coral
- ナノ -

パレード・エンドロール

「おう、昨日は悪かったなネジキ!」

後日通常運営しているバトルタワーに足を運ぶと何も知らない男が能天気に笑いながら特に悪びれた様子も無く声を掛けてきたから流石にイラっとした。
大体、まんまと作戦に嵌った僕にも非はあるがバトルタワーにフロンティアブレーン不在ということで呼ばれた僕も被害者だったし、クロツグのせいで振り回された気さえもするから文句の一つや二つも言いたくなったけれど、そのお陰で昨日何があったのかを考えると怒りも鎮まるのだから今の自分は相当機嫌が良い。


「昨日は結局お前の所が狙われてたんだろう?バトルタワーに呼ばれてたらしいが大丈夫だったのか?」
「アズサがバトルファクトリーに残ってたんで無事でしたよ。まーちょっとは中の壁とかドアとか壊れましたけど」
「ほう、あの子は見た目に似合わずなかなか好戦的だな」
「偶にですけどスイッチ入ると直ぐあぁなりますよー。扉破壊したの二回目だし。お陰で今日は修理の為に業者が出入りしてるので休みです」
「……」


バトルタワーに来てわざわざクロツグに昨日起きたことを説明しに来ているのは所長から連絡は行っているんだろうが絶対にその連絡を聞いていないと確信してたからだ。実際『昨日は色々と大変だった』という事しか知らなかったみたいだし。
そんな事を考えながら話を続けていたのだが急にクロツグが黙ったことに気付いて、思わず目を丸くしたまま彼を見た。こういう真剣な表情になるとやけに直感が働くと言うか鋭いから嫌な予感がすると身構えていたのだけど。


「ネジキ、お前やたら機嫌が良いな。てっきり俺に怒ってると思ったが……お前がそんなに機嫌がいいのはアズサに関係することだろうし、まさか進展したのか?」
「なっ」


あまりに的確で、誤魔化すいい訳さえも出てこなかった。

何でこの男はこういう所だけやたらと鋭いんだろう。僕がアズサへの恋愛感情を認める直接のきっかけになったのもクロツグのストレートな指摘だったし。僕の固まった反応に察してしまったのか冗談を言うような調子で笑っていたクロツグから再び笑みが消え、僕の顔をじっと少し驚いた様に見詰めた。


「もしかして本当にそうだったか?」
「……、もういいから早く仕事に戻って下さい」


これ以上深く聞かれると僕もボロが出そうだし図星を突かれるのが嫌で踵を返して部屋を出て行こうとしたのだが生温い視線が背中に突き刺さってるのがよく分かるし「そうかそうか」と生暖かい声が聞こえてくる。
実際クロツグに対して感謝している所もあるから文句を言うつもりは無いが色々僕にとっては複雑な気分だと思いながらクロツグの私室を後にしてバトルタワーのクリスタルエレベーターに乗り込んだ。
透明な窓に映る自分の顔を見て、僅かながらの変化だが締まりの無い顔をしていると頭が痛くなった。これは僕をよく知る人達に如何に上機嫌かばれても仕方ないだろう。

「……そりゃ嬉しいからなー」

嬉しいものは嬉しいんだからもはや開き直ることしか出来ない。



「昨日はお疲れさまだったね、アズサ」
「昨日のことなのにもう知ってるんだ。ほんと、大変だったんだよ」
「大変だったのに今日行かなくていいのかい?」
「修理の為に業者の人が来てるから午前中は邪魔になるだろうって午後から行く予定。マツバも今日はお休みなんだね」


マツバの家の縁側で足を伸ばしながら我が家のようにお茶を飲むアズサの姿ももう見慣れたものだが久々になる。
マツバは自分の分のお茶を淹れ直し、アズサの座る横に腰を落とした。エンジュシティが近いこともあって昨日の事件がニュースになる前に耳に届いたが、今日ミナキがタンバシティに行っていて良かったと内心マツバは安心していた。ミナキが居たら危ないとまた煩く突っかかっていただろう。確かにロケット団の残党が侵入したという話を聞いた時には流石のマツバも驚いた。そういう所一番管理に抜け目無さそうで侵入する時点で困難、という印象がネジキにあったから尚更だ。


「偶然今日は僕も昼からでね。それにしてもアズサ」
「なに?」
「何かいい事あったね。例えばネジキ君のこととか」
「なな何でそんなに鋭いの!?こんな所で千里眼使わないでよ!」


ごめんごめん、と特に悪びれた様子も無くマツバは優しく笑いながら混乱するアズサを宥めるように頭を撫でた。マツバの聞き方はどこか確信を持っていて、断定的なものだったからかアズサも経験から分かっていて文句を言った。
ネジキとの仲の進展を兄同然のマツバに知られたと言う気恥ずかしさから寝転がってそのまま顔を見られないよう背を向けてしまうが、マツバからしたら本当にやっとか、と言った所だ。


「というかこうなるまで遅すぎると思うんだけど。特にアズサが」
「え、私?」
「だってアズサが自覚するより結構前からネジキ君はアズサのこと好きだったみたいだし。よく殆ど一日中一緒なのにここまで我慢させたよね」


マツバの衝撃的な暴露話にアズサは一気に顔を赤く染めて言葉を発することなく口をぱくぱくさせて、そのまま顔を手で押さえながらうつ伏せになってしまった。まさか自分が自覚をするよりも前から好意を寄せていたなんて思いもしなかったのだろう。流石にアズサも鈍いような気がするが相手が人への関心が向き辛いネジキとなると仕方が無いかとマツバも急かすつもりは無かったけれどネジキの葛藤を考えると生殺し状態が続いていたんだろうと簡単に想像付く。


「まあいいじゃないか。結果的に進展したわけだし」
「……うん」


少し落ち込んだような声で返事をしたアズサだが、未だ赤らめながらもやはりその表情には嬉しさが滲んでいた。恋人である前にお互いを理解し合うパートナーだからこそこの二人は上手くいくだろうとマツバも確信していた。とはいえ、少しの寂しさも感じるものだと苦笑いを浮かべた。


「ミナキ君程じゃないけどやっぱり寂しくなるものなんだね」
「マツバ?」
「いや、何でもないよ。それに二人なら大きく関係が変わりそうにも無いから言うほど心配はして無いんだよ」
「まぁそれは多分そんなに変わらないと思うけど……」


でもそれが一体何の心配に繋がると言うのかと不思議そうに首を傾げるアズサだったが、二人の会話しか聞こえない静かな部屋に鳴り響いたポケギアの着信音に起き上がり、画面に表示された名前を見たアズサはどうしたんだろう、と呟きながらマツバに断りを入れてから通話ボタンを押した。


「もしもし、ネジキ?」
『おはよーございます。アズサ、何時に来る予定でしたか?』
「一時頃にそっち着こうかなと思ってたけど……どうかした?」


居間に掛けてある掛け時計で時間を確認したがまだ十二時を迎える前だった。まだこの時間だとバトルファクトリー内部の修理も終わって無い。扉の設置に関して何か問題でもあっただろうかとアズサは内心冷や汗を流しながら恐る恐る尋ねたが、電話越しのネジキが返した言葉は予想外の物だった。


『いや、ただ会いたいなーと思っただけです』
「……ネジキずるい」
『え?』
「何でもない!今からそっち行くね。お昼ご飯作るよ」
『……ありがとーございます』


嬉しそうに笑みを浮かべながら電話を切ったアズサは通話をきった後もぼんやりとポケギアを見詰めていたが、隣からくすくすと笑う声が二つ聞こえてきたから我に返り、顔を上げるとそこには自分を微笑ましそうに見て笑うマツバと悪戯に笑って浮遊しているゲンガーが居た。


「パートナーというか、やってる事は前から嫁みたいだよね。普通はそんなことしないよ」
「だ、だってこうでもしないとネジキ食べなかったりするしそれが習慣化しちゃっただけで深い意味は初めからなかったというか……!
「ふふ、彼にとっては嬉しいだろうからいいけどね」
「〜っ、行って来る!」
「はいはい、行ってらっしゃい」


居た堪れなくなったのか再び顔を赤く染めて、逃げるように立ち上がりそのまま玄関に向かって行った。しかし家を出て行く時に挨拶を忘れず、どこか浮き足立ったままバトルファクトリーに向かった。そんな後姿を見送ったマツバは先程まで悪戯に笑っていたゲンガーが寂しそうな顔をして落ち込んでいるのを宥めていた。


「遊び相手が取られて寂しいのは分かるけど、あんなに嬉しそうなんだから受け入れて上げなよ」
「ゲン、ゲンガー……」
「まったく。今度ネジキ君にも会わせてあげるからさ」


アズサが出て行った後にそんな会話が交わされていたとは露知らず、先日ぶりにバトルファクトリーに向かうと出入りするトレーナーの姿こそは無かったものの電気も点いて一見何時も通りの状態に戻っていた。中に入ると業者が置いただろう資材や工具が受付前の広間の片隅に置かれていて現在も修理中だというのが分かる。
正直、扉も広間の壁も戦闘で仕方がなかったとはいえアズサが破壊したというのもあって本人はやや肩身の狭い思いをしながらも受付から繋がる通路を通り従業員の職場になっている部屋を訪ねた。昨日停電になっている間色々大丈夫だっただろうかと尋ねようと思ったのだが、扉が開いたことに気付いてアズサに向いた従業員は彼女を確認するなり意味深に笑みを浮かべた。


「おはようございます、アズサさん!」
「お、おはようご、ざいます……昨日の今日で何か調子良さそう?みたいですけど何かありましたか」
「いえ、一同落ち着いて安心しているだけですよ」
「はぁ……」


受付の言葉の真意が分かっていないのか首を傾げて生返事をするアズサに助手の女性はくすくすと笑っていた。当の本人は事件が解決して嬉しかったのだろうか、とやや疑問に思いながらも納得して部屋を後にしスタッフルームへと向かった。ネジキが明日からまた好調になりそうだ、と笑いながら従業員もそれぞれの作業へと戻って行った。ファクトリーヘッドの変化もまた、バトルファクトリーの日常の一部なのだ。


「おはようネジキ!」
「おはよーございます、アズサ」


昨日犯人によって物がなぎ倒されたフロアも綺麗に片付いていて、ネジキも何時も通りフロアのソファに座って自作の機械を弄っていたのだが、アズサが来た事に気付いて電源を落とし、僅かに柔らかな笑みを浮かべた。扉の修理は終わったのだろうかと廊下を覗き込んだアズサに、間髪居れずネジキはもう終わりましたよと答えたものだから、アズサは苦笑いを浮かべた。


「私の言いたいことすぐ分かるんだから」
「そりゃあ、一応アズサのことだけはちゃんと見てきたつもりですし」
「っ、も、勿論私だってそれは同じだよ」


さらっと口説き文句を言うネジキに対してアズサは顔を赤らめながらもどこか誇らしげに返すものだからネジキも堪えきれなくなったのか声を抑えながらも肩を揺らして笑い、ソファから立ち上がった。そう直球で返してくる辺りもアズサらしいし、お互いさまだろうと思いながらも気恥ずかしさから敢えて追求することは無かった。


「……まーそういう所が気にいってるんだけどさ。あ、お菓子だけコクランに貰いましたよ」
「ほんと?コクランさんから貰うの久々だね!」
「なんかおめでとーございますって貰いました。……耳が早いと言うか、目敏いと言うか」
「え。なんか気恥ずかしいなぁ……でも折角貰ったんだしありがたく食べよっか」
「ご飯の後でですよー」


二人揃ってキッチンに向かう姿はそれまでと変わる事の無い風景だが、確かにネジキという少年がファクトリーヘッドとして就任した頃からは大きく変化したものそのものだった。そしてバトルファクトリーもまたそれに連動して変化していき、変わらぬ日常となっていくのだ。


(バトルファクトリーが永久就職って幸せだね)
(まー僕が居るまでだけど、そんなこと言うのアズサ位ですよ)
(そう?あはは、私だけでいいよ)
(……バカ)

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