coral
- ナノ -

ポラリスの惰眠

光を、微かに感じる。

未だまどろむ意識の中、重たい瞼をそっと開けると白い無機質な部屋が視界に映る。ブランケットを掛けていたようでとても暖かく、その気持ちよさに身を委ねてしまおうかともう一度目を閉じようとしたのだが、違和感に気が付いて瞼を持ち上げる。

そもそも、私の部屋はこんなに白かった?

がばっと飛び起きて周りを見ると、そこはファクトリーのフロアだ。自分が座っているのはソファで、ブランケットを掛けてもらったようだ。あぁ、昨日ネジキ君に待っているように言われてソファに座って待っていたら寝てしまったんだ。
随分と眠り扱けてしまったし、もう朝なのだろう。

何て事をしてしまったんだろう、ブランケットを握ったまま呆然としていると、横で物音がした。咄嗟にそこを見るとネジキ君が机に突っ伏したまま寝ていたようで、私が動いたのに気が付いたのか薄ら目を開けていた。


「おはよーございます……」
「お、おはようございます……じゃなくて、ネジキ君そこで寝てたの!?しかもブランケットも掛けないで……っ」
「え?……あー、気にしないで下さい、部屋でも作業してたらこんな感じで寝ることありますからー」


眠たそうな目を擦って立ち上がり、ネジキは背伸びをする。
そんな姿勢で寝てたら全身痛くなるってば。大分慣れてきたとはいえ仮にもここは職場だ。職場のフロアのソファで寝てしまうなんて最悪もいい所。おまけに上司であるネジキ君に優先されてブランケットを掛けられているじゃないか。


「アズサこそ大丈夫ですか?家の人とか心配してるんじゃ」
「家には私一人だからいいけど……」


煩く言ってきそうな人が二人ほど居る。最近はスイクンに逃げられているからかミナキがエンジュシティに居ることが多く、比例するかのように私の家を訪ねる回数が増えている。一日一回以上は来ているのではないかと思うほどだ。
ミナキが私が帰って来ていないことに気が付いてマツバに報告なんてされたら。あぁ、面倒だ。マツバこそ夜中家に居ないで修行とかしてたりするのに私には煩く言うんだから。


「昨日の夜、アズサが寝た後にアズサ宛てにメールが来てたんですよー、これ」
「これ……?あ、局長……!」


ネジキに指差されたパソコンの画面を見ると、元上司のラジオ塔局長からのメールが届いていた。こうして送ってきてくれる位だから、彼は私をクビにしたつもりではないのだろう。良心的な人だけど、素直に褒める事が出来ない。


―――アズサ君、元気かな?
バトルフロンティアで頑張っているみたいだね、私としても嬉しいよ!やはり君を選んで正解だったみたいだ。
頑張ってくれている所悪いのだが、明日ラジオ塔に来てくれないだろうか?色々と話をしてもらいたくてね。こんなに頑張ってくれてる人が居るとラジオ塔で働いている職員達にもいい影響になると思うんだよね!
それじゃあ、よろしく頼むよ!


「……明日って、今日じゃない…、ネジキ君、今日の仕事は」
「別に構わないですよー」
「ありがと、」


う、と言い終わる前に机の上に乗っていたポケギアが鳴った。恐る恐る画面を見ると、そこにはマツバという名前が表示されていた。
手にとって嫌々ながらも通話ボタンを押すと、器械越しに何時もより若干低い声が聞こえる。


『昨日は帰ってこなかったそうだね、ミナキ君が心配してたよ』
「あの……疲れてこっちに泊まってしまい、まして……」
『……頑張るのはいいけど、アズサはまだ未成年だからね?』
「未成年の時からマツバは夜中にスズねのこみちに行ってたような……」
『僕はいいんだよ』


こんなの理不尽だ。
確かにマツバは修行している身だし、霊感も人一倍強いから夜中に修行した方がいいのかもしれないけど。一言目には危ないから、二言目には女の子だから、だ。マツバ達が心配する訳も何となく理解はしてるけど。


『でも、バトルフロンティアに居たみたいでよかったよ。最近は、色々と物騒らしいからね……ロケット団っていうのが動いてるみたいだし……』
「ロケット団、……ギンガ団みたいな集団かな。マツバも心配してくれてありがとう」
『まったく、心配をかけないでもらいたいよ。ミナキ君に騒がれる僕の身にもなってほしいよ。それじゃあアズサ、僕もジムがあるから……』
「あ、うん。わざわざありがとうね」


でもやっぱりマツバは優しい。怒りながら何だかんだ忙しい中気遣ってくれる嬉しさが自然と表情に出ていたのか、ネジキ君は不思議そうに首を傾げた。


「今の人は?」
「歳は少し離れてるけど私の幼馴染でエンジュジムのジムリーダーなんだけど……分かるかな?」


エンジュジムのジムリーダーといえば、ゴースト使いのマツバだっただろうか。ジムリーダーが故に有名だし、それ位は知っている。
忙しい中アズサに電話を掛けてくる位だからかなり仲がいいのだろう。アズサが嬉しそうな顔をしていたのも納得できる。

けど、なぜだろうか。
胃の辺りがむかついて、凄くいらいらする。

アズサに親しい友人が居るのは別に特別なことではない。けど、その人とは昔から仲が良くて、お互いを知り合っていて。僕が彼女と接してきた時間が本当に短い物なのだと実感する。まるで僕の知らない彼女が居るみたいで。

そもそも何で自分はこんなにいらいらしているのか、それを考えると分からなくてまたいらいらして。


「ネジキ君?」
「……何でもないですよ」
「だって、」
「何でもないって言ってるじゃないですか」


冷たく吐き捨てるように言ってしまい、アズサは驚いたように目を開き一瞬悲しそうな顔をしたが、直ぐにきっと睨みつけるように僕を見てくる。初日に僕の部屋の扉を爆破した位だ、温厚ではないのは分かってる。


「不満があるなら言ってよ。大体、ネジキ君が何を怒ってるか分からない……」
「その幼馴染に常に心配されてるようじゃ世話ないですよね」
「っ……、ネジキ君には関係ないでしょ!?」


ネジキの嘲るような言い方に頭に血が一気に上がるような怒りを感じ、声を張り上げた。そのまま逃げるようにフロアを飛び出して、スタッフルームから出たと同時に唇を噛み締めて、込み上げてくる様々な感情を押さえ込んだ。

なんで、どうして?訳が分からない。

まさかネジキ君にこんな事言われるなんて思わなかった。何時もは穏やかで、優しくて。余程機嫌が悪かったのか私が悪いことをしたのか、ネジキ君の口調は非常に冷たいもので、嘲るような物だった。
怒りを感じたと同時に、悲しさで胸が痛い。ネジキ君に言われたという事実が何よりも辛かった。


正体の分からない苛々に任せて、アズサにぶつけてしまった。
僕には、関係ないか。依然として苛々は収まる気配がない。確かにアズサの昔を知らないし、私生活も知らない。バトルファクトリーに居る時の彼女しか知らないのだから、関係ないといわれても仕方がないが。

いらいらする。
アズサにこの原因が分かる訳がない。だって、僕にも分からないんだから。
身勝手な感情でアズサを傷付けたのだと思うと、少し胸が痛んだ。

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