朝焼けのスピネル
- ナノ -

02

――写真を撮るという行為は、想いを書き留めていく行為に似ている。


エスカは端末の中に入っている写真を眺めた後、画面を切って目の前で始まったパフォーマンスに集中する。
シャッターが半分閉まり、ネオンが輝く少し寂れて見えるスパイクタウンに、エスカは足を運んで一つのライブを見ながら頭を悩ませる。

街の広場ではスパイクタウンのジムリーダーであり、人気ミュージシャンのネズがライブを行っていた。
彼が路上ライブをすると、多くの人が集まるほどの人気を誇っているし、あくタイプ使いの彼のジムリーダーとしての実力もキバナに次いでいる。
しかしこのスパイクタウンはパワースポットがなく、ダイマックスが出来ない場所のために、今では派手なパフォーマンスの一種にもなっているジム戦でのダイマックスが出来ない。
ネズはダイマックスを使わずとも勝つというバトルスタイルに誇りを持ってジムリーダーを務めているから、その姿勢には尊敬の念すら覚える。

だが、人がどんどんと離れて行ってしまい、街の活気がどんどん落ちて行っているというのは事実だった。
運営委員としてその状況をどうにかしたいし、ネズのバトルを知っている分、歯がゆさを覚えるのだ。
一曲を歌い終わったネズは息を吐き、スパイクタウンの住人以外の観客――エスカを振り返って、改めて挨拶をする。


「今回のスパイクタウンのジムにも担当が付きましたか。しかも貴方で。何時もは正直放置されている所がありますけど」
「毎年ちゃんと運営も差を付けないでくださいってローズさんに言ってるけど、やっと今年それで担当できたの」
「……この街はダイマックスが出来ませんから。移動してほしいんでしょうけど、俺はあくまでもこの街でやっていきたいし、ダイマックスに頼らないバトルを貫きたいというか」
「うん。私、ネズのそういうスタイルが好き。マリィちゃんも言ってることだろうけど」


ネズとの付き合いは、キバナやルリナよりは短いけれど、言葉が足りなくなりがちな自分との会話も邪険にしないから居心地がよくあった。
キバナがネズというジムリーダーに対して一目置いているという話を聞いて、彼に紹介をしてもらったことで知り合った。
ネズの妹であるマリィという少女とはまだ直接会話をしたことはないけれど、彼から常日頃「自分よりもバトルの才能がある」と聞いている。


「この街メインな訳ないでしょうし、エスカのメインの管轄はどこですか?」
「ナックルシティなんだけど……隣町だから。行き来してる感じ」
「キバナの所ですか。……いつも思いますけど、よく疲れませんね。賑やかで派手なあの男とは反対でしょうに」
「うーん……でも、よく考えたら私の周りにはそういう人が多いのかもしれない。私、よく分かりにくいって言われるし、引っ張ってもらってるというか」


表情にあまり出るタイプではないエスカが小さく、くすりと笑った様子にネズは珍しものを見たかもしれないと瞬く。
確かに彼女の周囲はどちらかというと感情表現がストレートで分かりやすい人間が揃っている。ルリナにキバナ、それにソニアとダンデもそうだろう。
寧ろ、彼女と親交のあるだろう人間で、陽気と這い難いのは自分位なのかもしれない。
ネズ自身はその感情表現を歌に乗せてメッセージを届けているが、エスカはどう表現しているかと考えてみると、やはり周囲の人なのかもしれない。

ライブを見せてくれた礼を言い、打ち合わせのあるナックルシティに戻ると腰を上げて帰っていたエスカの後姿を横目で見送る。

「……トレーナーの才能がなかったと諦めたなら、勿体ないと思わずにはいられませんね」

ジムチャレンジの運営に現在携わっているエスカが生き生きしていないとは言わないが、少し勿体なさがある。
何せ彼女はジムチャレンジのリーグ挑戦権をかけてキバナと決勝戦で一騎打ちを行ったが、彼に敗れた。

だが、キバナは他の地方に行けばチャンピオンにもなれる実力を持ち合わせていると言われるような現在ガラル二番目のトレーナーだ。
そんな彼に敗れたのは他人からすれば仕方がないと言えるが、彼女はその試合を機に、再度ジムチャレンジをすることもなく、別の道を歩み始めた。
過去数年のジムチャレンジを見ても、その試合が一番白熱したレベルの高い試合だったと未だに多くの人の記憶に残っているほどだというのに。

一度戦ってみたかったと思いながら、ネズは広場のセンターステージに戻って二曲目を歌い始める。
――俺のバトルスタイルが好きだと言ってくれる人が居るのだから、マリィに引き継ぐまでは駆け抜けよう。


スパイクタウンからナックルシティまでは道一本で繋がっている。
その距離をアーマーガアタクシーに頼むのもどうかと、連れているポケモンを出して橋を渡る。
この道は、次始まるジムチャレンジでネズを突破で来たごく僅かなトレーナー達が通って、最期の難関であるキバナのジムスタジアムに向かう道だ。
もしかしたらキバナを超えて。ダンデを超えて。生まれるかもしれないチャンピオンが通るかもしれない道だと思うと感慨深くもある。

周りをふわりと浮かぶポットデスとユキメノコは上機嫌な様子で戯れている。どんな会話をしているのか分かりきる訳ではないが、身振り手振りで伝えてくれる二匹にエスカはふっと微笑む。
ダンデ君の夢の受け売りではないけれど、まだ見ぬトレーナーの原石が輝いて、ガラルが誇れるトレーナーが増えることを夢見る。
そんなことを考えていた時、メッセージの到着を知らせるバイブに気付く。
端末を取りだして画面を付けると少し珍しい相手から連絡が入っていた。

「ダンデ君から連絡?」

疑問に思いながらもメールを開いて内容を確認する。
――今回俺から推薦を出そうとしてる子たちが居るから、面倒を見てくれると助かる。エスカが案内とかしてくれるなら心強い!
と言った内容のメールだった。

チャンピオンダンデの推薦ともなると、彼が見出した凄いトレーナーの可能性を秘めているのだろう。
「任せて」とメッセージを送り返して、逸る気持ちが現れているのか小走りになる。

ーーその子たちはどんなバトルを見せてくれるんだろう?キバナの所にまでたどり着いて、彼に勝つんだろうか?


スパイクタウンに立ち寄った後のナックルシティは、その規模の大きさに改めて驚かされる。
エンジンシティの生まれとはいえ、この街の荘厳ささえ感じられる伝統的な街並みを歩くと、何度だって胸が踊る。それが表情に出ているかどうかは別として。

「あれは……?」

ジムスタジアムに向かう為歩いていた視線の先。
人だかりが出来ている集団に目を移すと、その中央にはやはりと言うべき人物が居た。ナックルシティでこれだけの人を集める注目の的になるなんて、キバナか、突然登場したダンデかローズだろう。
しかし、背の高い彼は、人に囲まれていても見えるのだ。


「あっ、キバナさんだ!」
「キバナさん写真撮って〜!」
「はは、いいぜ!ほら全員寄った寄った」


――ファンサービス中。流石、キバナらしい。
ロトムはキバナの気持ちを汲み取って自然に写真を撮るためにふわりと浮き上がってファンを後ろに、自撮りをしている。
ファンの嬉しそうな表情を横目で見ながら、憧れているジムリーダーが目の前に居て、あんなにも気さくにファンサービスをしてくれたら嬉しいに決まっていると冷静に納得する。
そんな風に沢山の人に尊敬してもらえるジムリーダーであることが身勝手ながら嬉しく感じるのだ。
ファンに囲まれているキバナを見ながらも自然と横を通り過ぎようとしたエスカだったが、背が高かったからこそ通り過ぎようとしたその姿を見逃さなかったキバナは、声をかけることもなく通り過ぎようとするエスカに「待て待て」と声をかけて引き留める。


「……え、キバナ……君」
「取ってつけたようなその呼び方はなんだよ?知り合いをスルーしていくなんてあるかよー」
「えっと。ファンサービス中かなと思って」
「流石にそりゃ素っ気なさすぎないか?」


拗ねた顔をするキバナに、周囲を見渡してエスカは困り果てる。
下手に注目の的になってもどうしたらいいか困るのだが、この人はそういう所は気にしないのだ。
しかしキバナはさらりと「ジムチャレンジの運営委員の友人でな」と周りに説明し、打ち合わせがあるからとファンに手をひらひらと振って立ち去る。

エスカを連れてナックルジムに入ったキバナは彼女のユキメノコに構いながら、私室に足を運ぶ。
この部屋に人を招くことはあまり無い。
エスカもこの街の担当になって初めて来たくらいだ。興味深そうにトレーニングマシン等を眺めるエスカの横顔を気付かれないようまじまじと見る。

綺麗な顔立ちだからこそより一層クールに見えるが、話すと案外そうでも無い。確かに表情や声音では時々少し分かりづらいが。
知ってる奴は知ってるっていう特別感がいいよな。
普段垂れてる目尻がバトル中のように上がっていってることにロトムが勝手に写した自撮り用の画面を見て気付き、キバナはバンダナ越しに頭を掻く。


「この部屋を見たことあるような気がするのはキバナがSNSにあげてるからかな。最近はちょっと見れてないんだけど」
「最近の見てくれてないのかよ!おっ、そういえばこれなんだけどな」
「え?」


慣れた手つきでSNSを開き、画面を見せてくれたのだが、キバナが見せてくれたその投稿には『ジムチャレンジが始まるから、挑戦者にも恥ずかしくないようナックルジムサポーターも応援宜しくな!』というコメントと共に、ジム全体が移るように撮っている自撮りの写真が載せられていた。
熱狂的なファンに、暗にマナーを守って楽しんでほしいという前向きなメッセージだと感じ取れた。
このナックルジムの運営を任されている人間としては、非常に嬉しい協力でもあるが。


「これ、急に、どうしたの?」
「いや?俺様のナックルジムは大盛況だろうから、今年も盛り上がり過ぎてマナーを忘れないように注意喚起でもしておこうかと思って」
「……!ありがとう、凄く助かる」
「はは、どう致しましてだ!」


――もしも、今回のナックルジムのジムチャレンジを上手く運営出来たら、来年も担当がエスカになるかもしれないからな。

表情が少し緩んだのを見てシャッターチャンスと思い、ぐっと腰を曲げてエスカの横に顔を持って行くと、ロトムはシャッターを押した。


「え」
「撮るぜーって言い忘れちまったな、わりぃ。けどいい写真撮れただろうしアップしても……」


平謝りしてけらけらと笑いながらも、キバナは撮った写真を確認しようとしたが。
キバナの気遣いに、自分の表情が解けていたのを自覚していたのか、彼が端末に手を伸ばす前にエスカは背を向けてロトムの端末を捕まえた。


「……キバナ。だめ」
「……」


エスカは目を逸らしながら、首を横に振る。
普段表情では感情が掴みとり辛いと思ってはいるが、表情と少し赤らんだ顔は恥ずかしがっているのだと、キバナにも流石に分かった。
これはストレートに、くる。
載せないから安心しろって、と声をかけると彼女は渋々端末を返してくれる。けど写真は保存はしたままにしようと手早くフォルダを移してにこやかに笑う。
こういう顔を見せてくれるのは、やっぱり俺様に心を許してくれてるってことなのか。それともそう思っているだけで、他の人間にも素の表情を見せているのか――気にしたって無駄だとは分かっているが。

端末を消そうとした時にSNSにコメントが届いていることに気付いて、何気なく開いてみると先ほどファンと撮った写真のコメント欄に『久々にキバナさんと当時戦ったエスカさんを見た!』『どうしてるか心配してたけど、まだ親交があったみたいでよかった』というコメントを見付けて目を留める。
定期的に開催されるジムチャレンジで、自分がジムチャレンジを行ったのはもう数年前になるが、あのバトル以来選手としてのポケモンバトルを辞めたエスカのことを覚えているファンも居るのだ。
確かに客観的に見てもあの試合は見ていても圧倒されるような凄まじいバトルだったことは自覚している。
それ程までに、ゴーストとこおり使いのエスカは強かった。最後の一体まで追い詰められて、ダイマックスも使った一進一退の試合を繰り広げた。
それに、見た目の雰囲気と使っているタイプのポケモンがあまりにマッチしていて、結構目立っていたのもあって、ジムチャレンジ中もそれなりにファンが付いていたような記憶がある。


「……」
「?キバナ?」
「いやー?おっ、そういえば今日こそ夜飯一緒に食いに行こうぜ」
「今日は……うん、大丈夫。キバナの好きなお店でいいよ」


そう答えると、嬉しそうに八重歯を見せて笑ったキバナに、エスカの表情も緩む。
試合の時に見せる顔と、無邪気なこの顔のギャップがあるからこそ、彼の魅力となっているのだろうと感じずにはいられないのだ。