朝焼けのスピネル
- ナノ -

11

一番心穏やかに居られる時間。それはやはり自宅に居る時だった。
いつもエスカに食事を作ってもらっている分、たまには自分が食事を作りながら、エスカにナックルジムのジムトレーナーと話していたことを提案してみる。
氷タイプのポケモンの対策に、少しの間でいいからトレーニングをつけてくれないかという話だ。
ジムリーダー同士で手合わせをすることは時々あるけれど、何回か、それも複数のジムトレーナーのトレーニングを見てもらいたいとなるとハードルが上がる。
だからといって、エスカなら絶対受けてくれるだろうという安易な考えを持っていた訳ではない。

何せ、エスカがそうでなくても忙しいことは一緒に暮らしているからこそよく分かっているのだから。
だから、無茶を承知で頼んでみたのだが。
エスカは一瞬黙って、膝の上に乗せていたユキハミと目を合わせてから「うん、いいよ」と頷いたのだ。
あくまでも、エスカのリーグ委員の仕事が優先で、その合間の時間にジムトレーナーたちが時間を合わせるという条件で。


「へぇ、キバナの所のジムトレーナーはエスカに稽古をつけてもらうことになったのか」
「ドラゴンタイプってのもあって、どうしても氷タイプは苦手だしな。それに、天候だとかフィールド条件を変えて戦うのがうちのナックルジムの持ち味だが」
「エスカも頻繁とは言わないが、利用してくるからな。あられにもしてくるし、ひでりのフィールドではシャンデラとかを出してくる。俺も戦ってみたかったな」
「あー、そういえばダンデとエスカって一回も戦う機会なかったのか。エスカがトレーナー辞めてた期間も長いからな」


キバナの前には今はバトルタワーのオーナーとなったダンデがいた。
オーナーとして出発した彼は相変わらず多忙な日々を送っており、普段はシュートシティにいることも多くなっていたが、別件の用事でナックルシティを訪れた所をキバナが発見した。
同じ土俵にライバルが居なくなったことを今でもキバナは惜しんでいるが、それでも今もいい相談相手である。


「オレも機会があったら戦ってみたいけどな。……そうだな、機会があれば」
「?なんだ、バトルタワーにでも招待する気か〜?」
「いや、そんなことはしないぜ。何せ、エスカもお前もそういうチャレンジよりもリーグが好きだろう」
「……まぁな。やっぱ、観客がいる前で一進一退のバトルをするのが好きなんだよな」


その中で生まれる縁というものがいかに自分にとって大事なものか、キバナは過去を思い返しながら実感する。
会話しているダンデもまさにその一人であるし、今では婚約者となったエスカもその一人だ。
他にはよくプライベートでも飲みに行ったり、話す相手でもあるネズも、長らくジムリーダーを務めてきた仲間でもある。

キバナとの会話の中で、ダンデの頭にふと過ったとある計画を、この時点で特にキバナに話すことはなかった。
しかし、この計画はガラル中も、そしてキバナたちのような今もリーグで最前線で勝負の世界にいる彼らにとってもきっと楽しいに違いないだろう。


「そういえば、キバナとエスカはダブルバトルってしたことがないのか?」
「突然なんだよ?あー、何回かやれたらなぁとは思ったが、実現したことはなかったな。ほら、今までオレ様とエスカはライバルとして戦い続けてたってのもあるしな」
「そうだったのか。だが、確かにキバナのバトルスタイルにエスカが合わせるとなるとかなり大変か」
「……」
「キバナ?」
「いや、その通りなんだが、いざ言われると案外傷つくな……しかもダンデに」


ダンデに言われてエスカとのダブルバトルを想像してみたキバナは、自分のバトルスタイルとエスカのバトルスタイルを照らし合わせてみる。
何せ、お互いがお互いの長所を打ち消して自分の得意な状況に持ち込むようなスタイルでこれまで戦い続けてきたのだ。
人に合わせて臨機応変に変えられるとはいえ、素のバトルスタイルは確かに合わないだろう。
フライゴンを生かすために砂嵐を使おうとすると、エスカのポケモンにとっては視界が悪くなる上に、ダメージも喰らうフィールドとなる。
コータスを生かすために日照りを使うと、シャンデラにとってはいいかもしれないが、エスカのメインのポケモンである氷タイプのポケモンにとっては体力を奪われるフィールドとなる。
あまごいは利点がオレの方にしかない。そして、逆にあられは、エスカのポケモンを生かすフィールドであって、こちらには不利だ。


「……いやー、言われた通り過ぎてへこむぜ……あまりにもお互いの長所を食い合うっつーか」
「……だが、見方を変えれば、お互いのつけ入られそうなポイントを知り尽くしているってことになるんじゃないか?」
「ダンデ……お前いいこと言うな」


お互いの弱みを知っていると言うことは逆にその部分をカバーしあえると言うことだ。
今はジムトレーナーの訓練が優先だが、ダブルバトルを何時かのタイミングで実現してみたいものだという夢が広がる。
一人でダブルバトルをジムチャレンジで行う機会は多かったが、これまで他のトレーナーとダブルバトルというのはあまりしたことがない。

──エスカとダブルバトルか。話題って意味でもかなり注目を集めそうだが、何より純粋にオレ自身がやってみたいな。
いつかエスカと手を組んでダンデと戦ってみたいものだと思うと、自然と笑みが浮かぶ。

会話が盛り上がっている中で、トントンと扉が叩く音が聞こえてきて「どうぞー」と声をかける。
声をかけてからワンテンポ遅れて、扉を控えめにゆっくりと開いてきた人物に、またオレの顔には自然と笑みが浮かぶ。


「キバナ、来たよ。……あれ、ダンデ君。こんなところで会うなんて珍しいね」
「久しぶりだな、エスカ」


ナックルジムのジムトレーナーに稽古をつけるために控室に来たエスカは、珍しい先客に目を瞬かせる。
チャンピオン用のユニフォームとマントとは言うって変わり、ボルドーの燕尾服のような衣装と、長い髪を後ろで一つにまとめ上げているのが特徴的だ。
ダンデが挨拶を交わすと、エスカも小さくてを振る。
以前まではダンデと親しげな様子を見ると、自分にない関係性を持っている彼らの仲が羨ましくもなったが、当時の余裕のなさを思い知らされる。


「ダンデ君、オーナーとして大活躍だって聞いてるよ。ダンデ君が楽しそうでよかった」
「はは、ありがとうエスカ。前よりも、むしろ充実しているようにも感じる位だ」
「こいつ、滅茶苦茶忙しそうだからな〜今まで以上に高みを目指そうとしてるっつーか」
「うん、活き活きしてるように見える」
「ありがとう。……エスカ、トレーナーとしても今は楽しいか?」


──ダンデの核心をつくような問いに、エスカはぱちぱちとゆっくり瞬く。
それは、キバナとのジムチャレンジ決勝戦の後でやりたいことが分からなくなり、道に迷っていたエスカに手を差し伸ばしたダンデだから出てきた言葉だった。
嫌いになったわけではないにしても、純粋にポケモンバトルを楽しむという感覚がわからなくなったエスカはその次に何をしたいか目的を失っていた。
だが、ダンデにリーグ委員としてポケモントレーナー達の舞台を整えて成長を手助けしてみてはどうかと手を差し伸べられた。
おかげで、今の道がある。今までの、そして今の自分がある。

「すごく、楽しい。キバナとまた戦えるようになる日が来るとは、思ってなかったから」

春の日差しのような笑みが溢れたエスカに、反射的に顔を覆って天井を仰ぐ。
反射的に可愛いという感情が湧き上がったと同時に、ダンデに対して心の底からサンキュー、という言葉が出てくる。
ダンデがいなければ、エスカとこうして付き合うきっかけも出来ずに過ごしていたかもしれないのだから。