朝焼けのスピネル
- ナノ -

14

友は想う。
もしも彼女が陽気で愛想のいいあの青年と出会わなければ、男性を異性として意識して照れるという感覚を知ることはあったのだろうかと。
きっと、無かった。
恋という感情を理解しきれないままだったかもしれないと思えば思う程。
その青年に感謝すると同時に、彼女の繊細で不愛想に見える一途な思いが願わくば届きますようにと。


先日、地震のようなナックルスタジアムを震源地とした突然の揺れが発生した。
どうやらナックルスタジアム地下のマクロコスモスが所有するプラントが原因だったようだが、別の疑問が浮かんでくる。
なぜ、大きな振動が起きるほどのことをしていたか、ということだ。

ナックルスタジアム自体に異常はないと分かり、丁度ナックルシティに来ていたダンデとソニアにその後の確認を任せたキバナは、番人という役割を与えられていることもあり、宝物庫の方に足を運んでいた。
そして暫くは警戒を強めて欲しいとの要望で、キバナはジムトレーナーと共に宝物庫の方に足を伸ばしていた。


「なんか、時々起きますよね、あの地震って」
「時々あるあの地震はプラントで実験したから大丈夫だとローズ会長は言ってたけどな」
「ナックルシティが誇る宝物庫ですから、一切警備を強めないというのも問題があるんでしょうね」


そもそも宝物庫は入る許可を貰っている人間に申請をした上で、許可された後に漸く入ることが出来る場所なのだが、強盗や騒ぎを利用した不審者の侵入を防ぐ警戒は必要だ。
その為の門番の役割を、キバナは担っている。
ジムチャレンジやチャンピオンカップに向けた調整でただでさえ忙しいキバナが担っている業務の量は、ジムトレーナーから見ても、休んで欲しいと思う程ではあったが。
SNSをよく触っている点といい適当そうに見えるかもしれないが、妥協はしないストイックな所が、彼らも尊敬出来る所だった。


「キバナさんがこんなに忙しいってことは、最近エスカさんともあまり会えてないんですか?」
「それがエスカも大忙しみたいでな。ナックルスタジアムのジム戦とは関係ないとはいえ、スタジアムの危険性やら何やらとか、マクロコスモス側の説明を確認した対応を決めるので大変だってよ」
「そうですよね……大変に決まってますよね」
「まぁ、ベランダには顔出してくれてるから息抜きになってればいいけどな」
「そうなんですか。……?ん?ベランダ?」


流しかけたジムトレーナーは、キバナがぽろりと零した爆弾発言に目を開く。
ネズ辺りにしか言ってなかったことだったが、開き直って悪戯に笑い、小さな声で「エスカはオレ様の隣の部屋に住んでてな」と告白してしまう。


「えぇ!?」
「超いい反応だな!」
「あれだけ嫁にしたいだの何だの呟いておいてそういう所はしっかり押さえてるんですね!?えっ、偶然ですか?」
「いや、オレが家を貸してるだけだよ。断られたけど、色々言いくるめてな」


ーーそこまで外堀を既に埋めて行動をしているのならば、直ぐにでも告白出来そうなものだと、青年も思わずにはいられなかった。

そして、ベランダで会う隣の住人はといば、ナックルスタジアムの事務所へと来ていた。
地震のような揺れはスタジアムに影響を齎さないとオリーヴに淡々と説明されたエスカは、スタジアムの運営の各部門に報告を行っていたが、やはり引っかかる所があった。
ローズが行っているエネルギー開発事業。それによってガラルは発展を遂げ、支えられているのだが。
そのエネルギーとして選ばれているのがねがいぼしなのだと、今回説明を受けた。ナックルスタジアムの地下にそのプラントがあり、実験を行っているだけなので問題は無いとはっきり言われた。

ねがいぼしをエネルギーにする為に集めてるとは聞いたが、石炭等のエネルギーと同じという単純な話ではないような直感が、各所にメールを送った後のエスカを悩ませる。

(オリーヴさんの周辺のリーグスタッフの人……そういえばナックルジムの誘導に携わってるよね)

リーグスタッフは基本的に殆どがマクロコスモスの人間であるが、オリーヴの直属の部下らしきリーグスタッフがナックルスタジアムの誘導のメンバーに入っていたことを思い出す。
部外者とはいえども、ジム設備の点検を理由にプラントと呼ばれる物がどうなっているかを確認するべきだろうかと悩んでいた時。
着信音が鳴り響いてスマホロトムを手に取ると、ソニアの名前が表示されていた。


「もしもしエスカ?」
「どうしたのソニア」
「今ナックルシティに来てるんだけどね。宝物庫に行きたいと思っててさ」
「ソニア、もう一度タペストリー見に行きたいの?」
「そそ。ブラックナイトと、剣と盾のポケモン……今だいぶ分かって来た所もあって。もう一度見ておきたいんだよね」


祖母のマグノリア博士からの課題である剣と盾のポケモンとブラックナイトと勇者の伝説に関する調査に懸命に励む親友を、エスカは応援したかった。


「多分今の時間、キバナが居るから再度許可貰おうか?ソニアを入らせて欲しいって……」
「本当?ありがとうエスカ。というかキバナ君が居るならエスカも行こうよ!」
「えっ」


ソニアだけでいいよ、と言おうとしたのだが、彼女に集合場所を言われてしまって、エスカは何も言えなくなってしまった。
断ればいいものを、結局頷いてしまう辺り、やはり彼に恋をしているのだと自覚して。電話が切れてから、手で熱くなった顔を押さえる。
ユキメノコがボールから出ていたらからかわれていただろう。

顔を外気で冷やして、ルリナが指定をしたポケモンセンター前で二人は合流した。
エスカを前にして短い前足を持ち上げて構ってくるワンパチに、顔を緩めてその頬を撫でた。


「キバナに今から連絡は取るんだけど、待ってね」
「了解!二人ってやっぱり仲良いよね。私、二人が一緒にいる所ってルリナと違ってあんまり見たこと無かったなと思って」
「……そっか。ジムチャレンジが終わって、それからキバナと連絡はとってたけど4年くらいはダンデ君より会うの少なかったから、ソニアが見たことないのも当然かも」
「やっぱり?というかなんでここ数年逆にあんなに会うようになったの?ナックルスタジアム担当になったから?」
「何故かターフジムの担当の時の、ヤロー君がジムリーダーになった頃からで。思い当たる切っ掛けはないけど、キバナから連絡来る回数が増えて」
「へぇ〜ルリナかダンデ君なら知ってるかな」


キバナが何故、思い立ったように当時ジムチャレンジを共にした元ライバルに連絡を取るようになったのかは、本人にも分からない事だった。
何せ、確かにジムチャレンジ中に何度か一時的だが、同伴したことはあったし、白熱した決勝戦を戦ったが。
エスカはキバナにとって自分はライバルですらない過去に戦ったトレーナーの1人だという認識をしていた。なにせ、彼がライバルと呼べるのはダンデ以外ないだろうと考えていたからだ。
だから忘れられていってもおかしくは無いと、エスカは思っていた。恋心を叶えるという発想さえなかった。

一石を投じたのは、ルリナのキバナへの言葉にほかならなかった。


ーー許可を貰っていない人間が宝物庫の扉を潜ることさえ許されないため、エスカはキバナに「ソニアがタペストリーを見たがってる」と連絡を入れるとすぐに返信はきた。
キバナの紹介という形で宝物庫に入り、受付に居たキバナと合流する。

ナックルシティが誇る宝物庫は後世に伝えていくべき歴史が詰まっている。
歴史的重要物であるからこそ盗難被害を食い止める必要があり、歴代のナックルジムのジムリーダーが担ってきたのだ。


「さっきは返信ありがとう。ソニアがタペストリー見せて欲しいんだって」
「あぁ、オレ様が許可するぜ。ダンデにもソニアは通してやって欲しいって言われてたからな」
「私、付き添いのナックルジムの人連れて一人で見に行ってくるからさ!エスカはキバナ君と待ってて」
「え?」


ウィンクをして二人でごゆっくりと言わんばかりのソニアにここまで連れてこられたのに置いていかれ、キバナが居る前で顔に出せない動揺に固まった。
別に二人で会話をする機会は沢山あるから今更ではあるのだが、友人にわざとシュチュエーションを用意されるのは何とも歯痒く恥ずかしいのだ。

キバナはちらりとソニアに置いていかれて自分の隣に居るエスカを見下ろし、顔色を窺う。
照れてくれているように見えるような、そうでないような。やはりエスカの表情を特定するのは難しい。


「……キバナが宝物庫で仕事してるの、初めて見た。揺れがあったし、来る回数が増えてるんだよね?」
「基本的にはナックルスタジアムに居るんだけどな。最宝物庫に入る許可を誰かが貰ったらオレ様が一応同伴することになってるんだよ。まぁ、一緒に上にあがるのは他の奴には任せるが」
「そうだったんだ。私がここに来ないから知らなかっただけだよね。ちょっと新鮮。番人って……キバナにぴったりの言葉だね。似合ってる」


恥ずかしげもなく褒められることに、これ程動揺することはキバナの記憶にも無かった。
何せ、バッシングも度々あるとはいえ、最強のジムリーダーという称号もあり、人気を博しているキバナは、人と比べても褒められることの多かった人生だろう。
褒められることや、好意を向けられることには慣れていた筈だった。

だからこそ、たった一人から貰う褒め言葉がこれ程までに掻き立て、心をかき乱すものなのかと、実感する。
エスカに特別な意図が無いとしてもだ。


「そんな風にめちゃくちゃ褒められると、オレも期待しちまうけどな」
「……」


ポロリと零した本音。冗談に聞こえるか聞こえないかのぎりぎりのライン。
一回ちらりと覗き込んで、きょとんとはしているものの表情が変わらないエスカにキバナはこれも流されちまうか、とがっくり肩を落としかける。

少し俯いた僅かな動きに気付いて、何気なくキバナはもう一度覗き込もうとしたのだが。

(え……)

耳が、赤くなっているような気がした。いや、なっていた。
もしかして、照れているのだろうか。初めて意識をしてくれたのではないだろうか。
そんな期待を抱くと同時に、鼓動が早くなる。


「キバナ、そういうこと人に言うの、だめ」


それは自分が恥ずかしいから駄目だということなのか。
それとも、誰彼構わず言うのは勘違いを産むからやめた方がいいという忠告なのか。
キバナは更に追求する。


「……人にっつーか、エスカに言うのもか?」


ーーオレを好きでいてくれてるなんて話を聞きはしたが、会話をすればする程にエスカには恋愛感情というものが希薄なのではないかと思っていた。
友人としての好意も淡々とストレートに伝えてくる所があるから、異性としての特別な好意がそもそもあるように見えなかったのだ。

目を丸くしているエスカに真っ直ぐ視線を向けて見下ろし、何時になく真剣に、冗談交じりではないのだと訴えるように問いかける。
これで意識してくれていいのに。褒められて意識をするなんてことは、エスカにしか思っていないと伝わってしまえば。
そして、それで彼女がオレが意識していることを察して、好意を再度自分に向けてくれたら。


キバナと視線を合わせながらも、処理が追いついていないまま口を開きかけ、今の問の真意も答えも整理ついていないまま、声を発しようとしたのだが。
しんと静まり返った空気の中、着信音が突然響きわたり、動揺のあまり肩が跳ねる。

キバナの言葉を処理出来ずに固まっていた意識を無理矢理現実に戻すような音に、エスカはどうしたらいいか分からなかった情けない自分を助けてくれたと思いながらも慌ててロトムスマホを取り出すと、珍しい名前が表示されていた。


「ネズからだ」
「ネズ?」


なんというタイミングで電話をかけてくるんだとキバナは眉を寄せたが、キルクスタウンのジムを突破したジムチャレンジャーがスパイクタウンに向かっている頃だろう。
ジムチャレンジに関することで担当のエスカに緊急の連絡を入れることも有り得る。エスカはキバナに断りを入れて、その電話に出たのだが。
助けてくれた電話というよりも、連鎖だったのかもしれない。


「もしもし。電話かけてくるなんて珍しいね。もうそろそろ最初のジム戦が始まる頃だよね。明日からそっちに行くつもりだけど……」
「エスカに謝罪の電話です」
「え?」
「ヤジを入れる観客を入れない為にスパイクタウンのシャッターを下ろします。俺たちが勝手にやることなのでエスカに謝っておこうと思いまして。来たジムチャレンジャーを俺の元に案内したのはエスカだとリーグには適当に報告しておきます」
「えっ。ま、待ってネズ」


それだけネズはエスカの返答を待たずに一気に言うと通話が切れてしまう。
呆然と画面を見つめるが、緊急事態ではあった。
エスカの様子に何か異変を感じ取ったキバナは「何かあったのか?」と問いかける。


「……スパイクタウンに普通の観客が入れないようシャッター下ろして街を締め切ったって……」
「はあ!?」
「ちょっと行ってくる。ナックルスタジアムの出番までに帰れるかな……」
「やばそうだったらマジで連絡してくれよ。エスカが無理して頑張っても、ネズが始末つけるものでもあるっつーか」
「……ううん。他の担当が今まであのジムを適当に扱ってたけど、私はそれをしたくないし……それに、キバナはもうすぐ出番だから。気にせずそっちに集中して」


慌ただしく出て行ったエスカを見送り、扉が閉まってから、静かになった宝物庫で一人溜息を吐いた。
ナックルスタジアムの運営を今回上手く行って、次回もエスカが担当になってくれるような流れを狙っていたキバナとしては、突然のトラブルだ。
スパイクタウン、もといスパイクジムのネズは最近リーグの指示を受けないと分かっていたが、友人のエスカが担当している時にもエール団だけではない特大のトラブルを持ち込んでくるとは誰も思わなかったのだ。
ネズの基本的に常識人である反面、案外目茶苦茶な所がある所や、ダイマックスを使わずとも強いジムリーダーであるという信念の強さはキバナとしても気に入っている所だが。

(納得してやりたい所と、複雑な所と、半々だな……)

しかし、今回の件で名実共にエスカが立派なリーグ委員であることを、キバナは再認識する。
こんなジムチャレンジ管理者に自分のリーグを任せられるのはどんなに心強いかと思うと同時に、他人事ではあるがネズが今年最後だと決めているジムリーダーとして挑むジムチャレンジやチャンピオンカップを、彼女のサポートで幕を閉じられるのは幸せなのではないかと思ってしまうのだ。

ジムリーダーの責務を全うする為に問題に巻き込まず、キバナの元へチャレンジャーが無事こられるように運営をしようとサポートするエスカが、心強かった。

「返事は、聞きそびれちまったが……また今度だな」

チャンピオンカップが終わって、運営に一区切りがついたら。
ジムリーダーを邪魔せず、サポートしようとしてくれているエスカにも罪悪感を抱くことも無く考えてくれるだろうかと、宝物庫の外を眺めていたキバナの元に、上へタペストリーを見に行っていたソニアとジムトレーナーが戻ってくる。


「お待たせエスカーって、あれ?」
「エスカの親友のソニアだったか。見終わったのか?」
「うん、満足いったけど……エスカは?」
「……呼び出しくらってスパイクタウンに行っちまったんだよ」
「えぇ!?」
「結構特大級のトラブルっつーか……せめてオレ様のジムチャレンジの時はエスカも落ち着いて見られるように励むか」


朗らかな笑顔でエスカの頑張りに対して応えようとするキバナの言葉に、少しの違和感を覚えたらしいソニアは思案する。
これは昔馴染みに対して、ホップのユウリに対する純粋な厚意と気遣いのようなものと同義であるのか。
それとも、好意なのか。
エスカが想いを伝える気も、叶える気もないらしいものの、キバナに片思いをしているからこそ、気になってしまうのだ。


「……、キバナ君ってエスカと長い付き合いだから、今も結構エスカを助けてくれてるの?私とダンデ君みたいな感じで」
「ダンデと幼馴染だったっけか?まぁ、確かにその縁があるからだよな」
「そっか。ま、そうだよね」


長い縁だけで必ず特別な感情を抱くものであるという訳では無いがーーエスカとジムチャレンジの時代からそういった縁を結べたからこそ、今の関係が成り立っていたのだ。
キバナの曖昧な回答に、ソニアは再び思案していたが、そんなソニアに対してキバナは別の質問を投げかける。


「親友さんに聞いておきたいんだが、エスカって口説かれたりするのか?」
「んー……したそうでも、近付いてこないよね。あの子、知り合う前はそういうの冷たく跳ね除けそうなクールな人に見られちゃうし。でもどうして?あの子口説かれてた?」
「……いや、そういう時ってエスカは照れるのかって疑問に思ってな。普段があまり表情変わらないだろ?」
「あの子の事だからきょとんとして、私には応えられませんから、とか冗談?って流しちゃうよ。気になる人が居たら流石のエスカも固まったり、照れたりするだろうけど」
「……へぇ、オレ様も知らなかったな」


暗に、貴方にはエスカは照れた反応を見せてくれてるんだけど、と言いたかっただけのソニアだったが。
ルリナと同じく、自分の言葉がとあるミスーーエスカにとっての誤算を生んでいたことに、キバナしか気づいていなかった。

まさに、キバナが見た涼し気な目を丸くして「そういうこと言っちゃだめ」と呟いた時のあの動揺の表情が、その類のものなのではないかと、根拠の一つを得た気がしたのだ。