coral
- ナノ -

行き場のないネバーランド

寂しいだとか、そういう感情は勿論あるけれど、私の中を占めているのはバトルファクトリーと、ネジキに関する不安だ。
主に内務だけど滞りなく仕事は進んでいるか、研修生として入った人がバトルファクトリーというほかの施設とは異なる特殊な雰囲気に馴染めるかどうか、そしてネジキはちゃんと普通の生活を送っているか。特に心配なのはネジキだ。


「データ整理、終わりましたよ。というか何でこんなに溜めるんですか……」
「おう、流石はアズサ!仕事が出来るなぁ。なに、溜めてたら収拾付かなくなって自分じゃ出来なくなってな!」
「威張らないで下さい!今日は内務を手伝おうと思ってたのにこれじゃあ明日まで無理そうですよ」


パソコンはさっぱりだ、と笑いながらデスクにあるパソコンで手際良く作業していくアズサの姿を見てクロツグは感心していた。所長から話を貰った時は色々と驚いたが、アイツには一度は必要な体験だろう。今の時期に悩め少年。と言いたい所だが、アズサもこの様子だと相当気にしているようだ。


「……予想はしてたが元気ないみたいだな。やっぱ寂しいか?」
「そうじゃないって言うと、うそに、なりますけど……ネジキが普通の生活してるか心配で。閉じ篭ってる上に下手したらご飯も食べなさそうだし」
「あぁ、だからコクランが飯を届けなくちゃいけないって言ってたのかぁ。まぁ、そうだろうな。ネジキもふて腐れてるに違いない!」
「なんでクロツグさんそんなに楽しそうなんですか……」


馬鹿にしているという訳ではなく悪気は特になく笑っているのは実にクロツグさんらしいけれど、それがネジキに何時までも敬って貰えない要因に違いない。とはいえ、邪険にされていても別に気にしていないし、ネジキも本気で嫌っている訳ではないとクロツグさんも分かっているのだろう。……多分、だけど。

所長になるべくバトルファクトリーに行かないように、と念を押されているからネジキの様子を確認出来ないし、食事に関してもコクランさんに頼るしかない。二週間後、会った時に顔色悪くなってなければいいけど。
それに、早速研修生の人に冷たく当たってないかなぁ、と異動した日に一度体験した私としては最近はそういう姿を見ていなかったから忘れていたけど、心配になる。


一時期は近寄り難い雰囲気やその噂が流れていた、バトルフロンティア最難関と謳われているバトルファクトリー。

最近では打って変わって良い噂話しか耳に入ってこなかった。主にファクトリーヘッドであるネジキさん。以前聞いていた話から想像していた彼とは違う人物像が最近明らかになったから興味を惹かれた。
ストイックで近寄り難い人だという話だったけれど、最近では公開バトルに顔を出したり、他にはコガネシティであった事件解決に関わったらしいし、親しみ易い人なんじゃないか、とバトルフロンティアの中でもそんな話が広がっている。

その為か、以前は異動希望者が無いに等しかったのに、今や希望する人が多過ぎて収拾が付かなくなっているらしい。だから今回私が研修員としてでもここに来れたのは本当に運が良い。
希望者は多いのに、ファクトリーヘッドの意向か何か、何故か職員の人数を増やそうとしないらしい。バトルタワーも利用客が多くて大変だけど、バトルファクトリーはレンタルポケモンの多さから管理やデータ処理が大変らしい。

でも特に人数を増やす希望を出さない位だから、言う程大変ではないのではないか。
この時まで私はそう高を括っていたのだ。


「これが内務の仕事になります。私も本来は助手を務めているのですが、恐らく処理が間に合わなくなるので急遽付くことになりました。大体の事は教えますので、分からないことがあったら聞いて下さい」
「分かりました。……でも、助手の方がどうして?内務の人は他に居ないんですか?」
「えぇ、バトルファクトリーの内務を担当している者は一人です。ただ、今は他の施設にデータ処理を任されていて一時的に居ないんですよ」
「一人で?」


聞いていた話と違う。担当している内務が一人なんて、人数が足りていないどころの話じゃない。なのにネジキさんは今まで人数を増やそうとしなかったの?
その事実に複雑な感情が込み上げてくる。その人に対して嫉妬心も入り混じった悔しいと思う気持ち、それから不可解な行動に対する疑問。


「これがレンタルポケモンの管理倉庫の一覧です。これを見て、定期的にバラバラになったモンスターボールを戻して下さい。その他のデータ管理に関しては手が回らないと思いますので私がやっておきます」
「はい……えっ、こ、これ全部ですか!?」
「?あ、そうでしたね……」


一覧表を見て目を丸くする研修生の女性の反応を助手は不思議そうに首を傾げたが、そういえば、と思い出した。
以前まではこれが当たり前だったのだ。レンタルポケモンだけで四百を超えるし、同じポケモンでも性別や特性が違ったりと把握するのは本来難しい筈だった。しかし、それを苦としない所か殆ど覚えている人が先日まで居たからすっかり忘れていた。


「一覧表を見ながらで構いませんので、お願いします。」
「……分かりました……それで、その、ネジキさんに挨拶をしたいのですけど」
「あぁ、彼なら奥の廊下を行った自室に居ますが……今非常に機嫌が悪いので訪ねるのはお勧めしませんけど」
「そ、それでも挨拶に行って来ます!」


管理表を貰ってから暗かった表情が一変し、一途に恋する女子のような表情をして駆けていった女性の後姿を止める事無く見守っていた助手は、物憂げに溜息を吐く。

最近のファクトリーヘッドの行動が噂として一人歩きしてしまって、間違った印象を与えてしまっているようだ。確かに彼は以前と比べると非常に変わった。けれど、それはアズサさんが居るかどうかで大きく変わってくる。

そもそも、彼は基本的に他人に対して興味や関心を持たない人だ。以前からバトルファクトリーで働いている私達はそんな彼の性格を知った上で、それでもバトルファクトリーに愛着があるからここに居続けている。
彼が変わってきても、私たちが極力干渉しないようにする姿勢は変わっていない。彼はそれを望んでいないし、作業を邪魔をするべきではないからだ。とはいえ、アズサさんのお陰で大分話しかけ易くなったのも事実だけれど。

「この間のアズサさんの件といい、ファクトリーヘッドの機嫌が悪くならなければいいんですけどね……」

もう一つ深いため息を付き、メガネをかけ直すと椅子に座ってパソコンに向き直る。
このデータのまとめ方といい、新しいデータを入力し易いようにプログラミングされていた。別ファイルで自分が居ない間に使用する人への説明書きが乗っていたから、アズサさんらしいなぁ、と自然と笑みが零れた。


廊下を進んだ先、他の部屋とは明らかに違う装飾の扉があったからここがファクトリーヘッドの部屋なんだと直ぐに分かり、期待から胸が躍るのが分かった。
湧き上がる喜びを押さえて、コンコン、とゆっくり二回扉を叩く。

「今日から研修生として来た者ですが、ファクトリーヘッドに挨拶しようと思って来ました……!」

返事が来る、あるいは扉が開くことを期待して暫く待っていたのだが、何も返ってこなかった。聞こえていなかったのだろうか、と思ってもう一度扉を叩くけれど反応は無い。部屋で音楽でも聞いているタイプなのだろうか。
それでも返事が返ってこないのは寂しくて、がっくりと肩を落とす。流石に理想通りとは行かないか、と考えていた時ふと先程助手の女性が言っていた言葉が頭を過ぎる。

――今非常に機嫌が悪いので訪ねるのはお勧めしませんけど

バトルで負けて機嫌が悪いとか?でも、ファクトリーヘッドが負けたという話は最近聞いていない。
でも、私が今日来ることは事前に通達が行っていた筈だし、出迎えてくれてもいいのにと望んでいる自分が居る。フロアに戻ると、助手は既にパソコンの作業を始めていて、顔を上げる。


「挨拶しに行ったんですけど、どうも居ないみたいで……」
「いえ、居るんですが……彼、他人に干渉されるのが嫌いな性格なので、あまり表に出ないんです。私達も重要な件以外に声を掛けることはあまりありませんよ」
「え、居た、んですか……?それに、そんな」
「良い噂が流れていようと悪い噂が流れていようと、ファクトリーヘッドはファクトリーヘッドです。それを、忘れないで下さい」


勘違いした結果、痛い目を見てほしくありませんので。それを口にすることは無かったが、牽制には十分だろう。ファクトリーヘッドの為というよりも、彼女が傷付くのを避けるための忠告だ。以前はそれで辞めて行った人があまりに多かったから。
でも、予想はしていたけれどファクトリーヘッドのこの様子をアズサさんに言ったら
どう思うんだろう。彼女はきっと呆れながらも嗜めるに違いない。それさえも簡単に見えてそうではないのだが。



「あーあ、もうこんな時間か」

ふと時計を見ると、夜中の時間になっていた。不思議と目が冴えていて、眠くないけれどお腹が減っていることに気が付いて、部屋を出てキッチンに向かい、そこにあった菓子パンと飲み物を注いだコップを手にとって再び部屋に戻る。
こういう生活を送ると怒られていたけれど、今は改善しようという気持ちにさえならなかった。

所長に言われた事は自覚している。僕はアズサに依存し過ぎているというか、一方的に彼女の事が好き過ぎるのだ。
気を紛らわす為にポケモンのデータを頭に叩き込み、色々なバトルパターンのシュミレーションを繰り返していた。そうしなければ、何もしないただぼうっと時間が過ぎて行くだけだから。

部屋に戻ってパソコンを見てみると、メールが来ていたことに気が付いた。随分前に来ていたみたいだけど気付かなかった。
それを何の疑いも無く開いたのだが、見た瞬間思わずイラっとした。沸々と湧き上がってくる怒りに顔が歪んでいるのが分かる。

「……クロツグほんと鬱陶しいなー」

今日の報告もとい、僕を馬鹿にするような今日はどうだった、という確認とアズサに関しての自慢にも聞こえる報告だった。
無意識な嫌がらせがタチ悪くて一発殴りたい位だ。どうしてこう無駄なことしかしないのだろう。

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