朝焼けのスピネル

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「へえ……オレも呼ばれましたが、エスカも呼ばれていたんですか。リーグ委員は大丈夫なんですか?」
「うん。私、元々チャンピオンのダンデ君の推薦で選手からリーグ委員になった立場だし、他でもないダンデ君の招待だから、リーグ委員の活動の宣伝にもなるし、ぜひだって。……正直、ネズが受けたのが意外で驚いた」

シュートシティで最も盛り上がる場所となる熱狂の地、シュートスタジアムの中。
そこで顔を合わせていたのは、ガラルスタートーナメントに参加することを決めた二人のトレーナー。
現役の選手であることを引退した二人であるが、トレーナーであることを辞めた訳ではない二人だ。
ネズはソファに座り、コーヒーを片手にスマホロトムの画面に表示されている『ガラルスタートーナメント開催決定!』の記事を眺め、エスカは自分の隣に座るグレイシアの頭をそっと撫でる。

「オレはアンコールはないって言ったんですが……マリィと、出られるなら悪くないと思いまして」
「ふふ、ネズらしいね」
「そう言うエスカだって十中八九、ダンデに誘われた以外の目的のためでしょう。戦いたいのか、それとも一緒に戦いたいのかは分かりませんが」

ネズの指摘する、エスカが参加する真の理由の相手。
それはネズではなくても、エスカというトレーナーを知っている者ならば誰もが考えることだろう。
ライバル関係にあったキバナと戦いたいから参加するのか。それとも元ライバルで、一度も肩を並べて戦う所を公式戦で見せたことがなかったエスカが恋人となった今、一緒に戦いのか。
そのどちらなのだろうと気になる所なのだろう。
実際、あまりネットの情報を追いかけないネズでさえ、既にガラルスタートーナメントについての書き込みでは一部で囁かれていることだと知っていた。

「い、意外……」
「?何がですか」
「キバナのことだから、決まった日にネズに連絡入れてると思ってた」
「エスカもキバナに対してそういう認識なんですね。……いや、安心しましたけど」
「私、今回はキバナと一緒に出るつもり」

エスカの回答にネズは目を丸くして、一度コーヒーから口を離し、カップをゆっくりと机に置いた。
常に対峙するように戦ってきたキバナとエスカが公式戦で共闘するというのは、世間的にはキバナとダンデがダブルバトルをすると同じ位の衝撃的なニュースだ。
別に二人は張り合い続けている訳ではないし、お互い好意がある相手ではあったが、それ以前にライバル関係というのは早々に出会えることがない特別な存在なのだ。
選手に復帰してまでキバナに戦いを挑んだエスカの試合が記憶に新しい中で、共闘をすると言うのはネズとしても衝撃だった。

「オレとしても楽しみですけど、エスカとキバナのプレイスタイルですか……」
「やっぱりそう思うよね。それは、特訓中。天候を使うタイミングも、苦手な天候の時でもどう立ち回るか、とか」
「……エスカの話を聞いて、余計楽しみになりましたよ。バトルすることがあっても、見る側であっても、楽しみですね」
「私は、ネズとマリィちゃんの試合見るの楽しみだな。……あ」

この選手と、この選手が一緒に戦う所が見たいだとか。

そんなもしもという夢を成立させて試合形式として多くの人の関心を集めて熱狂の渦へと変える。
ダンデは『強い奴と戦いたい』という純粋な目的もあって今回の大会の開催を宣言したが、観戦する人々の好奇心を最大限に集めて温め、ガラルリーグ自体を盛り上げようとする。
ダンデが目指しているのはそういう環境づくりであり、ポケモントレーナーを増やして刺激し、強いトレーナーを増やしたいという夢のためにオーナーとして動いているのだ。

「そっか。ダンデ君が目指してるのはこういうものなんだ。誰よりも選手ファーストで、観客ファーストで……凄いな」

今の肩書きはチャンピオンではないかもしれないけれど。
彼の熱があるからこそ、退いたネズも、自分も。
こうして一つの大会に向かって歩み始めている。

「本能で動いてるようで意外と冷静に周囲を見て居ますよね、ダンデは。まあそれはキバナもですか。本能的に動くオレとは反対の人種ですよ」
「ネズ、冷静に見えてノリとテンポのまま、って感じがあるよね」
「まぁ、会場や観客のボルテージを上げて、オレもノることで最高のパフォーマンスをするっていうのはバトルもライブも共通してますからね。考えてはいますが、キバナたちの普段のイメージとはかけ離れたあの冷静な集中力と比べたらバトルスタイルは違いますね」
「だからネズと相性いいのかな」
「……」
「そんな嫌そうな顔しなくても」
「オレはあの喧しさと気安さは近くにあると疲れるんですよ。エスカがキバナのあぁいう所に引っ張られて憧れてるのは知った上で、どうして付き合いきれてるのか一周回って不思議ですけどね」
「そうなの?」

誰よりもクールで物静かなエスカがキバナと居て疲れないのか。
そんな質問が無意味であることはネズも、エスカを知っているルリナやソニアも理解している。

(エスカだから付き合えていると思いますが、キバナの隣っていうのは案外普通の人間には疲れるでしょうし)

──派手で、華やかで、社交的。
そんなキバナの表面的な部分を見れば、彼の周りには同じく華やかな女性が幾らでも集まりやすいと言えるだろう。
実際、そういうファンが多かったのも何となくネズは知っている。
だが、キバナは恐ろしくストイックで、一つの目的に対して何度も何度も。飽きることなく地味でも研究を重ねるし、鍛錬をするような執念のようなものがある。
パフォーマンスの派手さに比べて、キバナという男は地味な努力を惜しまない。
そんなポケモントレーナーとしてトップクラスの道を進む男の隣というのは、憧れだけでは寄り添うことも、踏み入ることも理想より現実は疲れるものだ。

(エスカはむしろ、キバナとはそういう人間だと始めから認識してるでしょうし。研究をされてきた立場であるからこそ)

不思議とは言ったが、キバナと居る時のエスカが輝いた表情をしているなんてことはネズも解っていた。
意識をしていなくても、譲歩しなくても、合わせる努力をしなくても、エスカはキバナと居る時が最も輝いているのだ。

「……いや、撤回します。いいパートナーですよ。調子に乗りそうなのでキバナには言ってやりませんけど。敵になる前に調子に乗せたくないですし」
「ふふ、ありがとう。ネズと当たるかどうかは分からないし、当日どうなるかは分からないけど」
「?」
「楽しみに、してて」

──あぁ、この涼やかに見える感情の読み取れなさそうな瞳の奥に覗かせるギラついた静かな焔。
キバナがバトルをする際に見せる色とそっくりだ。

正反対に見えて、お互い住む世界が違うように見えて。
根は似たものがある二人に、ネズは肩を竦める。抽選次第だから戦えるかどうかは分からないが、 友人としても彼らの試合は観たいと思わずにはいられないのだ。
コーヒーを飲みほしたネズはソファから立ち上がり「ガラルスタートーナメント、楽しみにしていますよ」と小さく笑い、ひらひらと手を振って立ち去っていく。
その足取りは、何時ものネズよりも軽快なものだった。