朝焼けのスピネル
- ナノ -

08

エンジンジムの運営状況や本部との連携確認を行うために、エンジンシティに足を運んでいたエスカに声をかける人は多くなった。
キバナの件でその名前が有名になったというのもあったけれど、元々この街に住んでいたエスカが、復帰戦を行った話は街中に広まる話題となった。

(あ、キバナ……)

エスカが休んでいたモニターには番組が付いており、キバナがジムチャレンジ時代を振り返りながら、何かのインタビューに出ているようだった。

『偶にはジムチャレンジ時代のカレー作りが懐かしくなるな』

――カレー作り。
そういえば暫くスパイスやきのみを使って作るカレー作りをしていなかったことを思い出して、エスカは「カレー……」と呟いた。
ジムチャレンジをしていた当時、道中一緒になった際にキバナが作ったカレーをご馳走になったことがあったけれど、キバナの料理はちょっとだけ雑だったことを思い出してくすくすと微笑んだ。

大きめに切られたにんじんやじゃがいもなどの野菜。ルーを豪快に混ぜながら作っていた姿。懐かしい記憶を呼び起こして、自分が作ったカレーをお裾分けした時のことも思い出す。
自分も自分で、リンゴ多めのカレーを作ってしまったけれど、彼はそれを美味しいと笑って食べてくれた。
一回しか振舞う機会は無かったけれど、もう十年も経っている筈のことを思い出せるのは少し不思議な気分だった。

「ねぇグレイシア、今日のご飯はカレーでいい?」

グレイシアはエスカの問いかけに嬉しそうに頷いてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
キャンプしながら作るカレーとは少し異なるけれど、素材くらいは久々にこだわってみるのもいいかもしれないと。


仕事帰り、カレー作りの為に久々にちゃんとした食材を買いこむ。
最近ではきのみの使うタイミングはポケモン達に食べてもらう時。あるいは道具として使いたい時だった。

カウンターキッチンには、久々の一からのカレー作りに興味深々な様子のエスカのポケモン達が集まっている。
この中でエスカのカレーを食べたことが無いのは、新しく育てているユキハミだけだろう。ポケモン達も食べることを考えると、普段二人分を作る寮よりもかなり多めに作らなければいけない。

「栄養を考えるなら……ベジタブルカレーにするべきなんだけど、どうしようかな……。キバナ、甘めより少しか辛い方が、好きなんだよね」

料理をする為に、髪の毛を後ろで高く束ねたエスカはまな板にオッカのみとオボンのみ、それから味の調整の為にモモンのみを二個分用意をする。
スパイスカレーにしようと頷き、スパイスを用意しようとすると、キッチンを浮遊していたポットデスがスパイスの入った瓶をエスカに手渡す。

「ありがとう、ポットデス。先ずは実を刻んでいかないと」

協力したがる彼らに礼を述べて、エスカは慣れた手つきで実を刻む。
複数のスパイスを合わせて火にかけ始めると、ユキメノコはエスカの後ろから鍋を覗き込んで、楽しそうに笑った。


「悪戯好きなのに、カレーの時だけは邪魔しないのね?」
「メノメノ」
「ふふ、キバナが来るまで待ってね」


家にスパイスが混ざり合った香ばしい匂いが漂い始め、食欲をそそるような香りになっていく。
当時は所謂マホミル級が限界だったけれど、一人暮らしをし始めてからは少しは腕前も上がって、ソーナンス級位は作れるようになった筈だ。

ことことと煮込み、おたまで焦げ付かないように時々掻き混ぜる。
まごころを込める――誰かを想って料理をするという意味ではあながち間違っていないのかもしれない。


「はー、今日も疲れたな。全然ゆっくり飯を取れる時間が無かったぜ……」

昼休憩をゆっくりと取れる時間も無かった一日だったとキバナは浅く息を吐く。
ポケットに入れていた家の鍵を手に取って、自宅の扉を開ける。
その瞬間に鼻を掠めた香りに、キバナはロトムに「もしかしてこれ、カレーじゃないか!?」と嬉しそうに話しかけた。


「ただいま、エスカー。もしかして、今日の夕飯ってカレーか?」
「あ、お帰りなさいキバナ。やっぱり匂いで分かった?」
「もしかしてオレのインタビュー聞いてたか?ありがとうな。おっ、めっちゃ美味そうだな」


キバナはキッチンに足を運んで鍋を覗き込み、上機嫌な様子で洗面所へと向かう。
丁度久々に食べたいなとぼんやり思ったものを用意してくれたエスカに「あー……こういう所がめっちゃ好きなんだよな……」と本人に聞こえないような声で呟いて、バンダナを外す。
リビングに戻って来ると、料理は既にテーブルに並べられて用意されていて、なんとも写真に映えそうな盛り付けだった。


「なんか、ほんと懐かしいな。確かジムチャレンジ時代にエスカと食べたのは二回だったっけか」
「うん。私が用意したのが一回、キバナが用意したのが一回。懐かしいね」


キバナがスプーンを手に取って食べようとした直前に、スマホに入ったロトムが動いて、エスカが作ったカレーを写真に納める。
「食べる前に悪いな」と苦笑いをするキバナに、エスカは「ロトムも食べていいから」と微笑む。
二人のポケモンたちの分も用意してくれていることに、キバナは良かったなお前らと言わんばかりにフライゴンやコータスの背を撫でる。
この写真をSNSに載せたらエスカに怒られるだろうかと考えながら、スプーンで一口分をすくいとる。


「!ちょっと辛くて美味いな」
「ありがとう。カレー作り、正直最近手抜きだったからちゃんと一から作ったの、新鮮だったな」
「エスカも忙しいって言うのに用意してくれるの、ありがたすぎるぜ。愛情が身に染みるな」
「……」
「……エスカ?」
「カレーが、辛くって」


正面に座るエスカの少しだけ赤くなっている頬に、キバナは無言で水を飲んで、乾きそうになった喉を潤す。
ごくりと喉を鳴らしたそれは、水を飲むためだけでも無かった。

ことこと煮込まれる。刺激の中に甘さを加えた愛情が、熱を加えられてことことと。
日が経つにつれて、それは深い味わいになっていくのだ。


ーー後日の別のインタビュー。
キバナが出ると聞いていたエスカはモニターに付いている特集の音声を聞きながらナックルジムの担当者と資料を眺めていたのだが。
ふと食事の話題になった時に「エスカがこの間カレー作ってくれてな。ジムチャレンジの頃を思い出したよな」と笑顔で語るキバナの姿がモニターに映って、エスカはぽろりとタブレットを落としかける。


「エスカさん、カレー作ったんですね?」
「えっと……うん。あんなに嬉しそうに喋られるとちょっと、気恥ずかしいかな」


それでもエスカの表情が和らいでいることに気付いた担当者は思う。
一見遊び人に見えるけれど、本質的に生真面目な性格のジムリーダーは、本当にいい人を捕まえているものだと。