coral
- ナノ -

楽観的パレード

爆破された扉を見つめていると、段々笑いが込み上げてきた。

二回無視すると急に静かになったかと思えば、自分がフロンティアブレーンとして登場する際に使う爆竹を使って扉を破壊されるなんて一体誰が思うか。
パソコンの電源を切って壁にかけてある時計を見ると、最後に見た時とあまり時間が変わっていないような気がする。何時間、ここに居たんだろう。部屋を出るとしても食事を取る時くらいだ。

無視したのは別に面倒だったから、という理由じゃない。これでも一応礼儀は弁えている方だ。
言ってしまえば今回入ってきた人も直ぐに辞めるだろう、そう考えていたから関心があまりなかった。なのに、この有様。

面白くなりそうだなー

ネジキは伸びをすると、意味のなくなった扉の残骸を踏み越えて廊下に出た。


どうしようどうしようどうしよう。

自分で爆破させておきながら、段々落ち着いてきた状態で先程やらかしてしまったことを思い出すと焦りと罪悪感で満たされる。
威勢良く啖呵を切った自分はどこに行ったのか、どう謝罪するべきかしか考えていない。フロアに戻ってきたのだが、さっき居た助手の女性は居なかった。


「派手に挨拶しすぎた……!今から辞表書かなくちゃな……」
「そんなもの書かなくていいですよー」
「っ、ふぁ、ファクトリーヘッド……」


声がしたと思って振り向くと予想通り、さっきの部屋に居た青年が居た。先程は驚いて目を開いていただけのようで、今は半開き。蛇に睨まれた蛙のような気分なのだが、この青年から怒りといったものが感じられない。

それにそんなもの、って辞表のこと?書かなくていいってどういうこと。


「さっきは僕も無礼だったから。僕はファクトリーヘッドのネジキ、よろしくお願いしますねー」
「……は、はぁ……」


面食らってしまった。

間延びした口調にも少し驚いたけど何より彼が誠実だったことに、だ。助手の女性が悪い人ではない、と弁解したのは嘘じゃなかったよう。噂だけだと随分厄介な人だと思っていたのに実際は違うみたいだ。
何というか、予想外に腰が低い人。それに礼儀正しい。(部屋の扉爆破されて、普通怒らないでいられる?)


「まさか扉ごと爆破されるとは思わなかったけどなー」
「う……」
「別に気にしてないからいいよ、ところで仕事内容は聞いた?」
「あ、はい。ポケモンの管理と記録、あと……」
「?」
「ファクトリーヘッドに色々と声を掛けてください、って」


なるほど、自分の生活が規則正しいものだとは思ってない。それを心配した助手が彼女にそれを言ったのだろう。確かに言われなければ、機械弄りや知識を増やすことに時間を幾らでも費やしてしまう。
バトルファクトリーでの自分の登場が少ないのも相まって時間はかなりある。


「それで、どうしてここに入ったの?余程の物好きじゃないと来るような所じゃないから」
「……えーっと、ラジオ局長から今日移動を急に伝えられて」
「それって仕方なしってことですねー」


図星を指されて、アズサは引きつったような苦い笑みを浮かべる。

こんなタイプ珍しい、というか見たことない。バトルフロンティア内での人事異動、もしくは名前だけで来てしまった人が多かった。他の所に比べて、ここは何百もあるレンタルポケモンを整理しなければいけないから仕事が大変だ。
バトルキャッスルのコクランも一人で全てを引き受けているから中々大変そうだが。

うん、やっぱり変わった子だ。


「釘を刺すわけじゃないけど、管理するの大変だよ。数は多いし、頼まれたポケモンを持ってきたり調子見たりするのも一覧見て探すのは中々骨が折れるらしいし」
「あはは、善処します……」
「でさー」
「?」
「早速別の仕事で悪いんだけど、バトルキャッスルのコクランにこれを届けてきてくれないかな」


渡された用紙を見ると、そこには長さまで指定された板を注文するように、と書かれていた。あれ、この長さってさっき爆破した扉と一緒の長さのような気がする。
でも注文するのは板だけ?私が言えることじゃないけど、業者の人に修理を頼む所なのではないだろうか。


「取っ手と金具は残ってるし、自分で修理できるからわざわざ呼ぶまでもないしねー」
「……、急いで行ってきますっ」


急いで出て行ったアズサの後姿を見て思わず笑いそうになった。辞表とか言ってたくらいだし、僕以上に扉のことを気にしていたんだろう。

「さて、片付けしないとなー」

先ずは入り口付近の片付けをしなければ。


バトルキャッスルに入り、ファクトリーヘッドから受け取った紙を渡すと中に通される。

ファクトリーとはまた違った雰囲気に包まれており、何より内装が凄い。本物の城と見間違う位の煌びやかな装飾。廊下に飾られている女の子の肖像画は、この城のお嬢さまなのだろうか。
指示された部屋の前で立ち止まり、一つ深呼吸をしてからノックをした。


「失礼します、ファクトリーヘッドの伝言を届けに参りました」


中から返事が聞こえてきて、扉が開けられる。
中から出てきたのは品のいいタキシードに身を包み、白い手袋をはめた執事。メガネの奥の瞳が優しそうだ。


「どうもこんにちは、私はカトレアお嬢さまの執事をしております、コクランと申します。受け取りますので」
「あ、はい」
「……分かりました、注文しておきましょう。それにしても彼が機械類以外で注文するなんて珍しいですね」
「それは……扉が壊れてしまいまして」


扉が壊れたと聞いて、コクランは不思議そうに首を傾げた。
扉が壊れて取っ手や金具を頼むらなら分かるが、板自体を頼むなんてことは余程のことがなければ有りえない。蹴破るとか。まさか今目の前に居る人が爆破してしまっただなんて思いもしないだろう。


「それにしても、ネジキ様が誰かに頼むなんて珍しいですね。貴方のお名前は?」
「私はアズサです、本日よりファクトリーに配属されました」
「まだお若いのに彼の元で働くことが出来るなんて優秀なのですね」
「そ、そんなことありませんよ、……それではコクランさん、よろしくお願いします」
「畏まりました。アズサ様、甘いものはお好きでしょうか?」
「甘い、もの?」


どうしてそんな事を聞くのだろうとも思ったのだが、甘い物は好きだ。エンジュシティに昔から住んでいた為か和菓子も好きだけれど、勿論洋菓子も好んで食べる方。
頷くと少し待ってくださいと指示され、扉の前で待つと暫く。コクランが部屋から出てきた時、彼の手には取っ手の付いた小さな白い箱が握られていた。


「こちらを」
「これは……?」
「私がカトレアお嬢さまのティータイムにお出しする物として作ったのですが、それにしては多くありますのでどうぞ。ネジキ様の分も入っておりますので」
「そ、そんな悪いです!」
「私からアズサ様へのお祝いです。色々と大変でしょうが、これから頑張ってください」


流石に受け取らない訳にもいかず、コクランから箱を受け取る。出口まで見送ってくれた彼は全国の執事の鑑だ。

初めて会った私にケーキをくれるなんて物凄く親切な人だなぁ、と感心している私は現金なやつだ。
でも、急に決まってしまった職場移動に対する不安のせいで、緊張してしまっていた部分もある。だからこうして優しくされることに余計感動を覚えるのかもしれない。

バトルファクトリーに戻ってきて、関係者用フロアに入るとネジキが居たのだが、彼の傍らにポケモンが居た。アズサが帰ってきたことに気が付くと、ネジキは顔を上げる。


「もう帰ってきたんですねー」
「あ、はい。ちゃんと注文をしておきました、あとこれをコクランさんから頂きました」
「もしかしてお菓子?」


アズサの手に握られた箱を見て、一見分かりづらいがネジキは顔を喜ばせたような気がする。コクランのお菓子は美味しいんだよね、と言っている辺り味に関しては三つ星なのだろう。
流石はあんな豪勢な城に居る執事、料理に関してもコックを雇わなくてもいい腕なんて。


「ところでこのグライオンは?」
「さっきまでレンタルで出てたから、少しチェックをね」
「Fの右棚のグライオンかな」


アズサがグライオンの頭を撫でると、グライオンは気持ち良さそうに目を瞑った。けれど、今の何気ない一言に物凄く驚いた。

棚の場所は合ってる、けど彼女は自分に初めて会う前位にレンタルポケモンの一覧表を貰っただけだ。それからあまり時間も経っていないし、今もバトルキャッスルに行っていたし覚える暇なんてなかっただろう。


「この子の技って?」
「じしん、つばめがえし、つるぎのまい、バトンタッチだよ」
「つるぎのまいにバトンタッチ……全部こうげき技じゃないのは、同じくこうげきを得意とするポケモンにバトンタッチをするっていう支援役でもあるのかな?」
「グライオンッ!」
「そっかそっか、流石はバトルファクトリー…色んな作戦を立てられるように育ててるんだ」


お互い顔をあわせるのは初めてな筈なのに、何だかやけにグライオンは彼女に懐いている。というか、ただの事務の手伝いにしてはバトルやポケモンに詳しすぎないだろうか。


「きみ、トレーナーの経験とかあったりする?」
「え?まぁ、シンオウをちょっと旅してたことが。一応リーグに出たりしてたんですけど、こっちに帰って来たのを機に旅はやめたんです」
「なるほど、通りで。ところできみのその口調はクセ?」
「いや、一応上司だからなぁ、と思って。あとは爆破の後ろめたさです」
「そんなに気にしてないし、表の仕事はともかくこっちの仕事、つまりきみの仕事は結構自由だから気楽にしていいよ。僕もその方がやりやすいしねー」


同年位なのだから、確かに敬語を使うのも妙な感じはする。それにしても、予想外にいい雰囲気な職場だ。
ラジオ局に勤めていた時もそれなりに楽しかったし充実していたけれど、ここでもやっていけそう。でも、急に勝手に人事異動されたことは忘れませんよ、局長。

白い箱の中からケーキを二つ取り出しながら明日からの生活を思い浮かべると、自然と笑みが零れた。


(アズサ、どうだった?)
(バトルフロンティアって知った時はどうしようかと思ったけど、大丈夫そう。むしろ楽しみになってきた)
(それはよかったよ、……アズサ?)
(……マツバも目が半分開いてないよね)
(夜だからだよ)
(そうかなぁ)

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