coral
- ナノ -

鈍感罪

「アズサ、一つ聞いてもいいかな」
「なに?」
「自分の趣味以上に、誰かと居る時間を優先することってある?」


レンタルポケモンの今日のコンディションをパソコンで記入していたら、突然同じフロアに居たネジキに質問される。
ネジキはこのフロアに来てからはずっと黙り込んで、自作らしい機械を先程まで弄っていたのだが、パソコンから目を離して彼に視線を移すと完全に集中力が切れているようだった。


「うーん……時と場合かな。どうしても一人になりたい時だってあるし。でも、誰かと一緒に居る時間だって大切だからそっちを優先することが多いかも」
「……そーなんだ」
「というか、何でそんなこと?」
「いや、別に気にしなくていーですよ」


最近、圧倒的に多かった一人で居る時間が減ってきている。部屋に居る時間が一日十何時間、それを一週間続けても何の苦も無かった。
むしろ、その方が時間を有意義に使えると思っていたから特に改善する必要性も感じていなかったし、正しいとさえ思っていた。

でも、最近は違う。以前と変わらずファクトリーヘッドとしてポケモンに関する知識は毎日のように身に付けているけれど、それ以外の時間、主に機械弄りなどといった時間は極端に減った。というより、無くなったに近いかもしれない。
どうしてこうも自分が変わってきたのか不思議でたまらなかったけれど、アズサの言う通り誰かと居る時間を楽しむようになったのだろう。

その誰かが、偶然、アズサなだけであって。

それでこの疑問が解決した筈なのに、いまいち納得できなかった。何故こんなにも胸のわだかまりが生じているのか。ネジキには分からなかった。


「ネジキ君?」
「……、はっきりしないことがあるって嫌な気分だなー」
「分からない事あるなんて、珍しいね?……あ、」


パソコンの画面の端に移っていたモニターにはバトルフィールドに設置されているカメラの映像が流れており、挑戦者のバトルを何時でも見ることが出来る。
その画面に映っていたのは、二十試合目をしている挑戦者と見覚えのあるレンタルポケモン達。これに勝ったら、次の対戦相手はファクトリーヘッドだ。


「ネジキ君、もしかしたら次出番かもしれないよ」
「どうもそうみたいだね」


立ち上がり、ネジキは腰に付けているバックから例の自作の機械を取り出す。電源を押したのを見て興味本位で覗き込んでみると、挑戦者の現在の手持ち、そして相手の手持ち三匹が画面に映し出されていた。
ブラッキー、ブーピッグ、カイリュー。中々バランスが取れているようにも思えるけど。と言うより、挑戦者の手持ち知ってていいんだ。


「アズサも見に来る?」
「……!い、いいの!?でも時間ある?まだネジキ君、手持ち準備してない……」
「もうどの三匹にするかは決まってるからいーですよ」


ネジキはレンタルポケモンが保管されている部屋に行き、迷うことなく三個のボールを手に取った。位置的にはモルフォン、ブーバーンそれからスターミー。
モルフォンとスターミーは分かるとして、どうしてブーバーンなんて選択するんだろう。

丁度バトルフィールドの部屋の下にある階段を下りていくネジキにふと尋ねた。


「どうしてブーバーンにしたの?相性を考えるとあまり良くないような……」
「挑戦者が勝った時、多分相手のストライクを自分の物にすると思ったんだよ。こっちは一匹目を明かすから、モルフォンを見た時絶対にブーピッグを変えてくるだろうからね」
「……すごい」


やっぱり、バトルフロンティア最難関といわれるバトルファクトリーのヘッドなだけある。むしタイプに弱いポケモンを二匹持っていれば、当然一匹変えてくる。能力値や技的にブラッキーではなくブーピッグを変えてくると思ったのだろう。モルフォンはひこうに弱いから、つばめがえしを持っているストライクに。
相手だって、なるべく弱点を三匹で無くそうと調整してきてる筈。なのに、その少ない弱点すら付くなんて。

たどり着いたのは何故かバトルフィールドのトレーナーが立つ位置、の真下。リフトがあるけれどこれで登場するのだろうか。
そんなことをぼんやり考えているとネジキ君は、何時か私が扉を爆破する際に使った爆竹を取り出した。


「え、まさか」
「楽しめるといーけどなー」


楽しそうに笑い、ネジキ君は爆発音と共にバトルフィールドへと上がっていった。下の階にはモニターが取り付けられており、それに視線を移すとネジキ君が丁度黒い煙の中から派手に登場している所だった。
部屋の前に置かれてた爆竹ってこの為にあったんだ、何だか凄く複雑な気分。

モニター越しに聞こえてきたのは、相手の三匹を読み上げる声。ネジキ君の予想通りの手持ちになっているから驚く以上に感心した。

「なるほど!いいくみあわせだなー、むーそーだなー83パーセントってトコ?」

自作のちょうさ・ぶんせきマシンという機械で相手の手持ちを見たネジキは、あまり表情が変わらない方だから分かり辛いが満足そうに呟いた。今の数字って適当?それともまさか自分の勝率だったり。

モンスターボールを取り出した彼の表情は、今までに無い程活き活きしていた。これこそフロンティアブレーン、そしてファクトリーヘッドとしての本来のネジキ君。
じゃあいきまーす、という何処か緊張感の欠けた声と共に、彼はボールを投げた。


「お疲れ様です、ファクトリーヘッド」

バトルが終わり、ボールを回収に来た助手に渡すと彼女は礼をしてから挑戦者と共にフィールドを出て行った。何時もと何一つ変わらない対応なのは、これが何時も通りだからだ。
彼女にとっても予想通りの結果、僕にとっても予想通りの結果。偶にその予想を覆してくれるトレーナーが居るから楽しいのだけど、最近はめっきり減ってしまった。

登場した時に使ったリフトからではなく扉から戻ると、映像で見て直ぐにバトルフィールドの部屋へ続く扉へ急いできたのか、廊下を走ってくるアズサが見えた。僕が言うのもなんだけどアズサが小動物に見えてくる。人懐っこいというか。
いやでも彼女はミナキという友人に対してむしろ正反対の態度を取っているらしいし、根からの人懐っこさではないのか。


「わ、も、もう凄く強くて……!ネジキ君、やっぱり凄い!」
「落ち着いてくださいよ、それにそんなに褒められるほど……」
「ううん、何か感動しちゃったよ。私の周りはどうしてこう凄い人がたくさん居るのかなぁ……流石ファクトリーヘッドだなって思ったよ」
「……ありがとーございます」


今の自分の顔を見られたくなくて、少し俯いた。

あぁ、何だか今日は暑い。

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