朝焼けのスピネル
- ナノ -

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大きな大会が控えている訳ではないこの状況は、トレーニングを積み重ねるには丁度いい時期だ。
勿論、ジムスタジアムで模擬試合を重ねてトレーニングを行うことも出来るが、時には連携を見直す為にポケモン達と技を出すタイミング等の練習を行うこともある。
ジュラルドンとはよく連携確認を行っているのもあって、今となっては阿吽の呼吸だ。
しかし、ダンデに負ける度に。新しいトレーナーが出てくる度に。このままではいけないと強く思うのだ。


「つーことで、オレ、明日から二日間ワイルドエリアに行って来るぜ」
「なんですって?」


突然のキバナの申し出に、ナックルジムトレーナーは瞬く。ジムリーダーがワイルドエリアに修行しに行くのは珍しい話ではない。
ジムトレーナーが覚えている限り、最近ではあまりワイルドエリアに行っていなかったような気がしていたから、少し意外に思ったのだが。
「エスカとワイルドエリアで特訓をしてくる」という言葉に、納得した。
二人ともトップクラスのトレーナーであることを考えると別にデートをしに行くわけではないだろうが、普段のトレーニングよりも胸躍るだろうとは簡単に想像つく。


「エスカさん、キャンプとかするんですね」
「はは、お前等エスカにそんなイメージ持ってたのか。でも、エスカだってジムチャレンジしてたくらいだから当然キャンプだってしてたし、ワイルドエリアにはテンションも上がるぞ?」
「そうなんですか!?お洒落だし、草原の中とか山の中に居るイメージがないんですよね……あ、でも、雪の中は似合いそうですけど」
「確かに、メロンと同じくらい雪が似合うだろうな。絶対キルクスタウンの温泉とか似合うだろうしな」
「それ、キバナさんが一緒に温泉行きたいってだけなんじゃ……」


恐らく世間的なイメージは、見た目だけならルリナやソニアがキャンプは似合わないと思われているが、本人達はワイルドエリアでのキャンプも実際好きであるのと同じだろう。
家に帰ったキバナは、エスカにその話をすると彼女はくすくすと笑った。


「私、そんなイメージだったんだ?私もグレイシア達もこんなに楽しみにしてるのに」
「キャンプの準備も万端だしな!調理道具を何個か新調したんだろ?」
「折角だからスキレットとホットサンドメーカーも試してみようと思って。カレー以外も食べたくなるだろうなって」
「めちゃくちゃ映えそうなキャンプだな!ジュラルドンも見て分かる位テンション上がってるぜ」


表情が解り辛いジュラルドンだが、上機嫌な様子になっている姿に、エスカはそっとジュラルドンの背を撫でる。
食料は現地調達する部分もあるが、エスカとキバナの準備しているリュックにはジムチャレンジの時よりも多くの物が積まれていた。
旅行ではなくても、楽しみたいと思うようになったのは大人になったからこそだろうか。


宝物庫の番人としての仕事は一時的に宝物庫の司書や関係者に任せて。
エスカとキバナはフライゴンの背に乗って大空を飛び回る。雄大な自然が眼下に広がる光景に息を呑む。
人の手が付いていない自然が多くあり、野生のポケモンも数多く生息している。

苦手な環境や、寧ろ得意な環境で戦って得意分野を伸ばし、不得意分野を克服していくのも、今回のトレーニング目的だが。
だから言って拠点にする場所を砂漠地帯だとか、豪雪地帯にする訳にはいかない。
先ずは比較的天候と地盤が安定している拠点する場所にテントを張る二人の手際は慣れていたが、高い場所での固定や力がいる作業はキバナが進んでやってくれることにエスカは微笑む。


「ふふ、やっぱりテントの高い位置を整えるのはキバナは得意だね」
「だろ?まぁ、オレ様の体格に合わせてちょっと大きいテントにさせてるし、当然だぜ」
「私の小さいテントだと、今のキバナなら足出ちゃうかもしれないし」


ジムチャレンジの時は一人用の小さなテントで事足りたし、今でエスカだけならそれで十分ではあるのだが。
キバナの体格や、ジュラルドン達の大きさも考えてファミリー用の大きなテントを今回新調した。
テントを張り終わった後、早速ご飯の用意をする訳でもなく。エスカとキバナはグレイシアとフライゴンを連れてそのままワイルドエリアを散策する。

バトルを挑んでくる野生のポケモンと戦う機会は、街では限られている。
トレーナーの指示によって戦うポケモンの強さとは異なる本能的な強さがワイルドエリアのポケモンにはあった。


「今のコジョンド強かったな。グレイシア、お疲れ様」
「シア!」
「苦手なタイプ相手でも流石だな。オレのジュラルドンともいい勝負するだけあるっつーか」
「ふふ、ありがとう。ジュラルドンも動きが速くなってるよね」
「この体で動きが俊敏っていうのがジュラルドンの良さだしな」


多くのかくとうタイプのポケモンが出るエリアは、ジュラルドンやグレイシアにとって苦手なタイプと戦うには適している場所だった。
グレイシアにきずぐすりを使って怪我を回復し、エスカはジュラルドンにも治療を行う。
コジョンドの素早い動きにも、ジュラルドンが対応していたのは流石最強のジムリーダーと呼ばれているだけある。


「この辺りがかくとうタイプが多いなら、ここでサニーゴの特訓をしてみたらどうだ?」
「うん、いいかも。ここでなら、戦っても良さそう」


エスカはサニーゴをモンスターボールから出し、体を撫でる。
オニオンから譲り受けたサニーゴだが、サニゴーンを見たからこそ進化をしたくないと強く思っている。
その上で、バトルをしたいという意欲に満ちているサニーゴをどう育てていくべきか、エスカは頭を悩ませていた。


「サニーゴにはかわらずのいしを持って貰ってるけど……サニーゴがサニーゴのままでバトルをしていくならどうしたらいいかな」
「サニーゴのまま、か。そうだ、これとかどうだ?」
「これは……しんかのきせき?」
「今のオレのパーティは全員進化しちまったから使い所が無かったが、サニーゴの良さを伸ばせるだろ」


キバナがカバンから取り出したのはしんかのきせきだ。
進化する前のポケモンに持たせると能力が上がる石。進化をしてしまったあとは効果が無くなることもあって、エスカが所持していなかった道具だった。
サニーゴは嬉しそうにキバナの腕に体を擦り寄せて、しんかのきせきを受け取る。


「ありがとう、キバナ。凄くいいヒント貰っちゃったね」
「いいってことよ!オレ様のフライゴンとちょっと試してみようぜ。サニーゴは防御力が高かっただろ?攻撃を得意とするフライゴンといい試合になりそうな気がしてな」
「だって、サニーゴ。どう?」


エスカの問いかけにサニーゴは頷き、フライゴンに向き直る。
他の子達もバトルが好きなタイプの子は居るけれど、エスカの手持ちの中ではサニーゴの性格は珍しかった。

野生のポケモンとのバトルは一度休憩し、フライゴンとサニーゴの模擬試合を開始する。
先制したキバナはフライゴンにじしんを指示し、しんかのきせきを所持したサニーゴは地面が揺れ動く攻撃に耐える。
一瞬怯みはしたが、サニーゴは体勢を整え直して、エスカを振り返り、まだ大丈夫だと合図をする。そして、攻撃をした筈のフライゴンは身体がしびれたような反応を見せる。


「マジかよ、フライゴンのじしんを食らってもそのダメージか……!?しかもかなしばりにしてくるとはな」
「成程、しんかのきせきでサニーゴの防御力を伸ばせるんだ。サニーゴ、反撃よ。ちからをすいとる」
「なっ……!回復した上に攻撃力を下げるとは、さすがエスカっつーか……地味にかなり嫌な戦術だな」
「ふふ、ありがとう。フライゴンが攻撃を得意としてるからこそ思う存分出来るから」
「ま、そうこなくっちゃな!サニーゴにこれは効くだろ、次はかみくだくだ!」
「サニーゴ!」


じしんを耐えた後の効果抜群になるかみくだくを避けれず、エスカもキバナも、サニーゴが戦闘不能になると直感した。
フライゴンが離れた直後、攻撃を受けた勢いで倒れたサニーゴは、フライゴンが後方に飛び下がった後。
ゆっくりと起き上がって一度飛びはねた。その様子にはキバナだけではなく、エスカも驚いて瞬いた。
少し回復をしたとはいえ、じしんを受けた後で相性の悪いかみくだくを耐えきったのだ。


「マジかよ、流石に想定外だぜ」
「サニーゴ、凄いわね。幾ら回復しててフライゴンの攻撃力を落としてたとはいっても……まさか耐えるなんて」
「これはひょっとすると、シングルでも勿論強いだろうが、オレとのダブルバトルでもいい攻守になるかもな」
「!確かに。サニーゴ、キバナとのダブルバトル、あなたのお陰で現実味が増してきたかも」


お互いの弱点をつき合うような相性が悪いからこそ、ダブルバトルをどうしたらいいかお互いにはっきりと想像は出来ていなかったが、上手くいきそうだとお互い強く実感する。
褒められて嬉しそうなサニーゴと、野生のポケモンと戦っていたジュラルドンやグレイシア、フライゴンを労う為に、二人は拠点としているキャンプ地へと戻る。
午前中にはワイルドエリアに来た筈だが、もうすっかり日は傾いている時間帯になっている。
キャンプ地に戻るまでに入手したきのみはこれから作るカレー用のきのみだ。
基本はオボンのみやオレンのみをベースにして、アクセントに一個だけマトマのみを入れるのがキバナの好みを把握したエスカ流の作り方だった。

手際よく鍋を用意して刻んだきのみを入れて煮詰め始めたエスカを横目で見ながら、キバナは食器の準備とサラダの準備をする。
キバナにとって、こんなにも純粋にわくわくするようなキャンプは久々だ。


「一緒にキャンプって、やっぱ楽しいな。昔より楽しい気がするぜ」
「ジムチャレンジの時もこうして何回かキャンプを一緒にするタイミングはあったけど、あの時は本当に偶然会って一緒になったって感じだったから」
「だよなぁ、どちらかというとエスカのカレーをご馳走して貰ってた記憶の方が強いからな」
「私としては、嬉しかったよ。キバナが来てくれたって思ってたから」


おたまでかき混ぜながら、ストレートに愛情を伝えるエスカに、キバナはプラスチック製の皿を落としかける。
本人としては無意識に、ただただ本音を言っただけなのだろう。
恥ずかしがり屋ではあるが、愛情表現はもしかしたら自分よりもストレートで強い所があると、キバナは最近強く感じていた。


「……オレ、ずっとエスカがオレのこと好きだって気付いてなかったけど、あの時もそう思ってくれてたのか!?顔にあんなに出てなかったのに!?」
「……確かに、顔には出てなかったような、気がするけど……キバナが来てくれたな、って……」


ぱちぱちと瞬いて至極当たり前のことを言っているような調子だったが、貴方のことが好きだからとまるで言っているようだと気付いたエスカは時間を置いて頬を赤らめていく。
モンスターボールから出ていた主人のその様子に慣れているユキメノコとシャンデラは笑うように鳴き、エスカの周りをふよふよと漂う。

「マジで愛されてるって思って、照れるっつーか……」

――ホント、キャンプしに来てよかったぜ。

その本音を噛みしめるように頭を押さえて、キバナは相棒のジュラルドンに寄りかかる。
10年程前はエスカは純粋にライバルの一人だと考えていたが、エスカは当時からキバナに片想いをしていたことをこうして10年経ってから一つ一つ実感するたびに、彼女を幸せにしたいと強く思うのだった。