朝焼けのスピネル
- ナノ -

09

スパイクタウン担当ではあるが、他のジムのチャレンジャー達がどうなっているのか、また運営がスムーズに行われているかの状況確認の連絡を行い、各地でほんの一部のチャレンジャーに対して行っているらしいエール団の妨害行為の報告を処理する。
会う度にネズにはすみませんと謝られるが、致命的な運営の邪魔にはなっていないのが幸いだ。
そしてエール団の中にはジムトレーナーも混ざっているのだから、エスカとしては表情が変わらない中でも冷や冷やしていた。
ただでさえスパイクスタジアムにはダイマックス出来るパワースポットが無いのだから、そう言った騒ぎをスパイクジムの人間が起こしてると知られると、他の場所に移す作業を強行される可能性も有り得なくはないからだった。

(集客数には確かに影響してるけど、ダイマックスしないバトルもいいのに……そこに関してはローズさんも頑固というか)

リーグの運営委員の人間は実は多い訳では無い。
運営委員という位置付けではなくマクロコスモスのスタッフが配置されており、彼等が実際の誘導などを行っている。
エスカはあくまでも監督をし、全体的な運営の方針に意見を言える立場にある。
だが正直な所、現時点までローズおよびオリーヴの方針に反論を覚えたことは無かった。大企業の取締役を務めているだけあり、それ程までに彼らの経営、運営の手腕は確かだった。


「お疲れ様でした、オリーヴさん。お忙しい所を時間取らせて」
「いえ、ナックルシティには丁度用事があったし、今年の状況は特に聞いておきたいから」
「……?」


忙しいローズに代わって副社長を務めているオリーヴだけが各地を回って打ち合わせをしていることは度々あったけれど、確かにその頻度がここ半年増えているような気がした。
そして、彼女はよくナックルスタジアムに併設されているらしいマクロコスモスの施設の扉の奥に行くことがあるとナックルジムのジムトレーナーから聞いたことがある。
エスカにとっては開かずの扉の奥。よく一部のマクロコスモスの社員が出入りしているようだが、この奥がどうなっているのかはナックルスタジアムを任されているキバナも知らないだろう。


「よくそこの扉奥の施設に出入りしているらしいですけど、この先にはどんな施設が?」
「それはマクロコスモスの企業秘密よ。社員ではない貴方に教える訳にはいかないわ」
「……そうですか」


オリーヴの鋭い声に、エスカは淡々と答える。
彼女とは程々に会話をする親交はあるのだが、有能が故に刺々しささえも感じられるような彼女の拒絶はそれ程までに強かった。
エスカの興味や疑念を声音で感じ取れなかったらしいオリーヴは、警戒心を強めることもなくこの話を終わらせた。


「オリーヴさん、何人残るかによってスパイクタウンのジム戦にかかる日数も変わってきますが、当初の見込みの日程で決勝リーグは開催出来そうですからチケット関係の手配は貴社でよろしくお願いします」
「えぇ、貴方みたいな子がマクロコスモスに居るといいのだけど。引き抜きに応じないんだから」
「……私、あくまでもダンデ君の推薦ですから」


丁重に断ったエスカに対して、オリーヴはつまらなさそうな顔で肩を竦める。
感情論を優先する正義を具現化したようなチャンピオン、ダンデ側の人間が運営委員に増えるのはオリーヴにとっては"鬱陶しい可能性"が高くあるのだが。
この淡々とした感情表現が希薄な娘なら大丈夫だろうと、油断したのだ。

(……調べた方が、いい気がする)

ナックルスタジアムを後にするオリーヴの背中を見送ったエスカは、じっとその開かずの扉を眺める。
彼らがダイマックスを行えるようになる宙から落ちるねがいぼしを集めているという噂も聞いている。
その強大なエネルギーの塊をあの大企業が掻き集めて何をしようとしているというのかーーやはり、気になるのだ。


ナックルスタジアムの入口でエスカとオリーヴが会っていた時間帯。
キバナの元には珍しく多忙を極めるダンデが立ち寄っていた。
防衛している期間も含めて歴代最強の強さを誇るダンデにジムチャレンジが始まる前のバトルで10連敗を記録したキバナだが、仲が悪い訳では無い。
寧ろ、意気投合することも多いし、事件があった時にはお互いに任せ合う間柄だ。


「シングルバトルの調整してるのか、キバナ」
「ダブルバトルのエキシビションマッチでも負けちまったからな、今度こそは勝ってやるよ」
「はは、それは楽しみだ。俺も新しいポケモンを育てている最中だからな」
「……マジかよ」


ダンデへの対策を立てるけれど、策を崩されてからが正念場になっている。
新しいポケモンを育てているとなると、エキシビションマッチの時以上に厳しい戦いになるだろう。
勿論、そこに行き着くまでには決勝戦まで勝ち上がってなければいけないのだが、メロンに当たりさえしなければ負けることはないと信じていた。ジムリーダー全員手強いことを考えれば過信は出来ないことはキバナも重々理解しているが。


「あぁだが、そういえばエスカの為にも、俺は今回キバナに負けることは出来ないか」
「は……?」


ダンデに突然投げられたキバナにとっての特大の挑戦状に、目の色が一瞬変わる。
どうしてダンデがエスカの為にバトルをするのか、そんな対抗意識に火がつきかけたからだった。
だが、ダンデはポケモンバトルを愛するファンに楽しんで貰えるような最高のバトルを見せる為。そして勝利し続けたい自分自身の意地とプライドの為。それ以外にチャンピオンとして戦い続けるダンデの理由はなかった。


「エスカにトレーナー復帰はないのか?と尋ねたら『キバナが誰かに負けたら考える』と言っていた。彼女にとって、追うべき背はキバナが基準になっているんだな」
「……」
「キバナ?」
「オレ様の、いや、今ではオレ様だけのライバルだからな」


彼のポケモンを一番倒しているダンデのライバルであると主張出来るが、チャンピオンである彼にとっては自分は追いかけて来る数多のトレーナーの一人なのかもしれない。
だが、現時点でポケモンバトルにおいては過去の人になっているエスカのライバルであれるのはキバナ本人だけだ。
長く公式戦から離れている彼女がそんなことを語っていたとはキバナも知らなかった。
それはキバナの勝利を信じての言葉なのか、それとも足踏みし続けるキバナをもう一度追い抜かしてしまおうとしているのか、キバナにはその真意までは測れなかったが。


「けどまあ、エスカにもう一回追われるのは堪らねぇな。無様は見せられない気分になるぜ」
「その気持ちは分かるな。キバナが追ってきてると、俺もチャンピオンとして走り続けていられる」


ーーオレ様が追うべき、倒すべき圧倒的強者がダンデだ。長年その座を守り抜いている強靭な精神力と強さと弛まぬ努力には脱帽する。
ジムリーダーとして彼女は追ってきているのではなく、キバナというトレーナーだから見続けてくれるのだ。もし何時かジムリーダーでなくなった時が来たとしても、それが変わらないのなら安心してしまう。


「だが、それを聞いたら負けられねぇな。エスカの目標がダンデとか、他の奴になっちまうのは避けたいからな」
「?俺は追ってくるライバルが増えるのは構わないしむしろ嬉しいが」
「……好きなやつがオレ様に興味なくなるのは困るんだよ」
「……、そうだったのか?」


キバナの少しむくれた顔に対して、ダンデはきょとんとしている。
この手の話には無頓着だったことを思い出してキバナは溜息を吐いた。
ばつが悪そうに「アイツには特に見直されないと格好が付かない」と語るキバナの様子に、ダンデは思考する。


「ふむ……今年からナックルシティ担当になったことを喜んでいたけどな」
「それ、エスカが言ってたのか?」
「エスカはあまり言葉にしなければ顔にも出さないのは知っているだろう。言っていなかったが、そう思っていたのが伝わってきたというだけだ」
「……ダンデはアイツの感情読み取るのは得意だからなー」


それだけはかなり羨ましいと常々思っているダンデの本能的な感覚だった。恋愛感情に関しては鈍いのだが。
一番大きなスタジアムを任される責任感に気合いが入っていたのか、それとも、キバナが居るジムだったから喜んでいたのか。

(あー……どっちだよ、これ……)

ダンデは自分が言った言葉がどれ程キバナを動揺させるかは分からない事だった。
直感で言いたいことが分かるのと、鋭いか鈍いかというベクトルは彼にとって少し違うのだ。

ふよふよと浮かんで漂うロトムを呼び、ダンデに「エスカに連絡してみていいか?」と声をかけてから登録している連絡先を選んで通話ボタンを押す。
暫くコールすると、繋がったと同時にエスカが「もしもし?」と声を返す。


「エスカ、今ってスパイクタウンかー?」
「え?今ナックルスタジアムの受付辺りにいるけど……」
「おっ、だったらこっちに寄ってくれよ。ダンデも居るんだ」
「ダンデ君?珍しいね」


キバナはモニターを写しながら通話し、隣に居たダンデを映す。眩しいほどの人のいい笑顔で挨拶をしてくれるダンデに、ぱちぱちと瞬きしながらエスカは反射的に手を小さく振った。
エスカからしたら、ダンデも見上げるほどの身長だと言うのに、キバナが手に持つスマホが映す画面は傾いていて、キバナの背の高さを実感する。


「委員会の仕事でかなり走り回ってるとキバナに聞いたぞ。大丈夫か?」
「それを言うならダンデ君ほどじゃないわ。……さっきオリーヴさんとの打ち合わせが終わった所だから行くね。控え室?」
「スタッフ用の控え室で……けどそんな部屋沢山あるか。迎えに行くぜ」
「……えっ」
「?嫌か?」
「……ううん。待ってる」


淡白に聞こえたエスカの返事だったが、ダンデには直ぐに分かった。
表現に極力出さないようにしているだけで、エスカが嬉しそうに綻び、照れていることは。


「やはり、エスカはナックルシティ担当が合ってるみたいだな」
「え……急になんだよダンデ」


どのジムを担当していた時だって、ジムリーダーに、ジムトレーナーに、スタッフに、そしてそこのジム戦を楽しみにしているファンに対して親身になって一生懸命運営していた彼女だが。
やはり、このナックルスタジアムを担当している姿が一番輝いて見えたのだ。
運営委員として推薦したダンデにとって、生き生きと活動しながらジムチャレンジを最大限盛り上げようと尽力してくれている姿はこれ以上ない恩返しであり、彼女が楽しく活動出来ている原動力らしいキバナのぽんぽんと感謝の意も込めて背を叩くのだった。
本人は、なぜダンデが急に背中を叩いてきたか理解はしていなかったが。