朝焼けのスピネル
- ナノ -

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予定していたキャンプの日程は三日間。
初めこそは少し長かったかもしれないと思ったが、長いようで短いとはこういうことをいうのだろうと実感していた。
帰りの準備を始める頃にはまた時間が出来た時にワイルドエリアにこうして来るのもいいかもしれないという会話を、エスカとキバナは自然としていた。
幸い、ナックルシティはワイルドエリアと近いから時間さえできれば何時でも訪れることが出来る。

何度も野生のポケモンと戦い、新しいフォーメーションや戦い方の感覚を掴み、特にサニーゴが成長出来たことを感じ取れたのはエスカにとって一番の収穫だった。
キバナによく懐いており、キバナとタッグバトルをする際に、ドラパルトと並んで積極的な所がある。
勿論他のポケモン達も乗り気ではあるものの、キバナと長年バトルをしてきた経験か、競ってきた相手だという認識の方が強いのだろう。


「いやーなかなかハードだったが楽しかったな!いい訓練になったし、キャンプ飯っていうのも偶にはいいよなぁ」
「キバナが作ってくれるカレー、久々で美味しかったな」
「男飯って感じだが。そう言ってもらえんなら振舞ったかいがあったってもんだ」
「偶にはこうしてワイルドエリアとかで特訓するのもいいね。見えないものが見えてくるというか。サニーゴのこともそうだけど」
「ワイルドエリア以外にも修行できるエリアはあるから、また時間を作って考えてみるのもいいかもな」
「鉄道で行けるカンムリ雪原とヨロイ島だっけ。ワイルドエリアと同じくらい野生のポケモンが多いからね」


エスカとキバナは、朝からそれぞれの仕事に向かうために朝から準備をしていた。
顔を洗い終わったエスカにキバナは慣れた様子でタオルを渡し、キバナの着替えを受け取ったエスカは洗濯機へと服を入れる。
二人の荷物をソファの上にまとめるのは、エスカのグレイシアとキバナのコータスだ。


「えーっと、ヘアバンドはどこだったかな」
「あ……キバナ。キバナ」
「ん?おっ、ありがとな、ジュラルドン。いつも助かるぜー」


キバナの背をとんとんと腕で叩いて合図をしたのはジュラルドンだ。ジュラルドンの手にはキバナのトレードマークでもあるオレンジ色のヘアバンドが乗せられている。
二人の朝はいつもこうして、それぞれのポケモンと共に始まる。
着替え終わった二人は食事をとりながら、今日のお互いの予定を掻い摘んで話し、帰って来れそうな見込みの時間を伝える。
生活を一緒にしているからこそ、帰宅時間は伝えるようにしている。夜ご飯が要るかどうか、どちらが作るか等。
毎日のことではあるが、重要な問題だ。


「今日は宝物庫に行くんだよね。キバナがいない間に訪問の予約も沢山入ってるだろうし、今日は大変だね」
「オレ様が居なくても観られる場所はあるんだけどなー」
「ふふ、皆はタペストリーが飾られた部屋が見たいんだろうし。頑張ってね、宝物庫の番人なんだし」
「ま、務めである以上はしっかり全員案内するけどな!エスカも今日はアラベスクタウンまで行くんだろ?」
「うん。ビート君とリーグスタッフの子で新しい運営について話しに行くためにね」
「エスカも今日は遅くなりそうだな。アラベスクタウンまでタクシー使っても往復でそれなりに時間かかるもんな」
「そんなに遅くはならないと思いたいけど……行ってくるね」


背を屈めて、エスカの頬に口づけると、少しの間をおいてから時間差でエスカの頬が赤らんでいく。
別に初めてすることでもないし、そろそろ慣れてもらってもおかしくはない位なのに。
照れ屋な所が初々しくて好きだと実感するし、彼女が今も心底自分を好きでいてくれているのだと同時に実感するのだ。
その様子に満面の笑みを浮かべて、キバナは上機嫌な様子で軽やかな足で道を歩く。
家を一緒に出た二人はそれぞれナックルシティのジムへ、そしてナックルシティのアーマーガアタクシー乗り場へと向かう。

アラベスクタウンはナックルジムをエスカが担当する直前まで居た街だ。
その頃からポプラが後継者を探していたことを知っていたエスカとしては、ビートが若いながらもジムリーダーとして活躍しているのは喜ばしいことだった。

(しかも、確かビート君、最初はエスパータイプ使いだった気がするけど、フェアリータイプ使いとして極めて。凄いよね)

当時チャンピオンになったダンデや、新しくチャンピオンになったユウリといい。
年齢は関係なく、強いトレーナーはこうして誕生して、原石は輝きを放つものなのだと思い知らされる。
久々に降り立ったアラベスクタウンの幻想的な景色は、何時見ても美しさに息をのむ。

「ふふ、ポットデス嬉しいの?ここで私たち、会ったからね」

モンスターボールから出ていたポットデスが上機嫌にくるりと宙で回る様子に、エスカは微笑ましそうに眺める。
ポットデスには当時ジムチャレンジでジムのある街を回っていた際にルミナスメイズの森で、ヤバチャの時に出会った。
そういった意味で、この街はエスカにとって思い出深い街だったのだ。
久々の懐かしい景色にはしゃぐポットデスを連れて、アラベスクジムを訪ねたエスカを出迎えたのはこのアラベスクジムを担当しているリーグ委員だった。


「ご苦労様です、エスカさん!」
「お疲れさま。運営、上手くいってるって聞いてるよ」
「いえ、そんな褒められるほどでは……!今から、ビートさんを呼んできますね」


リーグ委員の女の子はスタジアムに続くゲートを潜り、新しいジムリーダーである彼のことを呼びに行く。
ブリムオンと共にロビーにやって来たビートに、エスカは小さく手を振った。


「こんにちは、エスカさん」
「ビート君久しぶり。大活躍って話、ポプラさんからもこの子からも聞いてるよ」
「ポプラさん、そんな話をしてるんですか……!?あ、あの人は……」
「ポプラさんがビート君のことを大事に思ってる証拠だから」


ポプラと会って話す時、彼女は最近ビートの話をすることが増えた。
彼女は少し皮肉めいたことを言うけれど、ただの後継者として以上に、可愛がって大切にしているのだろうと思うには十分過ぎるほどだった。


「こんな形で試合以外の時にエスカさんに会うとリーグ委員なんだなって思いますね」
「え?もしかして、選手としての印象の方が強いのかな」
「えぇ、僕がリーグ戦をジムリーダーとして戦い始めたあの頃に、ノーシードから勝利を重ねてあのリーグの舞台に来た凄さもそうですが、キバナさんとの試合がかなり印象に残っていますから」
「そっか……」
「その直後にビッグカップルが誕生したのも衝撃的でしたしね!あの試合、印象に残りますよ」


事実ではあるのだが、気恥ずかしくなるような指摘にエスカはどくどくとはやりそうになる鼓動を抑えながら「キバナが有名人だから……」とやんわり自分のことは否定する。
世間的には10年振りくらいに試合をした二人が直後、付き合い始めたというのは話題性がある。


「二人の話は本当にすぐ耳に入りますからね。特にキバナさんがSNSで何か言うだけでネットニュースにすぐなりますし」
「ビート君の耳に入ってるなんて、なんだか……恥ずかしい……」
「あの人直接惚気けてくることもありますから」
「……キバナに困ってるなら言ってね?私も、言ってみるから」


キバナの真逆と言えるエスカの性格と反応に、ビートはここまで反対でも気が合うものなのかと瞬く。
しかし、思えば身近な例で言えばマリィとユウリ、それから自分とユウリ等。性格が違っても気が合わないということではないことを思い出す。


「まぁ、反対だからこそ合うこともあるんでしょうし」
「え?」
「い、いえ、何でもありません!エスカさんも、キバナさんに振り回されて人生めちゃく……いえ、トレーナーじゃなくてリーグ委員になったり、元々描いていたことと違う道を歩んだりしませんでしたか」
「……、キバナのおかげでトレーナーとしての私も、リーグ委員としての私もあるから。会ってなかったらどうだったんだろうっていうのは思うかも。キバナの存在が私の中で当たり前だったから」
「……」
「なに?」
「エスカさんも……そういう所ありますよね」


キバナよりも無意識に、本人にとっては惚気とも思っていないことを自然に口にする所があるエスカの言葉に、ビートは漸く気づく。
印象だけでキバナにエスカが不意回されているのだと思っていたが。もしかして、案外この二人は似ている所があるのかもしれないと。