虹彩に焦がれる純白
- ナノ -

水底に沈んだ献身の宛名

――それは昨日の出来事だった。
ベディヴィエールの補佐であったナマエがカルデアに召喚されたことは瞬く間にカルデア内に広がっていった。つまり、このカルデアに既に召喚されていたベディヴィエール以外の円卓の騎士、トリスタン、ランスロット、ガウェインの耳に入ったのだ。
彼らにとってナマエは同胞であっても対等な友ではなかったし、友の部下であったが、それでも同じアーサー王を敬愛して仕えた者として、特別な縁を感じていてもおかしくはないのだ。

円卓の騎士達の提案とベディヴィエールの厚意でナマエを歓迎する会が昨日行われたのだが。翌日、顔を真っ青にして立香の部屋に来たのはその張本人であるナマエだった。
腰に剣を携えて佇む姿は凛としていて、戦場に咲く一輪の花のような儚さ、そして気高さがあるのだが。どうも自分の上官にあたる円卓の騎士を目の前にすると、子犬のような印象だ。


「ナマエ、そんな疲れ切った顔をしてどうしたんだ?確か、昨日はベディヴィエール達と宴会をしてたんじゃ。二日酔い?」
「いいえ、いいえ。マ、マスター……こんなことあっていい訳がありません……ベディヴィエール卿とは確かに生前も何度か祝いのエールを共に飲みましたが……ランスロット卿らも皆揃っている円卓の中に私が混じっているなど、あまりに恐れ多くて!」
「あーなるほど……上司しかいない飲み会に一人だけ呼ばれると肩身狭いよね」
「それだけならば貴重な体験をさせて頂いていると割り切ることが出来たのですが、レディ・ファーストだと言ってグラスにお酒を注がせてしまった時はもう……あまりの恐れ多さに眩暈が」


自分は女性である前に騎士であるというのに、とすっかり血の気が失せてしまっているその顔を押さえているナマエに、大体の事情を把握して、納得出来る所もあった立香は気の毒と言わんばかりに「お疲れ様……」とねぎらいの言葉をかける。
騎士である以上、男と女という違いは無くなる。だが、戦場の外となると、特に女性に対して紳士的である彼らはごく当たり前のように女性を敬うのだ。騎士の同胞ではあるが、女性であるナマエにお酒を注ぐなど彼らには当たり前だったのだろう。だが、生真面目で上官である彼らに対しての敬意が強いナマエには卒倒してしまう出来事だったのだ。


「そんなに気にしすぎなくてもいいと思うんだけどなぁ。楽しめなかったって聞いたら、一番ベディが落ち込みそうだし」
「いえ、楽しくはありましたよ。トリスタン卿が上機嫌な様子で何曲も披露して下さいましたので!私はそれどころじゃなかったので酔うことはしませんでしたが。食事も歓迎会だからとベディヴィエール卿が用意してくださいまして、とても美味しかったです」
「え、ベディの料理……?それって味は美味しいけど触感が微妙なあれじゃ」
「マスター、栄養はゲテモノ肉でも変わりません!」
「で、出た!円卓、アーサー王語録!」


キャメロットでの旅で聞いたベディヴィエールの発言をまさか彼女からも聞くことになるとは思っていなかった立香は、彼女も間違いなくアーサー王に仕えた騎士なのだと実感する。というよりも、ベディヴィエールの教訓が彼女の中で当たり前のものとして基準になってしまっているのだろう。
一体円卓の食事事情はどのようなものだったのか気になるが、ベディヴィエールの料理でさえ面食らったほどなのだ。決して体験はしたくない。


「まさかナマエも料理の腕前……」
「い、いえ。私はマッシュやすり潰してこねてドーン!などは致しません!一応美味しい味付けというのは学んでいます。あ、食材に拘らないことは別ですよ」
「円卓とその周りって」


一体どうなってるんだと言いかけた所で言葉を呑み込む。生真面目に見えるが、こういうノリの良さに関してはやはりベディヴィエールの部下たる素養なのだろうか。
召喚されたその日、円卓の騎士が揃っている事に慌てふためいていた彼女だが、案外あのメンバーの中に馴染んでしまっている上に、円卓の内部事情に詳しくない人間からすると、寧ろ彼らと同じ匂いを感じるのだ。


「ナマエが逃げた時は俺もどうしようかと思ったけど、案外楽しんでるみたいでよかった」
「……ええと、その節は申し訳ありません……マスター。此度の召喚に、私は感謝をしているのです」
「ベディヴィエールと会えたから?」
「えぇ、それは一番の喜びです。しかし……円卓の騎士の皆様が共に談笑している姿を再び見られたことが嬉しいのです。……悔恨はあれど、因縁はあれど。再び彼らが共に肩を並べて主に対して忠誠を誓い、剣を掲げる……本当に、夢のような光景なのですよ」


それは二度と叶うことは無いと思っていた光景だったのだ。

ナマエは、あの終焉を悲しみながらも受け入れていた。
トリスタンがアーサー王に対して「王は人の心が分からない」と告げてキャメロットを去ってしまったことも。
ランスロットが王妃であるギネヴィアと駆け落ちし、彼に兄妹を殺されたガウェインが私怨を忘れることが出来ず、その結果、アーサー王の危機にランスロットが駆けつけようとするも間に合わなかったことも。
そしてランスロットとの戦いで深手を負ったガウェインが反逆の狼煙をあげた息子のモードレッドによって倒されてしまうことも。

全て、歯車が噛み合わずに軋み、そして最悪の結果へ――ブリテンの崩壊へと繋がった。
だが、ナマエはその結末に抗う術もなく、守ることも出来なかったことに対しての悔いはありながらも、そのことで円卓の騎士である彼らを恨んではいなかった。それは叛逆の騎士、モードレッドに対してもだ。
全員がおよそ自分には想像できない葛藤と苦悩があった末に、それぞれが行動したのだとナマエは理解していたからだ。人である以上、感情赴くままに突き動かされる時は当然あるのだ。
騎士たちが笑うことが無い、自分たちと同じ人ではないとと何処かで恐れていた、あのアーサー王にだって。

取り返しのつかない滅びに、それぞれが後悔や罪悪感、わだかまりや贖罪の念を抱いているが、それでも彼らは共に同じ空間で昨日、笑っていた。その場面に立ち会えただけでも、いかに幸福なことか。


「だから、マスター。私を召喚して下さり、ありがとうございます。心からの感謝を再度お伝えします」
「なんか照れるなぁ……」
「出来る限りの恩は返したく、この剣はマスターに捧げます。あ、残念ながら私は一般兵二人分の力しかなく、魔術で誤魔化しているだけなのですが」
「凄く嬉しいんだけどさ、ずっと気になってたんだけど、魔術師でもあるってどういうことなんだ?」
「え?えぇ……別に、マーリン様に比べると大した力ではないのですけど、私を身籠っていた母が精霊に受けた加護が、私にも作用して魔術を使えるというだけのことなんです」
「へぇ〜、だったらキャスターとして召喚されてもおかしくなかったってことか。あ、でもスキルは正直キャスターっぽいよなって思ってたんだ」
「ええっと……確かにキャスターの適性もありますが、やはり騎士としてあの戦場を駆けたという日々を大切にしたいので、セイバークラスとして現界しました。ですがその……スキルがやはりクラス詐欺のようであることだけはすみません!」


ナマエが得意とする戦い方も、剣を使って接近戦を行うこと以外は他のサポートに特化しているキャスターのサーヴァントに寄っているし、宝具も攻撃よりも回復に寄っている効果であることを考えると、やはりベディヴィエールをサポートしていた補佐だったからこそなのだろう。
厳密に言えば、ベディヴィエールの力を最大限に発揮できるような、噛み合ったスキルを持っている。そういった意味でも、やはり戦術や相手の癖を分かっているパートナーとして共に戦ってもらえば、その力は互いに十二分に発揮されることだろう。


「あ、ドクターが言ってたけど、今度ベディとナマエでシュミレーションをするつもりだって。伝え忘れてたや」
「なっ、べ、ベディヴィエール卿とですか!?」
「もしかして、嫌だった……?」
「そうでは、なくて……」


再び巡り合い、彼に忠義を尽くすという願いとは別に、まさか再び共に剣を取りあって共闘出来る日が来るなんて。聖杯に願わずとも、悲願だったささやかな願いがこんなにも叶っていいものなのだろうかと狼狽えてしまうのだ。
彼にとっては懐かしい同輩と再び共に戦う、それだけのことである。

けれどナマエにとっては、すべて意味のあることだったのだ。


一方、別の部屋では先日は酒に酔っていた筈だが何事もなかったかのように涼しい顔をしているトリスタンと、彼とは砕けた仲であるベディヴィエールが談笑をしていた。他の円卓の騎士は同輩であるが、トリスタンはベディヴィエールにとって対等な友だった。
少々変わっている所も多いと言われるトリスタンだが、ベディヴィエールは彼の扱いを最も分かっていると言えよう。
会話の話題は、主に先日召喚されたばかりのナマエについてだった。


「まさか貴方の補佐であったナマエも召喚されることになるとは。運命というものは分かりませんね」
「えぇ、私自身もまさか召喚されることになるとは思っていなかったものですから、巡り合いというのは数奇なものです」
「私たちへの畏まった態度は相変わらずでしたが、貴方への接し方も相変わらずでしたね。揺るぎない忠義を示す女性に一途に慕われ続ける……何故そこに過ちが生まれないのか」
「冗談を、トリスタン。貴方が言うとジョークでは済みません。ですが、力も劣っていた私を最後の最後まで信じて仕え続け、今もこうして慕われていることは本当に幸せなことだと思いますよ」


周りの華々しい逸話残る円卓の騎士に比べて、特別秀でた能力というものは残念ながら持ち合わせていなかった。だが、超人である彼らでは取りこぼしてしまうような民の意見や心を知る視点を持つ、観察力に優れていた。とはいえ、実力に関して引け目を感じているのは事実であり、彼らのように大軍を率いる将ではなく、王の執事役だ。
そんな自分を、古くから支え続けてくれていたことに、ベディヴィエールは感謝をしていた。


「ですが、彼女を私の補佐に縛り付けるのは申し訳なく思うのですよ。それに、もう願いは叶ったものだと、気になることも言っていましたし」
「……本当に、彼女の真の願いは叶ったのですかね」
「え……?」
「いえ、少々不思議に思っただけです。それに、補佐に縛り付けているのではなく、それが彼女の騎士としての在り方だったというだけではないでしょうか」


――私たちと、同じように。

トリスタンの言葉に、ベディヴィエールは瞳を閉じた。ガウェインや自分がアーサー王に対しての変わらぬ忠義を第一に掲げているように。トリスタンが王に対する不信と忠義の狭間で今もなお罪悪感を抱いているように。ランスロットが王に対する不義と愛と忠誠心で葛藤しているように。
彼女はアーサー王への忠誠心とベディヴィエールに対しての忠義を当然のように軸としているだけなのだ。
あぁ、つまり。似た者同士である、それだけのことなのだ。

しかしやはり気になるのは、彼女が抱いていたという願いだ。彼女は召喚された時点で、叶ったようなものだと言っていた。本来ならば召喚されることが無い身が故に、召喚されたこと自体が奇跡であるという意味だと思っていたが。
だが、彼女が今回の召喚でも自分のような人間に忠義を捧げて、その為に剣を掲げるのは、非常に勿体ないとも思ってしまう。

彼女は時として戦場を駆ける騎士であり、女としての道を歩まなかった。
見目麗しく、多くの騎士に尊敬をされていたのにも関わらず、生涯独り身を貫き、カムランの丘の戦いが終わった後も生涯ひっそりと静かに一人暮らしていたことだけは、修道院に入ったベディヴィエールも知っているのだ。

「……私が叶えてあげられる願いは、何かないのでしょうか」

永い時を経ても慕い続けてくれる君に、感謝の想いを込めて何か一つでも彼女のために出来る事をしてあげたいというベディヴィエールの純粋な願いは。
ナマエにとってはあまりに美しくも尊く、そして残酷なことだったのかもしれない。

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