朝焼けのスピネル
- ナノ -

15

世界は巡り、廻る。
何一つ変化なく止まり続けるものはない。
昨日から今日へ。今日から明日へ。
バトルフィールドの熱を受ける選手も、スポットライトと喝采を浴びる者も変わっていって。
太陽だって永遠にその場所に留まり続けない。
圧倒的熱源の太陽の引力に引き付けられた星々が新しく輝き始める。

強い奴と戦いたい──ガラル中を熱くするバトルを魅せたい。
そんな夢を抱いた元チャンピオンは、手紙をしたためる。チャンピオンとして挑戦者を迎える立場としてではなく、大会の主催者として、他の者と同じ挑戦者として。

封書を鞄に入れたバトルタワーのオーナー、ダンデはシュートシティをアーマーガアタクシーで飛び去り、ターフタウンから順に、各ジムを回ってその招待状を手渡ししていく。
チャンピオンリーグではない、スタートーナメント。
それがダンデがここ数週間程練っていた新しい計画だった。
多くのトレーナーが強いトレーナー同士で組んで、スタジアムを盛り上げることで、ガラル中──或いは世界中にガラルのトレーナーに広がっていく。

「何より、俺自身が戦いたいっていう本音もあるけどな」

こういう形ならば、もう表舞台には立たなくなった強いトレーナー達を誘うことも叶う筈だ。
そんな夢の舞台に楽しさに、今からすでに心が躍っている。

ダンデがジムで最後に立ち寄ったのはナックルジムだ。
呼びたい二人が居るだろうナックルスタジアムは、今日もバトルの轟音が響き渡る。エスカのユキメノコが降らせたあられのフィールドでなみのりをするのはキバナのヌメルゴンだ。
水の塊は氷となり、氷のつぶてのようになってジムトレーナー達のポケモンに降り注ぐ。

そんな激しい練習試合に、ダンデとリザードンは見入っていた。この二人は何時も一緒に戦うばかりだったけれど、お互い噛みあう気候の使い手ではない中で、活かしあうような戦い方だった。

「やはり、この二人とも戦いたいな」

キバナとは何度も戦ってきたかもしれないが、何時戦っても新鮮な上に、エスカとのタッグなんて胸が躍ってしまう。
試合の区切りがついた所でフィールドへと立ち入ると、ダンデに気が付いたジムトレーナーはざわめく。

「キバナ!エスカもここに居ると聞いてな」
「は?だ、ダンデ!?」
「ダンデ君。この間も来てくれたけどどうしたの?」

駆け寄ってくる二人に、リザードンは長い首を追って挨拶をする。
ガラルスタートーナメントの趣旨を説明しながら招待状を渡すと、二人は手紙をまじまじと見つめて目を輝かせる。

「シングルバトルじゃないんだね」
「あぁ、今回の大会はダブルバトル……二人組でダブルバトルをしてもらうつもりなんだ」
「へぇーそりゃますます、オレ様が居ないと始まらないよな」

キバナとエスカは顔を見合わせて、お互い口に出さずとも一緒にダブルバトルをしたいとお互い考えていることが一致したのか静かに頷く。
こうして今回の祭りのようなこの大会を楽しみにしている姿を目の前で見ると、主催者としても胸が躍る。
人が喜んでくれる姿を見るとこうも嬉しいのかと実感するダンデの笑顔を見て、エスカはジュラルドンとフライゴンに説明をしているキバナを横目に、ダンデの肩をトントンと叩いた。

「ん?どうしたエスカ」
「ねぇ、ダンデ君。……ダンデ君も、この大会、勝ちたいんだよね」

エスカの質問に、ダンデは大きく目を開く。

トレーナーにとって当たり前すぎる質問だった。トレーナーである以上『負けたい』と望む者は居ないだろう。
感情が煮え滾るような感覚だけではなく、凍り付くような感覚も、ダンデは良く知っている。
きっと、エスカは自分の奥底に眠る本心を見ている。
彼女は感情を表面に出すことが苦手で、その分人を見る時も表面ではなく内側を見る性質がある。

ルリナやソニアといった昔馴染みに次いで付き合いが長いと言えるのがキバナやエスカだったが、ダンデの本質の輪郭を一番捉えているのはエスカなのではないかとダンデは認識していた。

「……あぁ、そうだな。そうだぜ」
「そっか。……私は、トレーナーとしてダンデ君を正面から見たことはないけど、でもリーグ委員としてダンデ君のことは見て来たつもりだから」
「そうだな、エスカは本当によくオレを知ってくれてるよ」
「ダンデ君が考えた上で『勝ちたい』って素直に思ってくれたのが、嬉しい」

最強の称号を長年冠した彼は、そういう象徴であり続ける努力を重ねた。
孤独になろうとも、人々の夢や尊敬や熱量や──憎悪も。
すべて背負って立ち続けたことをエスカは知っている。
勝ちたいけれど、誰か隣に立ってくれる人が出来た時。或いは自分がキャップを空高く投げて王座から降りることが出来た時。
負けたい訳ではなく、自分が孤独な場所に立っている訳ではないと自覚できる。

押し込めていた感情が熱を持って、人らしくあれるのかもしれない。

「ありがとう、エスカ」
「ううん。こちらこそキバナと一緒に、ダンデ君と当たれる日を楽しみにしてるから」

エスカの言葉に、ダンデはかつての自分の心が僅かに救われたような気がしたのだ。
同じ挑戦者という立場で、初めてエスカとバトルフィールドと戦えることが楽しみで。ライバル同士だった二人が手を組むのは誰が見ても手強い強敵になる。
それが、より一層燃えるのだ。
どうやってこの二人に勝とうか。そう考えて、頭の中でシュミレーションをして、試合が楽しみになる。
ジムチャレンジの頃の自分にまるで戻ったような感覚だった。

夕暮れがナックルシティを照らし、外で遊んでいた子供たちもパートナーのポケモンと帰り始める時間。
ユウリに最後の手紙を渡しに行く為にナックルスタジアムを後にしたダンデのアーマーガアタクシーを見送ったキバナは、隣で小さく手を振るエスカを見下ろす。

「エスカ、何をダンデと話してたんだ?」
「……キバナと一緒に出れるかもしれないトーナメントをありがとうって。キバナ、ダンデ君、大会に勝ちたいって笑ってた」
「?アイツは何時だって勝ちたいって思って……」

──いつだったか。
ポプラがダンデが時々勝ちたいのか負けたいのか分からない顔をすると彼を称したことがあった。
真の意味で試合を楽しんで笑っていられないのは、彼が最強という称号を10年間保持しているからだろう。
トレーナーである以上、勝ちたいと思うのは当然だろうと言いかけたキバナだったが、正面からチャンピオンダンデを見てきたキバナだからこそ、エスカと同じように『ダンデは当然試合に勝ちたい筈だ』というイメージは、魚の骨が喉に刺さる感覚を覚える。

「オレ様がダンデに勝ちたいと思ってるのは何時ものことだが、余裕がありそうで余裕がないっていうのは思ってたぜ。試合運びは勿論余裕たっぷりなんだが」
「気持ち的に……余裕は無かった、のかもね。無敵って、失敗は許されないってことだから」
「挑んで負ける方も余裕はないんだけどな」

勝ちたいという渇望は誰よりもあるが、だからこそダンデと違う意味で余裕はキバナには無かった。
最強のジムリーダーだとか、ほかの地方に行けばチャンピオンになれる実力があるだとか言われながら、結局ダンデに勝つことは出来ず、ユウリに先を越されているような状況だ。
これが焦らずに居られるだろうか。
悔しさを写真という記録に収めて、己を奮い立たせる為のエンジンとしているが、それだけ自分が負けているという証拠でもある。
苦々しく溜息で感情を吐き出し、キバナは頭をかく。

キバナには、完全に分かることはないダンデの苦悩なのだろう。その高みに行ってしまった者の背負うものなのだから。
ただ、孤高の王にするつもりはなかった。ダンデに勝つのはオレだと、キバナは手を伸ばし続けた。

「……」
「エスカ?」
「ううん、キバナとダンデ君の試合を楽しみにしてたファンが沢山居たのは……キバナが何度だってダンデ君に勝ちたいって言い続けたからだと思うの。強過ぎて、怖いと思われることをダンデ君は沢山経験しただろうから」

チャンピオンダンデには勝てない。

そうやって諦めさせてしまうのは、夢を詰んでいる証拠だ。
そんな絶望をダンデが抱かなくていい相手の一人が、キバナであった。
キバナは常に立ち向かい続けてきたことをガラル中が知っている。敗北した際の自撮りをSNSに自虐的に上げるのだって、戒めであることをファンは分かっている。

「キバナ、頑張ろうね。私も、ダンデ君に勝ちたい」
「あぁ、オレとエスカが組んだら最強だろ!……ん?リーグってことはエスカの本職はどうなんだ?忙しくなるのか?」
「明日、リーグ委員本部に聞いてみようかな。普段なら一緒に運営に回る所だけど、こうして私にも招待状が渡されてる訳だし」
「宣伝するんだったらオレ様とエスカが一緒に出るっていうのを全面的に押し出してほしいけどな」
「それは……ちょっと、恥ずかしい……な……」

注目を変にあびるのは遠慮したいと首を横にふるふると小さく振るエスカだが、カップルで出場する時点で注目されるのは免れないだろう。
控えめな性格のエスカには悪いが、どうしてもキバナとしては見せつけたかった。
──お互いの長所を食い合うような天候を使うキバナとエスカが、タッグを組めば強いのだということを。