朝焼けのスピネル
- ナノ -

04

「ナックルジムと宝物庫の確認、ですか」

場所はシュートシティ、春のうららかな日差しが街を照らし、反射光が地面を照らす。
四季を色濃く感じられる街というよりも近代的な街ではあるが、春の賑わいの雰囲気は特別なものがある。
観光客は足を運び、各地方から訪れたトレーナー達は新しく出来たというバトル施設に集まる。
何せ、十年もの長い間、ガラルリーグで名を轟かせたチャンピオンダンデが冠を下ろした後に始めたというバトルタワーに、興味が惹かれる者も多いだろう。
ただダンデがオーナーをしているというだけではなく、勝ち上がったら彼と戦える機会があると聞けば、ダンデと戦って見たいと願うトレーナーは多いのだ。

そんな街の、ガラルの中で一番大きなスタジアムを管理しているリーグ本部に来ていたエスカに、その依頼が来たことに、本人は特段表情を変えずともゆっくり瞬きをした。
現在エスカの仕事は、以前の各ジムの運営とは異なり、もっと本部に近い業務になる。
昨年まではナックルジムの担当をして、キバナのサポートを行ったエスカだったが、今ではその担当も外れて後任に託し、仕事という関係でキバナに会う機会は昨年よりも格段と減っていた。
そんな状況で直接エスカに投げかけられたナックルシティへ向かわなければいけない要件は少し意外だったのだ。


「ナックルジム担当の方も居ますが……私ですか?」
「この間の試合があっただろう?ナックルスタジアムじゃなくて、宝物庫の確認となると、昨年担当していて把握している君がいいかと思って」
「……承知しました。えっと……そのまま帰宅しても?」
「あぁ、勿論」


エスカは上司に頭を下げて、執務室を後にする。
確認を行えば今日はそのままナックルシティにある自宅に帰ってもいいとなると、早めに帰れそうだとエスカはぼんやり考える。
彼女とキバナの関係を知らない者はほとんどいないと言ってもいいだろう。上司もまたそのことを把握した上で頼んでいるのだが、エスカはあまりプライベートに左右されずに仕事をするという確信と信頼があった。
何せ、エスカという女性はそうやって着実にリーグ委員としてのステップを踏んで来た実績があるし、彼女を目の前にしたことがある人は皆思うのだ。
感情表現が人に比べて乏しく見えて、淡々としている女性だと。案外普通に照れたりもすれば、無口ではなくて結構話す所もあるのを知っているのは友人達だろう。

廊下に出たエスカは、キバナがトレーニングをしていたらどうしようかと思いながら「少し仕事の件で話しをしたいんだけど、都合のいい時に連絡をくれると嬉しいな」とメッセージを入れる。
すぐにメッセージが返って来る訳でもなかったので、施設を出てアーマーガアタクシーを手配するために街をゆっくりと歩く。
ふと上を見上げると、ビルの電子公告にルリナがプロモーションをしている靴が流れてきて、エスカは穏やかに、自分のこと以上に嬉しそうに微笑んだ。

「モデルもジムリーダーも両立してプロとして活躍するなんて、……やっぱり、ルリナは凄い」

一時期、モデルとジムリーダーの両方を行うことに葛藤もあったようだけれど、どっちもトップを目指そうとする彼女に、エスカは自分にない物を感じて憧れを抱いていた。
自分の周りには本当に尊敬できる人ばかりだと噛みしめる。キバナもネズもダンデも、ソニアとルリナも。
特に縁が深い人達に昔から一体どれだけ、手を引っ張られてきたことだろうか。
――今こうしてリーグ委員として活躍出来ているのも、キバナと会って、そして偶々ダンデに引っ張られたからだ。

相棒であるポケモン達との絆以外に、人への関心が向かなくて。そんな自分が変わることが出来た数多の縁に感謝するしかなかった。
ルリナの広告が切り替わった所でエスカは視線を落とし、中央広場に向かおうとした所で着信が鳴る。画面に表示されたキバナの文字に、通話ボタンを押した。


『もしもし、エスカか?どうしたんだ?』
「あ、トレーニング中にごめんね、キバナ」
『いや、今日はジムトレーナー同士の模擬バトルにしてたから大丈夫だぜ。仕事の件って、何かあったのか?』
「ねぇ、キバナ。宝物庫の点検とチェックをしたいんだけど、その場合ってキバナに聞けばいい?」
『前はローズ委員長がやってたけど、そうだな。俺に言ってくれたら。……というか宝物庫の点検?珍しいな』


エスカへの疑問はエスカ自身も話を聞かされた時に思ったことだ。ナックルジムだけではなく、宝物庫というナックルシティが管理している場所の点検なんて、管轄内なのだろうかと。


「私も最初はどうしてかと思ったんだけど、キバナがあそこをこの間バトルフィールドにしたから点検して来いって」
『マジか……なんかごめんな』
「ふふ、ううん。でもキバナのバトルスタイルが天候を変えたりするから、フィールドに防壁を作っていたとはいえ、次のジムチャレンジとかでも使って大丈夫か確認してほしいって言われて」


スマホ越しにその話を聞いていたキバナは冷や汗を流す。
ナックルシティのジムリーダーとして戦う時はナックルジムで戦うことにしているが、特にジムチャレンジのジムトレーナーと挑戦者のバトルは度々ナックルシティの宝物庫を利用している。
バトルも行えるようなかなりの広さはあるのだが、ブラックナイトに関する資料にもなる歴史的価値のあるタペストリーが飾られていたりする部屋である。
スタジアムと同じようにフィールドを防護する装置は付けて試合を行っているとはいえ、その場所で試合をしても影響はないか、次も使用していいかと気になっているそうだ。
何せ、キバナの戦闘スタイルが天候を激しく変えるようなものだからなおさらなのだろう。
とはいえ、キバナも宝物庫の番人を長年任されているジムリーダーなのだからそれは杞憂だろうと、昨年までナックルシティの担当だったエスカも感じていることではあるが。


『ちゃんと影響出ないように準備はしてるんだけどな。一応オレ様も宝物庫の番人だし、その辺りは考えてるぜ?って、エスカは良く知ってくれてるか』
「うん、それは勿論。でも、ブラックナイトがあったから余計に宝物庫に置いてるものとかに対してデリケートになってるのかな。……」
『なるほどな。ん?エスカ?』
「宝物庫の番人って響き、改めて格好いいなと思って」
『……え、今、もしかて口説かれたか……?』
「普通にそう思ったんだけど……、変だった、かな。今からナックルシティに戻るから、また後でね」


通話が切れた後、エスカは広場のアーマーガアタクシーに乗り込んで、ナックルシティへと向かい始めた中。
ナックルジムのフィールドに設置されていたベンチに座ったキバナは頭を押さえて大きく息を吐く。別にトレーニングをしている訳でもないのにどくどくと鼓動が煩く跳ねる。
誰かと通話していることに気付いていたジムトレーナーはキバナの通話が終わったのを見計らって駆け寄り、一通りメニューが終わったことを報告する為に声をかけた。


「キバナさん、誰とお話してたんですか……ってその反応は」
「見るな見るな。あー……オレ様が、こんなにストレートに口説かれた余韻を引き摺るなんてな……いややっぱり好きだな」
「あぁエスカさんですか……」


賛辞の声も、黄色い声も聞きなれている筈なのに。
エスカからの飾らないシンプルな「格好いい」という言葉は、キバナの感情を揺さぶるのだった。