coral
- ナノ -

黄色信号を突き進め

所長に連絡を貰ってバトルタワーに急ぎ、中に入ると相当混乱しているのか従業員がロビーに集まり警備員も連絡を取り合ったり慌しかった。これでトレーナーも多く居る時間帯に狙われていたら人混みの中に紛れて逃げられていたかもしれない。しかしその分侵入が困難になるという欠点があるからこうして休みの日を狙われたのだろう、とネジキは一人考えながら連絡を取っている警備員に近付いた。


「ネジキ様!所長からお話は伺っています」
「クロツグの代わりに僕がここを任されたんですけど、今どんな状況ですか?」
「それが……」


状況を聞こうとした瞬間警備員の顔が曇ったのにネジキは何やら嫌な予感を感じた。少し目を泳がせた後、警備員は腹を括ったように現在の状況を語りだした。
監視カメラのレンズ部分に黒い布が覆い被せられていただけのようで、警備員がポケモンの保管室に急いだものの特に人影はなく、また盗まれたポケモンも目で確認する限りは恐らく無いとのことだった。目を晦ますために全てではなく数匹だけ盗まれている可能性もあるのでそれは現在調査中とのことだが、全くもって妙な話だ。


「……逃走中の犯人の姿の確認は出来たんですか?」
「それが未だに。確かに何者かの保管室への侵入を確認したんですが……物も盗まれて無いとなると目的が不明瞭で」


現時点でお手上げだと言わんばかりに頭を抱える警備員の話を全て聞いたネジキは今回の奇妙な事件について考え込んでいた。
人や監視カメラの目を掻い潜って侵入出来て、正規のルートを通らずにバトルタワーを出られると人の侵入を考えるよりポケモンの侵入だと考えた方が納得がいく。しかし、監視カメラを使えなくしたりわざわざスケジュール表を盗んでバトルタワーが休みの日を狙っている辺りは人の思惑が働いていた事に間違いないだろう。だとしたら侵入したポケモンの持ち主である誰かが付近に居る筈だ。


「でも、ポケモンは多分盗まれてないんだよなー」
「はい。確認出来ている限りではまだ盗まれたモンスターボールは無いかと」
「……そもそもここが目的じゃない……?」


だったら何でこんな事件を起こす必要があるんだろうか。バトルタワーで騒ぎを起こしたことで引き起こせたのは情報部や警備員の霍乱、それから。
そこまで考えた所ではっと目を開きネジキは顔を上げた。それから、どうだ?クロツグが居ない代わりに僕がこうしてバトルタワーに来ているじゃないか。つまり、バトルファクトリーは現在、侵入騒ぎがあった前のバトルタワーと同じ状態だ。それにあそこにはバトルタワーとは比べ物にならないほどのレンタルポケモンが居る。

――初めから、狙いは。

頭をフルに回転させながらも真っ白になっていく感覚に陥っていると、横に居た警備員のポケギアの着信があり、通話ボタンを押して再び連絡を取っていたのだが、息を呑んで聞かされた情報に対して驚いていた。早々に連絡を切った警備員はネジキに向き直るが、その表情からは血の気が失せて見える。


「ネジキ様に連絡します!丁度今バトルファクトリーの警報音が鳴り、停電中とのことです。それから何らかの衝撃音が監視カメラに入ったと!」
「っ、」


やはり、狙いは最初からバトルファクトリーのレンタルポケモンだった。警備員の数も殆どこちらに割かれているし、今現在バトルファクトリーで犯人を食い止める術は一切無い――いや、一人居るじゃないか。
その事に気付いたネジキはむしろ冷静さを失っていた。現在の時間からもうアズサはバトルファクトリーに付いている。そしてアズサの事だから高い確率で今回の件に巻き込まれているはずだ。

「僕は戻るからこっちは皆さんに任せましたよー!」

むしろ何も危険に首を突っ込まずに無事で居てほしいと願いながらバトルタワーを飛び出した。


一方ネジキがバトルタワーに行っている間のバトルファクトリーにて、突然起きた停電にアズサは身を硬くして息を潜めていた。

鳴り響く警報音や戸惑う従業員の声がスタッフルームの外から扉越しに聞こえてくる。突然の事態に誰もが困惑していたが、アズサが気にしているのはそんなことではない。
聞き覚えのない男性二人の声が近付いてきて自分が居るこの保管室の扉を開ける音が聞こえたからだ。ガラッと音を立てて開いた瞬間アズサはごくりと生唾を飲み、棚の隙間から扉の方を盗み見た。
そこに居た男達の手には懐中電灯が握られているようで真っ暗な部屋の中、その周辺だけが視界に入った。

(まさかあれってロケット団……!?)

その男達の服装にアズサは見覚えがあった。ラジオとうで一度対峙したロケット団のしたっぱ達が着ていた服そのものだったのだ。しかし、あの日あの瞬間にロケット団は解散したはずだしそれをカントー地方で偶然会ったランスにも確認している。
もしかして彼等は残党なのだろう。そこまで考えてついた所で、何故突然停電して、彼等がこの保管室にやって来たのか合点がいって怒りにわなわなと拳を奮わせた。


「強いポケモンは奥の方だ!そちらを優先的に回収するぞ」
「了解した!バトルタワーの方も上手くいっているみたいだな」


全てはここに居るレンタルポケモンを盗む為にしていることなのだと。

そう理解してからは早かった。身を縮めていたアズサは立ち上がり、モンスターボールを取り出して彼等からは死角になっている棚の陰から飛び出し、エレキブルを出した。
物音に気付いた男達は咄嗟にその手に握られていた懐中電灯の光をアズサが居た方に向けた。そこに居た少女と少女の手持ちらしいポケモンに面倒だと舌打ちをする。


「回収する……?馬鹿言わないで、絶対にさせない!」
「チッ、まさかここに人が残ってとはな。この部屋にも残ってたのは予定外だ」
「近場にあるやつとってさっさと退却するぞ!」
「っ、逃がさない!エレキブル!」


用意してあった袋に乱雑に入るだけのモンスターボールを入れて逃走しようとする男達にアズサはエレキブルに指示を出した。電気を纏った拳を握り、狭い通路を駆けたエレキブルが拳を扉を潜る男に振りかざしたと同時に自動扉は閉まり、その拳は男達に当たることはなく扉を破壊し耳に響く音と共に吹き飛ばした。壊れた扉は拳の入った所を中心に湾曲しており、部屋の外の廊下に無残にも転がっている。


「追うよ!」
「エレッキブル!」


扉の件に関しては後で謝らなければならないけれど今はそんな余裕などアズサには無かった。廊下に出たアズサは足音のするスタッフルーム入り口へ向かう方の通路に走り出そうとしたのだが、その瞬間くろいきりという男の指示と同時に黒煙が舞い上がりアズサの視界を覆った。
先程までエレキブルの電気によって男達の後姿が確認できていたのに今は黒煙で通路さえも見えない。飛び込むのに躊躇っていると、がしゃんと大きな音を立てて何かが倒れる音が聞こえた。音からして通路の先にあるフロアのデスクか棚を倒したのだろうと気付いたアズサは奥歯を噛み締めた。

幾ら見慣れている場所といえども黒煙で視界を取られ、更に地面に障害物があったらそこに手間取っている間に逃げられてしまう。しかし、その通路を通るしかスタッフルームを出る事は出来ない。
しかし、ふと左側の反対方向の通路に視線を向けてはっと閃いた。何時も、ネジキがバトルに向かう際にこの部屋に寄ってからバトルフィールドへと繋がっているリフトに向かう。バトルフィールドから挑戦者が通る道を逆走すれば受付に出ることが出来るのだ。


「急げば追いつく……エレキブル、リフトに行くよ!」


エレキブルと共に犯人が逃げた先とは逆の左側の通路を進み、リフトのある部屋へ続く階段を駆け下りた。何時もはこの部屋まで来てネジキを見送ってからモニターでバトルを見るだけで半年ここに居るのに一度も乗ったことが無かった。

リフトの上に乗ったと同時に妙な浮遊感を感じ、リフトは浮き上がった。そして勢いよく真上にあるバトルフィールドへと飛び出した。
急に止まったものだから一瞬よろけたが、体制を直して受付のある通路へ急いだ。オープン前の時間だったからか何時もならトレーナーを迎える助手の姿も無く、全員作業室に待機しているようだ。

こういう時ばかりはあのフロアに人が居なくて良かったとアズサはほっと胸をなでおろした。あそこに人が居たらロケット団に口封じの為に一体何をされていたか分からない。


「アズサさん……!無事でしたか!?」
「えっ、二人ともここに居たんですか!」


受付に出ると暗闇の中僅かに足元辺りが光っていることに気が付き、視線を下ろすと何時も受付を担当している二人が設置してあるパソコンの陰に隠れてポケギアを握り締めていた。


「ここに犯人は来ましたか!?」
「い、いえ、まだ誰かが通ったらしき足音は聞こえていません。先程破壊音がしたのですが大丈夫ですか!?」
「停電といい何か事件があったのだと思って咄嗟に所長に連絡を入れたのですが……」
「!ありがとう!ここは私に任せて奥に避難しておいて」
「し、しかしアズサさんは」
「私は大丈夫。多分……」


その続きの言葉は扉を乱暴に開く音に遮られた。手元にある懐中電灯の明かりで見える顔を確認し、アズサは気を引き締めてエレキブルと共に向き直った。追って来れないよう道を塞いだのに何故、と言わんばかりに顔を顰めている元ロケット団員二人にアズサは鋭い視線を送る。


「戦闘になるからね」

アズサの言葉に頷いた受付二人はポケギアの通話ボタンを再び押して巻き込まれないよう奥へと戻って行った。連絡をしてくれているのなら、ここで数分時間稼ぎさえすれば警備員か何処かに行っているネジキも戻ってくる。アズサをこれ以上撒けないと判断した男はそれぞれモンスターボールを取り出した。
先程逃げる際にくろいきりを使っただろうドンカラスとマタドガスが出されたが、二対一という状況に決して怯んでいなかった。


「小娘一人で我々ロケット団相手に何が出来る!?」
「あなた達のリーダー達の方がよっぽど理解力あったのに……そのボール、返してもらう!」
「はっ、元はと言えばシステムに侵入されてその罠に乗せられたのが悪いんだろう!」
「最強と謳われながらこんな作戦に嵌るなんてファクトリーヘッドも大したこと」
「……エレキブル」


アズサの短い指示にエレキブルは電気を纏い元ロケット団員に向かって飛び出した。その拳は突然の攻撃に反応し切れなかったマタドガスに当たり、壁に叩きつけられた。激しい衝撃音に男は驚いてふらつくマタドガスを見上げ、そしてアズサに視線を移す。
その表情は暗闇の中僅かにある光だけでしか確認できないが、先程よりも一層険しい物になっていて、肌で感じられるほど怒気が伝わる。しかしたかが少女に怯む事など無いと油断している男達は他の手持ちも取り出してバトルをする体制を立て直した。彼等にとっては些細過ぎる事に腹を立てているが、アズサにとっては大事なことだったのだ。


「今この場にネジキが居ないのは事実……だけど、知りもしないくせしてネジキを馬鹿にするのは絶対に許さない!」


アズサもモンスターボールをもう一つ取り出し、ムウマージを出した。今のアズサにただ時間稼ぎをするという考えはもう残されていなかった。

- 42 -

prev | next