朝焼けのスピネル
- ナノ -

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エスカとキバナというガラルのトップ選手。
この二人のプレイスタイルは似ているようで、対峙すると食い合うようなバトルスタイルであることはファンだけではなく、ガラルで試合を見ている人なら理解していることだった。
キバナは勿論、すなあらしやあまごい、にほんばれといった気候を使いこなす天候を操るドラゴン使いだ。
対して、エスカという選手は"キバナがダンデと対峙する時以外で徹底的に攻略に挑もうとする氷霊つかい"だ。
キバナが唯一使用しないあられやゆきげしきといった天候を巧みに使って打ち消し、ドラゴン使いであるキバナのポケモンを追い詰めていた選手。

シュートシティの書店で、入店して一番目に付く売り場に平積みしている雑誌の見出しに書かれた謳い文句に惹かれて、試合を見に来た人たちがガイドブックを手に取っていく。

元チャンピオンとなったダンデが、ユウリと共に出場すること。
長年スパイクジムでダイマックスを使わないというバトルスタイルを貫いてきた前ジムリーダーのネズが、現ジムリーダーとなった妹のマリィと出ること。
この二つの見出しと共に太文字で強調されているのが、ライバル関係から婚約者へと変化したものの、バトルスタイルはお互いを食い合うようなものであるキバナとエスカだ。

「他の組み合わせは足し算とか掛け算になれそうだけど、キバナさんとエスカさんってどうなんだろ……」
「にほんばれとかあまごいだけにするのかな。すなあらしとあられはお互いのポケモンにダメージ入るから、どっちかも戦いづらくなるよな」
「あまごいは分かるけど……にほんばれって氷使いのエスカさんにきつくない?シャンデラ位しか……」
「そっか……えー本当にどうするんだ?」

本日からシュートスタジアムで開催されるガラルスタートーナメントを前にして、観戦予定の旅行者からはそんな声が絶えない。
各雑誌や番組でも、二人のお互いの良さをかき消しあうようなシングルバトルでの様子について特集が組まれている。
ダブルバトルで繰り出すのはそれぞれ三体。
その中で変化させる天候や試合展開もフルバトルで行うシングルバトルの流れとは異なる。

予想も付かない二人のダブルバトルに、これまでのバトルスタイルをまとめた特集の組まれた雑誌が街で書籍を扱っている店で売れている中。
その熱気の中心に居る二人は昨日発表された第一回戦の相手の対策をしていた。
同じ部屋からシュートシティへと向かって前日入りしていたキバナは、SNSのアカウントに集まるコメントを確認して「なるほどな」と零す。

「SNSも楽しみ!って声と同じ位、どんな試合内容にするんだろうって声がすごいな。そんだけオレの天候変化するバトルスタイルとエスカのあられを使うバトルが有名なのかもしれないが」
「そ、そんなに話題集めてたんだ……?確かに最初はどうしようか少し考えたけどね。どう?グレイシア、きつくない?」
「シア!」
「おー似合ってる似合ってる。オレ様チョイス、なかなかいい色じゃねえか?白い塗装にしてくれって頼んだんだ」

グレイシアが付けるゴーグルは、今回ドラパルトとポットデスが着ける白を基調としたぼうじんゴーグルだ。グレイシアは普段持たせているとつげきチョッキは外し、今回はキバナとのダブルバトルに合わせてオボンのみを持っている。
少しひんやりとした手を伸ばしてキバナの足をちょんちょんと押すのは「センスが良い」と訴えたいのだろう。エスカはグレイシアを抱き上げて、キバナの手と握手をさせた。

「何時もはユキメノコがあられをしてくれたけど、その戦法は多分読まれるから……一回戦でポットデスもゴーグルを付けてるからあられは使わないはず、と思わせられたらいいんだけど」
「あとはエスカのトリッキーな技のバリエーションがどこまでバレないか、か」

本人が着ける訳ではないとはいえ、グレイシアが誇らしげに着けるそのゴーグルを、ジュラルドンは少し羨ましそうに見つめる。
本当はあられ防止の為にジュラルドンも付けることを検討していたが、やはりジュラルドンの火力を考えてとつげきチョッキを着てもらった方がいいと判断したのだ。

「ダイマックスすると流石にあられのダメージは気にならないからな。エスカのポケモンばっか調整させて悪いな」
「ううん、キバナがいつも通りだと、私もそんなにいつもと変わらないって思わせられるから。サポート技が想定外に増えてるとは思われないだろうし」

元々ポットデスやユキメノコはおにびやちからをすいとるといったトリッキーな技を使うことから、サポート技の構成はもしかしたら半分は読まれているかもしれない。
しかし、まさかエスカの手持ちの中で攻撃特化のポケモンであるシャンデラとドラパルトまでもが構成を変えてきているとは思いもしないだろう。
一緒に調整をしていたキバナでさえ驚いたような内容だ。
それと同時に思うのが「オレだったら当たりたくないと思うのはやはりライバルたる所以なのかもしれない」だった。

「何時ものエスカのドラパルトと思って攻撃したらやられかねないな」
「キバナにそう言って貰えるなら、多分大丈夫。勝てるよ」

涼やかな表情で淡々と当たり前のように告げるエスカの横顔は頼もしくもあり、自分というトレーナーを信じてくれているからこそであると実感する。
さらりと髪をすくって撫でると、きらりと煌めくフライゴンの羽のような緑の髪飾りが揺れた。

「キ、キバナ?」
「オレとエスカなんて、最強タッグだろ。見せ付けてやろうぜ、この強さを」
「……うん」

幾度となく戦ってきて、お互いの手数をよく知ったパートナー。
キバナとエスカは戦術として邪魔をされたくないタイミング。それをライバルという立場で把握しきっていた。
勝てるはずだと意気込むキバナの手を握り、柔らかく微笑む。
エスカの横顔に、カーテンの隙間から零れる朝日が反射して綺麗だと反射的に思った。
この美しい人は、バトルにおいても今回はパートナーなのだ。

「今回、ユウリとダンデが組んだだろ?正直、チャンピオンと元チャンピオン、優勝候補筆頭だ」
「ダンデ君は誰と組むんだろうってぼんやり思ってたけど……ユウリちゃんと戦いたい、じゃなくて"最強の壁"になるから、全トレーナーは力を合わせて追い詰めてみろ、なんだね」
「アイツらしいな。ただまあ、この間言っていたように、ユウリと組むから優勝出来るだろうと考えるんじゃなくて……誰かと並んで戦って、本気の試合を共有出来るのが楽しいんだろうなー……」

時々抱く、目指していた目標が次のステージへと駆け上がってしまって、宙に浮いた闘争心の行き場を少しずつ。
時間の経過とともに噛み砕いて、折り合いをつけようとしているキバナの焦燥感。
それに対して、エスカは何の助言をする訳でもなく、慰めをする訳でもない。
彼がそれを望んでいないと分かっていたし、キバナとの試合が最高の試合だったと現役を辞めた自分とは違って、十年最強のチャンピオンを倒す為に食らいついてきたのだ。
積み重ねた十年をたった一瞬で崩された時。
やはり少しだけ、足を止めてダンデというトレーナーの在り方を考える。

公式のシングルバトルの負けを積み重ねると二部落ちするという焦りと少し違う、お祭りのようなスタートーナメント。
心に何時もより余裕を抱けるような大会で、ダブルバトルで強いトレーナー達が手を取り合って優勝を目指し、その本気と戦える。
無敗を誇る頂上に立つものではなく、再び自分も勝ちを目指したい挑戦者として。

「多分、エスカならダンデとタッグも組めるだろ。だが、オレはやっぱアイツと一緒にバトルしたいじゃなくて、あくまでもダンデに勝ちたいんだよな」

チャンピオンになりたいとポケモントレーナー誰しもが望みながらも、用意された席は一つ。
しかし、キバナにとってチャンピオンになりたいのは当然ではあったが、そこに一つの条件が加えられてしまった。
『ダンデという最強の壁を超えずに得るチャンピオンの称号に、強い興味はないのだ』と。
エスカはキバナのこだわりと、それがもう半ば奪われて宙に浮いてしまっている感情については否定しない。

「でもね、キバナ」
「ん?」
「私は、初めてのダブルバトルで、ダンデ君達に挑む大会で。キバナと組みたかった。キバナと勝ちたいって思ってるよ」

──どうしてこうも、彼女は男の馬鹿みたいに変えられない直進してしまう拘りを否定もせず。共感も変にせず。
疲れた時にそっと隣で優しい場所を作ってくれる人なんだろうか。
エスカが隣に居てくれるのは心地がいい。

オレが足を止めても「どうして?」も「どうしたの?」も問わず、飽きれず。「……そっか」と手を添えてくれる人。
愛おしさを噛み締めながら、後ろからふわりとエスカを抱きしめて。
そしてゆっくりと深呼吸する。
目指す目標が具体的にどう変わるかはオレもまだ分からない。だが、戦う意思はここにある。それを再確認出来た。
心を落ち着かせてメンタルを切り替えた後にエスカを離して。そして少しの興味本位で顔を覗き込むと、白い肌は赤らんでいた。

「ありがとな、エスカ。こういう姿こそ特集で組んで貰いたいけどなー」
「そ、それは恥ずかしいから……」

隙がない性格に見えるエスカが自分にはそうでもないギャップを世間に晒したら。
好印象を与える反面、ファンも増えそうなのは少し悔しいと思っていることは、心が狭いと思われかねないから胸閉まっておこうと自分の中で完結したキバナは誤魔化すようにスマホロトムを呼び出す。
キバナはスマホ画面に普段初戦の二人がシングルバトルでどのような戦法や技でバトルをしているかデータを確認し、エスカにも見えるように自分の目線から離して、エスカの位置に持っていく。

「エスカがどっちのタイプも苦手にしてるのもあるし、ジュラルドンもかくとうが得意じゃないから、勝利予測なんかは少し向こうが優勢みたいだけどな。おいおい、バトルはタイプ相性だけじゃないぜ?」
「……徹底的に分析して試合に臨むエスカ選手への勝率は100%だが、対してタイプ相性が悪いメロンとのフルバトルでは全敗って書かれてるから……」
「うっ。ぐうの音も出ねえ記事書きやがるなあ!?」

注目度の高いキバナとエスカだったが、初戦で敗退するかもしれないと言う声の大きさは相手がカブとサイトウのペアだったからだ。
キバナのフライゴンやキガイアスがカブのポケモンに有利なだけで、あとは不利だった。

「初戦はカブさんとサイトウちゃん……うん、だからこそポットデス、いけそう。カブさんが居るからグレイシアには少しきついかもしれないけど」
「はは、流石冷静な分析だな。ネズ相手だったら今回のポットデスは出すの選ばなかっただろ」
「バトルスタイルは選手ごとに違うから……特にダブルバトルは、片方が崩れると1欠けるだけじゃ済まないこともあるもの」

ダブルバトルに合わせて、今回少しだけ技を変えてきたポットデスを出したエスカは、やる気に満ち溢れて拳を作るポットデスのティーポットをそっと撫でる。
エスカがポットデスを使うにあたって、唯一危惧していたことがある。ふいうちを得意とするポケモンを使う相手が出てくることだ。
それでも対策は勿論考えているが――読み合いとなると、タイミングを外すだけで致命的になることもある。

「不利だろうと思われてるなら尚更。嵐、吹かせたいね」
「……」
「キバナ?」
「いや、オレの決めゼリフをエスカが言うのまじで良いなと思ってな」

あられを降らせてきた彼女が砂嵐の中を華麗に、鮮烈に切り裂く戦う姿を。
ガラル中に見せつけられるまでもうあと数時間だ。