coral
- ナノ -

低速ティータイム

私がバトルファクトリーに入ってからもう二週間は経つというのに、ネジキ君の出番を見たことがない。
ネジキ君の依頼書や書類を他の施設に提出する役割があるから他の施設の人とも知り合いになることが出来て、その人たちから話を聞く分にはフロンティアブレーンといえども出番はそれなりにあるようだ。勝てるかどうかは別として。

やはり、システムが他と異なっている為だろうか。それにしてもネジキ君が何時も弄っているあの小さな機械は何なんだろう。もしかして自作?
今日の昼にコクランから受け取ったケーキを皿の上に乗せながら、アズサはぼんやりと考えていた。夜ご飯の後にこんなデザートを貰えるなんて良い職場過ぎる、なんて現金なことも考えていた。


「ごちそうさま、まだ一つ残ってるけど食べる?」
「遠慮しておくよ、……そう言えば、アズサはお菓子作れたりする?」
「へ、」


唐突な質問に驚いた。
お菓子、か。自分でお菓子を作る機会はそれ程ないが、旅をしていたこともあって自炊は出来るからレシピを見れば作れるだろう。勿論クッキーなどといった簡単なものは作れるが、コクランがくれるような立派なケーキには到底及ばない。


「作れるけど、コクランさんのに比べると微妙すぎて……」
「明日にでも作ってくれるとうれしーなー、明日はファクトリーも休みだし」


ネジキ君から頼まれるとは思ってなくて、思わず目を丸くしてしまった。今このコクランさんの傑作品を食べた後で言われても自信がなさ過ぎる。もっと別のタイミングで言ってよ。でも嬉しいことに変わりはない。


「期待はしないでほしいけど明日……、明日?」
「どーかした?」
「……明日はファクトリーも休みだから、私も休みが入ってて……」
「……」


最近は助手の人もアズサが来たお陰で本来の仕事に専念できるようになり、このフロアに居る時間も減った。そのためこのフロアに普段から居るのはアズサくらいで、ネジキもまたフロアに居るから自然と二人で居る時間は長かった。
あまり実感はしていなかったが、明日居ないと聞くと急に実感がわいてくる。コクランに注文していた板も届き、部屋の扉は元に戻ったのだがネジキは以前のように部屋に閉じこもっていなかった。

板が届く間ずっとフロアに居たから慣れたというのもあるし、純粋に何気ない会話をすることが楽しくなっているからだろう。


「アズサの家ってここから近かったりする?」
「近からず遠からずというか……エンジュシティなんだけどね」


このバトルフロンティアからエンジュシティ、彼女が以前働いていたラジオ塔のあるコガネシティからエンジュシティ。……どっちも同じ位か。
自分はこの施設に寝泊りしているから当然のように毎日居るが、アズサはそういうわけではない。アズサのシフトくらい把握して置けばよかったと頭の片隅で思うと同時に疑問が浮かび上がる。

自分は何をこんなに残念がっているのか、これじゃあまるでアズサが居てほしいと思っているようなものだ。
いらいら、段々考えるのが面倒になってきて思考を一旦中断させた。

たった一日、何時もとそれほど変わらないだろう。


ピンポンピンポン、

馬鹿みたいに何回もインターホンを押され、苛立ちに任せて持っていたタオルを勢いよく地面に叩きつけて玄関へ向かう。昼間からこんな今時子供でもやらないような訪問の仕方は辞めてほしい。
開けたと同時に見えたのはやはりミナキで、開口一番に謝罪の言葉が出てくるわけがなかった。


「聞いてくれ、アズサ!」
「聞きたくないし期待もしてない。私が休みの日に狙って来て……今作業中なんだから帰ってよミナキ」
「……今日は一段と冷たいな、ん?この匂い、お菓子か?」
「そう、作ってくれって頼まれたから作ってるの」
「それは……男か?」


急に真剣な眼差しになり、滅多に見ない表情に珍しいものをみたなと感動しながら頷くと、ミナキの表情は一変する。


「お前に彼氏が出来たのか!?」
「え?あ、違うってば、ネジキ君は……」
「その青年はネジキというのか……」
「……」


聞けよ。
冷めた目でミナキをじとっと睨むのだが、本人はお構いなしに一人で喜んでいる。やっぱりミナキのような大人にはなりたくない。
なぜか興奮した様子で、男が料理を頼む時は気がある時だとか言ってくるがそれは絶対に違う。だってミナキに頼まれる時あるけど、ミナキは自分で作るのが面倒だからとか単純に食べたいとかそんな簡単な理由だから。


「今日作って明日渡すのか?」
「この後渡しに行くつもりだけど……」
「今日は休みの筈だろう」
「私の仕事はね。でもネジキ君はあそこに居るし、遊びに行く分ならいいでしょ。ほら、ミナキにも一つ上げるから」


キッチンに向かい、出来立てのマドレーヌを一つ型から外してミトンをはめた手で持って玄関に向かう。ありがとうと手を伸ばすミナキにラッピングもせずそのまま渡すと、瞬間熱さに手を引っ込めた。
そりゃあ、作り立てなんだから熱くて当然だ。


「皿に乗せる位してくれてもいいんじゃないか……!?」
「洗わなくちゃいけないでしょ、端つまんで食べれば大丈夫だよ」


意義ありと煩く言うミナキは本当に鬱陶しい。とか言いつつ仲いいんだけどね。


ーー予想以上に暇だ。

今まではそんなこと考えたこともなかったが、今は途方もなく暇だった。ファクトリー、というよりバトルフロンティアそのものが休みの為にトレーナーは一人も居ないし、従業員でさえ今日はあまり居ない。
このバトルファクトリーも例外なく人が少なかった。管理と警備の為に残っている人が二人くらい居たようだけど、フロアには誰ひとり居ない。

今までは休みの日だろうがなんだろうが部屋に居たし、そこで機械を弄ったり知識を増やしたりと制限無くしていたから、こんなに何もしない時間を持て余しているのは初めてだ。

ふと視界に入ったテーブルの上に乗っているモンスターボールが気になり、開けてみると中から出てきたのはレンタルポケモンのブラッキー。
そういえば昨日アズサが負傷したブラッキーを手当てしていたっけ。防御に特化しているから、攻撃もその分食らう。どくどくなどを食らえば尚更だ。


「丁寧に手当てされてるなー」
「ブラッキー!」


両前足に包帯が巻かれており、本当に丁寧に消毒されている。ブラッキーもまた嬉しそうに目を細めた。
今更ながら改めて思うけど、アズサはレンタルポケモンに好かれている。彼女が親しく接しているからこそなのだろうけど。

モンスターボールを置いたりと物音がしていたせいで、廊下の向こうの扉が開く音と足音にネジキは気付かなかった。ようやく気付いたのは、声を掛けられてから。


「あれ、ネジキ君そのブラッキー……」
「!、アズサ、今日は休みじゃなかった……」
「そうなんだけど、お菓子作ってきたし来たんだけど……忙しかったかな?」
「仕事は皆無だよ、暇してたくらいだし。まさか今日来るとは思ってなかったから驚いたなー」
「やっぱり出来立ての方がいいと思ったし、今日は休みだから人も居ないだろうなーと思って」


皿を棚から取り出してその上に持ってきたマドレーヌを乗せていく。ちらりと見えたが、見た目はかなり美味しそうに見える。そんなに謙遜するほどの腕でもないんじゃないか。

それにしても。
さきほどまでのやるせなさはどこに行ったのか。自分もようやく誰かと接する楽しさでも覚えたのだろうか。いや、それは前から少なからずあったような気がする。

「元気になったみたいだね、ブラッキーも食べる?」

アズサが問いかけると腕の中に収まっていたブラッキーが身を机に乗り出した。視線の先はマドレーヌで、食べる気満々だ。これ、僕に持って来てもらった物なんだけどね。


「それにしても、人が居ないから驚いたよ。ネジキ君みたいにフロンティアブレーンは休みの日はここに残ってるの?」
「カトレアとコクランは違うけど他の人……特にクロツグは休みじゃない日もしょっちゅう居ないから」
「……え、それってまずいんじゃ」
「……言っても聞かないような人だからなー、一番出番が多いんですけどね」


一番出番多いのにバトルフロンティアに居ないってまずいじゃないの?多分、出番少ないのに一番バトルフロンティアに居るネジキ君とは正反対だ。
そもそもネジキ君って外に出てるんだろうか。街に行くという意味でも、施設の外に出るという意味でも不安だ。


「ネジキ君って外に出てる?」
「それなりにかなー」
「……、後でアサギシティに行こう。日光浴びた方がいいよ」
「……しつれーじゃないですか?」


でも、強ち間違ってないから、間があったんだろうな。

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