとする程に隙が少ない。
最後の最後にキョダイマックスをした二体のポケモンに対して不利なグレイシアをステルスロックのダメージと合わせて追い詰められたとはいえ。
キバナのヌメルゴンのいのちのしずくとハイドロポンプ。その水を凍らせるふぶきを放つグレイシア
冷気によって足場を固められたことで試合は決した。

『マルヤクデ、ここで戦闘不能──!』

今にも倒れそうでふらふらになった最後の一体のグレイシアをボールに戻して「ありがとうね」と声をかけたエスカはキバナを見上げる。
──勝利は何時だって嬉しいけれど。こんなにも、嬉しいと感じるバトルは久々かもしれない。

わしゃわしゃとエスカの頭を満面の笑みで撫でるキバナと、それに釣られるように微笑んだエスカの表情がモニターに映り、観客は沸き上がる。

「うおっ、サービスし過ぎたか」

あまり表情が変わらないことで有名なエスカが、婚約者のキバナに対してこうも解けた表情をするのが観客にとっても貴重なシーンであり。
照れ臭そうに困惑した表情に変わって、エスカ達はカブとサイトウと握手を交わしてお互いの健闘を称え合う。
お互いの特徴を殺し合うバトルをすると言われていたキバナとエスカの一回戦についての記事が世の中に出回る中。
次の試合相手が、ネズとマリィに決定したのは、この二時間後のことだった。