coral
- ナノ -

唯一のミスキャスト

予想外にもこの新しい職場は居心地がよかった。
他の四つの施設よりも割と仕事は大変らしいのだが私の仕事は表に出るものでもないし、やるべきことだけこなせば他は自由な感じだ。
ファクトリーヘッドのネジキ君も話してみると良い人だし、それを知る前に辞めていってしまった人は本当に勿体ないと思う。

確かに、少し変わってるけどね。


「あ、アズサ。Bの棚のボールを全部元の位置に戻してくれるかなー、今日は人が沢山来てるからてきとーになってるらしくて」
「はーい、……今日沢山来てるのに、ネジキ君、出番は?」
「僕の出番は滅多にないですよ?皆忙しいみたいですけどねー特にコクランは」
「え、どうしてコクランさんが……」
「カトレアに代わってフロンティアブレーンやってるから」


意外すぎて言葉が出てこなかった。

ケーキをくれたあの優しい執事の人が、まさかフロンティアブレーンも務めていただなんて。あれ、でも城内の案内やバトルの進行も彼がしていた気がする。ということは本来誰かに任せるはずの仕事も引き受けて、フロンティアブレーンも引き受けてるの?
出来る人はやっぱりすごい。

しみじみと思いながら、整理に行く為にボールが収納されている部屋へ向かう。
それにしても、第一印象のせいかネジキ君は部屋に籠もっているイメージがあるのに、ここ数日ずっとフロアに居る。何でだろうとぼんやり考えながら視線を右に移すと、部屋の中が丸見え状態になっている彼の私室があった。

(……そういえばまだ扉、届いてないんだった…)


何も言われないけど、迷惑をかけてることに間違いない。
今度、何かあげよう。


「……、あれ?」

部屋から持ってきた自作の機械を弄ろうと思い、それを置いていたテーブルに近づいた際に見えた白い紙に瞬きを数回する。
これって彼女の、レンタルポケモンの一覧表だ。これがないと整理なんて出来ないだろうに。ネジキは紙を手に取り、部屋へ向かった。

「この子があっちで、この子がこっち……」

確かにまぁぐちゃぐちゃになっている。

今日は次から次へと挑戦者が来て、急いでレンタルポケモンを出さなければいけないので、手前から順に適当に置いて行ったのだろう。ボールから出して確認しては、本来あるべき位置に戻すの繰り返し。それでもまだ30体位だからマシと言えばマシ。

確認の為にボールから取り出した一匹に、手が止まった。一順目に使用されているヒノアラシの炎に元気がなかったから。
そっと抱き上げると小さな鳴き声が聞こえた。


「どうしたの?体調でも……あ、」
「ヒノ……」


小さな足に怪我があり、力が弱かった。幾ら回復するとはいえ、何度も何度も戦っていれば疲労は蓄積される。後で治療しなくては。
ヒノアラシを右腕に抱えながら、残りのボールを開いては戻す作業を繰り返す。順調に作業も進み、そろそろ終わりそうだと思った頃に扉をノックする音が聞こえてきた。


「ネジキ君?」
「一覧表忘れてるけどこれが無いと、……もしかしてもう終わりそう?」
「え?うん、もうすぐ終わるけど……」
「……アズサ、もうこの表覚えた?」
「まぁ大体頭に入ってる、って感じで…あ、大丈夫!今戻したのは全部合ってるから」


やはり、先日思ったとおり。

アズサはこの膨大な量のボールの位置やポケモンを殆ど全て覚えている。覚えること自体難しいし、入ってまだそんなに日も経っていない。
バトルフロンティアのオーナーと知り合いのラジオ局長の紹介で入った人を僕の所に入れると聞いて、それほど期待なんてしていなかったのに、随分と優秀な人材を送ってくれたようだ。本人からはそんな雰囲気は感じないけれど。


「ところでそのヒノアラシは?」
「怪我してるみたいだから治療しようと思って。何時も頑張ってるけど、今日くらい休もっか」
「ヒノ!」
「随分懐いてるね、グライオンの時も思ったけどレンタルポケモンたちに好かれてるよ。僕としてはうれしーけどね」
「そうなのかな……初めて会ったばっかりだけど、皆人懐っこくて可愛いよ?って、あんまり言い過ぎると拗ねるかもしれないなぁ」


彼女の言っている拗ねるかもしれない、というのは恐らく彼女の手持ちポケモンのことだろう。見てはいないが、前は在った扉の向こうでフライゴンにかえんほうしゃを指示していたのが聞こえた。
流石は元トレーナーなだけあって、持っているポケモンも結構強そうだ。そういえば彼女はリーグに出たとか言っていただろうか。バッチを全て集めなければリーグには出れないし、中々優秀なトレーナーだったのだろう。

本来ならこのバトルフロンティアに挑戦者としてきてもおかしくない。


「ネジキ君は全部覚えてるの?」
「まぁ、そうなるかな。大体は僕が育てたからねー」
「この量を!?……本当に凄いよね、改めてそう思うよ」


真正面から真面目に褒められるとむず痒い気さえする。
他のフロンティアブレーンは自分の手持ちを固定しているが、自分はそうではない。相手の組み合わせによって臨機応変に変えなくてはいけない。ある意味、相手と同じ条件のポケモンを使用している。色んな可能性を計算した上で選び、挑戦者と戦うのだからそこは同じ条件ではないが。


「あ、頼まれたこと終わったよ。救急箱どこにあるか知ってる?」
「確かフロアにあったと思うけど」
「分かった。すぐに治療するからね、早く元気になるんだぞー」
「ヒノヒノッ」
「よしっ、いい返事」


腕の中で元気良く鳴いたヒノアラシにアズサはにこりと微笑み、軽い足取りで廊下を歩いていく。

バトルファクトリーのポケモンは一時的に色んな人にレンタルされる為、特定の人物に懐くこともあまりなければ、トレーナー達もそれ程関心を持っていないだろう。
ファクトリーヘッドとして、そんなレンタルポケモン達を好きだと言ってくれる人が居るのは嬉しい。

彼女がここに来てから大分楽しくなったものだ、開いた扉の向こうに見える、廊下の向かい側にある丸見えになってしまっている自分の部屋を見て思わず苦笑いを浮かべた。

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