朝焼けのスピネル
- ナノ -

12

好きだという感情こそは抱いていることを自覚していたが、エスカがそれを口に出したのは初めてだった。
零れ落ちてしまう位に溢れた、澄み渡った愛情は無機質に見えてしまう心を溶かす。

氷砂糖を溶かして、甘さが広がるように。
そうやって人は恋に落ちていくのだろう。


朝日を浴びて目を覚まして支度をしていたエスカだったが、すっきりとした気がしない感覚に頭を抑えて唸る。

「……何だか気だるいような気がするけど、今日はスパイクタウンまで移動があるから帰ってくるまで頑張らないと」

起きてから感じている妙な気だるさは体調を崩す予兆のような気もしたが、明日は休みなのだから一日くらいは乗り切ろうと自己暗示をかける。
ジムチャレンジが行われている中、まだ自分の担当しているチャレンジャーが来ていないのにもかかわらず、体調を崩している場合ではないという責任感だった。

それとも、熱に浮かされて寝付きが悪くなっているのだろうか。
キバナとの一件以降、あの瞳を見てから、少し浮かれすぎているのではないかとエスカは自分自身を戒めていたのだが。
そんな彼女の様子に、モンスターボールから出て部屋で寛いでいたポケモンの一体、ユキメノコが笑っていた。

「……ユキメノコ、本当に意地悪ね」

キバナとのやり取りがあってからどこがぼんやりとしているエスカに対してくすくすと笑うユキメノコは主人の葛藤を楽しんでいるようだった。
ポケモン達にとっても、普段心の揺らぎが少ないエスカが一途に想って、彼女なりに一喜一憂しているのは特別なことだと解っているのだ。

朝食で飲む為に朝入れた紅茶を飲み干すと、宙を浮いていたポットデスは残念そうに飲み残しもなく空になったカップを覗き込み、エスカに宥められる。

「ヤバチャを育てても妬かない?」

エスカの質問に、ポットデスはいずれ自分と同じようにポットデスになるかもしれない存在を思い浮かべて、蓋を閉じてしまう。
嫌なのだろうと肩を竦めながらも小さく笑い、朝食の片付けをしてしまう。
整理整頓されたキッチン。同じ間取りではあるけれど、キバナのキッチンよりも調味料が揃っているとふと考えた所で、エスカの手は止まる。


「この部屋……もう慣れたけど、キバナの部屋なんだよね」


キバナが服や貰い物等が収まらないから借りていたというもう一つの隣の部屋、それがこの部屋であることを今更ながら自覚する。
彼の部屋は目に見える場所に物は積み重ねられていない。だが、クローゼットや収納は確かに満杯なのだろう。一人用の靴箱でも、収納にしまっている物もまだあるのに埋まっていると語っていた。
エスカが使っていない一部屋も、確かに綺麗に整頓されながらも衣服やトロフィー等が詰まっていたから、二つの部屋を借りていたのは事実だったとはいえ、貸してくれた彼の厚意にはエスカも頭が上がらなかった。

そして、好きな相手に友人としての気遣いで部屋を借りているこの状況は如何なものなのかとエスカは部屋を眺めて思いを巡らせる。
まだ先の話ではあるけれど、もしこの大会が終わってすぐにでも、今度の担当の街が違う場所だと言われたら。

(……それを理由に、キバナには断りを、入れなきゃ)

彼に勧められるまま、なし崩し的に同意をしてしまったが、もしもキバナに特別な人が出来た時。
流石に隣の部屋で過ごし続けるのはエスカの胸をちくりと突き刺す。
この先、自分がどうなるかもまだわからないけれど、覚悟はしておかなければいけないのだ。好きという感情の自覚を強くしてしまったのなら、尚更。

コートを着ながら準備を整えていたエスカはふと、以前ソニアに言われたことを思い出す。
想うばかりで、その先のことを全く考えてなかったエスカに、彼女は呆れつつも勿体ないと叱咤したのだ。

(伝えて、密かに抱くことさえ許されなくなるのは……どうなんだろう)

自分の感情にも不器用な彼女には、想いのままに足を進めることは出来なかったのだ。


ーー今日はもう間もなく出番が近付いてきているスパイクタウンの打ち合わせをしにナックルシティを出る。
事前に連絡しているが、ネズがライブをしない時間帯を把握して毎回アポイントを取っていた。
何度かオリーヴやローズの報告は誤魔化しているが、スパイクジムのジムトレーナーまで、マリィのライバルになり得るホップとユウリに妨害しているという話を耳にしていることもあって、幾つか話しておくことも積もっていた。

ネズがライブを終えて休憩をしている所に、エスカは顔を出した。
周りのスパイクタウンの住人や、ジムトレーナーもリーグ運営委員であるエスカの顔を覚えたのか、頭を下げて席を外した。


「お疲れさま、ネズ。マリィちゃん順調に勝ち上がってるみたいだから、おめでとう」
「ありがとうございます。マリィならキバナの所もきっと突破出来る筈ですから。チャレンジャー達がそろそろアラベスクタウンに着くかどうかとなると……俺の出番もそろそろですか」
「見込みでは一ヶ月以内で、二ヶ月後にはシュートシティの大会、ってことになってる」
「エスカはそのスケジュールまで担当しているんですか」
「主導はマクロコスモスのオリーヴさん達がしてるけど……彼等にだけ任せると負担も大きいだろうって数人でサポート兼勉強中で」


大企業に運営を任せているのなら先ず安心ではあるのだが。
マクロコスモスとしてではなく、あくまでローズとオリーヴの個人として委員長や副委員長に就任していて、その企業とは関係の無い人間が委員に就任しているということは、あくまでもリーグはマクロコスモスの物ではないということだ。
ローズが発起人となり、盛り上がってきたリーグは今やガラル地方の欠かせないイベントとなっている。
その功労者に対して敬意は払いながらも、よりリーグ運営が主導となりリーグを更に盛り上げていこうという使命を持ち、役割を担っているのがエスカ達やチャンピオンダンデだ。

全く表情にも行動にも見せないがエスカの気苦労は相当なものだろうとネズも理解している。
ーーなにより、このスパイクタウンを任されているのに、エール団の行動に罰を与えて出入り禁止の処分にしないよう手配をしてくれているのだから。


「エスカは今までの委員とは違ってスタジアムを移した方が観客が来るとか、そういうことを言いませんよね」
「……経営面から考えたら、そう言ってしまう気持ちも分からなくはないけど。でも、ダイマックスを使わずに勝つジム戦って格好いいと思うから」
「……」
「だから、マリィちゃんもそうありたいと思ってくれてる。うん、やっぱりそれってネズのお陰でもあると思う」


淡々と、思っていることをありのまま紡ぐ。このジムにダイマックス戦はいらないと担当としても思ったからだ。
勿論、利益や動員数を考えれば担当者クビだとマクロコスモスの社員から言われかねないが。

エスカという女性は無機質なようで。冷静かつ淡々としているようで。氷の結晶のようで。
言葉を熱を織りまぜて丁寧に紡ぐ。情愛を込める。
取り繕わない澄んだ本心は、雪解けの朝露のようだった。


「……ありがとうございます。ただあなた、今日は饒舌ですね。どうしたんですか」
「……やっぱり熱が出る前兆かも」
「え?」
「ううん、何でもない」


あまり考えずにぽろぽろと思ったことを口にしていることにエスカ自身、朝に感じた体調の違和感がはっきりと現れだしていることに気付き、反射的に額に手を当てる。
ただ、自分の体温は手を当てても気付きにくいものだ。大丈夫だろうと納得してしまった。

素直に褒めちぎるエスカに対して、ネズは"彼"が惹かれた理由を察する。
だが、逆はどうなのだろうか。エスカは明らかに正反対の性格をしている彼に対して如何なる感情を抱いているのだろうか。


「エスカ」
「なに?」
「……いえ、何でもないです。こういうのは、俺から言うことじゃないでしょうし」


キバナに対してエスカが特別な好意を持っていると分かれば、キバナの隣の部屋を彼に借りている理由も分かるのだが。
それは部外者が口を出す所ではないと思ったのだ。
キバナはキバナなりに行動に出て、エスカに伝わるよう、伝えられるよう状況を作っているのだから、水を差すべきではない。


「この後はどうするんですか?」
「書類作成のためにナックルスタジアムの事務室使おうと思って。アラベスクタウンの子からジムに関する相談のメールも来てたし」


今年で後継者を見つけるつもりだとポプラが零していた件のことだろうと、アラベスクタウンの前任者であるエスカには分かっていた。
ナックルスタジアムで作業をしようとしている点といい、彼女の行動範囲が自然とキバナと重なってきていることに、ネズは考えずにはいられない。
キバナが思い悩む必要はどこにあるのかと。

玲瓏とした声が熱に浮かされ始めてることに本人も気のせいだと思い込んで気付くことはなく、スパイクタウンを後にしてしまうのだった。


何時もだったら昼食を軽く食べてから午後の仕事にあたるのだが、妙に食欲がわかなかったエスカはドリンクだけを口にしてナックルスタジアムの委員が使うことが多い事務室を使ってメールへの返信や書類作成をし始めていたのだが。
目を開いて端末を触っているのが苦痛になってくる。他に人もいない状況で少し休憩するくらいはいいかと目を瞑ってエスカは机にうつ伏せになる。

(やっぱり、体調悪かったかもしれない……)

風邪でもなさそうなのにどうして、と思いながらも、鉛が頭に、体に沈みこんでいく感覚には抗えずにその波が収まるまで堪えようとするのだった。

そんな彼女の部屋を訪れたのは、エスカがナックルジムに来ていると休憩中に耳にしたキバナだった。
ーー数日前、酔った勢いでベランダで本音を零しかけたが、後日メッセージを送ったら「元気そうならよかった。今日も頑張って」という返信が返ってきた。
避けられてメッセージが返って来なかったら流石に勘づかれたかと、今後の行動をキバナも変えるつもりだったが。

(少し位、意識させてもいないのかね)

そればかりは分からない。
お隣といえども、毎日ベランダで顔を合わせている訳では無いし、彼女がナックルシティだけではなくスパイクタウンに行くこともあれば、決勝リーグの開催されるシュートシティに打ち合わせに行ってしまって、一日会わない日もあるのだから。

エスカが作業しているという事務室の扉を叩いて中へと入ったキバナはうつ伏せになっているエスカを目にして驚きに足を止める。
誰かが部屋に入ってきた音に気づいて顔を上げたエスカは、ぼんやりとする思考の中、キバナに焦点を合わせる。


「ごめん、キバナ。ちょっと休憩させてもらってた……」
「……待て待てエスカ」


目を閉じてうつ伏せになっていたらしいエスカの違和感に気付いたキバナは部屋に入って、彼女の元に近付く。
キバナを見上げる為に上げたその顔が赤く染まっていることに彼は気付いて、エスカの額に手を当てる。
自分自身の体温も高いからはっきりとは分からなかったが、その額が熱くなっているような気がしたのだ。


「もしかして熱出てるか?」
「……咳とかくしゃみとかは無いけど……ちょっと休憩すれば収まると思って」
「いーや、連れて帰るぞ」
「えっ……」


このまま悪化すれば一人で帰ることすら出来なくなるかもしれないだろうと考えたキバナはエスカのモンスターボールを借りて、グレイシアのボールを手に取る。
グレイシアをモンスターボールから出すと、気休めかもしれないが彼女を冷やして欲しいと肩の横に置いた。
主人の赤らんだ顔に驚いたのか、耳をピンと立ててエスカの首元に手を優しく当てている。困惑した顔でキバナを見上げるグレイシアの頭をわしわしと撫でた彼は、エスカの荷物をまとめて帰り支度を進める。

「安心しろって、オレ様が連れて帰るから」

キバナは屈んでぐったりとしているエスカを背負い、グレイシアを肩に乗せて彼女の体温を下げさせる。


「ご、めん……」
「遠慮するなって。というか、ネズんとこにも行ったんだろ?無理し過ぎるなよな」


ナックルスタジアムを後にしたキバナは、時折視線を感じながらもぐったりしているエスカを背負って自宅のあるアパートに足を進める。
体格もあるキバナにとって、背負う彼女の体は想像していたよりも軽かったことに平静を装う心がさざ波立つ。

(オレ様とエスカって、こんなに体格違うんだな)

そんなことは、とっくに分かっていたのだ。
分かっていたけれど、実感させられる。異性であるのだと。守りたいと思える人なのだと。

アパルトメントに着いたキバナは、明かりのついた廊下を歩きながら、エスカの部屋になっている扉を見詰める。
エスカの家のルームキーも持っているし、本人の鍵を貰ってもいいのだが。
一瞬悩んだが、キバナは自分の家の扉を開いて潜った。

「エスカー着いたぜ。ベッド連れてくからちょっと待てよ」

薄く目を開けたエスカは、無意識にこくっと頷き、くらりと視界が歪んだ気持ち悪さに再び目を瞑る。

(そういう訳じゃないとしても、エスカをオレ様のベッドに寝かせるのは……色々ヤバいな)

表情が緩んでいることを自覚して、エスカに見られていないのを確認してから彼女をベッドの上に座らせて、コートを脱がす。
ふらふらと頭が傾いているからか、思っていたよりもすんなりとされるがままに脱いでくれた彼女に、やはり邪な感情は零とは言えなかった。
エスカのベッドよりも大きなサイズのベッドは、キバナの体格に合わせたサイズだった。

キバナは布団をかけると、エスカの額を再度触る。
ナックルスタジアムを出る前よりも明らかに熱くなっている体温に、キバナは慌てふためき、フローリングで落ち着かない様子で右往左往しているグレイシアを見下ろす。


「あっつ……!これ、結構熱出てるだろ」
「ん……」
「あぁ、答えなくて大丈夫だぜ。熱冷ましのシートあったし、それと水とか持ってくるから待ってろよー」


キバナの優しい声と、心配して鳴いているグレイシアの声に、エスカは表情をふっと緩めて開きかけた目を再び閉じる。
心配してくれる人が近くにいるというのは、これ程までに安堵するのかと実感するのだ。
しかし、内装が一緒だから手元の布団が何時もと違ったとはいえ、暗い部屋の中、薄目では気付かなかったのだ。

この部屋が自分の部屋ではなく、キバナの部屋であるということに。


「なぁ、ヌメルゴン。こうもかなり頼られると勘違いしちまうな……」


眠っているのを邪魔しないようにと、リビングに戻って気を紛らわせるようにテレビを付けていたキバナだったが、音も映像も全く入ってこなかった。
そわそわ落ち着かない中、思わずヌメルゴンに語りかける。
エスカのことをリーグチャレンジの当時から知っているヌメルゴンは、キバナの呟きにこくこくと頷く。
寝込むほど体調が悪い時、人肌が恋しくなるのは当然のことなのだが、普段エスカが人に対して積極的に声をかける訳ではない彼女が好意を持っている男に頼ることに重要な意味があるのだ。

(……普段だったら何も気にせず、色んな人に声を掛けられるって言うのにな)

正反対な性格だからこそだろうか。ライバルでポケモントレーナーとしての夢の切符を奪ってしまったからだろうか。
好意に対して警戒されるのが恐ろしいからだろうか。
――全てなのだろう。
キバナは天井を仰いで息を吐く。一度その境界を超えてしまえば恐らく比較的遠慮することなく、愛情も全て臆すること本能のままに伝えるのだろうと、自分自身のことを冷静に分析していた。

このままエスカは寝続けて朝を迎えるかもしれないと考え、ソファで寝る準備を整えようかと立ち上がったのだが。
寝室からグレイシアが出て来て、キバナを呼んだ。
エスカが目を覚ましたか、動けないから助けを求めているのか。
どちらにせよ、直ぐにでも声をかけなければならない。キバナはソファから立ち上がって寝室に飛び込んだのだ。


――目を覚ましたエスカは、部屋が暗いとはいえ、見覚えのある間取りと見覚えのない内装に瞬いていた。
そもそも布団のカバーも違ければ、ベッドも枕も異なる。鼻を掠める香りは、エスカの部屋の物ではなかった。
熱に浮かされた頭でも気付くのだ。この部屋は自分の部屋ではなく、キバナの部屋だと。


「あ、れ……ここ、キバナの部屋…、よね……?内装違うし……」
「目が覚めたか、エスカ!」
「キバナ……?ご、ごめんなさい。私……あのまま寝て……隣の部屋に、戻るから」


頭を押さえながらも起き上がろうとするエスカに、キバナは起き上がらなくていいと手で制する。
何せ、本当だったらエスカの部屋に彼女を寝かせて外に出ればよかったのを、自分の部屋に連れて来たのだから。

寝室に、何時もはしない柔らかな匂いがふわりと香る。
リビングで食事をした時と違って、食材の匂いが混ざっていないからだろう。
キバナは目を細めながらも、爪を、牙を隠す。

「……動くとふらふらするんだろ?いいから寝とけって。それに一人だと物取りに行くのとかもしんどいだろうからな」

彼の気遣いは、揺蕩う意識の海に雫を落とす。
キバナという青年のそういう所に、惹かれたのだ。出会った時から、明るい笑顔で無邪気に、好奇心で行先を広げられない手を引いてくれるばかりか、気遣ってくれた。
その優しさが胸に響いて。例え彼に負けてジムリーダー達と本気の勝負をする場に立てなかったとしてもエスカは納得していたし、敵愾心や劣等感を抱くどころか、キバナの気遣いが痛い程伝わって来て、感謝さえしたのだ。


「……ごめんね。ううん、ありがとう」
「はは、いいってことよ」
「お隣さんで、よかった」


キバナが隣に住んでいて。否。彼の隣の部屋に、多少強引な交渉があったとはいえ、住まわせてもらってよかったと熱に溶かされた彼女は噛みしめる。
うとうとと瞼が落ちかけているエスカに水を渡したキバナは、ベッドの淵に腰掛ける。

――お隣さんでよかった、か。
確かに、いいことしかなかった。自分の下心にも近い思惑から提案した結果、隣に住んでくれて。
だが、話しやすい友人が隣に居るのは気楽だと思われるので止まるのは、望んでいない。
オレ様は、貪欲だ。本能に直結する感情から欲する相手を、離しはしない。

微睡んでいて、今にも意識が飛びそうな様子のエスカに、キバナは声音を変えずにくだらない呟きのように独り言を零す。


「本当にお隣になっておいてよかったぜ。エスカを連れて帰るのはオレだけで十分だからな」
「え……?」


よく眠れよと言わんばかりに頭をぽんぽんと撫でて、既に布団を被っていた彼女を寝かしつけようとかする。
どういう意味なのだろうと思考する余裕もなく、エスカの意識は朦朧とする暗闇の中に落ちていく。
再び寝息を立て始めた彼女に視線を向けたキバナは、色香を含んだ眼差しを隠すことはしなかった。

息を潜めて獲物に照準を合わせる狩人とはこんな気分か、と冷静に納得してしまうのだ。

(オレ以外にこの役目は渡せないからな)

少し、触れるだけなら。
寝苦しそうな顔で寝ているエスカの手をそっと握ってみる。
すると彼女の表情が和らいだような気がして、大きな手に包まれる小さな手を実感しながら、ふっと破顔するのだった。