coral
- ナノ -

trouble again

なんて馬鹿なことをしたんだろう、とバトルフロンティアに戻って来ていた僕は一人後悔していた。思い出せば思い出すほど自分のした行動が軽率で勢いに任せたもので後先を考えないものだったから、後悔しても足りない位気持ちは落ち込んでいた。
アズサに嫌われたらどうなるのか……正直、そんなの想像も付かない。初めてファクトリーヘッドとしてではなく一個人として向き合った子だったからこそ、いざ恋愛対象となってしまうと踏み出せなくて、というジレンマを繰り返していた筈なのにたった一瞬で。しかも自分から壊した。

結局所長が言っていたファイルが開けなくなったという件は一時間もしないうちに解決して、あぁなった間接的な原因は途中で突然呼び出した所長にもあるとやつあたり紛いに作業中も所長に対して愚痴を零していた。何でこんな大事なもの開けなくしてるんですか、ばかなんですか、という調子で。

管理スケジュールを見たけれど、どうやら今日はバトルタワーは休みのようだ。昨日の今日で僕もいっそのことバトルファクトリーを休みにしてしまいたいけれど、勿論そういうわけにもいかない。
ちらりと部屋の壁にかけてある時計を見ると現在時刻は七時前、そろそろアズサが来てもおかしくないなぁ、と初めて落ち込んでいた。僕が全面的に悪いのは分かってるんだけどさ。それでも幾ら仲が良いとはいえ男を家に快く招きいれるアズサは如何な物かとも思うが、それがアズサなんだよなーと思う所もあるからまた頭を悩ませる。


「何でこう、上手くいかないのかなー……」

アズサが自分を家に招いただけでも色々と我慢してたのに、あんな風に引き止められたら。そこまで考えてはぁ、とまた一つ大きな溜息を吐く。これじゃあアズサに責任転嫁してるみたいだ。

もし、アズサに昨日のことを尋ねられたらどう答えるべきなんだろう。特に深い意味はないって誤魔化すべき?それとも、腹を括って正直に言ってしまうべきか。今までずっと言えなかったのに言えるのだろうか。しかもきっとあと三十分以内に。……僕が招いたこととはいえそんなの無茶だ。

一人悶々と考え込んでいた時、机の上に置いてあったポケギアが鳴り響いたからそれを手に取り画面を見てみると『所長』と書かれていたからほっとしたの半分、こんな朝早くからまた何の用だと面倒に思うの半分だ。内心舌打ちをしながらポケギアを手に取り、通話ボタンを押す。


「朝っぱらからまた何です、」
『た、大変なんだよ!』
「……何がですか?」


随分取り乱した様子らしい所長に違和感を覚えながらも尋ねると、予想もして無かったことを告げられた。


『今バトルタワーの警報が鳴ったんだよ!侵入者が居たみたいで、監視カメラも落とされてる!』
「侵入者って狙いはポケモンですか……まさか昨日のファイルも外部からの侵入で」
『恐らく……バトルタワーが休みの日を狙われたんだろう。警備員を送ったが、クロツグ君が不在だからネジキ君にも向かってもらいたいんだ』
「……分かりました」


クロツグも何でこんな時に限って居ないんだと文句も言いたくなったが、休みの日を狙われたのだから仕方がないといえば仕方がない。それにバトルタワーのポケモンが盗まれるなんてバトルフロンティア全体としても由々しき事態だ。
僕がこうして厄介事に巻き込まれるのはアズサが居ない中では初めてかもしれない。とぼんやり考えながら幾つかモンスターボールを手に取り、部屋を出て事件があったというバトルタワーに向かった。


「はぁ……」

フロンティアゲートを潜ったアズサの足取りは非常に重い物だった。何を悩んでいるのか、それは勿論昨日の事だ。昨日のネジキの行動が気になるけれど、どういう意味だったのなんて聞くに聞けない。だからといって何事も無かったかのように振舞って何時も通りに過ごすなんて気まず過ぎる。
深い深い溜息を吐きながらバトルファクトリーに入り、スタッフ専用の扉を開こうとした時、準備していた受付に呼び止められた。


「?どうしたんですか?」
「おはようございますアズサさん。先程ファクトリーヘッドが少し慌てた様子で出て行かれたんですが、呼び出されたんでしょうかね」
「慌てた様子で……」


本当に何かあったのか、それとも避けられたんだろうか。まだ分からないのに落ち込んだ気持ちを隠す事ができず肩を落としたままスタッフルームに入った。ネジキに会った時にどう言葉を交わすべきか、その時間が延びただけいいけれどこれはこれで頭を悩ませる。
ソファに座ってもそわそわと辺りを見回して本当に挙動不審だ。早速作業に入ろうかと思ってパソコンを立ち上げてみるけれど、キーボードに手を乗せたまま全く頭が働かなかった。

「やっぱり、駄目だなぁ……」

キーボード横の机に頭を乗せて目を瞑る。過剰に気にし過ぎだとは分かってるけど、そりゃあ好きな人に、あんなことをされたら混乱するし真意も聞きたくなる。でもネジキにとって私は部下で親しい友達で。分かってはいるけど空しい現実に切なさを覚える。

憂鬱な気分を振り払おうと、レンタルポケモンの管理の為に保管室へ向かった。思えば来て朝一にレンタルポケモンの管理をするのは初めてかもしれない。始めに一番奥のポケモンから確認しようと棚を覗いたのだけど、ボールが3個無い事に気付いた。

「ネジキが直接調整してそのまま部屋にあるのかな……」

ネジキが幾つかボールを部屋に持ち込んだままなのはよくあることだ。ラティオスなんて基本は持ちっぱなしにして棚に戻していないみたいだし。

そう納得しつつモンスターボールを一つ二つ手に取り、確認しようとした瞬間、辺りが急に真っ暗になった。

「て、停電……!?」

保管庫は真っ暗で廊下から漏れる筈の光も入って来ない辺り、バトルファクトリー全体が停電を起こしてしまったのだろう。

また突然どうして停電なんか、と戸惑っていたのだが、遠くからも困惑する従業員の声が聞こえてくる。バトルファクトリーにもう長く居るけれどこんな事初めてだ。
そこでふと思い出したのはコガネデパートであった事件の事だ。あの時も確か急に停電が起きて、それもただの停電じゃなかったんだよね、と考えながら一旦外に出ようと動こうとした時、聞き覚えの無い男性の声が聞こえてきて咄嗟に棚の奥に体を引っ込めた。


「おい急げ!保管庫はこっちだ!」


――これって、もしかして色々まずいんじゃないの……?

- 41 -

prev | next