虹彩に焦がれる純白
- ナノ -

灯のような嘘と虚像

今日は立香が言っていた、ベディヴィエールとのシュミレーションの日だ。
自らの剣に錆も刃こぼれもない。魔術も存分に使える。
食堂でブーディカの料理を食べていたナマエは無心で口にどんどん運んでいく。サーヴァントは本来食事を必要としないし、多くのサーヴァントが居る為、おかわりの制限があることだけが大飯食らいである彼女の唯一の不満点だ。

英気は十分に養った。あとは夢にまで見た彼との戦場までもう間もなくだ。
瞳を閉じると思い出すのは彼と共に駆け抜けた戦いの記憶だ。

外敵との戦いにベディヴィエールの小隊として向かうことも度々あった。他の円卓の騎士のように、一騎当千の騎士はこの小隊には居ない。最も秀でているベディヴィエールは隻腕で、騎士三人を圧倒できる力がある。だが、人間離れした超人の力は持ち合わせていなかった。
しかし、今思えば自らの力量を知りながら戦場に赴いていたからこそ、ベディヴィエールの小隊はあのカムランの丘の戦いで、最も生き残った者が多かったのだろう。
とはいえ、戦場から逃げていたわけではない。あくまで最後まで我が王の為に剣を交えて、生き残ったのだ。

その日の戦いは、海を越えてやって来る外敵からの防衛線だった。ふわりと鼻に掠める海風の香りは、キャメロットにはないブリテンの一面だ。この香りが、数時間以内には血の匂いにかき消されてしまうだろう。
それでも、剣を手に取るのをやめはしない。女としての幸せは、剣を持ち、アーサー王の軍に加わると決めた日に捨てたのだ。

前方に居るのは、馬に跨り、剣を腰に携えて槍を手に持つベディヴィエールだ。馬を前方に進めて彼に声をかけると、ベディヴィエールは振り返り、緊張した面持ちで気を引き締めていた。
彼は他の円卓の騎士に比べて実力が劣っているからこそ、自身の力に過信などせず、油断はしない。毎回勝てるだろうという心の油断はなく、勝利を手にするために戦況をしっかり見る目を養っている。


「此度の出陣も宜しくお願いします、ナマエ」
「畏まりました、ベディヴィエール卿。我が剣、アーサー王の為に、ブリテンの為に、貴方をお守りする為に振るいましょう!」


剣を抜き取り、周囲の風を操る。マーリンのような大魔術師でもないけれど、戦況を多少良くすることは出来る。弓矢が当たりづらくする為に、風向きを変える。こちらにとって追い風にするのだ。
この時代に魔術師という存在は数多いわけではないが、マーリンが居たからか認知されていた。
だが、この力を初めて見た者は魔術師だと認識する以外に、魔女だと認識する者もいるのだ。それが畏怖の呼び名であることはナマエ自身理解している。
以前は密やかに魔女と囁かれていることに悲しみを覚えたこともあったが、彼はその力を知りながらも、精霊から授かった大切な清き力であると言って、必要としてくれている。

それだけで剣を、献身を、忠誠を捧げる意義はあったのだ。


食堂を後にしたが立香の元に向かうために廊下を歩いていると、前方から白銀の甲冑を身に纏ったランスロットが歩いて来ていることに気が付き、ナマエは足を止めて頭を下げた。


「おはようございます、ランスロット卿」
「今の我々はサーヴァントだ。そう畏まらずともいいのだが」
「そういう訳には……ランスロット卿も今から朝ご飯ですか?」
「それもあるが、今日はベディヴィエール卿と初陣だと聞いたのでな。君のことだから色々と気負っているのではないかと思ったが……」
「!お気遣い、感謝致します。そうですね……あれだけ戦場に居たというのに、緊張していることは確かです。まったく、情けないものですね」


忠誠を誓った者と共に再び肩を並べて戦えることは誉れであり、そして緊張も覚えるということをランスロット自身も知っていた。もし万が一このカルデアにアーサー王が召喚されて、共に戦うチャンスを得られるとしたら――彼女と同じように、いや、それ以上に罪悪感も入り混じって葛藤するだろう。
しかし、ランスロットの細やかな気遣いに再度頭を下げようとしたその時、後方から冷めた声で鋭く「サー・ランスロット!」と呼び声がかかり、ランスロットは反射的にびくりと肩を震わせる。


「また女性を巧みに誑かそうとしているのですか?」
「ご、誤解だマシュ。彼女は私の同輩であり、ベディヴィエール卿の部下で……」
「言い訳は結構です。ブーディカさんにランスロット卿が来ていないから呼びに行ってほしいと言われたというのに、性懲りもなく女性に声をかけているなんて」


マシュの剣幕に言い返せず、しゅんとおとなしくなっていくランスロットを見て、思わずくすりと笑ってしまう。彼女からは懐かしい気配を感じていたけれど、力を貸しているサーヴァントのことを考えると、彼らのやり取りの雰囲気にも納得できる。
直接目撃したことは無かったけれど、彼はランスロットに対してぞんざいな扱いをしていたということだけは知っていた。彼とマシュが似ているということを考えれば、ランスロットにとって彼女は息子の影を感じる娘のようなものなのだろう。


「マシュさん、本当に何でもないんですよ。私がベディヴィエール卿とのシュミレーションを前に緊張してしまっていたので、心配をしてくださったというだけですから」
「そうなんですか?下手に口説かれていないのなら安心しました。この方は無意識にすぐそういうことをするので。自重してください、お父さん」
「お父さ……!?」
「ふふ、大丈夫ですよ。私は女である以上に騎士ですので」


突然のお父さん呼びは未だに慣れないのか、胸を押さえるランスロットとマシュとのやり取りが微笑ましく、くすくすと笑いながらも疑いの眼差しをランスロットへ向けるマシュに弁解をする。
手厳しさはあれど、生前のランスロットとギャラハッドは殆ど会話がなかったし、父と呼ばれたことも殆どなかったことだけは耳に挟んでいた。どんな形であれ、親子としての再会と新たな関係が結ばれたことも幸福であるように思えるのだ。

マシュに連れられて食堂へと向かう彼らを見送り、シュミレーションの部屋を訪ねると、そこには既にベディヴィエールが待っていた。


「お待たせしました、ベディヴィエール卿!」
「いえ、私が早く来過ぎただけですから。立香殿もまだ来ていませんし。楽しみにしていたあまり、早く来てしまうなんて子供のようですね」
「え……」


それは、彼が自分との共闘を、楽しみにしていてくれたということだろうか。
あぁ、なんて身に余るほどに光栄なことだろうか。しかし、そのことを本人に聞き返して確認する勇気もない。
彼との久々の戦場といえども、以前とは状況も異なる。お互いサーヴァントであるし、隻腕だったベディヴィエール卿の腕はアガートラムと呼ばれる疑似宝具が取り付けられていて、他の円卓の騎士にも劣らぬ力を得ている。
そして自分は――長い刻を経て、その魔術は成長を遂げ、より魔術師としての力を磨いた状態での現界を果たした。


「ベディヴィエール卿との戦い、以前とはまた違うものになりそうですね」
「ははっ、特に私は以前と大きく変わりましたからね。立香に聞きましたが、ナマエはキャスターとしての素養が強く顕れているとか」
「スキル自体はそうですが、一応セイバーです……!私も騎士の一人ですのでセイバーでありたくて」
「貴方の騎士道は変わりありませんね、ナマエ」


魔女なのではなく、彼と共に騎士として戦場を駆け抜けたことを誇りに思っているからこそ、セイバーのクラスであることを大切にしていた。そのことを、ベディヴィエールも理解していたのだ。
彼女はあの荒廃した戦場においても、誰よりも騎士として誇らしくあろうとした人なのだ。ナマエの変わらない所に安堵し、その佇まいの凛々しさも衰えることは無い。
やはり、楽しみだという感情は抑えきれないもので、気持ちが逸るのだ。その時、昼食を食べ終えたらしい立香が駆けつけてきた。


「ごめん、お待たせ!ベディもナマエも早いなぁ」
「いえいえ、気にしないでくださいマスター。お付き合いしていただき、むしろありがとうございます。その分、たっぷり素材の方を持ち帰りますので!」
「えぇ、あり過ぎて困るなんてことはありませんからね。ナマエはそういうのを見つけるのが上手いですからね」
「普段真面目に見えるけど凄く頼もしい……あ、エネミー数体と戦ってもらう予定なんだけど、大丈夫そう?」
「えぇ、問題ありません、マスター」
「私も行けます、マスター!」


その言葉と共にシュミレーターが起動し、周囲の景色は無機質な白い部屋から、中世フランスの街中のような景色へと変わる。

まさかこんな形で敵国だったフランスに来ることになるなんて、複雑な気分だ。目の前に現れたアマゾネス達の戦意は鋭く研ぎ澄まされ、今にも襲い掛かってきそうだ。
ちらりと前に控えるベディヴィエールを見ると、剣を構えて冷静に敵を分析し、頷いて合図をすると、剣を片手に駆けだした。

それに合わせてナマエも剣を掲げ、ベディヴィエールと自分に強化を施す。槍の扱いにも慣れていたベディヴィエールは剣で槍の軌道をずらして攻撃を弾き、一体ずつ確実に仕留めていく。ベディヴィエールを挟んで攻撃しようとする敵の動きに気づき、魔術を一旦中断したは剣を振りぬいて槍を弾き、サマーソルトで相手の体を吹き飛ばし、刃で体を一閃する。しっかりと素材を器用にくすねることは忘れず。


「ベディヴィエール卿!こちらは片付けました!」
「ありがとうございます、一掃しますので下がって下さい!」
「は、はい!」


ベディヴィエールの指示に、咄嗟には後方に飛び下がる。サーヴァントが所有する宝具を展開するのだろうか。しかし、生前は彼の宝具に当たるものを見たことが無かったから一体何をするつもりなのかと固唾を呑んで見守っていると、ベディヴィエールの腕が蒼く輝き、光り始めた。

「スイッチオン・アガートラム!」

ベディヴィエールの左腕が放った一閃は、残っていた敵を焼き尽くした。
以前の彼にはなかったそれの威力に、ナマエは呆然とする。その威力に驚いたのも勿論、常人の域ではないその宝具の威力に圧倒されて当然だろう。
光が弾けたと同時にエネミーは消滅していて、今回のシュミレーションは終わり、ベディヴィエールのサーヴァントとしての強さに目を丸くしながらも、我に返って彼に駆け寄る。


「お疲れさまでした、ベディヴィエール卿!その、腕は大丈夫なのですか?」
「えぇ、義手ですが宝具を使っても痛みはないですよ。ナマエ、その腕に抱えてるのは……何時の間に」
「エネミーが消える直前に奪っておきました!私の宝具は防御壁と強化なので、自分自身の攻撃力を発揮できないのは情けない限りです……」
「貴方は自分を過小評価しすぎですよ。戦場に於いて、それぞれ役目がある。貴方は私を最大限にサポートし、力になってくれたではないですか」


彼一人に負担が行ってしまったのではないかと表情を曇らせると、彼は首を横に振って諭すように語りかけてくる。この声音に心は不思議と落ち着いていく。不安に荒波が立った感情は収まり、平常心を取り戻す。

「お疲れ様でした、ナマエ」

ぽんぽんと頭を撫でる貴方の手が優しく、温かいことを知っている。
その顔立ちは女性と見間違うほどに美しいけれども、その体格や手の大きさは男性そのものだ。貴方に焦がれれば焦がれるほど、灯のような温かさは熱を持ち、炎となって自らを焼き尽くす。でも、それでいいのだ。

――自分は彼を慕っているのだと実感すると共に、以前の自分よりもその思いが膨らんでいることに気づき、自ら警鐘を鳴らす。
この感情を、表に出すわけにはいかない。だから、敬意を胸に、己の心の一部を殺す。

「光栄です、ベディヴィエール卿」

今の幸福を壊さないために、嘘を吐くのをお許しください。

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