朝焼けのスピネル
- ナノ -

12

はらはらと舞い落ちるあられが止み、トレーナーは白い息を吐きながらポケモンをモンスターボールに戻す。
場所はナックルシティのスタジアム。夕暮れの日差しがスタジアムに差し込む時間帯。ジムトレーナーは、圧倒してきたこおり使いの指導者を見て、汗を拭ってから律義に頭を下げた。

「ありがとうございました、エスカさん!」

ナックルジムのジムリーダー、キバナの恋人であり、元ライバルでもあるエスカが稽古をつけてくれるようになってから数週間が経つ。
しかし、毎日特訓をしてもらっている訳ではないし、彼女と戦いたいジムトレーナーは何人も居るから交代交代でバトルをしているという状況だ。
昨日はリョウタ、そして今日はレナがバトルをしてもらっていたのだが、戦えば戦う程課題が見えてくるようだった。


「こちらはこおりタイプに有利なほのおタイプだったはずなのに……課題が沢山ですね」
「いえ、貴方のキュウコン、すごく良かったわ。気候をひでりにして削る……いい作戦」
「あ、ありがとうございます」
「あとは私の例えで申し訳ないけどミラーコートだとか、まもる、おにびとかの技も読みながら攻撃をしたり補助をしたりすればもっと勝てると思う」


一戦目を戦ったドラパルトの頭を撫で、そして足元で今の戦いの疲労を解すように体を伸ばすグレイシアに声をかけてボールに戻す。
流石はナックルジムのジムトレーナーだ。エスカも戦っていてその練度の高さに驚かされる。流石はジムチャレンジでも彼らを倒せないとキバナに挑戦する資格もなくなるほどだ。
立て続けに今日は2戦したエスカは薄く首元にかいた汗を拭って、バトルフィールドを後にする。
トレーニングをつけている、と言っても自分もまた鍛えてもらっていることを実感する。

試合後のエスカを出迎えたのは、客席でバトルを見守っていたキバナだった。よ、と手を上げると、エスカの表情は解ける。
二人が並んで歩いているのは、もうナックルシティ──いや、ガラルでは当たり前の光景となっている。


「いやーエスカに頼んでよかったぜ。アイツ等、本当に成長してるな。いい勝負してたじゃん」
「そう言って貰えたなら、引き受けてよかった。私もメロンさんとマクワ君にトレーニング付けてもらってた時同じこと思ったから」
「オレと戦う前の秘密の特訓だな。エスカが武者修行で居なくなったのはちょっと寂しかったけどな」
「ふふ、でもそれだけキバナともう一度ちゃんと戦いたかったから。折角キルクスタウンに暫く居たのに、そんなに観光もしてないくらい」


リーグ戦でキバナと戦う前、エスカがキルクスジムで武者修行をしていた期間。
キバナの隣の部屋に住んでいたエスカは一時的にそこを離れて、泊まり込みでキルクスタウンに滞在していた。
温泉が有名で、他の街よりも雪深い景色は観光地としても有名だ。そんな場所で、トレーナーとしてのブランクのリハビリばかりしていたのは仕方がなかったとはいえ、少々勿体ないことをしていたのかもしれない。
こおりタイプのポケモン達にはもう少し雪遊びをさせてあげた方がよかっただろうかと反省しながら、エスカはドラパルトの頭を撫でた。


「なあ、エスカ。こんな稽古つけてもらってる中で言うのもなんだが、オレ様とダブルバトル、やってみないか?」
「え?……キバナと戦ったこと、なかったっけ。そっか、何時もシングルバトルだったよね」
「いやいやそうじゃなくてだな。オレと、エスカが組んで。他の奴らとダブルバトルを何時かしたいんだよ」
「……」


──ダブルバトルで戦うのではなく、ダブルバトルで一緒に戦う。
キバナの言葉に思考が止まって固まるエスカと異なり、彼らの後ろを浮遊してついて来ていたドラパルトが真っ先に嬉しそうに目を細めてくるくると体を回転させた。
一緒にバトルをしたいとでも主張するかのようにキバナの頭に手を載せている。
何せこのドラパルトはキバナによく懐いている。それでもキバナと戦う時は切り替えて戦ってくれる子だ。

常にバトルにおいては競い合ってきた相手だけれど、自分もキバナと一緒に戦ってみたいと思っているし、自分のポケモン達もこうして乗り気になってくれているのだ。
迷う必要なんて、どこにもなかった。


「私とキバナのダブルバトル……ふふ、何だかどんな戦術になるか全く予想できないけど」
「だよなぁ。オレ様とエスカだと得意な気候も全く違うからな」
「うん。でも、だから、すごく楽しみ」


エスカの解けたような笑顔と、肯定する言葉に、キバナはほっと胸をなでおろした。
お互い、自分達の良さを潰しあうようなスタイルであることは重々分かっているし自覚している。
だが、その上で連携して一緒に戦いたいと言うのが本心だった。キバナがダンデに言われた通り、お互いの弱点を把握しているということはカバーしあえるという利点もある。


「今までいる子達で合わせるのもいいし、最近育ててる子と合わせるのもきっと楽しいよね」
「えっ、オレ様の知らない所で新しいポケモン育ててたのか!?」
「うん。この間、仕事の関係でラテラルジムに立ち寄ったんだけど、その時にオニオン君とポケモン交換をして」


一緒に暮らしているはずなのに、ユキハミ以外にバトルをするのを前提で育てているポケモンを知らなかったキバナは「マジか」と呟いて頭をかいた。
だがオニオンの名前で納得した。何せ、エスカはあられのフィールドやパートナーのグレイシアの存在で氷使いのイメージの方が強いかもしれないが、ゴースト使いでもある。
現在エスカが共に戦っているゴーストタイプはドラパルト、ユキメノコ、ポットデス、シャンデラ。案外、ゴーストに少しだけ偏っているのだ。

「今連れてるんだけど、この子なの」

エスカが取り出したダークボールを開くと、キバナの目の前に初めて見せるポケモンが出てくる。
白い体は、他の地方とは異なる色をしているガラル特有の個体だ。エスカがオニオンと交換して引き取っていたのは、ガラル地方のサニーゴだった。

「へぇ、サニーゴか!確かに、オニオンのやつもサニゴーンが相棒だったもんな。じゃあ進化前なのか」

初めて見る体格のいい見下ろしてくるキバナの姿に、穏やかな性格をしているサニーゴもびくびくと震えているようだったが、優しく笑って大きな手で撫できた温かさに警戒心を緩めた。
育てている途中ということは、進化前だからだろうかと思いつつサニーゴを抱えて持ち上げると、羨ましいのかキバナの肩口にドラパルトは頭をのせる。
随分と好かれているものだとくすくすとエスカは微笑みながら、首を横に振った。


「ううん、この子が自分で進化しないって言ったから、サニーゴのままで戦おうと思って」
「へぇ、進化を拒否したのか?」
「進化しそうだった頃に、進化したくなかったのか戦いたくないって私の所に戻ってきちゃって。……多分、オニオン君のサニゴーンを見てるから余計にそう思ったのかな」
「あぁ、なるほどな」


オニオンの相棒と同じポケモンになるのではなく、あくまでもサニーゴとして活躍したいという意地と意思がそこにあった。
だから、エスカはサニーゴに変わらずの石をあげてみたのだが、その時にサニーゴが大喜びをしているのを見て、これでよかったのだとエスカも確信し、安堵したのだ。
「お前のこだわり、格好いいぜ」と褒めたキバナに、サニーゴは嬉しそうに笑って体を揺らした。


「ダブルバトルに向けてワイルドエリアで特訓しようぜ。サニーゴも、もちろんドラパルトもな」
「そうだね。オフの日にでも一応テントとかも持って行って、ね」
「久々にワイルドエリアでエスカが作るカレーも楽しみだな〜!」
「私もキバナの作るカレー、本当に久々に食べたいからキバナも、作ってね」
「そう言われると張り切っちまうな。いやーせめてソーナンス級になるよう頑張るぜ……」


エスカはキバナの腕にいたサニーゴをボールに戻して、話を聞いて上機嫌なドラパルトに引っ張られる形でナックルシティのアパルトメントへと戻っていく。
ただ、帰路につきながら、キバナは思案する。
オニオンとエスカがポケモンを交換したのなら、いつか自分もエスカにポケモンを託して育ててもらいたいと。