朝焼けのスピネル
- ナノ -

05

キバナの元に来るプロモーションの依頼は実に多岐に渡る。
モデルや雑誌のインタビュー。スポンサーを務めてくれているファッションブランドのイメージモデル等。
うぬぼれて居る訳ではなく、実に様々な依頼がジムリーダー・キバナの元に寄せられる。ガラル中の人が中継を見ている中で注目を一身に集めて人を感動させるバトルを行うというのは、広告塔になるということなのだ。

キバナはこの日、とある商品のプロモーションを頼まれていた。
スポーツメーカーが新しく出すシューズや飲料等。キバナが頼まれてきた依頼は多岐に渡るが、今回は電子腕時計だった。
ファッションや流行に敏感なキバナが付けているというだけで、話題性が高くなるのだ。
コマーシャルやポスターなどの撮影が一通り終わったキバナ用の控室に、企業の担当が「お疲れさまでした、キバナさん」と挨拶をして訪れた。
その手には商品が入っているらしき紙袋が握られており、立ち上がって人を出迎えていたキバナにそれを差し出した。


「あの、これ、今回プロモーションしてもらう商品です。良かったら、エスカさんにもどうぞ」
「本当か?なんか悪いな、貰っちまっても良いのか?」
「この色合いがどうしてもエスカさんのイメージに合う気がして」
「それ、オレ様も思ったぜ。エスカに似合いそうだよな」


紙袋の中に入っていたのは二つの箱。
側面や背面がゴールドカラーの物をキバナ用としてもらい、ピンクゴールドの物をエスカにと用意してくれた気遣いに、キバナは朗らかに笑った。
勿論、キバナとエスカというカップルとして有名な二人が付けているとかなり宣伝になるという企業の思惑はあるかもしれないと分かっていたが、その厚意をキバナは素直に受け取った。
そこそこの値段がするこの新商品を持って帰ったらエスカは目を開いて瞬いて、少しの間を置いてから綻んだように笑って喜びそうだと想像できた。
世間的には淡々とクールに身に付けているように思われるのかもしれないが、案外純粋に喜んでくれるのだ。


「エスカさんってこういうプロモーション、あまりやらないですよね?そういう話は結構来そうなのに」
「あくまでも自分はただのリーグ委員って思ってるみたいでな」
「あんな鮮烈なトレーナー復帰をしたのにですか!?勿体ない……」
「エスカならオレ様もジムリーダー出来ると思ってるんだけどなぁ。まぁ、本人がリーグ委員がやりたいことらしいからオレはそれでいいと思ってるんだよな」


スタイリストはキバナが何気なく言った言葉に対して、口元を押さえる。
会話の端々から滲む自然な信頼感は付き合う前から長年お互いを見て来たからこそなのだろう。

以前のローズ委員長は顔出しも慈善活動も、そして宣伝も積極的に行っていたが、マクロコスモスの社長という顔の方が強かったからだろう。
委員長はあくまでも彼の側面だった。


「エスカ本人は十年も前の、ジムチャレンジの選手を覚えられてること自体驚いてるみたいだぜ」
「ジムチャレンジのファイナルトーナメントだとしても、名勝負は記憶に残りますよ。しかもそれがジムリーダー最強のキバナさんの試合となれば。この間の試合も含めて」
「ダンデがチャンピオンの座から降りた後の試合だと関心も逆に薄くなるかと思ってたんだが。案外、見られてるものなんだな」
「エスカさんとの再戦が決まった日、それはもう話題になってましたよ?」


あの日ばかりはエスカとの再戦のシュミレーションを行いながら集中力を高めていたのもあって、キバナもSNSでの話題性を一切確認していなかった。
バトルの後にコメントは数多くきて、付き合い始めたのはあのバトルの後だったということも含めて度々問われることはあったが。
話題になるほどに、やはりそもそもエスカはトレーナーとしても優秀で、人を惹きつけるものがあるのだと実感して、自分のことのように嬉しく思うのだった。


――撮影も無事終了し、キバナは手土産を持って自宅へと帰宅していた。帰り道の途中で買って帰ったシュークリームもその荷物の中に追加して。
「ただいまー」と声をかけると、エスカはぱたぱたとリビングから玄関の方に顔を出した。しかし、彼女よりも先にキバナの帰宅に飛び込んだのは、彼女のドラパルトだった。
無邪気な笑顔は主人のエスカとはあまり似ていないのだが、ドラゴンタイプだからか、ライバルだった頃からドラパルトはよくキバナに懐いていた。キバナは大きな手でわしわしとドラパルトを撫でた。


「お前、本当にオレ様のことが大好きだな〜?ただいま、エスカ」
「おかえりなさい。撮影、どうだった?」
「そりゃもうばっちりだぜ。試合とは違う緊張感と楽しさがある気がするな。シュークリーム買ってきたからよかったら食べようぜ!」
「本当?紅茶入れる準備するね」


目が輝く変化に気付いたキバナもまたふにゃりと笑顔を見せて、背中に乗っかって来るドラパルトを運びながらシュークリームの箱をテーブルに乗せる。
最近話題のお菓子を買ってくるキバナのリサーチ能力の高さに、エスカは何時も感心していた。ルリナやソニアと行くよりも早くキャッチしているのだから。
キバナが箱を開けたと同時にふわりと香ばしい匂いに混じる甘い香りに、食欲が掻き立てられる。
紅茶を淹れる為のお湯を電気ポッドで沸かし始めたエスカに、キバナは今日一番のサプライズを少年のような笑顔を見せて告白する。


「それともう一つちょっとしたサプライズでな」
「なに?」
「今日オレ様が撮影してきた商品、オレ様の分だけじゃなくて、エスカの分も貰ったんだよ」
「えっ……確か、それって腕時計じゃなかった?い、いいの?」
「担当者もエスカに似合いそうだから是非付けて欲しいーって言ってたぜ」


紙袋をエスカに差し出すと、彼女は驚きにぱちぱちと瞬く。
キバナがプロモーションするらしい物の話はキバナ本人から聞いていたし、それが有名なメーカーの新作だと知っていたから、その話が来た時は純粋に凄いと思ったのだが。
あくまでもキバナ個人と契約だったから、まさかこうしてキバナの婚約者という立ち位置にある自分に気を使って貰えるとは予想していなかった。
高価なものを本当に貰っていいのかと躊躇いながらも、恐る恐る紙袋の中から箱を取り出して、時計を確認したエスカの表情を見たドラパルトも上機嫌そうに笑っていた。


「ありがとう、キバナ。凄く嬉しい」
「そう言ってもらってよかったぜ。エスカが好きそうなピンクゴールドの色があってな。俺はゴールドなんだが……」


説明しかけたキバナは、ふと伏し目になったエスカの顔を覗き込む。
エスカを知らない人間は彼女の表情の変化が全然分からないと言うが、一緒に過ごす日々も増えてその変化に気付けるようになってしたキバナにはその微弱な変化が分かったのだ。
綻ぶような感情が芽生えていることが。

「お揃いだなと……思って……」

小さな声でぽつりと呟かれた言葉に滲む照れた様子に、キバナは心の中で拳を握って喜んだ。
ピー、とお湯が沸騰した電子音が鳴る。
お揃いが嫌がられなかったことと、意識してくれている彼女の感情は、シュークリームの甘みに溶けるようだった。