coral
- ナノ -

ぼくらの終点なんて見付けないでね

警備員からの連絡を受けてバトルタワーを飛び出してバトルファクトリーへ向かって走っていた。普段こんな速さで走る事なんて無いだろうと思う位に足に鞭を打ってアーケードを駆け抜ける。

内部の明かりが他の施設より零れにくいバトルファクトリーが停電しているのが見て分かった。連絡を貰ってからそんなに時間が経っていないとはいえ、自分バトルタワーに行っている間に事が進んでいるかもしれない。
もし盗まれてまんまと逃走されていたのなら事態は最悪だが、侵入に気付いたアズサが対峙していたとしても僕としては気が気でない。確かにアズサはトレーナーとして優秀だけど、一人で何人か分からない相手にかかるなんて危険過ぎる。それを分かってても首を突っ込んだり巻き込まれたりするんだから余計に心配だ。

バトルファクトリーの中に入ろうとしたその瞬間、中から破壊音が聞こえたから頭から血の気が引いたような気がした。モンスターボールを取り出して直ぐに行われているだろうバトルに加勢しようとしたのだが、中から届いた言葉に驚くことになった。


「今この場にネジキが居ないのは事実……だけど、知りもしないくせしてネジキを馬鹿にするのは絶対に許さない!」


そう、確かにアズサの声が中から聞こえたのだ。

一瞬その衝撃に固まってしまったけれど、そんなことしてる場合じゃないと首を横に振って一瞬の煩悩を振り払い、僅かな明かりしか見えない真っ暗なバトルファクトリーの中に入った。すると真っ先に視界に入って来たのはエレキブルに指示を飛ばして複数のポケモンを相手にするアズサだった。
まもるで時々攻撃を防ぎながらかみなりパンチやかわらわりで攻撃を受け流し、拳を相手に入れて吹き飛ばすエレキブルは明らかに消耗しているようだ。


「たった一人で俺達を相手にするなんて無謀な真似しなければよかったものを!ドンカラス!」
「っ、エレキブルまもる!」


ゴルバットを電気を纏った拳で吹き飛ばし、着地したその隙を逃さずドンカラスは一瞬で闇に紛れて視界から消えた。繰り出されるだろう素早い攻撃に避けられないと判断したアズサは咄嗟にまもるを指示するがバリアが貼られる前にドンカラスはエレキブルの真横に現れ、その鉤爪を光らせた。


「ラティオス、れいとうビーム!」
「っ!?……ネジキ……?」


その爪がエレキブルを捉える直前、取り出したラティオスに攻撃を支持すると僕が指示しなくとも攻撃するつもりだったのか予想していたより素早くドンカラスに攻撃した。まさか僕が来るとは思っていなかったのかアズサはこちらに振り返って目を開いて驚いている。

出入り口に近い所に居るから僕の位置は真っ暗ではないが、表情はアズサの位置からはあまり見えないだろう。……正直今の表情はいい物じゃないだろう。アズサの行動や言葉に対して嬉しさを感じているし、それと同時に相変わらず一人だろうがスイッチが入ってしまえば無茶をどこまでもする所に怒りだって感じる。
しかし何より僕が隠し切れない苛立ちを覚えているのはアズサが対峙している犯人だ。別に僕が欺かれたことなんてもうどうでもいいし、馬鹿にされた所で少しは腹が立つがこの際どうでもいい人間相手だから気にしない。
しかしレンタルポケモンを盗もうとしたこと、それとアズサ相手に卑怯な手を使って傷付けようとしていること。僕が直接手を下すには十分過ぎる理由だ。

凍りついたドンカラスを悔しそうにボールに戻し、他のポケモンに指示を出していたがアズサはバトルにおいて隙も抜け目無かった。


「ムウマージ!」
「なっ……うわぁ!」


闇に今まで無音で紛れていたムウマージが男二人の背後に現れ、その手に握られていたモンスターボールの入った袋を奪った。奪い返さんと男はマタドガスにくろいきりを指示しようとしたが、ラティオスのサイコキネシスによって動きを封じられたマタドガスは地面に叩きつけられ目を回した。
そしてそのままラティオスとムウマージのサイコキネシスによって元ロケット団員の動きを封じた。漸くカタが付いた所で緊張の糸が切れたのかアズサはふっと脱力して隣まで歩いてきた僕を戸惑いながら見上げた。

部下としては凄く優秀だし頼り甲斐があるけど、アズサは何時だって心配する相手のことを考えるより前に行動するんだからなー。


「残念でしたね。バトルファクトリーに居るのは何も僕だけじゃない。アズサが居るっていう情報を得てなかった君達の準備不足ですよー。僕が留守を任せられる位のパートナーなんで」
「……」
「そろそろ警備員が来る……」
「ネジキさん!」
「思ったより早かったなー」


名前を呼ばれて振り返るとそれぞれ懐中電灯を手にポケモンを連れた警備員がバトルファクトリーに着いていた。バトルファクトリーで起こっている異常に連絡が回って人員をこちらに割いてくれたんだろう。サイコキネシスで動きを封じているし、彼等の戦えるポケモンも残っていない。そして肝心のレンタルポケモンも取り返したからあとはここを任せても大丈夫だろう。


「行きますよーアズサ」
「えっ、あ、ネジキ!」


ラティオスを戻し、騒がしくなったバトルファクトリーをアズサの手を取って出た。慌ててアズサもエレキブルをモンスターボールに戻し、少しよろけながらも付いて来た。

破壊音から想像出来る内部の状態や停電の復旧、それから犯人の逮捕を考えるともう今日はバトルファクトリーに足を踏み入れないほうが良いだろう。今日か明日辺りには一番関わっただろうアズサに事情聴取とかがありそうだ。
そんな事を考えながら行き先も決めずただ闇雲に歩みを進めていたら「ネジキ!」と自分を呼び止める声が掛けられたからはっとして足を止めた。振り返ると、アズサは困惑した表情をしていて僕は我に返り手を離した。第一声、一体アズサになんと声を掛けようかと迷い言い淀んでいるとアズサは視線を外したまま言葉を紡いだ。


「あの、ありがとうネジキ。ネジキが居なかったら、もっと手間取ってたし、そしたら逃げられてたかもしれないし……」
「はぁ……まったくどこまでバカなんだか。まーそういう所がアズサらしいけど」


溜息を吐きながらも満足げに笑みを浮かべてアズサを小突くと頭を押さえて見上げた。そういえばやっとまともに目が合った気がする。


「いたっ!バカって一体なに……」
「お礼を言うのは僕の方だし、感謝してると同時にこう見えてちょっと怒ってるんですよー」
「お、怒ってるって」


眉を寄せて悲しそうな顔をするアズサの頭を乱雑にぐしゃぐしゃと撫でて再び歩き出すと視界の端でアズサが訳が分からないと言わんばかりに首を傾げているのが映った。アーケードを降りた広場の隅にあるベンチに座り、隣に座るようベンチを叩くとアズサは不思議に思いながらも素直に隣に座った。


「アズサは何時だって無茶し過ぎなんだよなー一人だろうがなんだろうがトラブルに首突っ込むし。心配するこっちの身にもなってほしいですよ。これ言うのもう何回目か分かんないけど」


ロケット団によるラジオとう占拠、コガネデパートでの一件、そう思ったりアズサに言った回数を数えるとキリがない気がする。僕も口で言うほどうんざりしてる訳じゃない。アズサと付き合っていく以上もうそれは避けられないことだと思っているし、僕もそれが日常の一部になってきてるから。
ちらりと視線を移してアズサを見ると、膝の上で両拳をぎゅっと握り締めていた。


「だ、だって目の前でレンタルポケモンが盗まれてたら黙ってなんて居られないし、それに……」
「それに?」
「ネジキのこと、馬鹿にするから、腹立って」
「……」
「自分でもそれもあってちょっと冷静じゃ無かったって分かってる……けど!私にとっては」


あぁもう何でこの子は。何で、僕を期待させることばかり言ってくれるんだろう。アズサのある意味一途で正直な所が好きで、でも同時にそれが辛くて中途半端なことしか出来なくて。昨日もそうやってきっと彼女を傷付けてしまったと思う。自分が傷つくのを怖がって中途半端なことして、相手を傷付けるなんて最悪じゃないか。


「ありがとーございます。それ言われるだけで僕が言いたかったこと全部飛ぶんだからなー……」
「え?」
「アズサに、聞いてほしーことがあるんです。昨日のことも含めて」
「……」


昨日、という単語に顔色を曇らせたアズサを気にしながらもぽつぽつと続けた。昨日のことを深い意味はないと誤魔化そうかと考えていた自分が馬鹿みたいだ。大体僕は一体何時まで悶々と迷い続けるつもりだったんだろう。とっくに答えは出てた筈なのに壊したくないっていう利己心から逃げて。


「さっきも言った通り僕にとっては頼りになる部下、というよりパートナーです。アズサが居なかったら今回の件、一大事になってたかもしれないし。前まではそんな僕の隣を任せられる人が居なかったから、改めて実感したよ」
「うん」
「でも別にただ仕事仲間って思ってる訳じゃない。僕にとって初めて出来た友達だったんです。そーじゃなかったら僕だってこんなに構わないし心配しないし自室に篭ってたし」
「……それってきっぱり言っちゃうことじゃ」
「しょーがないじゃないですか、事実だし」


仕事に関して信頼を置いている人ならバトルファクトリーの中でも沢山居る。けどそれとはまた別に他人からしたら冷たい位に無関心、それがファクトリーヘッドのネジキそのものだった。根本的な姿勢こそはあくまでも変わってないのかも知れないがアズサの存在だけで何時しか外との世界と繋がって。
はっきり言ってしまっていいものかとアズサは顔を顰めてもう、と僕を窘めた。


「……私にとっても、勿論そうだよ。ただの上司なんて思ってないし、何時だって助けられてるし尊敬出来る人だなぁって」


ただ、その表情は何時もの笑顔とは違うような気がした。
何かを堪えてるような、無理してるようなものに見えた。何故アズサがそんな顔をしているか詳しい訳は僕には分からない。けれど、原因は確かに僕にあるんだってことだけは分かった。でもその言葉は何も初めて言われたわけでもないし、嘘だとは思わないけれど、やはり悲しそうに言っているように聞こえた。


「ごめん、アズサ。一つ、撤回させてほしい」
「な、なに?」
「今の僕にとってアズサはそうじゃないんです」


僕もアズサに信頼されているのは嬉しいけど何時までもそこで止まっているっていうのは苦しかった。でもその感情をあの頃は理解していなかったから吐き出すことが出来ず時々アズサに無意識の中感じてた苛立ちをぶつけてしまって。
悪い言葉が続くと想像したのか顔を曇らせて息を呑むアズサが目に映ったけれど、そのまま続けた。今日まで関係を壊したくなくてずっと押し込めていた感情を。


「そんな肩書き関係なくアズサっていう子が、恋愛感情の意味で好きなんだ。それが僕の答えです」


遂に口にした言葉は僕に残されてた退路を断った。けどきっと今までの関係が何もかも壊れるわけじゃない。
無理なら無理でまた一から意識してもらえるように努力すればいいだけだったのに初めて親しくなった子だからこそ慎重になり過ぎていた。でも僕はこのままを望んでいなかったから偽り続ける限界があって、漸く今日答えを出した。周りの音が聞こえない位に冷静な頭とは別に心臓は煩く跳ねていた。

アズサは言葉を発さずただ黙って俯いていた。僕もそれを黙って見守っていたけれど、肩がひくりと動いて僅かにしゃくりを上げていたからぎょっとして思わず肩を掴むとアズサは驚いたのか顔を上げた。その大きく開いた目からは重力に従って次から次へとぼろぼろと涙が零れていて僕もどうしたらいいか分からなくなった。


「アズサ、そんなに嫌だった――」
「……しんじられなくて」
「え?」
「だって、友達で居なくちゃいけないって思ってたからなんかわけわかんなくて」
「ちょ、落ち着いて下さい」


相当混乱しているのか涙を流しながらも一息で言葉を紡ぐアズサを落ち着かせようと頭に手を乗せようとしたけれど、アズサは顔を上げて瞬きながらも視線を逸らすことなく真っ直ぐ僕を見ていたから伸ばしかけた手を引っ込めた。
アズサの言葉からはいまいち判断できなかった。アズサは良くも悪くも恋愛に関心がなく誰に対しても、僕に対しても同じように接する。だから僕の感情が拒絶の意味で信じられなくて友達としてしか見られていなかったのか、それとも、あるいは。どう声を掛けるべきか分からずアズサの言葉を待っていた。


「あのね、ネジキ、私ね」
「はい」
「ネジキが好きだったから、びっくりしたというかもうどう反応したら良いかわからなくて、わっ」


瞬間、何かの糸がぷつんと切れた気がした。
嬉しいとかそういう感情を超えてほぼ反射的にアズサの身体を引き寄せて抱きしめてた。落ち着いてなんて居られる訳がない。僕が男子であると意識さえしていないと感じていたから良い答えが返ってくるなんて正直予想していなかった。
少し身体を離してシャツの袖で少し不器用にアズサの涙を拭うと、我に返ったのか指で拭っていた。何か分からないけど涙が勝手に出て、と言い訳しながら涙を拭っている所も愛おしくて再び抱きしめて肩口に頭を乗せた。僕だって小柄な方だけど、アズサは更に小さいから僕の腕の中にすっぽり収まる。


「……アズサ」
「な……なに、ネジキ」
「いや、ただやっぱり好きだなと思っただけ。あ、これからは公私共にパートナーってことで頼みますけど。僕と、付き合って下さい」
「!ううっ……」
「うわ、何で叩くんですかー」


手で腕を軽く叩いてくるアズサは俯いたままだったけれど、耳や頬が赤く染まっていることに気付いてつい僕もふと笑みを浮かべた。恥ずかしいなら恥ずかしいって言ってくれたらいいのに、そこら辺初々しい。そりゃあ僕も人の事言えないけど。
アズサの前髪を避けて額に触れるだけのキスをすると驚いたのかびくりと反応して後ろに仰け反ったから面白くて噴出してしまった。子ども扱いされたと思ったのかむっと不機嫌そうな顔をしたかと思ったらさっきアズサの涙を拭った手を取られて、その甲に触れるだけのキスが落とされた。あまりの衝撃に僕も人の事を言えない位に固まった。


「……な、んで手の甲なんですか」
「……恥ずかしいし」


普通手の甲にするキスって親愛だとか男子が女子にするもののような気がするけど、アズサなりに応えようとしたのだと考えると顔に熱が集まってアズサに見られないようもう片方の手で口元を押さえながら顔を逸らした。
お互い初々し過ぎるかもしれないけど、僕達なりのペースで丁度いいのかもしれない。


「あ、ネジキ。本当に偶然なんだけど保管室の扉壊しちゃってもう使い物にならないかも……」
「また扉破壊かーまったく、相変わらずだなー」


友人から恋人になった所できっと、僕等の関係は大きく変わることはないんだろう。

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