虹彩に焦がれる純白
- ナノ -

月は満ちて揺れるブランコ

貴方は言った。
自分を円卓の騎士でも実力が足りていないと。
自分は罪を犯してしまったから忠節を貫くために旅に出なければならないのだと。

私は止めなかった。止められなかった。それこそが彼の芯となっている信念であり、揺らがぬ忠誠心だと理解していたからだ。
そして彼の信念を尊重することこそが、私の彼に対する忠誠心であったからだ。例え、共にその旅に赴くことは出来なくても――彼を一人残して先に逝ってしまうとしても。
騎士たるもの、友や部下との別れも受け止める覚悟は出来ているし、自分という存在が彼の気がかりとなることは有り得ない。
だからこそ、身勝手にも、彼の無事と果されるべき忠誠心が報われるその時を願って思いを馳せることを。好意を勝手に抱き続けることを。

許してほしかった。


――グランドオーダー・神聖円卓領域 キャメロット。西暦1273年のイエルサレムでの出来事。
彼は、特異点での自分を覚えてはいない。生身の人間として生き続けて、1500年を旅した彼は特異点消失と共にその記憶も失われた。その行いが何を成すこともない、長き旅であったことは彼にも分かっていた。
だが、あの獅子王に対しては確かに意味のった行為であり、特異点でしか存在しえなかった彼女は彼の忠誠心によって救われたのだ。それこそが、アーサー王に仕える忠節の騎士、ベディヴィエールの揺らがぬ忠節だった。

その最期を見届けられずとも、彼の旅の無事を祈った者が居た。
孤独な永き旅の果てに、彼の王への忠誠心がいつか報われることがあるように願い続けてブリテンの地に眠った者が居た。
ベディヴィエールに対しての忠誠心を貫き、静かに目を閉じた者が居た。
本来ならば、きっと二度と出会うことは無かったはずの両者ではあるが、その世界は消えてしまったものの女神となった彼女の計らいであろうか。

それは、あの旅がなければあり得ることは無かった再会だろう。
奇跡なんて都合よく存在しているものではない。だが、感謝の念を込めて、その巡り合わせを奇跡と呼ぶことは、許されるだろう。
遠き地のアヴァロンより、君達の再会が生み出す物語を楽しみに見させてもらうとしよう。イフの世界で送り出した人間として。


――第六特異点の消失と共に、吹雪に覆われた人類最後の砦であるカルデアには暫しの平穏が訪れていた。
例えば、オジマンディアス王が召喚されて、既に召喚に応じていたギルガメッシュと常人には理解しがたい黄金同盟なるものを築いるように。
例えば、ガウェイン卿が召喚されて、キッチンの警備が厳重になったように。
例えば、ランスロット卿が召喚されて、マシュとの距離感に悩みながら何とか声をかけようと日々努力しているように。
そして例えば――本来ならば英霊の座に召されることのなかったベディヴィエール卿が召喚されたように。

シュミレーターを使った訓練のためにベディヴィエールと行動を共にしていた立香は、ドクターが呼んでいるという知らせをマシュから受けて、駆け足で管制室へと向かった。緊迫した雰囲気ではなかったから、恐らく特異点に関する情報ではないだろう。
だとしたら、他の円卓の騎士や、あの特異点で出会ったサーヴァントたちが更に召喚に応じてくれたのではないかという期待も高まる。管制室を訪ねると、ロマンは笑顔で立香、マシュ、そしてベディヴィエールを出迎えた。


「立香くん!」
「どうしたんですかドクター」
「あぁ、聞いてくれ!新しい霊基が登録されたんだ。つい先日、君……ベディヴィエール卿が召喚されただろう?多分、それの連動なんじゃないかと思うんだけど」
「私が召喚されたから……?一体どなたでしょうか。あの特異点には居なかった円卓の騎士まで、召喚に応じたということなのでしょうか」
「うーん、そうでもないみたいなんだが。召喚を立香くんにも見届けてもらおうと思ってね」
「それは勿論!」
「次はどんな方がこのカルデアに来るんでしょうかね、先輩」


皆の期待が高まる中、ロマンが召喚用の装置を起動させる。眩い光が視界を覆い、一人のサーヴァントを形作る。サーヴァントを召喚する際の膨大な魔力の波動とは別に――ベディヴィエールはふわりと鼻を掠めた懐かしく優しい薔薇の香りに目を開く。
この香りを、気配を、違える訳がない。
彼女は。

眩い光が止んだと同時に、そこに現れたのは一人の女性だった。風貌はベディヴィエール達円卓の騎士のように甲冑を身にまとった騎士で、顔立ちは西洋。光に照らされて髪が輝く。
甲冑を着ていても、線の細さが分かる。凛とした佇まいの中にもしなやかさがあるような印象を受ける女性だった。
そんな彼女を見て、言葉を失ったのはベディヴィエールだった。
まさかこうして1500年もの時を経て、このようなタイミングに再会することになろうとは。


「初めまして、マスター。私はブリテンの騎士が一人……」


マスターとなる立香を捉えたその女性は綺麗に、花のように笑い、丁寧に敬礼をして彼に挨拶を述べようとしたのだが、マシュの後ろに控えていた彼の姿に目を留め、言葉を呑み込む。

あぁ、どうして彼が、ここに。
もう二度と出会うことは叶わないだろうと諦めていたからこそ思いを馳せていた貴方が何故。
ベディヴィエールが手を伸ばすよりも先に、彼女は弾かれたように管制室への扉に向って駆け出して、ベディヴィエールの顔を見ないように深々と頭を下げて「ご無礼は後程お詫びします、マスター。少々整理する時間を下さい」と早口で告げると、そのまま管制室を出て行ってしまった。

急転直下の出来事にマシュと立香はぽかんと口を開けていたが、ベディヴィエールは伸ばしかけた手で堪えるように拳を握る。どうしたらよいものかと困惑する嫌な空気を変えようと口を開いたのは気まずそうに彼らを見るロマンだった。


「えーっと……触れてはいけないことを聞くかもしれないけど。ベディヴィエール卿、彼女とは知り合いかな」
「……はい。彼女は円卓の騎士ではありません。ですが、円卓の中では最も実力の劣っていた隻腕の私を支えてくれていた腹心の部下であった、ナマエと言います」
「ベディヴィエール卿の部下の方、ですか」
「ううん、益々分からないな。伝記の一文一文に目を通してないから申し訳ないけど分からないが、もし万が一伝承に名前が刻まれているとしても、正直知名度や功績のことを考えるとサーヴァントとして呼ばれる可能性は無いに等しい。……けど、そうだ。零ではない。彼女にも英霊の座に登録される位の出来事があったのかもしれない」


あり得ないことだと思っていても、第六特異点での旅があったからこそベディヴィエールは英霊の座に召されて召喚されるようになったのだから、第六特異点での歪や、ベディヴィエールという存在によって彼と近しい者に何らかの影響が出てもあり得ない話ではないのだ。
計らずしも第六特異点が発生するきっかけとなってしまったベディヴィエールの傍に居たという人物が召喚されることになったとしても、今更あり得なかった筈のことで狼狽えている場合ではないのだ。


「けど、どうして彼女はその、逃げてしまったんだい?もしかして君たちは険悪な仲だったのかい?」
「いえ、そうではないはずなのですが……生前の私が不甲斐なかったことは自覚していますが、それでも彼女はこんな私に忠誠心を抱いて付き従ってくれました。……召喚早々、上司に会うというのは嫌なものなのでしょうか」
「想像以上にベディヴィエールさんが落ち込んでいます先輩!」
「忠誠を誓っていた相手と会えたら、寧ろ喜びそうな気もするけどなぁ。どうしてだろう。取り敢えず、俺が追いかけてみるよ!マシュとベディはここに居て!」
「わ、分かりました!」


ナマエを追いかけて管制室を後にした立香に任せるとしても、あまりの不甲斐なさにベディヴィエールは肩を落とす。
自分がアーサー王に会えたならば、確かに喜びを抑えることは出来ないだろう。
英霊となった今でもアーサー王への忠誠心は変わることは無い。彼女もそうであって欲しいなんて、自分の我儘ではあるが、先程の反応を見ると自信がなくなってくる。

目を閉じると、キャメロット城の栄える豊かなブリテンと、荒廃したカムランの丘が瞼に浮かぶ。
彼女はあのカムランの戦いを経ても生き残った騎士で、騎士として最後の最後までアーサー王の勢力として、そして自分の補佐として付き従ってくれた忠誠心に厚い騎士だった。
そんな過去があるからこそ、ベディヴィエールは彼女との再会を喜んだ。上司と部下という関係ではあったが、同僚としてフランクに付き合っていたトリスタン達とは違う信頼関係があり、砕けた仲だったと思っていたのだが。

――彼女を置いて一人呪われた戦場を抜けて、アーサー王を清らかな森へと連れて行ったからだろうか。
白銀の甲冑とその白い肌に誰のものかも分からない赤を散らしながら、彼女は剣を地面に突き立ててそれを支えにして立ち、息を切らしながらも、ブリテンの崩壊と共に騎士としての役目を終えることを感じ取ったのか、ベディヴィエールに敬礼をしてこう告げたのだ。
「貴方の下に仕えられたことを、誇りに思います。忠節はアーサー王に。敬愛と忠誠は貴方に、ベディヴィエール卿」と。彼女はそう言って自分を送り出してくれた。あの死が蔓延する戦場において、生き残った者をまとめあげた。

あの戦場において、あの最後の瞬間において、彼女はあまりに気高く、輝いていた。返り血を浴びながらも、穢れるどころか薔薇の花弁のようにさえ映った。あのブリテンに於いて、語り継がれるような名声はなかったかもしれない。だが、揺らがぬ忠誠を胸に戦った女性だったのだ。


「あの……ベディヴィエールさん。私は、彼女を知りません。けれど、私に宿る霊基が、あの方を知っていると言うのです」
「えぇ、彼女は確かに円卓の騎士のように無双の騎士ではありません。しかし、宮廷の執事役とも言われた私の傍に居ることも多かったものですから、彼女と顔見知りの者は多いのですよ。立場というものもあるので、円卓の騎士と会った時も彼女は常に畏まっていましたが」
「そうですか……ベディヴィエールさんに対してもそうだったんですか?」
「え?えぇ、畏まっていたとは思いますが、それでも彼女の中では砕けた態度だったように感じるのですが」
「なるほど、信頼関係があるのですね」
「……はい」


優しく微笑んだベディヴィエールから感じられる確かな信頼感に、マシュは特異点でのキャメロットでは見られなかったベディヴィエールの新たな表情を見られたような気がしたのだ。

一方、管制室から逃げ去ってしまったナマエを追いかけて、立香は廊下を走って彼女の姿を探していた。時間を考えると、少し遠くまで逃げ去っていてもおかしくはないかもしれないと思い、管制室から少し離れた場所に居たサーヴァントや職員に白い甲冑を身にまとった女性を見かけなかったか聞いてみるのだが、誰もが首を傾げる。
幾ら霊体になっているとはいえ、こうも誰も見かけていないとなると、もしかして実は管制室から離れていないのではないかと推測した立香は管制室の方へと戻り、近くに在る扉を一つ一つ確認していく。
そしてある一つの部屋の扉を開けた時、彼女はそこに居た。ただ、椅子にちょこんと座って身を隠すようにマントを頭からすっぽり被って「どうしよう」と頭を悩ませている姿は、顔立ちや印象とは反対で、迷子の子供のようだと立香は噴き出す。
人が来たことに漸く気付いたらしいナマエが振り返り、びくりと肩を震わせて反動で立ち上がり、取り乱した様子で立香に駆け寄る。


「こ、ここはどうなっているのですかマスター!?ベディヴィエール卿だけではなく、通路の先にランスロット卿とトリスタン卿が居て……!あ、あまりの驚きに、ついこんな所に隠れてしまいました……」
「あぁ、なるほど。あははっ、だからこんな所に隠れてたんだ。確かに、今のカルデアには円卓の騎士が沢山居るからなぁ。あ、ガウェインも居るよ」
「なっ……!?……ここは不思議な縁と巡り合わせのある場所なのですね。カルデアと言いましたか。彼の騎士たちが召喚に応じているということは、貴方たちは正しいことをしているのでしょう」


同郷の、上司にあたる騎士たちが呼ばれていることに驚きが隠せなかったが、それだけ多くの忠義に厚く、義を重んじる騎士たちが召喚に応じているということは、カルデアで為されている人理修復は世界中の人々を救う正しいことに違いないのだ。現代の知識は、召喚される際にある程度インプットされている。
だから現在、人理が崩壊していて、このカルデアが唯一生存者が残る場所であり、人理修復のために奮闘しているのだという表面的な知識だけはある状態だ。
そして、その重荷を一身に背負うのが、この純朴な、何処にでもいそうな普通の青年である藤丸立香という青年なのだろう。だというのに、その責務に押しつぶされるのではなく、笑顔で未来を信じて今日を生きようとしている輝きに満ちた青年だ。


「ごほん。大変失礼しました、マスター。改めまして私はブリテンの騎士、円卓の騎士の一人、ベディヴィエール卿の補佐であったナマエと申します。以後宜しくお願いします」
「あぁ、宜しくナマエ。俺は藤丸立香。……ベディとは、会えそう?」
「……すみません、気遣わせてしまって。えぇ、少し驚いて取り乱してしまいましたが、整理も付いたので大丈夫です。補佐を務めてきた私は魔術師としての力も半端、騎士としての力も半端な半人前ですが、マスターの力となりましょう」


騎士であるのに魔術師とは一体どういうことだろうかと首を傾げたが、6世紀辺りの時代はまだ魔術師の存在もあったのだろうし、彼らの一部が剣を取ることもあり得るのだろう。戦闘能力に関しては他のサーヴァントに劣っているに違いないが、それでも生き延びた生命力や他の騎士にはない魔術が多少なりともあるから、役立たずではないだろう。

立香に連れられて、ナマエは再び管制室へと戻ってきた。
そこに居たのは安堵した様子のロマンとマシュ、そしてナマエの記憶に焼き付いている青年の姿、ベディヴィエールだった。
あの時と変わることのない姿に、胸の奥が熱くなる感覚を覚える。本来ならば、どちらも英霊の座に呼ばれることもなく再び出会うことも叶わなかった筈だった。サーヴァントの願いを何でも叶える聖杯があるとしても、今のナマエに願うことは何もなかった。彼と再会を果たし、再び献身を捧げることがナマエの望みだったのだから。
ナマエは膝を付いて、ベディヴィエールに改めて挨拶をする。


「申し訳ありませんでした、ベディヴィエール卿。先ほどは取り乱して無礼を……」
「いえ、顔を上げてください、ナマエ。あっ、あと立ち上がって下さい!そんな、今は互いにサーヴァント同士なのですし、何時も通りに肩の力を抜いてもらって構いませんから。ほらっ、立香達も驚いていますし」
「何というか……ベディがアーサー王にしてるイメージが強すぎて、される方っていうのがあまり結びつかなくてさ」
「そうですか?ベディヴィエール卿は円卓の騎士の一人ですし、慕う騎士も数多く居ますから私にとっては当たり前のような光景でしたが……」
「ベディヴィエールさんの新たな一面を見た気がします……!」
「な、なんだか少し恥ずかしいですね……」


アーサー王の臣下であり、忠節の騎士である彼が反対の立場にある状況はやはり新鮮すぎて、マシュと立香はひそひそと興奮した様子で会話をする。しかし、ベディヴィエールには聞こえていたのか、照れくさそうに顔を押さえる。


「君には分からないかもしれないけど……どうして今回召喚に応じてくれたんだい?」
「そうですね……ベディヴィエール卿が英霊の座に召された直後、『その人生を賭けた忠義は大儀であった』という声が響いたと共に私も召されたことだけは、覚えています。私にも願いがありましたから、千載一遇のチャンスだと思いました」
「願い?やはり君も何か聖杯に願いがあって、召喚に応じたのかい?」
「いえ……聖杯に願うような願望ではありませんでした。けれど、もう果されたようなものなので……私は自らの願いを掲げながらも、マスターの力となりたいと思います」


彼女が一体何の願いを持ってこの召喚に応じたのか、ベディヴィエールにも分からなかった。アーサー王は未だこのカルデアには召喚されていないから、彼女が王に再会することは叶っていない。だが、そもそもサーヴァントになることは無かった彼女だからこそ、召喚されたこと自体が喜ばしい事なのだろうか。
今日初めて砕けた表情で微笑んだナマエは「私の願望の話はいいんです」とやんわりと話題を逸らす。


「貴方が来てくれたなら、私も十分に力を発揮出来るでしょう。頼りにさせて頂きます。あっ、ですが、私だけに仕えなくても結構ですからね!?サーヴァントとした召喚されたのですから……」
「しかし、ベディヴィエール卿。私は、こうしてサーヴァントとして呼ばれた今も変わらず……貴方への、忠誠を誓っておりますから」
「ナマエ……」


そして再び敬礼をして、ナマエは花のように笑う。貴方と出会った時点で、最大の願望は果されたのだから。
だから、身勝手にも抱いていた感情は、決して願望ではないのだ。


「貴方に再び巡り会えたことを光栄に思います」


――この想いは、閉じ込めて。
湖の底に深く深く鎮めこんで。泡沫の夢として弾けてしまうものだとしても、忠節を貫けるのであれば、あの日の夢の続きはみられるのだ。
ベディヴィエールに対して最大の敬意を払い、そして出会うことが出来た奇跡をただ噛み締めるのだった。

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