朝焼けのスピネル
- ナノ -

06

感情の変化が読み解き辛い氷を具現化したかのような少女の名前を、エスカと言った。
シンオウ地方とガラル地方のハーフである少女は、幼い時にガラル地方へと引っ越してきた。
冬はしんしんと降り積もる雪が特徴的な気候のシンオウ地方とは異なり、ガラル地方は雨や霧の多い気候が特徴的である。

元々物静かで、何を思っているのか、言葉と表情が一致しているように見えないのが特徴的な少女だったが、その引っ越しを機に、より一層その特徴は強くなっていった。
人見知りだった少女が、突然新しい環境にやって来て、溶け込もうとするのはそれだけ心に負担がかかることだった。

――生涯の一番のパートナーとなるグレイシアと出会ったのはまだ十歳にも満たない頃。
シンオウ地方を出て行く前に、博士にエスカは最初のポケモンとしてイーブイを貰ったのだ。シンオウという場所を離れても寂しくないように、と。


エンジンシティの一角にあるアパルトメント。
自室でエスカはぼんやりとチャンピオン・マスタードが戦っているバトルを付けて、登録が済んでいるポケモン図鑑を読んでいたエスカは、イーブイを抱きしめながらその柔らかな毛を撫でる。

「イーブイは色んな進化をする可能性を秘めてる……そうなんだ」

イーブイは進化の石の種類によって、様々なタイプに進化できるのだという。
何時かイーブイが成長して進化したいと思うのなら、どの石をあげるべきかとエスカは悩みながら気持ちよさそうに目を細める彼の背を撫でる。

そして再びその画面を見つめて、試合が決着した様子を見守った。チャンピオン・マスタードの勝利で試合が終わり、歓声が会場中に響く。


「こんなふうに、あなたといっしょにたたかえたら、楽しいのかな」
「……ブイ!」


自分の性格に合いそうなタイプを考えると――きっと、氷タイプだとか。
ポケモン達は主人の性格に似ることが多いとはよく言うけれど、自分のイーブイもまた、他の子達が持っているイーブイに比べたらクールで慎重な性格をしているだろう。

「わたしと、このリーグにでるの、チャレンジしてみない?」

エスカの声に応えるように、イーブイは起き上がってエスカの目をじっと見つめる。
その為にはポケモン達の特徴やタイプ、バトルの技などを学んでいく必要があるだろう。人付き合いも感情表現も上手いとは言えない自分が、バトルを通してなら――何か表現できる世界もあるような気がしたのだ。

マスタードのバトルの様子以上に、エスカの目に焼き付いていたのは、マスタードの対戦相手であるこおり使いのジムリーダーの戦いぶりだった。
負けてしまいはしたけれど、あんな風に何処までも冷静に凍て付いた氷を使いながらも、情熱を感じられる熱に満ちた試合が出来るようになりたいと思ったのだ。


「こんなにつよいチャンピオンに、かてる人なんて、でてくるのかな」
「ブイ!」
「……ふふ、そうだね。がんばろうね」


――イーブイとバトルの練度を上げる訓練をしていた中で、エスカとイーブイは休憩のために公園のベンチに腰掛けて休んでいた。センスがあるかどうかなんて、それは分からないけれど。
エスカにとってはバトルを通した自己表現や、ポケモン達との繋がりが楽しかった。エンジンシティで出来た新しい友達は、気さくに話してくれるけれど、どこか何時も距離感や戸惑いを感じる。
それは自分が『楽しい』だとか『嬉しい』と思っている筈なのに、上手く表現が出来なければ、それを伝えることに対しても不器用だったからだ。
私は変われるかもしれないと本能的に察していたのだろう。

動き回ったイーブイを撫でて、持たせてくれたシンオウで有名なお菓子のポフィンをエスカが取り出していると、その匂いに反応してか思わぬ来客が訪れる。
座っているベンチの横に飛び上がってきたのは、やせいのヒトモシだった。


「モシモシ」
「えっと、このこはヒトモシ……?めずらしい、ね」


図鑑を開いてヒトモシの情報を見ると、エスカはぱちぱちと瞬く。
蝋燭の形をした、片目が隠れた可愛い顔のポケモンだけれど、人の生命力を吸って炎を燃やすのが特徴的だった。
生命力を吸われてしまうのは宜しくないだろう。


「わたしの生命力はたぶん……おいしくないと思う」
「モシ?」
「でも、そのかわり……このポフィンたべる?」


エスカがポフィンをヒトモシに差し出すと、ヒトモシは嬉しそうにそのポフィンを受け取って美味しそうに頬張る。
ベンチを立ち上がると、ヒトモシはエスカの足元に近付いて来る。お代わりを求めて来たのかと疑問を抱いて首を傾げていたのだが。エスカは「もっと食べたいなら、わたしといっしょにくる?」と問いかける。
「モシモシ!」と上機嫌になったヒトモシにプレミアボールを優しく投げると、そのままヒトモシはボールの中へと入って行った。


「ほんとうにつかまえられた……イーブイ以外のはじめてのポケモン」
「ブイ……」
「たたかってつかまえることになるかなって思ってたから、びっくりしたね」


ポケモンを捕まえるとは、ポケモンバトルを行うものだと思っていたのだが――こんな形で二匹目の相棒となるポケモンを捕まえることになるなんて。
この瞬間に今のエスカの、ゴーストタイプとこおりタイプを得意とする基盤が出来上がった。
とはいえ、イーブイをグレイシアにしたくてこおりの石を与えた訳ではなかった。
そして自分の住んでいるエンジンシティで行われるというジムチャレンジに登録したと同時に、進化をしたいと訴えたイーブイに、エスカは図鑑を見せてどの姿になりたいかという最終的な判断をイーブイ自身に選ばせたのだ。
すると、彼はグレイシアになりたいと訴えた。
その上で――イーブイは、グレイシアに進化したのだ。



「ねぇグレイシア。ポフィンを久々に作ったの。食べる?」

エンジンシティから離れたナックルシティのアパルトメント。
その一室のキッチンからは香ばしい匂いが漂う。きのみを煮詰めて作ったポフィンに、普段冷静なグレイシアもソファをひらりと飛び上って上機嫌な様子で鳴き声を上げる。
エスカのお菓子作りをリビング越しに見ていたキバナも、リビングに浮遊していたシャンデラもフライゴンも興味深々な様子でキッチンへと足を踏み入れる。


「これ、エスカが時々作ってたポフィンだよな?」
「うん、一人で作れるようになるまで結構時間が掛かったけどね」
「お、なんだフライゴンまで物欲しそうな目をして」
「ふふ、シャンデラの分もあるから。それとよかったら、フライゴンもどうぞ」


フライゴンとシャンデラに声をかけると、二匹は嬉しそうに鳴き声をあげる。このガラル地方では慣れないお菓子だろうけれど、キバナと自分のポケモンの味の好みを考えて作り分けたポフィンだった。
自己表現が苦手だった少女はイーブイだった頃のグレイシアと共に、バトルを通して変わって行って。
そして、バトルチャレンジで、キバナに出会って。

上機嫌になって喜ぶフライゴンに、良かったなと首を撫でるキバナを見るエスカは小さく微笑む。
感情の変化を理解してくれる人に出会ったばかりではなく――恋を、そして愛を知ったのだから。