朝焼けのスピネル
- ナノ -

22

ポケモンをモンスターボールに戻したと同時に、凍てついた波は砕け散ってはらはらと氷の結晶がフィールドに降り注ぐ。
あられのような結晶にスタジアムのライトが乱反射して虹色の光を輝かせる。
親友、ルリナとの初めての激闘を終えたエスカは白い息を吐く。

「エスカ選手の勝利だーー!」

鮮烈な印象を植え付けるには十分過ぎた。
氷を具現化したような鋭くも冷静な判断力に基づく試合運び。

最後の一匹のタイミングでダイマックスさせず、エスカのダイマックスしたユキメノコが先に倒された時、誰もがエスカの負けを悟った。
だが、ダイアイスであられを降らせたエスカが最後に残していたのはゆきがくれの特性を持ったグレイシアだった。
キョダイマックスしたカジリガメに雨を降らされる前に、それまでずっと温存し続けたフリーズドライを使い、カジリガメによる岩の攻撃をゆきがくれを利用して避けた。
雨を降らせようと焦ったルリナの隙を狙っていたエスカは、最後の最後に隠していたミラーコートを放ったのだ。
マクワとの訓練で培った天候を利用するタイミング。そしてメロンとの訓練で培ったのは警戒されることなく相手の攻撃を跳ね返すタイミングだ。

そして準決勝と決勝戦が行われる翌日。対戦カードは前日の結果次第とはいえ、チケットの売れ行きは上出来すぎると同僚からエスカは話を聞いていた。
勿論、今回からネズとポプラに代わってマリィとビートが就任したことも要因の一つであり、そして2部リーグのジムリーダーと戦ったことで漏れたのかキバナと決勝戦で当時争ったエスカが出るかもしれないという噂が流れていたこともある。
涼やかな顔をしているように見えるが、緊張感を滲ませながら控室を訪れたエスカを出迎えたのは反対のブロックで勝ち進んでいるメロンだった。


「流石、この二ヶ月特訓して良かったと思うような戦いぶりをありがとうエスカ」
「こちらこそありがとうございました、メロンさん。ルリナといい勝負が出来たのはお二人のお陰です」
「勘を取り戻していく過程を見られて良かったよ。次はキバナか。こおりタイプに滅法弱い所があるけど、きっと対策されきってるだろうから頑張りなさいよ!」
「ふふ、えぇ。メロンさんの次の相手は?」
「ネズの妹のマリィちゃんだったかしら。あの子と初めて当たるのよね」


ジムチャレンジャーだった彼女が1部リーグのジムリーダーと同じフィールドで本気の試合をするのは初めてのことだろう。
二人に教わっていたと言うが、マクワは思春期真っ只中といった年齢もあってか、溺愛をしてくるメロンを本心はともかく表面的に鬱陶しがっている態度を取っているため、同時には教わっていなかった。
例えば午前はメロン、午後はマクワといった形で同じキルクススタジアムでも、指導者は入れ替わり制だった。
これまで接点がなかったマクワに承諾してもらえるとは思っていなかったのだが、彼は相性は良いとはいえ、氷タイプの使い手との試合運びや対策を考えたいと零していた。
メロンが相手になった時を想定しているのだろうかと思いはしたが、エスカはそれを口にすることは無かった。


――前の試合が終わり、わっと歓声が沸き上がるのが耳に届く。
準決勝が始まる高揚感にとくんとくんと鼓動する。ポケモンと共に勝負をする高揚感はエスカにとって特別なことだった。
感情の起伏が薄い自分にとっては自己表現の一種であり、そしてポケモンへの信頼や愛情を存分に示せる。だからこそ、好きなのだけれど。
多くのトレーナーが夢破れる残酷な場所とは言えども、その中で輝いていくトレーナー達の後押しをすることもまた今の自分は好きだった。


「……グレイシア、キバナとの試合覚えてる?」
「……シア」
「うん。きっと、あの時もそうだったけどまた貴方にも無理をさせるかもしれないけど、宜しくね」


――あなたと同じフィールドに、また、立てる。

エスカはぐっと拳を握ってから、力強く頷いてくれたグレイシアを一度ボールに戻し、通路をゆっくりとした歩調で歩く。
人に注目される中で勝敗がものをいう世界が恐ろしくなったわけではない。
ただ、ライバルとしてはもう力不足であると、ダンデ君との試合を見て思ってしまっただけ。
自分自身は彼との試合に意味を見出していたのに、キバナにただの通過点だと思われることが、恐ろしくなってしまっただけ。
酷く我侭な人間なのだ。



――夕暮れ時から始まる準決勝。特別な思いがあったキバナは早めに控室を訪れ、ベンチに座って心を静めていたが。
時間になったことに気付き、大きく息を吐くとベンチから立ち上がって早足でフィールドへと向かう。
ポケモンバトル自体好きではあるが、その中でもこんなにも早く戦いたいと思うトレーナーはやはりキバナの中では限られる。
キバナにとってはやはり二人が特別なのだ。ダンデというポケモントレーナーと、そして自分がジムリーダーになる前に楔を打ってくれたエスカというポケモントレーナーだ。

フィールドに向かっている途中でロトムがキバナの横顔を撮ったが、キバナは困ったように笑ってロトムを手招き、スマホロトムをポケットの中に仕舞う。
殆ど必ず、記録をつける意味でも自撮りを行っているキバナだったが――エスカとの試合は当時のように、自分の肉眼に焼き付けたかったのだ。
通路を抜けると開けた視界は、スタジアムの端から端まで満席だった。
そして、反対側から歩いて来るのは、一体何時ぶりになるか分からないユニフォームを身に纏い、涼やかな空気を身に纏ったエスカだった。


「ここまで来ると思ったぜ、エスカ」


リーグ委員として、自分のジムチャレンジを支えてくれていた時の姿とは全く異なる――キバナにとっては一番見慣れた姿。
彼女が自分への好意に応えるために、このバトルは必要なことであるとは理解している。
懐かしい対戦カードに当時の試合を知る観客は湧き上がるが、それと同時にキバナの様子が何時もと異なることに気付く。
ダンデとの試合の時の集中力と闘志が特別なものであることは勿論知っているが、エスカに対して特別な思いで向き合っていることは、スマホで試合前の様子を撮ろうとしないことで伝わって来たのだ。


「ありがとう、私ともう一度……トレーナー同士として戦ってくれて」
「礼を言われることじゃないだろ。何せ、エスカが実力でここまで来た。オレ様のライバルの一人なんだ、当然だろ?」
「……うん」


綻ぶような小さな笑みを浮かべる。花弁がはらはらと舞い散るように。
きっとそれは他の人はあまり見ることは無かったかもしれないが、キバナにとっては見慣れたものだった。
審判が『キバナ選手とエスカ選手による準決勝を行います』と声を張り上げると、会場は固唾を呑んで静まり返る。
そして、お互い立ち位置に着くとすっと目を細めて勝負師の表情へと切り替わる。荒れ狂う獰猛な表情と、凍り付かせるような痛い程に涼やかな表情。


「行くぜ、コータス!」
「シャンデラ!」


キバナが出した一匹目のポケモンはコータス。そしてエスカが出したのはシャンデラ。ほのおタイプ同士の戦いだった。
コータスの特性でフィールドはひでりになり、眩しい陽射しが緑生い茂るフィールドを照らしつける。このフィールドでコータスの炎の技を活かされると厳しい試合展開になるが、お互いにとって好条件のフィールドだ。
そしてコータスは防御は非常に高いが、特防はそれ程ではないことは知っている。
冷静な思考で、彼のポケモンと試合展開を判断していく。ボディプレスとふんえんを封印したことになるが。


「シャンデラ、めいそう」
「ソーラービームだ!」
「っ!」


ひでりという状況だからこそ、光を吸収する時間が短くなるソーラービームを放ってきたコータスの技をシャンデラは受けるが、受け身を取ったシャンデラは素早く飛び込む。
行く手を阻むかのようにフィールドに向かってボディプレスを指示すると、尖った岩々が突き出て、シャンデラを襲う。
シャンデラが岩をサイコキネシスで浮かせると、そのタイミングを待っていたとキバナは岩が割れてシャンデラの視界が開けた瞬間にソーラービームを指示したのだが。
エスカは、自分の勝ち方をよく知っているキバナを、よく知っていた。

短く「落として」と指示すると、ただ岩を退けるのではなく、最初から直後に攻撃が来ると予想していたシャンデラはソーラービームの軌道にかかるように岩を落とした。
ソーラービームによって砕け散り、砂塵が舞ったそのたった一瞬の時間を見逃さなかったのだ。

「シャドーボール!」

コータスの身体にシャドーボールは命中し、受け身を宙で取ろうとする体に、サイコキネシスを放つ。
地面に叩きつけられたコータスは、自身の体の重さ故に衝撃を受け流すことは出来なかった。
キバナのコータスが戦闘不能になり、ジムリーダー最強のキバナが先制されたことに動揺が広がる。
だが、キバナが抱くのは焦りではなく。其れとは異なる高揚感だった。自然と口角が上がり、獲物を見定めた狩人のような顔になる。

「流石だなエスカ。楽しいったらありゃしねぇ……!ヌメルゴン、行くぜ!」

勢いよくハイパーボールを投げたキバナが出したのはヌメルゴンだ。
表情には出さずとも、エスカはわずかに動揺する。
キバナのパターンとしてはひでりが続いている間に、同じひでりを得意とするバクガメスを出してくるパターンが多かったが、やはり対策されている。
エスカと戦う状況を彼は、シュミレーションして来ていたのだ。ひでりが続いていて、ヌメルゴンの水の技の威力が低い間に動かなければ――キバナは、天候を変えてくる。


「シャンデラ、先に叩くわよ。シャドーボール」
「さあ、気候を変えさせてもらうぜエスカ!あまごいだ、ヌメルゴン!」


ヌメルゴンは天を仰ぎ、しとしとと雨を降らせる。先ほどの快晴とは変わり、黒い雲は稲妻を纏わせ、曇天が空を覆う。
あまごいをしている隙を狙ってシャドーボールを放ち、ヌメルゴンは一瞬よろけはしたが、足を踏みしめて体制を整える。
そして大雨によって威力を倍増させた水技で怒涛の猛攻を仕掛けるのだ。


「なみのりだ!」
「っ!シャンデラ……っ!」


シャンデラの避けられる場所を与えない程の大波はシャドーボールさえ呑み込み、そしてシャンデラの体を呑み込んだ。
大波が引いた後にフィールドに残されたのは倒れたシャンデラと、雨の中でまだまだ余力を残しているヌメルゴンだった。

――凍て付いているように見える瞳に滲む、高揚と、楽しいという感情。
雪が熔けていくように、熱が灯っていくのを感じる。
胸に手を当てて、エスカは戦い抜いたシャンデラをゴージャスボールに戻し、思案する。残るポケモンはドラパルト、ユキメノコ、グレイシア、ポットデスーーこのヌメルゴンにとって有利過ぎる状況でどの子にするか。
一つのプレミアボールを撫でて、手に握る。

「グレイシア、行くわよ」

フィールドに静かに降り立ったのは、グレイシア。

エスカのエースポケモンが出てきた所で湧き上がる。
キバナはごくりと唾を飲み込む。何せ大分昔の話にはなるが、前回もこのグレイシアに苦戦させられたのだ。
ヌメルゴンもドラゴンだが、フライゴン達が出る前に何とか食い止めておきたい相手だった。
キバナは面白い、と口角を上げるとあまごいの状態を活かす攻撃を畳み掛けようとヌメルゴンに鋭く指示をする。


「なみのりだ、ヌメルゴン!」
「その波ごと凍らせなさい、グレイシア」


グレイシアの小さな体ごと飲み込むようにあまごいの勢いも重なって荒れ狂うなみのりを指示したが、それに対抗するようにグレイシアは広範囲のふぶきを放つ。
雨ごと凍てつく冷気で凍らせ、相殺してきたことにキバナは思わず目を開いて、それから笑った。

ーー流石、簡単に流されはしないか。みずタイプ使いのルリナを破って来ているのだからそれ位は当然かもしれないが。

「かみなりで砕くぞ!」

氷のベールのようになっている凍った波を砕く雷を放ったヌメルゴンの攻撃に、エスカは指示を飛ばす。この攻撃が漸く来たと言わんばかりに。
砕け散った氷の破片はフィールドに降り注ぎ、グレイシアは、その姿を氷に反射させて姿を隠した。ヌメルゴンの目を眩ませる。


「まさか……!そこから離れろ、ヌメルゴン!」
「フリーズドライ!」


グレイシアが何処に行ったのかと辺りを見渡していたヌメルゴンの死角から現れ、ヌメルゴンには大ダメージを与える氷の息吹が突き刺さる。
先程の戦闘もあり、体力も削られていたヌメルゴンには十分過ぎる威力だった。

ぱたりと倒れたヌメルゴンを労りながらキバナが戻した所で歓声が湧き上がり、モニターにはグレイシアが映し出される。
彼女を過去の人、そう思っている人々は数多く居るだろう。あの当時だからジムリーダー最強となっているキバナに肉迫していたのであって、今戦うとなればそうでもない実力差なのだろうと。
それが全くの間違いであることを一番よく知っているのは、ダンデやそれこそキバナ自身だった。


「お疲れさま、グレイシア」
「……流石だぜ。パートナーの強さは前以上か、エスカ」
「ありがとう。キバナノの元ライバルとして……力不足にならない私でありたいから」


一度グレイシアを下げたエスカは、ポットデスを出す。
ユキメノコとドラパルトが居るが、キバナの手持ちを考えると恐らくバクガメス・サダイジャ・ギガイアスのどれかを持ってきている可能性が高い。
バクガメスだった場合、ユキメノコや攻撃を得意とするドラパルトを出してしまうのは避けたい。

「ポットデス、行こう」

ーーグレイシアを除くならエスカの残るポケモンは恐らくユキメノコ、ポットデス、ドラパルトだ。
ユキメノコの攻撃を一番抑えられるひでりのフィールドを展開出来る上に、ポットデスというポケモンの特性を考えるとバクガメスが最適ではあるだろう。
直接的な攻撃をする度に防御は下がるが動きが加速していく厄介な所があるだけではなく、当時と大きく構成を変えていないなら、からをやぶるで最大限加速した上で攻撃威力を高めて来る筈だ。
それなら、フライゴンが出てくる前に片付ける、そう考えていたキバナも同時にバクガメスを出した。

「……!バクガメス……」

バクガメスの情報はあまり知らない。ただ、トラップシェルという技を繰り出すタイミングが上手く、攻撃を得意とするポケモンを出すのは愚策であることは理解している。
攻撃を得意とするエスカのポケモンはドラパルトだけではあるが、そう相性や得意な攻撃等で勝てる相手ではない。
ごくりと唾を飲んで、自分と向き合うキバナを見据え、そして自分のポケモンの後ろ姿を見詰める。
頬につうっと流れた雨の雫を指で拭い、そして再びその瞳を細めた。


「もう一度ひでりだ、バクガメス!」
「ポットデス、からをやぶる」


雨が降り続いていたフィールドは再び日差しが強くなり、バクガメスの火力を最大限上げる天候へと変化する。
エスカのポケモンでこの天候の恩恵を受けられるのはシャンデラだけだったが、キバナとの試合で天候をこちら側に有利にし続けるのは難しいと理解しているから、耐え忍ぶしかないのだ。

キバナとエスカの試合を見に来ていたのは、一般客だけではなかった。
眼下で激しい試合が行われているのを眺めていたのは、元チャンピオンとなったダンデと、昨日エスカと戦ったルリナだった。
昨日敗れたジムリーダーはそれぞれトレーニングを行う為にこの会場には訪れていないものが殆どだったが、この試合は見守らなければいけないという想いがルリナにはあった。
エスカがトレーナーとしてのポケモンバトルを暫くしなくなった理由でもあるが、彼女のトレーナーとしての原点でもあるのだろう。
キバナとの戦いというのは、それだけエスカの中で占めてい所があった。
だが、キバナやダンデがユウリに敗れて状況が変わったことで――エスカもまた前に進もうとしているのだろうと、親友なりに気付いていた。


「エスカに連絡を貰ってこの大会に推薦してたからな。昨日は来られなかったが……エスカと戦ったって聞いたぜ」
「……あの子に、負けたけどね。見くびってた訳じゃないけど……リーグ委員になって衰えたんじゃなくて、ジムリーダーやチャンピオンの試合を見続けてた経験を感じた」
「今年は特にキバナの所を担当したから余計にそうだろうな」


直接一度も戦ったことは無いが、彼女の才覚を理解していたからこそ、ダンデは「ガラルのトレーナーを強くしたい」という夢を担ってくれると思い、エスカをリーグ委員に推薦した。
そんな彼女が、自分がチャンピオンではなくなったこの年のジムチャレンジでキバナの担当をしたというのは数奇な巡り合わせだとダンデは笑った。
ジムトレーナー達との修練も、そしてキバナの試合も間近で見ていた一年を思うと、彼女はキバナの試合運びや作戦の立て方を誰よりも理解していた。
もしかしたらそれは、ライバルとしてキバナに立ちはだかる自分よりも。
何せダンデは特別、個別のトレーナーに対して研究をして対策を練るという戦い方はしない。
自分らしい戦い方というのを貫き続けて、勝利できるからこそ、彼は十年もの長い間チャンピオンとして君臨し続けられたのだが。


「決めさせてもらうぜ、だいもんじ!」
「っ、ポットデス!」


威力を高めていた筈のポットデスのシャドーボールをかき消し、ひでりによって威力を増しただいもんじがポットデスに炸裂した。
受け身の体勢を取っていなかったポットデスは直撃した攻撃の威力に耐えらずにふらりとフィールドに落ちた。
キバナとエスカの戦闘不能になったポケモンの数が並んだ所で観客は湧き上がる。考え込んだ末に、エスカは先程もヌメルゴンとバトルを行ったグレイシアを出した。
当時はもう少し両者ともに粗削りな所が目立ったけれど、洗練された戦いは実に見ごたえがあり、同じトレーナーとして心が沸き立つような感覚さえ覚える。


「ほぼ互角……エスカ、普段はあんなに淡々としてるっていうのに。私もあのフィールドで対峙して……初めて、エスカっていう子はこの一面があってこそエスカなんだって思ったわ」
「エスカも原点はポケモントレーナーなんだな。エスカもキバナも凄く楽しそうだな!」
「キバナって分かりやすすぎるというか。興味を惹かれる相手には何処までも闘争心剥き出しで、それで楽しそうで。……あの子を今もその対象にしてくれてるのは嬉しいけど」


キバナというジムリーダーの特徴でもあり、ムラとも言える部分だった。
彼は素の実力で他のジムリーダーを圧倒するが、この相手だけには絶対勝ちたいという拘りがなければ、対策を怠る所があった。
あくまでもこの相手に勝ちたいという執念や欲求に素直で、その相手に対して何処までも努力を欠かさない。
それはダンデという最強のライバルに対してそうであったし、この試合を見ている誰もが『エスカ』という人にもそうなのだろうと思うような戦い方だった。

ひでりの状況でのバクガメスに対しては圧倒的不利なグレイシアをどう指示するか、エスカのトレーナーとしての手腕に会場の関心が集まる。
眩いほどの日差しで動きが鈍っているグレイシアがれいとうビームで相殺しきれなかったかえんほうしゃを食らったと同時に、キバナはこの動きが止まった瞬間を逃さんとだいもんじを指示したが。


「耐えさせてごめんなさい、これで決めるわよグレイシア。ミラーコート!」


一撃で戦闘不能にするような威力のだいもんじがグレイシアに当たる前に弾かれて、そのままダメージがバクガメスへと倍になって跳ね返る。
荒々しい猛攻と、冷静かつ受け流す対処。
グレイシアは体力を削りながらもキバナの二体目のポケモンを戦闘不能にし、当時と遜色のない実力を見せつける。


そんな戦いぶりを見ながら、ルリナはふと表情を緩める。
モニターに映ったエスカの横顔が、綺麗なほどに綻んで微笑みを浮かべていたからだ。


「私……エスカと会ったのはジムリーダーになってからだから、当時のことは知らないけど。あの子を普通の女の子にしてくれたのはキバナだろうと思ってるの」


ジムチャレンジの前までは感情表現も希薄で、機械的に映るような少女だったことはダンデも当時エスカを推薦したというジムリーダーから話を聞いていた。
ポケモンへの愛情は何となく彼らには伝わっているけれど、人付き合いにおいては自分からは熱を灯す術を知らない雪の結晶。
そんな彼女が、綻んだ笑みを見せるようになったのもジムチャレンジの日々があったからなのだろう。

だからこそ――エスカは報われることを望まずとも、そんな特別な人に感謝を抱きながら、キバナという人間に恋し続けたのだ。