coral
- ナノ -

ピエロの気紛れ行進

「やっと帰ってきたらまたなにやってるんだか」
「だって私の仕事が減ったから余計時間が余っちゃって、あ、ラティオス!」
「まったく。室内で遊ぶのも程ほどにして下さいよー」


アズサが手に持っていたラティオスを入れていたモンスターボールを銜えると、やはり遊ばれているのかラティオスは取り返そうとしてくるアズサの手を避ける。一生懸命仕事をしている人達にしてみれば一体何を昼間から遊んでいるんだか、と思われるんだろーなー。多分、アズサが二週間居ない事もあって寂しかったんだろう。相変わらずレンタルポケモンに好かれている。

パソコン画面から目を離してその様子を見ていたのだが、ふとラティオスの動きが止まったことに気が付いて首を傾げる。その視線の先は何も無い壁だった。


「ラティオス、どーかしました……」
「ゲンガー!」
「えっ?」


言葉を遮った声に、アズサは目を丸くして振り返った。そこに居たのは壁をすり抜けてフロアに入って来たゲンガーで、アズサを見つけるなり胸に飛び込むように抱き付いたからアズサはその勢いによろけ、背中をラティオスに支えられる。
バトルファクトリーのゲンガー?いやでも、僕が育てたゲンガーってあんな感じだったっけ。それに、どうしてモンスターボールから出ているんだろう。けれど、アズサはこのゲンガーに見覚えがあったのかあっと声を上げた。


「え、ちょっとどうしたのゲンガー。こんな所まで一人で来て」
「こんな所まで……あ、マツバさんのゲンガーですか。でもどうしてバトルファクトリーに?エンジュからは近くも無いと思うけど」
「ゲン、ゲンガー!ゲンゲン!」
「……何言ってるんですか?」
「うーん……拗ねてる?」


何を必死に訴えているかはわからないけれど、過去の経験からこれがゲンガーの拗ねている時のものだと分かった。モンスターボールの外に出ている時、マツバが把握する範囲でゲンガーはふらりと何処かに行く事は多くて悪戯好きな性格ではあったけれど、エンジュシティから離れたバトルフロンティアまで一人で来るような事は一度として無かった。
どうしたんだろう、マツバと喧嘩したのかな。マツバに悪戯を窘められて機嫌を損ねたにしては拗ね方が軽くないような気がする。とりあえずゲンガーの気持ちを落ち着かせよう、とモンスターボールに手を伸ばしてエレキブルを出した。


「こんな事、今まででありましたか?」
「いやぁ……エンジュの家に居る時は来るときもあったけど……お願いね、エレキブル」
「エレキブル!」


テーブルの上においてあった煎餅をエレキブルに渡すと慣れた手つきでゲンガーにそれを渡す。マツバのゲンガーの方が先輩の筈なんだけどあの性格だし、私のエレキブルはバトルの時には相手を直ぐ挑発するがそれ以外は比較的冷静で親切な性格をしているからゲンガーの愚痴を聞いて宥める係になっている。
不思議そうに首を傾げるラティオスにまた後で遊ぶからね、と声をかけて頭を一撫ですると気持ちよかったのか目を細めた。ラティオスをボールに戻すと、ネジキに肩をぽんぽんと叩かれて煎餅を渡される。それを食べながら二人の会話が終わるのを待っていたのだが、フロアにアナウンスが流れた。


『アズサさんに会いたいと言う人が受付に来ていますが――』
「え?……、今行くって伝えて下さい」
「話を大体聞いたら連れてきて下さいねー」
「あはは、分かった」


ネジキも一体誰が私を訪ねてきたのか分かったのだろう。ゲンガーの注意がエレキブルに逸れている間に話を聞かなくちゃ、と駆け足でロビーに出た。

スタッフルームの扉を閉めてぱっと受付に視線を移してその人は直ぐに見つかった。割と背も高いし、やっぱりジムリーダーなだけあって纏っている雰囲気が違うと言うか。……これが所謂スター性ってやつなのかな。
それに、顔も知られている方だからトレーナーが集まるこの施設では目立っている。私が来た事に気付いたのか振り返って微笑んだのに少し安心して駆け寄った。


「突然悪いね、アズサ」
「ううん、別にいいんだけど……マツバがここに来るのって多分初めてだよね」
「そうだね。話には聞いていたけど想像以上に凄い所で驚いたよ。ネジキ君は中にいるのかい?」
「騒がれるの面倒だからって外出たがらなくて。あ、話を大体聞いたら中に来てもらって下さいーって言ってたけど、ゲンガーどうしたの?」
「やっぱりここに来てたか……拗ねたら直ぐアズサの所に行くんだから。ミナキ君の所には絶対に行かないくせに」


頭を抑えて溜息を吐くマツバに、アズサも苦笑いを浮かべる。ゲンガーはミナキをからかうだけからかって、少し馬鹿にしている所があるように見える。いざ真面目な相談をすると凄くまともな回答をしてくれるのに、普段スイクンを追い掛け回したりしてるからゲンガーに舐められてるんだよね。


「最近ジム戦も多く入ってたんだけど、ゲンガーが出る前に終わる事が多くて、バトルできてないんだよ」
「それで拗ねたんだ……バトルするの何時も楽しみにしてるし、それが続くと確かにあぁなるだろうなぁ」
「アズサに宥められるのが多分ゲンガーには一番効くと思うよ。昔からそうだったから。アイツは僕と同じで少し頑固な所もあるから僕が行くと逆効果になるんだよね」
「分かった。でも一応マツバがここに居ると色々騒ぎになると思うし中に入ってくれる?」
「勿論、そうだ、ネジキ君と話すいい機会かもね」
「ネジキと?」


そう、と頷くマツバを不思議に思いながらマツバと共にスタッフルームに戻ると、フロアに繋がっている廊下でネジキが待っていた。マツバに丁寧に挨拶をするネジキにちょっと珍しいなぁ、って思うのは私だけじゃないだろう。礼儀正しい筈なのに、人に対して基本ぶっきらぼうで、特に自分と少し歳の離れた大人に対して辺り意地っ張りな所が目立っていたから見慣れていない光景だ。(クロツグさんとかマサキさんとかオーバさんとか)
ネジキにマツバを任せて、ゲンガーのご機嫌直しに向かった。マツバのゲンガーは拗ねやすくはあるけど、その機嫌がころっと変わるのも早いんだよね。


「……まぁ、度が過ぎてるとは思うけどミナキ君が心配する理由も少しは分かるかな。こっちにはどうやら君達以外居ないみたいだし」
「確かにフロアには僕とアズサしか居ませんけど、心配するようなコト、無いと思いますよー」
「アズサはちょっと疎いからね、申し訳ないよ」


アズサが居なくなって二人になった空気は少しばかり張り詰めていた。どちらかという僕がマツバさんを相手に緊張しているというのが大きい。彼はアズサの兄のような、それでいて保護者のような存在だから。
けれど全て事情が分かっているのか、僕をじっと見詰める目は心の内を見透かすものだった。核心を突くような言葉に僅かに眉を寄せる。この人は割と鋭い人なんだろうなー。


「別に僕はミナキ君みたく煩くないつもりだからね。アズサが毎日幸せそうだから文句言うどころか、って話かな」
「……それ、本人が言ってました?」
「それっぽいことはね。殺し文句多い子だからそこは心配だけど」
「……」


恥ずかしいとか嬉しいとか通り越して言葉が出てこなかった。まるで大変だろうけど頑張ってね、と言われているようだったから。今の状態では完全に僕の片想いで、アズサからは気の合う友人位にしか認識されて居ないだろうし。その事実は虚しいけれどマツバさんがアズサが幸せそうにしている、というならまぁ、……うれしい。


「君なら任せられるしね」
「え……?」
「はは、こっちの話だよ」


何の話か、と聞こうとしたが、その時廊下の奥から足音とゲンガーの声が聞こえてきて、顔をあげると宙を飛びながらこちらに向かってきてるのが見えた。そして飛びつくようにマツバさんに抱き付くと先程までの拗ねたような様子はなんだったのか、にたりとあの悪戯っ子の笑みを浮かべて何かをマツバさんに話している。ゲンゲン、としか言ってないから何を言ってるのか僕には全く分からないけど。


「何か言ったんですか?」
「え?ただ、出れないのはつまらないかもしれないけど、マツバはゲンガーだから最後を安心して任せられるんだよって。本当のことだけど、ゲンガーって褒められると調子乗っちゃうところがあるんだよね」
「なるほど……分かってるんだなー」
「ごめん、世話をかけたね、アズサ」
「ううん。何時ものことだし。仲直り出来て良かったよ」


マツバさんの頭にしがみつくゲンガーをアズサは撫でながら笑った。やっぱりこういう時、昔から知っている仲が羨ましかったりする。僕にはなくて、マツバさんにあるもの。でも逆を言えばマツバさんになくて僕にあるものだってあるのだからこれ以上望むのは男の醜い嫉妬心と言うのだけど。


「また別の機会にここに来たいね。まあ、二人揃ってエンジュシティに来てくれてくれてもいいんだけど」
「え、それって、僕が」
「あああのマツバ!また今度!ね?」
「ははっ、はいはい。その頃にはもうちょっと進んでないとね」
「ゲンガー!」


にたりと意地悪な笑みを浮かべてマツバさんの言葉に頷くゲンガーに苛立ちを覚えた。無邪気な所は違うけれど、この二人根はかなり似たもの同士なんじゃないだろうか。ちらりとアズサを見ると僅かに頬を赤くして頭を抱えていた。……なんか分からないけど、それがマツバさんに対するものだったら例え僕がアズサに関して一目を置いているとは言っても、不愉快な気分になるんだよなー。

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